第5話 同居生活、はじめました。
「……逆、ですよね。普通……」
エプロン姿でテキパキと朝食の準備(栄養バランス完璧)を整える国民的アイドルの背中を見ながら、私は何度目かのため息をついた。
「ジーク様……。かっこいい!!! 僕も、一ノ瀬さんのように彼を理解すれば、もっと高み(どエロ)へ行けるでしょうか……??」
健人さんはキラキラした目で、昨日貸したアニメのブルーレイを宝物のように抱えている。
三次元の、しかも本物のアイドルを、二次元の推しが「教育」している地獄絵図。……なんて罪な男、ジーク様。
それより!!!
そ・れ・よ・り!!!
(いけない、鬼島さんの口調が移ってる……)
まさかの「マネージャー兼・生活管理兼・秘密保持」という名目で、隣同士だった壁がぶち抜かれ(比喩)、健人さんと同居することになってしまった。
ブラック企業を辞められたのは天国だけど、朝起きたらアイドルが全力で床拭きをして、私に白湯を差し出してくる日常。……やっぱり普通、逆じゃない!?
「……明日はグループ全員でのレッスンだ……。……また、あの人に怒られる……。いや、怒られるというか、あの視線に耐えられない……」
ガタガタと震え出した健人さんの背中を、私は反射的にさすり始める。
さっきまで「ジーク様最高!」と目を輝かせていたのに、仕事の話になった途端、この怯えよう。一体誰が彼をここまで追い詰めているのか。
(鬼島さんから『Luminous』のメンバー資料、全員分叩き込まれたわよね。……ええと、まずはこの人)
私の脳内に、資料の顔写真が浮かぶ。
リーダー、スカイ。
長い銀髪をハーフアップにし、常に柔和な微笑みを絶やさない。「微笑みの貴公子」の異名を持つ彼は、誰に対しても腰が低く、慈愛に満ちた聖母のような性格でメンバーには「ママ」と呼ばれている(カメラの前限定)……と書いてあった。
実際、練習場でも彼は怒鳴るどころか、
『健人くん、今のステップも素敵だけど、もう少しだけ「エロさ」を足してみようか? ほら、君ならできるよ(ニコッ)』
と、仏のような笑顔でアドバイスをくれるらしい。
(……あ、察した)
真面目すぎる健人さんにとって、その「期待に満ちた優しい笑顔」こそが、何よりも重いプレッシャーなのだ。
「スカイさんは……優しすぎるんです……っ! 僕が振りを間違えても『疲れてるんだね、温かいハーブティーを飲もうか』って微笑んでくれるんです。それが、それが僕には『次はないぞ』という無言の宣告に聞こえて……!!」
「いや、被害妄想が漢検一級レベルに難解すぎるわよ」
「一ノ瀬さん、明日、僕のそばにいてください。スカイさんの『慈愛のバリア』に当てられたら、僕、その場で懺悔して、自分が毎日ポテチの擬装工作をしていることまで白状しちゃいそうです……!」
「……わ、分かりましたよ。仕事ですから」
こうして私は、アイドルのパニックを鎮めるための「精神安定剤兼、懺悔防止係」として、ついに禁断の練習室へと足を踏み入れることになった。
そこには、資料で見た以上に「キラキラ」した地獄――ではなく、さらなる個性派揃いのメンバーたちが待ち構えていたのだった。




