第1話 眩しすぎる太陽と、深海魚の私
「はぁぁぁぁん……っ/// 二次元最高! 真面目で無口で背中で語る私の推し……結婚したい……。我が人生、一遍の悔いなし……!!」
薄暗い自室。ブルーライトに照らされた私の顔は、きっと端から見れば末期症状だろう。
画面の中では、黒髪の剣士が血を流しながらも静かに刀を収めている。その背中に、私は何度目かも分からない拝跪を捧げた。
私の名前は、一ノ瀬ひより。
趣味はアニメ観賞。特技は「存在感を消すこと」。
将来の夢は、推しの概念が宿る空気になって静かに生涯を終えることだ。
「……それに比べて、現実(3次元)の男ときたら……」
ふと視界に入ったテレビのワイドショー。
そこには、今をときめく国民的アイドルグループ『Luminous』のセンター、レオンが映っていた。
赤い派手髪の長髪をゆるく結い、耳にはこれでもかとピアスが光っている。
カメラに向かってウィンクを飛ばしながら、彼はとろけるような甘い声で言った。
『今日会いに来てくれた子も、来られなかった子も……全員まとめて、今夜俺の夢に招待しちゃうよ。全員抱いてやる。愛してる、俺の子猫ちゃんたち』
チュッと投げキッス。
「ヒィィィッ……!! 怖い! 眩しい! 物理的に目が焼ける!!」
私は即座にリモコンを連打してテレビを消した。
あんな「人類全員、俺の女」みたいなオーラを撒き散らす生き物、私にとっては核爆弾と同じだ。キラキラした陽キャの王。接点など一生なくていい。
――そう、思っていたのに。
「……あ。あの、一ノ瀬さん。そこ、僕の洗濯物が干してあるので……少しだけ、どいていただけますか?」
数時間後。
私がアパートの共同ベランダで、大事な『推し抱き枕カバー』を干そうとしていた時のことだ。
背後から聞こえてきたのは、テレビの甘い声とは正反対の、低くて丁寧で、どこか疲れ切った声。
「ひっ、陽キャ……!?」
恐る恐る振り返ると、そこには――。
派手なセットを解き、艶やかな長髪を低い位置で一本に束ねた、あのレオンがいた。
ピアスは外され、着ているのはアイロンがピシッとかかった地味な白Tシャツ。手には、几帳面に畳まれたバスタオルが抱えられている。
「……レ、レオン……?」
「あ、すみません。外ではその名前ですが……ここではただの隣人、佐藤健人です。あの、その抱き枕、生地が繊細そうですから、直射日光より陰干しの方が長持ちしますよ?」
「え……?」
「それと、僕のキャラを守るため、今日のことは秘密で……あ、いや。協力してください!お願いします!でないと、あなたが芸能界に潰されちゃいます!!」
……え、今なんて?
「潰す」じゃなくて「潰されちゃう」?
パニックになる私の前で、国民的アイドル(仮)は深々と頭を下げた。
結び目から一筋こぼれた長い髪が、夕日に透けて——なぜか、画面の中の推しよりも綺麗に見えてしまった。
これが、私の平穏なオタク人生が終了し、「キラキラ拒否反応」との戦いが始まった瞬間だった。




