第3話 どエロタイガーの献身と、決死のサバイバル
「……任務、完了。……死ぬかと思った……」
私はボロ雑巾のような気分で、レオン――もとい、隣人の佐藤健人さんの部屋の前に立っていた。
手には、『鶏むね肉(皮なし)』が詰まったエコバッグ。
スーパーでの買い出し中、あろうことかレオンの熱狂的ファン『キティ』の集団に遭遇したのだ。
『ねぇ見て、この鶏肉のラインナップ! レオン様が筋肉維持のために食べてそうなストイックさじゃない!?』という鋭すぎる推察を聞いた瞬間、私のオタク・サバイバルスイッチがオンになった。
「これはっ……! 私の、私による、私のための、脂肪燃焼スープの材料なんだからねっ……!」
変な裏声でカモフラージュし、カゴの中にポテトチップス(特大)を山盛り叩き込んでカムフラージュに成功。……おかげで、予定外の出費と心臓のバクバクが止まらない。
「お疲れ様です、一ノ瀬さん。……え、そのポテチ、まさか全部一人で?」
「うるさいです……! これもあなたの『どエロタイガー』を守るための擬装工作ですよ!」
「擬装……? よく分かりませんが、助かりました。……あ。もしよろしければ、お礼に夕食を食べていきませんか? 多めに作ったので」
「は……?」
気がつけば、私は再び『修行僧の部屋』に招き入れられていた。
健人さんは手際よく、低い位置で結った髪をさらに高い位置でまとめ直し、エプロンを締める。その無駄のない動き、まさにジーク様が戦場に立っているかのよう……。
「どうぞ。……一ノ瀬さん、最近コンビニ飯ばかりだと言っていたので。五穀米と、サバの味噌煮、小松菜のお浸しです。塩分は控えめにしてあります」
目の前に並べられたのは、栄養学の権威が作ったかのような完璧な和食。
恐る恐る口に運ぶ。……瞬間、。
「……っ、うわぁぁぁぁぁん!!」
「えっ!? 一ノ瀬さん!? 味が薄すぎましたか!? 醤油持ってきますか!?」
「違う……違いますぅ……!温かい……ご飯が温かいよぉ……!! 誰かが作ってくれたご飯なんて、何年ぶりか分からないですよぉぉ!!」
一人暮らしのオタク女子の心に、手作り料理の温かさがクリティカルヒット。私は文字通り、サバの味噌煮を前に号泣した。
「一ノ瀬さん、落ち着いてください! 亜鉛だけじゃなく精神的疲労も蓄積して……!……俺の女になるか?」
えっ……。急にレオンモード?引くんだけど。
健人さんの顔が一気に赤くなる。
その時だった。
ドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!!
「レオン!! 入るわよ! 抜き打ちチェック!!」
「げっ、マネージャーの(きじま)さん……!!」
健人さんの顔が真っ青になる。今、この部屋に女がいるとバレたら、彼の「どエロタイガー」としてのキャリアも、私の平穏な生活も終了だ。
「一ノ瀬さん、隠れて! クローゼットは……ダメだ、あそこは衣装が! こっち!!」
私は健人さんに引きずられ、筋トレ用の巨大な厚手マットの裏に押し込められた。
壁とマットの隙間。
……めちゃくちゃ、狭い。そして、鼻を突くのは健人さんの「柔軟剤」と「石鹸」の匂い。
(近い近い近い! 三次元が近い!! 死ぬ、窒息する……!!)
「……レオン? 何やってるの、その格好。エプロン? まさか自炊なんてしてないでしょうね。あなたは『主食は女の愛』っていう設定なんだから……」
「鬼島さん、違います。これは……その、新曲のイメージトレーニングです! 料理を……そう、獲物を捌くような……エロティックな……」
「……ふーん。ならいいけど」
数分後。嵐のようなマネージャーが去り、私たちはようやく解放された。
私は息も絶え絶えに、マットの裏から這い出す。
「……はぁ、はぁ……もう、無理。心臓が持たない……帰ります……」
「あ、待ってください一ノ瀬さん! あの、今のマネージャーとの会話は……!」
健人さんは、私を引き止めるために咄嗟に「レオン」のスイッチを入れた。
「……ねぇ、さっきの続き、しよっか? 俺の隠れ家で、もっと奥まで……抱いてやるよ、子猫ちゃん(ウィンク)」
――静寂。
私の視界には、エプロン姿で、手にはまだおたまを持ったまま、必死にチャラいセリフを吐く「どエロタイガー(仮)」の姿。
「………………はぁ?(ドン引き)」
「……すみません、今のなしで。忘れてください。死にたいです」
健人さんはその場に膝をつき、今日一番の「真面目な顔」で絶望していた。




