第7話 絶対零度の聖母
「いっち〜!あっちでスカイさんが呼んでたよ? 何か手伝ってあげて?ねっ?」
末っ子メンバー、ヒナの自由奔放な絡みを(死んだ魚の目で)いなしていると、健人さんが申し訳なさそうに声をかけてきた。
ヒナくんは「いっち〜、その地味なメガネ、ヒナがデコってあげよっか?」なんて、キラキラした笑顔で私のパーソナルスペースをゴリゴリ削ってくる。怖い。
私は「処刑台に向かう罪人」のような足取りで、練習室の裏にある非常階段へと向かった。
そこには、銀髪を乱し、手すりに寄りかかって深いため息をつくスカイさんの姿があった。
「……来たか、鈍臭マネージャー、鈍 臭子。」
「一ノ瀬です。……スカイさん。あの、さっきのことは……」
「黙って聞け。あいつの本性なんて、とっくに気づいてるんだよ。楽屋でチャラいポーズの練習してるかと思えば、隅っこで漢字検定の勉強したり、大学のレポート書いてるだろ。あんなの、意識高い系の受験生だ」
スカイさんは、懐から「アンガーマネジメント」の本を取り出し、イライラとページをめくった。
「いいか。お前が健人の秘密を守りたいなら、俺の『アンガーマネジメント』……つまり、愚痴聞きにも付き合え。……俺はな、中卒でこの世界に入って、家族全員養ってるんだよ」
「え……家族を?」
「ああ。下に弟が5人いる。俺の目標は、あいつら全員を大学に行かせることだ。そのためには『Luminous』が売れ続けなきゃならない。健人が変な不祥事起こしてグループが沈むのは、俺の家族の学費が消えるのと同じなんだよ!」
(……重い。聖母の裏の理由が、あまりにも現実的で重すぎる……!)
スカイさんの瞳には、アイドルとしての輝きではなく、家計を支える大黒柱としての執念が宿っていた。
「だからお前は、健人の手綱をしっかり握れ。……ついでに、俺がパンクしそうになったら話を聞け。これは命令だ。いいな?」
「……わ、わかりました……」
「よし。……あ、健人くーん! お待たせ。一ノ瀬さんにちょっとお仕事の相談をしてたんだ。さぁ、後半戦も頑張ろうか(ニコッ)」
一瞬で「カメラの前限定のママ」に戻るスカイさん。
私は、隣で「スカイさんは本当に優しいですね……」と感心している健人さんの横顔を見ながら、心の中で叫んだ。
(健人さん! あんたのリーダー、マグネシウムどころか『家族の未来』を背負って戦ってる戦士なんだけど!!!真の意味で聖母だわ!)
私のマネージャー業務に、新たに「グループの家計防衛」という重圧が加わった瞬間だった。




