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第2話 悲恋

シーンⅡ


放課後の教室。



窓の外では、夕陽が校舎の屋上を赤く染めていた。


蒼は机に腰を預けながら、向かいの席に座る陽人を見つめる。


陽人は珍しく落ち着きがなかった。

ペンを回したり、窓の外を見たり、また机に視線を落としたり。

その様子がおかしくて、蒼は小さく笑う。


「どうしたんだよ。」


陽人は少しだけ迷うような顔をした。

そして意を決したように口を開く。


「俺さ。」


その声に、なぜか胸がざわついた。


「美咲に告白しようと思う。」


蒼の時間が、一瞬だけ止まる。

けれど顔には出さない。

出せるはずがなかった。


「ああ。」


短く返事をする。

陽人は気づかない。

蒼の胸の奥で何かが静かに軋んだことに。


「やっぱ急かな。」


陽人が苦笑する。


「でもさ、最近ずっと考えてたんだ。」


夕陽が差し込む。

陽人の茶色の髪が赤く染まる。

その横顔は、蒼が誰よりも見慣れたものだった。


だから分かる。

今の陽人が本気だということも。

美咲を好きだということも。


「好きなんだよな。」


陽人は照れくさそうに笑った。

その笑顔が胸に刺さる。

蒼は視線を窓の外へ逃がした。


好き。


その言葉を、自分は何度飲み込んできただろう。

隣にいるこの人に向けて。


何年も。


何十回も。


何百回も。


「蒼?」


呼ばれて顔を上げる。

陽人は不安そうに笑っていた。


「やっぱやめた方がいいかな。」


蒼はしばらく何も言わなかった。


教室を吹き抜ける風が、二人の間を通り過ぎる。


言おうと思えば言えた。

行くな、と。

告白なんかするな、と。

好きなのは僕なんだ、と。


だけど。

そんな言葉を口にしたところで、陽人が困るだけだ。


蒼はゆっくり息を吐いた。

そして笑う。

いつも通りに。

親友らしく。


「……素直に伝えてみろよ。」


陽人が目を瞬く。


「お前が一生懸命なのは知ってる。」


蒼は続けた。


「きっと美咲にも伝わるさ。」


その言葉は、自分の心を削るみたいだった。


それでも止めなかった。

止められなかった。

陽人が幸せそうだから。


「それに。」


蒼は少しだけ視線を伏せる。


「もし振られたら、僕がいるだろ。」


陽人は一瞬ぽかんとしたあと、大きく笑った。


「ははっ!」


その笑顔が眩しい。

残酷なくらいに。


「そりゃそうだな、蒼!」


陽人は立ち上がる。


「ダメだったら、ちゃんとなぐさめてくれよ!」


「ああ。」


蒼は頷いた。

陽人は振られない。

そんなことは分かっている。


それでも頷く。

それしかできないから。


窓の外で夕陽が沈んでいく。

床に落ちた二人の影が重なった。

まるで寄り添っているみたいに。


でも、それだけだった。


「ありがとうな、蒼。」


陽人が笑う。

その顔を見ていると、苦しいほど胸が熱くなる。


だから蒼も笑った。

何も知らない親友に向ける、いつもの笑顔で。


「頑張れよ。」


陽人は大きく手を振り、教室を出ていった。


扉が閉まる。

足音が遠ざかる。


静かになった教室に、一人だけ取り残される。


蒼はしばらく動かなかった。


夕陽はもうほとんど沈みかけている。

さっきまで重なっていた影も、薄闇の中に消えていた。


蒼は窓辺へ歩み寄る。

冷たい窓ガラスに額を預けた。


そして誰もいない教室で、小さく笑う。

泣きそうになるのを誤魔化すみたいに。


「……ずるいよ。」


呟きは、誰にも届かない。

好きだと言えないまま。

好きだと知られることもないまま。


蒼は目を閉じた。


窓の向こうでは、夜が静かに始まっていた。

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