第6話 ママの聖母スマイル、MajiでHoukaiする5秒前
「……臨兵闘者皆陣列在前。……一ノ瀬さん、僕、行けます。ジーク様が憑依しています」
「はいはい、お経はいいから。とりあえず、その死装束みたいな顔を『どエロタイガー』に切り替えてください」
ついにやってきた、事務所の巨大な練習室。
防音の重い扉をそっと開けると、そこには三次元の輝きが飽和状態の『Luminous』のメンバーたちが揃っていた。
「あ、健人くん! おはよう。今日も早いね」
長い銀髪を揺らし、後光が差すような笑顔で迎えてくれたのが、リーダーのスカイさんだった。
まさに聖母。慈愛の化身。……でも、私のオタク特有の「裏読みセンサー」が、彼の笑顔の端々にピクピクと反応する。
「お、おはようございます、スカイさん。あ、こちらは新しいマネージャーの一ノ瀬さんです。あの、非常に優秀で、俺の……その、精神的、かつ……」
健人さんの声が震えている。ダメだ、スカイさんの「慈愛のバリア」に当てられて、今にも「実は昨日、一ノ瀬さんに買ってもらったポテチを三袋擬装工作に使いましたぁぁ!」と懺悔しそうだ。
私は横から健人さんの脇腹を全力でつねり、強制的に口を閉じさせた。
「……あ、一ノ瀬さんね。よろしく。健人くんをよろしくね(ニコッ)」
スカイさんはそう言うと、ふらりと部屋の隅に置かれたカバンへ向かった。
私は何気なく、その背中を追ってしまったのだが――。
「……アンガーマネジメント……アンガーマネジメント。みんなはできる子。本当にいい子。……仏のスカイ、仏のスカイ……」
(えっ……?)
スカイさんが、壁に向かってブツブツと呪文のように呟いている。
その手元にあるのは、『猿でもできる! アンガーマネジメントの始め方』という、およそ「微笑みの貴公子」には似つかわしくないタイトルの本だった。
「……スカイさん?」
思わず声をかけると、スカイさんの肩がビクッと跳ねた。
ゆっくりと振り返った彼の顔から、先ほどまでの「ママの笑顔」が霧消している。
「…………見たな……?」
その声は、地を這うように低かった。
「微笑みの貴公子」の目は、今や「獲物を仕留める直前のスナイパー」のように鋭い。
「コイツら(メンバー)の出来で、俺の生活が決まるんだよ。余計な口出しするんじゃねぇ! ……ったく、鬼島も余計なことしやがって……。こんな鈍臭そうな女のどこが使えるんだよ……」
「ヒィッ……!?」
(ひ、豹変したぁぁぁぁ! 本性出たぁぁぁ!)
「……あ、健人くん! お待たせ。さぁ、今日も楽しくレッスンを始めようか!」
一瞬で「ママ」の仮面を被り直し、中央へ戻っていくスカイさん。
私は一人、壁際でガタガタと震えることしかできなかった。
健人さんが恐れていた「視線」の正体。
それは優しさではなく、限界まで張り詰めた「中間管理職の殺意」だったのだ。
「……一ノ瀬さん? 顔色が悪いですよ。……もしかして、マグネシウム不足ですか?」
「…………あんたのリーダー、マグネシウムどころか『理性』が不足してるわ!!」
私のマネージャー生活、二日目にして「全方位が敵」であることが確定した。




