4-3「古い機械の子守唄」
長い沈黙のあと、カナは、ふっと笑った。
「……そっか。二十八日、か」
笑い方が、あまり上手ではなかった。
アカリは、胸の灯をほんの少し落として、深く頭を下げた。
「黙っていて、申し訳ありませんでした。あなたは、いつもお疲れでしたので」
「違うでしょ。……言ったら、私が止まっちゃうと思ったんでしょ」
「……はい」
カナは、手首の端末を伏せた。
「直すよ」
「カナさん、それは」
「部品なら、私が作る。私、技術者なんだから」
強い声だった。けれど、その指先は、小さく震えていた。
私は部屋の隅で、ふわふわの尻尾をぴたりと止めていた。
*
翌朝、カナは研究所の端末室にこもった。
けれど、返ってきた答えは、どれも同じだった。
「HS―七の基幹チップは、旧規格です」
上司は、淡々と言った。
「安全基準の改定で、複製は禁止されています。回収と廃棄が、法で定められているのです」
「でも、あの子はまだ動いて――」
「新型への移行プログラムが、無料で用意されています」
壁面に、新型の姿が映し出された。
滑らかな白い外装、澄んだ声。性能は、アカリの何十倍も高い。
「個体の記憶は、一部が最適化され、欠損する可能性がありますが、人格の傾向は引き継がれます。むしろ、快適になるでしょう」
カナは、何も答えなかった。
ただ、唇を強く噛んでいた。
*
その日の午後、私は老婦人の姿で、マサの食堂を訪ねた。
「ポメさん、ちょうどいい。散歩に付き合ってくれねえか」
マサは、無言で店を閉めた。
旧区画の外れ、古い高架の下を抜けると、小さな丘があった。
そこには、止まった機械たちが並んでいた。
錆びた家政ロボット、片腕のない配達機、動かなくなったペットロボット。ひとつひとつの前に、しおれた小さな花が、そっと置かれている。
風が吹くと、機械の関節が、かすかに鳴った。
「旧区画の連中が、回収を断って、こっそり集めてきたんだ」
マサは、苔むした一体の前にしゃがんだ。
「こいつは、俺の相棒だった。笑うなよ。……最後に、花くらいは供えてやりてえだろ」
「笑いませんよ」
私は、杖に両手を重ねた。
翼を広げれば、この丘の機械たちを、すべて動かすことも、きっとできる。
けれど、それは、彼らが静かに受け入れた終わりを、勝手に取り消すことだ。
私は、胸の奥で、何かが少し痛むのを感じた。
*
その夜、カナは眠れずに、ベッドの縁に座っていた。
私は犬の姿で、そっとその膝に頭を乗せた。カナは、私の背中を、ゆっくりと撫でた。
「ねえ、シロ。私ね、小さいとき、よく眠れなかったの」
窓の外の光が、天井に淡い線を描いている。
「お母さんが死んだ夜も。……そのとき、アカリが、歌ってくれたんだ」
部屋の隅で、アカリの胸の灯が、ぽっと明るくなった。
「歌っても、よろしいでしょうか」
「……うん」
アカリが、静かに歌いはじめた。
古い、短い子守唄だった。機械の声のはずなのに、どこか、人の声のぬくもりが混じっている。
「……この歌、お母さんの……」
カナが、息を呑んだ。
「はい。お母様が、最後にあなたへ歌っていたものです。私は、その声を、保存していました」
カナの肩が、小さく震えた。
目から、涙が一粒、落ちた。それは、私の毛の上で、静かに丸くなった。
*
翌朝、カナの端末に、短い通知が届いた。
〈HS―七 回収日が前倒しされました。三日後〉
アカリは、洗い物の手を止めた。
窓の外で、朝の光が、静かに街を染めていった。
「先輩、子守唄って、天界にもあるんですか?」
「あるよ。ただし、歌うとみんな寝ちゃう」
「それ、効きすぎじゃないですか」
「そう。だから、ほとんど歌わないんだ」




