第12話 〜(陽人視点)破蕾〜
蒼の言葉を聞いてしまったあの日から、
俺は、完全におかしくなった。
朝、教室のドアを開ける。
すると真っ先に蒼の姿を探している自分がいる。
窓際の席。
頬杖をついて外を眺めている横顔。
少し長めの前髪。
夕陽みたいな光を宿す瞳。
それを見つけただけで、なぜか胸がほっとした。
……蒼がいる。
それだけで安心している自分に気付いて、慌てて目を逸らす。
何やってるんだ、俺。
授業中もそうだ。
黒板を見ているはずなのに、気付けば蒼を見ている。
ノートを取る指先。
シャーペンを回す癖。
考え事をするとき、少しだけ目を細める仕草。
前から知っていたはずなのに。
今さら一つ一つが目に入る。
いや。
違う。
前から見ていた。
ただ、気付かないふりをしていただけだ。
「……蒼。」
小さく名前を呼ぶ。
当然、聞こえるはずもない。
なのに胸が熱くなる。
馬鹿みたいだ。
放課後、サッカー部の練習。
ボールを追いながらも、視線は無意識に観客席を探していた。
蒼がいる。
ベンチの近く。
腕を組みながら試合を見ている。
以前なら、ゴールを決めたら真っ先に飛んできた。
勢いよく抱きついて。
「ナイス陽人!」
って笑っていた。
でも今は、蒼はただ遠くから見ているだけ。
近寄ってこない。
目も合わせない。
その距離が、苦しかった。
「陽人くん!」
ゴールを決めた瞬間、美咲が駆け寄ってくる。
勢いよく抱きつかれた。
「すごい!やったね!」
周囲から笑い声が上がる。
コーチが怒鳴る。
「お前らイチャつくな!」
美咲はケラケラ笑っている。
可愛い。
本当に可愛い。
その笑顔を見ると幸せな気持ちになる。
なのに、俺は。
蒼を探してしまう。
蒼。
見ていてくれたか?
そんなことを考えてしまう。
最低だ。
俺は最低だ。
美咲と付き合っているのに……。
夜、ベッドに寝転ぶ。
部屋は静かだった。
静かなはずなのに。
頭の中だけが騒がしい。
蒼。
蒼。
蒼。
浮かぶのは蒼ばかりだ。
笑った顔。
困った顔。
怒った顔。
夕陽を見つめる横顔。
そして。
あの日の声。
『好き、という言葉じゃぜんぜん足りないくらい。』
『だいぶ好きだった。』
胸が締め付けられる。
苦しい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ。
もっと聞きたいと思ってしまう。
もっと知りたい。
もっと近づきたい。
もっと。
もっと。
……触れたい。
その瞬間、陽人は息を止めた。
「……は?」
自分で自分の考えに驚く。
触れたい?
誰に?
蒼に?
男だぞ?
親友だぞ?
なのに。
頭の中に浮かぶ。
蒼の少し長い前髪。
白い首筋。
細い指。
抱きしめられた時の体温。
思い出した瞬間。
心臓が大きく跳ねた。
「……っ。」
顔が熱い。
耳まで熱い。
慌てて枕に顔を埋める。
何考えてるんだ俺。
おかしいだろ。
でも。
止まらない。
蒼に会いたい。
蒼と話したい。
蒼に笑ってほしい。
蒼に見ていてほしい。
蒼の隣にいたい。
ずっと。
これからも。
ずっと、
ずっと……。
「……ああ。」
ようやく分かった。
本当は、ずっと前から分かっていたのかもしれない。
認めるのが怖かっただけで。
普通じゃなくなるのが怖かっただけで。
蒼を失うのが怖かっただけで。
だから逃げていた。
美咲の告白に。
普通の恋愛に。
未来の結婚に。
全部を言い訳にして。
蒼から。
自分の気持ちから。
逃げ続けていた。
だけどもう、誤魔化せない。
胸の奥で膨らみ続けた感情が。
確かな形になっている。
陽人は目を閉じた。
そして小さく呟く。
「……蒼。」
名前を呼ぶだけで胸が痛い。
会いたい。
触れたい。
抱きしめたい。
隣にいたい。
この気持ちに名前をつけるなら。
もう。
答えは一つしかなかった。
「……片想い」
小さく漏れた声は、誰にも届かないまま、静かな夜に溶けていった。




