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第9話 〜(蒼視点)壊れていく夜〜

陽人が美咲と付き合い始めた。

その事実は、夜になっても頭から離れなかった。


部屋の明かりもつけないまま、ベッドに寝転がる。


窓の外から差し込む街灯の光だけが、薄暗い天井をぼんやり照らしていた。


静かだった。

静かすぎた。


なのに頭の中だけがうるさい。


何度も。

何度も。

何度も。

同じことばかり考えてしまう。


「……陽人。」


小さく名前を呼ぶ。


当然、返事なんてない。

胸の奥がじくじく痛んだ。


陽人の幸せを願う気持ちは嘘じゃない。


本当に。

心の底からそう思っている。


陽人には笑っていてほしい。

好きな人と一緒にいてほしい。


誰かと手を繋いで。

恋をして。


やがて大人になって。

結婚して。

家庭を持って。


そんな未来だって、きっと似合う。


だから、美咲と付き合うことだって、本当は喜ぶべきなんだ。


分かっている。

ちゃんと分かっている。


だけど……。


「今じゃなくてもよかっただろ……。」


声が漏れた。


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


せめて。

あと少しだけ。


高校の三年間くらい。


陽人はずっと隣にいてくれると思っていた。

当たり前みたいに。


放課後を一緒に過ごして。

くだらないことで笑って。


卒業まで。

そういう未来を勝手に信じていた。




胸が痛い。


苦しい。


呼吸をするたびに、何かが裂けていく。


僕の想いは、最初から陽人に届く場所にすらなかった。


恋愛対象ですらなかった。


最初から。

ずっと。


「はは……。」


乾いた笑いが漏れる。


思い出す。


授業中、ふと視線が合ったこと。

ジュースを回し飲みしたこと。


サッカーの試合で勝ったあと。

勢いのまま抱きついたこと。


あの時感じた体温。

心臓の音。


陽人の匂い。

全部。


全部大切だった。

宝物みたいに。

大事にしていた。


なのに。


今となっては遠い。

手を伸ばしても届かない場所にある。


「陽人が幸せなら、それでいい。」


ぽつりと呟く。


何度も言ってきた言葉。


陽人にも。

自分自身にも。


繰り返し。

繰り返し。

呪文みたいに。


そうすれば本当に納得できる気がしたから。


だけど。

違った。


その言葉は救いじゃなかった。


気づけば。

自分自身を傷つける刃になっていた。


「……っ。」


目を閉じる。


涙が滲む。


堪えようとした。

なのに止まらなかった。


一滴。

また一滴。


頬を伝って枕へ落ちる。


肩が震える。

呼吸が苦しい。

胸の奥が潰れそうだ。


陽人。


…陽人。


……陽人…



美咲に抱きつかれているお前を見るだけで苦しい。


嬉しそうに笑うお前を見るだけで苦しい。


手を繋いでいる姿を見るだけで苦しい。


これから先、キスだってするんだろう。

もっと近づいていくんだろう。


そう考えただけで。

頭の中が真っ白になった。


「……やめろよ。」


誰に言ったのか分からない。

想像したくない。


見たくない。

知りたくない。


でも勝手に浮かんでくる。


陽人が自分以外の誰かを見つめる姿が。

自分以外の誰かを特別に想う姿が。


胸が引き裂かれそうだった。


僕は、陽人の全部が欲しかった。

親友なんかじゃ足りなかった。

隣にいるだけじゃ足りなかった。


もっと近くで。

もっと特別な存在として。


陽人に名前を呼んでほしかった。

僕だけを見てほしかった。


僕だけが。

僕だけが。


お前を独占したかった。



「……よかったね、陽人。」


震える声で呟く。


暗い部屋の中。

誰にも聞こえない。


「……本当に。」


嘘じゃない。


本当に幸せになってほしい。


それは今も変わらない。

変わらないのに。


どうしてこんなに苦しいんだろう。

どうしてこんなに泣きたくなるんだろう。


天井を見上げる。

視界が滲む。


涙で何も見えない。



ああ。


陽人。


もう僕は壊れてしまいそうだ。


誰にも気づかれないまま。

誰にも知られないまま。


静かに。

ゆっくりと。

音もなく。


僕は崩れていく。


まるで最初から存在しなかったみたいに。


夜だけが、何も言わずに僕を見下ろしていた。

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