第2話 キラキラの裏側は、四字熟語とプロテイン
「……はい、これ。代行料と、リストと、買い物袋です。よろしくお願いします。一ノ瀬さん」
私の部屋の玄関先で、国民的アイドルが……いや、隣人の佐藤健人(中身:超真面目)が、深々と頭を下げていた。
差し出されたのは、高級ブランドのロゴ入りバッグ……ではなく、使い古された「保冷機能付きエコバッグ」。
そして、几帳面な字で『鶏むね肉(皮なし)』『ブロッコリー』『小松菜』と書かれたメモ帳だ。
(ちょっ……待って!? なにこの状況。私の人生、バグってない!?)
私の脳内会議は、すでにキャパオーバーで怒号が飛び交っている。
「あの……。僕、あのキャラ(チャラ男)のせいで、スーパーで『今日のおすすめ、お兄さんみたいにピチピチだよ!』とか『今夜、俺と一緒にどう?』的なノリを店員さんに期待されちゃうんです。でも、僕にはそんな高度なアドリブ、無理で……。既婚者に迫られることも多いんです。」
だって二つ名「どエロタイガー」だもんな。
レオン(仮)は、長い指先で申し訳なさそうに髪の結び目をいじった。
「断るのも失礼ですし、かといって期待に応える語彙力もない。なので、代わりに買ってきていただけると助かります。報酬は……これでどうでしょう」
彼が差し出したのは、現金——ではなく。
『期間限定:魔法少女マジカル・ルナ コラボ特製クリアファイル(非売品)』。
「ヒッ……!? それ、初日で瞬殺された激レア限定品!! なんであんたが持っているんですか!?」
「先日、そのアニメの特番にゲストで呼んでいただいた際に、関係者の方から二枚いただきまして。保存用と観賞用、ですよね?」
(こ、こいつ……できる……っ!! オタクの心理を完全に理解してやがる……!!)
餌に釣られ、私は気づけば彼の部屋に足を踏み入れていた。
そこで目にした光景に、私の心臓は別の意味で停止する。
「……え、ここ、修業中の僧侶の部屋?」
酒? ない。タバコ? ない。女の影?当たり前にない。
あるのは、等間隔に並べられた腹筋ローラーと、使い込まれたダンベル。
そして机の上に鎮座していたのは——。
「『漢字検定一級・完全攻略本』……?」
「あ、はい。今、一級を目指して勉強中で。……一ノ瀬さん、『魑魅魍魎』って書けますか? 僕は昨日、書けるようになりました」
レオンは少しだけ、本当に少しだけ、誇らしげに口角を上げた。
その表情、その、控えめだけど真っ直ぐな瞳。
(……待て。デジャヴだ。これ、どこかで……)
私の脳裏に、昨夜悶えていた推し——黒髪の剣士・ジークが重なる。
ジークも、戦いの合間に静かに刀を研ぎ、己を律するストイックな男だった。
今、目の前で「漢字の書き順」について熱く語り始めた男。
低い位置で結った長髪がさらりと肩に流れ、真剣な眼差しで参考書を見つめるその「背中」。
(……嘘でしょ。なんで……なんで三次元の、しかも一番嫌いなタイプのはずのチャラ男アイドルが……推しのジークに重なって見えるのぉぉぉぉ!?)
「一ノ瀬さん? 顔が赤いですよ。……もしかして、亜鉛不足ですか?」
「うるさぁぁぁい! 栄養素で語るな三次元!!」
私の「キラキラ拒否反応」は、あろうことか「推しへの情熱」と混ざり合い、未曾有のパニックへと突入した。




