第11話 美咲と蒼 〜対峙〜
放課後。
校舎裏の薄暗い廊下には、人の気配がなかった。
夕陽だけが窓から差し込み、長い影を床へ落としている。
「蒼くん、少し話……してもいい?」
美咲の声に、蒼はゆっくり顔を上げた。
一瞬だけ視線を逸らす。
何かを考えているようだった。
それから小さく目を細めて頷く。
「うん。」
その表情は穏やかだった。
だけど美咲は気付いた。
目元が少し腫れている。
笑っているはずなのに、どこか痛々しい。
胸の奥がざわついた。
それでも美咲は引かなかった。
ここで引いたら負ける気がした。
「陽人はもう、私のものになったよ。」
蒼の表情は変わらない。
美咲は続ける。
「付き合ってるんだから、これからは私が陽人の隣にいる。」
少しだけ息を吸う。
「……蒼くんも、分かってるよね?」
夕陽が差し込む。
遠くで運動部の掛け声が聞こえた。
蒼は静かに息を吐く。
そして微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、
美咲はなぜか胸が苦しくなった。
「……うん。」
優しい声だった。
あまりにも優しくて。
責める気配なんて欠片もなかった。
「陽人をお願いします。」
美咲は目を見開く。
蒼は続けた。
「ちゃんと、大切にしてあげて。」
少しだけ視線を落とす。
夕陽が長い睫毛に影を落とした。
「陽人は、ずっと美咲ちゃんのことが好きだったんだ。」
胸がざわつく。
違う。
こんな反応じゃない。
美咲が想像していたのは。
悔しそうな顔だった。
嫉妬だった。
怒りだった。
なのに蒼は、本当に陽人の幸せを願っているみたいだった。
蒼は小さく笑う。
どこか諦めたような、
泣き出しそうな笑顔で。
「……美咲ちゃん。」
その声に美咲は顔を上げた。
蒼は夕陽を見つめたまま言う。
「僕さ。…ホント参っちゃうんだけど。
…今回、改めて思い知らされたんだ……」
少しだけ間が空く。
「…自分が思ってた以上に、ずっと…
ずーっと……
…陽人のことが好きだったみたい。」
美咲の心臓が跳ねた。
蒼は苦笑する。
「…って、美咲ちゃんにはバレてたよね。」
美咲は何も言えなかった。
蒼は続ける。
「もう…ね。
好き、という言葉じゃぜんぜん足りないくらい。」
少しだけ声が震える。
「だいぶ好きだった。」
その一言が重かった。
あまりにも重かった。
長い時間をかけて積み重ねられた想い。
言えなかった言葉。
諦めた夢。
全部がそこに詰まっている気がした。
「でも。」
蒼は笑う。
自分を納得させるように。
「陽人は、美咲ちゃんみたいな子と一緒にいた方が幸せになれると思うから。」
夕陽が蒼の横顔を照らす。
綺麗だった。
負けた。
美咲は初めてそう思った。
陽人を手に入れたはずなのに。
自分が勝ったはずなのに。
蒼の覚悟の前で。
自分は負けた。
「だから。」
蒼は頭を下げる。
「陽人のこと、よろしくお願いします。」
その瞬間、廊下の角で立ち尽くしていた陽人の呼吸が止まった。
全身が硬直する。
動けない。
頭が真っ白だった。
『ずっと……陽人のことが好きだったみたい。』
『好き、という言葉じゃぜんぜん足りないくらい。』
『だいぶ好きだった。』
言葉が何度も何度も頭の中で響く。
蒼、
お前。
どんな顔でそれを言ったんだ。
胸が苦しい。
痛い。
苦しくて。
どうしようもなくて。
陽人はその場から逃げ出した。
蒼の顔を見る勇気がなかった。
蒼の想いに向き合う勇気も……。
まだなかった。




