第1話 秘恋
シーンⅠ
窓から差し込む夕陽が、教室をオレンジ色に染めていた。
放課後の静けさの中、蒼は窓際に立ちながら隣の横顔を見つめる。
陽人。
夕陽を受けた茶色の髪が柔らかく光っている。
見慣れているはずの顔なのに、こうして二人きりになるたびに胸の奥が落ち着かなくなる。
「なぁ、陽人」
呼びかけると、陽人がこちらを向いた。
「ん?」
何でもないような笑顔。
その笑顔だけで心臓が跳ねる自分が情けない。
蒼は視線を窓の外へ逃がした。
校庭では運動部の掛け声が遠く響いている。
「お前さ」
喉が少し乾いていた。
「最近、好きな奴とかできた?」
自分でも驚くほど平静な声だった。
陽人は一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。
「なんだよ急に」
「別に。ただ聞いただけ。」
陽人は窓枠に肘をつき、空を見上げる。
しばらく考えるような沈黙が続いた。
その数秒がやけに長く感じる。
「んー……いないかな。」
蒼の胸から、わずかに息が漏れた。
安心したのか、それとも期待してしまったのか。
自分でも分からない。
「今は誰かと付き合うとか、あんまり考えてねぇし。」
そう言いながら、陽人は肩を軽くぶつけてきた。
「それより、お前と遊んでる方が楽しい。」
どくん。
胸が痛いほど鳴った。
蒼は思わず俯く。
そんなことを無邪気に言えるのは、陽人が何も知らないからだ。
自分がどんな気持ちで隣に立っているのか。
どれだけ必死に友達の顔をしているのか。
陽人は知らない。
知らないまま笑う。
「そうだな。」
蒼も笑った。
少しでも不自然に聞こえないように。
「僕も、お前といるのが一番楽しい。」
嘘じゃない。
でも、本当のことでもない。
楽しいだけで済むなら、こんなに苦しくはならない。
風が吹き込んだ。
陽人の髪が揺れる。
反射的に手を伸ばしそうになって、蒼は指先を握り締めた。
触れたい。
抱きしめたい。
その笑顔を自分だけのものにしたい。
言葉にした瞬間、全部壊れてしまいそうで怖かった。
夕陽はゆっくりと沈み始めている。
長く伸びた二人の影が床の上で重なった。
けれど、その影とは違って、二人の距離は埋まらない。
「……帰ろうぜ、蒼。」
陽人が鞄を肩に掛ける。
「ああ。」
返事をして、その背中を追う。
たった数歩先。
手を伸ばせば届く距離。
それなのに、世界で一番遠い。
陽人は振り返らない。
蒼は小さく目を伏せた。
……好きだ。
胸の奥で何度も繰り返した言葉は、結局ひとつも声にならなかった。
窓の外では、夜が静かに降り始めていた。




