第8話 夜の路地裏
スカイさんから「家族の未来」という特大の爆弾を預けられた、その日の帰り道だった。
「……あー、疲れた。ポテチ(カモフラージュ用)と鶏むね肉、重い……」
健人さんの栄養バランスを考えた買い出しを済ませ、自宅近くのコンビニに立ち寄った時。
路地の暗がりに、見覚えのある「鮮やかすぎる髪色」を見つけてしまった。
(……え? ヒナくん?)
そこには、数時間前まで練習室で笑っていたはずのヒナくんがいた。
……ただし、態度の悪い地元の連中数人に囲まれ、手には缶チューハイ、指先には、ゆらりと紫煙が。
(ちょっと待って。ヒナくん、あの子まだ17歳よね!? 飲酒に喫煙って、一発アウトじゃない!!)
心臓が嫌な音を立てる。
スカイさんの言葉が脳内を駆け巡った。
『グループが沈むのは、俺の家族の学費が消えるのと同じなんだよ!』
(見なかったことにしたい。関わりたくない。私はただの陰キャオタクで、ジーク様さえいれば幸せなんだから……!)
けれど、ガタガタ震える足が、気づけば暗がりの方へと踏み出していた。
「……あの、ヒナくん、だよね?」
絞り出すような私の声に、不良たちの視線が一斉に突き刺さる。
ヒナくんは、タバコを挟んだ手で鬱陶しそうに髪をかき上げ、私を薄汚いものを見るような目で一瞥した。
「あー? ……ババア誰www 話しかけんなっつーのwww」
「………………」
ババア。
今、この三次元の未成年が、この私を、ババアと言った。
「誰だよ、ひなた、知り合い?」
「さぁー? 健人のとこの新しいマネージャーだっけ? 地味すぎて記憶に残んねーし、マジうぜぇ」
ヒナくんはニヤニヤと笑いながら、地面に唾を吐いた。
昼間の「いっち〜!」と呼んでいた愛くるしい笑顔はどこにもない。そこにあるのは、周囲に流され、自分を安売りしている子供の顔だった。
(……ムカつく。スカイさんの苦労も知らないで……!)
私の脳内で、ジーク様が剣を抜く音がした。
オタクの逆鱗は、推し(と、その生活基盤)を脅かす「無神経」に向けられた時、最大火力を発揮する。
「……ヒナくん。そのタバコとお酒、今すぐ捨てなさい」
「は? 何様のつもり? 警察でも呼ぶわけ?」
「警察より怖い『ママ』を呼ぼうかな〜?スカイさんがこの光景を見たら、アンガーマネジメントの本を投げ捨てて、あんたの首を括り上げると思うけど?」
スカイさん、ごめんなさい。
あなたの本性、言いました。
ヒナくんの顔が、一瞬で強張った。
私は一歩、彼らの輪の中に踏み込む。
「いい? 私はあんたの生活なんてどうでもいい。けど、あんたがここでやらかして『Luminous』が潰れたら、スカイさんの弟たちの大学進学が消えるのよ!! 私の、静かな推し活ライフも壊されるのよ!!」
「学費……? 推し……? 何言ってんだ、このババア……」
「黙って聞きなさい、このクソガキ!!」
私の怒声が夜の路地に響き渡った。




