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砂漠転生  作者: たまりん
第4章 オルデ編 ― 迷宮都市への旅路 ―
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第76話 ロイド、海へ


 第76話です。


 遺物倉庫で鑑定が始まる傍ら、暇な男が一人。

 港の朝の喧騒の中に、仕事を探して歩き出す。

 網を繕う老人との、短い言葉が扉を開けた。

 ロイドは何も知らないまま、海へと踏み込んでいく。



 翌朝。


 倉庫の一階は、思ったより広い。


 天井まで届く棚が何列も並び、その上に布をかけられた品々や木箱が積まれている。タクミは棚の間をゆっくりと歩きながら、並んでいるものを順番に眺めた。ルナとリシェルがその後ろについてくる。ザイードが先頭に立って、淡々と案内する。


「これが今回の鑑定対象です」


 ザイードが棚の一角を示した。


「正直に言います。ここにあるものの九割は遺物ですらない。ただのガラクタです」


「そうか」


「前の鑑定士が片っ端から買い集めたらしくて。目利きが壊滅的だった」


 ザイードの声に、うっすらと疲労が滲んでいる。


 タクミは棚の前に立ち、布のかかった品をひとつ手に取る。布を外す。金属製の筒だった。表面に細かい文字が刻まれている。


 読む。


「水を濾す道具だな。内部に特定の鉱物が詰められていて、毒素を除去する仕組みになってる。王国期の生活用品だ」


 ザイードが目を細めた。


「……その刻印、サラトニア前期の文字ですよ。解読した研究者は帝国にはいない」


「そうなのか」


「なんで読めるんですか」


「俺の田舎に物好きがいてな。子供の頃から叩き込まれたからな」


 ザイードはしばらくタクミを見る。それから何か言いかけて、やめた。


 タクミは次の品を手に取る。石板だった。やはり文字がある。


「灯台の管理記録だ。何年何月に油を補充したか、どの方角に船が通ったか。日誌みたいなもんだな」


「……それもわかるんですか」


「まあ」


 ルナが隣で覗き込んでいる。


「すごいわね」


「ガラクタはガラクタだけどな」


 タクミは石板を棚に戻した。


 そうやって棚を一列、二列と進んでいく。金属の欠片、陶器の破片、奇妙な形の器。タクミは手に取るたびに文字を読み、用途を告げる。灌漑用の弁。記念碑の台座の一部。子供の玩具。農具の部品。


 ザイードはそのたびに何かを書き留める。だんだんと表情が変わってくる。最初の無表情が、少しずつほぐれていく。


「これは?」


 ザイードが自分で一つ手に取り、タクミに差し出した。


 タクミは受け取る。小さな金属板で、表裏に文字が刻まれている。


「通行許可証だな。サラトニア王国の東門、第三検問所の。持ってる人間は手荷物の検査を免除される。これは役人か商人の上位層が持ってたやつだ」


「……帝国博物館が欲しがってる資料ですね、それ」


「そうなのか」


「東門の記録が残ってなくて。どういう制度だったか不明なんです。これがあれば証明できる」


「制度の空白が埋まる。研究者が泣きますよ」


 ザイードの声が、わずかに高くなっていた。


 ◇


 棚の間を歩いていると、視界の端に動くものが見えた。


 ロイドだった。


 倉庫の奥をうろうろしている。棚を眺め、品を手に取り、また棚に戻す。手持ち無沙汰が全身から滲み出ている。


 あいつは何をしているんだ。


「ロイド」


 声をかけると、ロイドがぱっと振り返った。


「なんだ、兄貴」


「お前、暇か」


「まあ……そうだな」


 正直に言う男だ、とタクミは思った。


「俺の住んでいた田舎には、こういう言葉がある」


 少し間を置いた。


「働かざる者食うべからず。要は自分の飯代くらい自分で稼げということわざだ。護衛の依頼料はお前の分も預かってるが、渡すのはもう少し後にする」


「まじかよ……」


 少し間を置いて、ロイドは頷いた。


「わかったよ……」


 その目が、何かを決めた光をしている。


 本当にわかっているのか。それともわかったふりをして遊びに行くのか。タクミにはどちらとも判断できなかったが、深くは聞かなかった。


 ロイドは倉庫の扉へ向かって歩き出す。


 扉が開き、閉まる。


 タクミは棚に向き直った。


「続けよう」


 ◇


 港の朝は、音が多い。


 波の音。綱を引く音。荷を積む声。船乗りたちの怒鳴り合い。それらが混じり合って、ひとつの塊になって港全体に満ちている。


 ロイドはその中をぶらぶらと歩く。


 仕事を探す、と言えば聞こえはいい。実のところ、何をすればいいのかさっぱりわからなかった。探訪者の仕事なら勝手がわかる。魔獣を倒す、護衛をする、荷物を運ぶ。だが港での仕事となると、勝手が違う。


 埠頭の端まで来たとき、ロイドは足を止めた。


 老人が一人、波止場の片隅に座っている。


 網を繕っている。


 白髪を短く刈り込んだ、日焼けした老人だった。着ているものは質素で、どこにでもいる隠居の漁師のように見える。


 だが。


 その前を通り過ぎる漁師たちが、誰も例外なく、自然に頭を下げていた。声もかけず、立ち止まりもせず、ただ体が自然と折れていく。


 ロイドはそれを、なんとなく眺める。


 それから、深く考えずに歩み寄った。


「なぁ、じいさん、仕事ないか」


 老人は顔を上げなかった。網を繕う指先だけが、細かく動いている。


 沈黙。


 波の音だけがあった。


「……体力には自信があるか」


 老人が、低く言った。


「おう、体力しかねえぞ!」


 老人はしばらく黙っている。網を一目繕い、また一目繕う。


 それから顎で、沖の方を示した。


「あそこへ行け。俺から許可を貰ったと言え」


 ロイドが目を向けると、漁船と海の男たちがひしめき合っている場所があった。荷を積んでいる者、網を確認している者、怒鳴り合っている者。活気というより、殺気に近い熱気だった。


「わかったぜ、じいさん。ありがとな」


 老人は答えなかった。ただ、網を繕う手を一瞬だけ止めた。


 ロイドはすでに歩き出していた。


 ◇


 男たちは、ロイドが近づくとすぐに気づいた。


「なんだ、お前」


 太い声だった。四十がらみの男が、じろりとロイドを見る。日焼けした顔に、古い傷跡がある。


「仕事させてくれ。あそこのじいさんに許可を貰った」


 男が眉を寄せた。視線が、ロイドの背後の老人の方へ向く。それからロイドへ戻る。


「……波止場の老舛じいが許可を出したのか」


「名前は知らないけど、あそこで網を繕ってるじいさんだ」


 男たちが顔を見合わせる。何かを無言で話し合っている。


「……乗れ」


 しぶしぶ、という声だった。


「役に立たなかったら海に放り込むからな」


「おう、わかったぜ、おっさん」


 男がわずかに目を細めた。気に入ったのか気に入らなかったのか、どちらともわからない顔だ。


 ◇


 船が出た。


 港を離れると、風が変わる。


 湿った、塩気の強い風が体に当たる。波が船底を叩く感触が足裏から伝わってくる。遠ざかっていく港の輪郭が、白い朝の光の中に溶けていく。


「おお」


 ロイドは思わず声を上げた。


 水平線が、遠い。空との境目が霞んでいて、どこまでが海でどこからが空なのかわからない。港の中から見る景色とは、まるで別の世界だった。


「ぼーっとすんな。網だ」


 男の一人が怒鳴った。


「おう」


 ロイドは元気よく答えた。


 網を張る作業が始まった。男たちが何人かで連携して、重い網を海へ展開していく。ロイドは見よう見まねでついていく。


「網の投げ方はわかったか」


「わかったぜ」


「じゃあやってみろ」


 ロイドは網を手に取った。


 重い。だが持てる。腕に力を込めて、海へ向かって投げた。


 ざばん、と大きな音がした。


 男たちが黙った。


 ロイドが一人で投げた網が、通常の倍近い範囲に広がっている。


「……お前、力はあるな」


 男たちはしばらく顔を見合わせてから、また作業を続けた。


 しばらく船は沖を漂う。風が吹き、波が揺れ、男たちは思い思いに時間を過ごす。煙草を吸う者、水を飲む者、目を閉じる者。


 ロイドは海を見ていた。


 水の色が、場所によって違う。浅い緑のところ、深い青のところ、黒に近いところ。その中に、影が見えた。


 大きな影だった。


「おい、おっさん!」


「なんだ」


「あそこに何かいるぞ」


 ロイドが指差した先を、男が見た。


 一瞬、顔色が変わった。


「どこだ」


「あそこだ。でかいな」


 男が他の男たちに何か叫んだ。男たちが一斉に海を見る。その顔が、みるみる青ざめていく。


「網は入れるな! 絶対だ!」


「まだ投げてないぞ」


「投げるな! 絶対に投げるな!」


 男たちが慌てふためいている。ロイドにはわけがわからなかった。


「なんだ、あの魚」


「ドレクだ」


 男が掠れた声で言った。


「オルデ沖に出る大型魚だ。成魚になれば船ごと引っ張られる。最後に仕留めたのは十年以上前だ。遭遇したら逃げるしかない」


 ロイドは海を見た。


 影が、ゆっくりと動いている。船の真下に向かって、じわじわと近づいてくる。水面の揺れ方が変わった。何かが、下から押し上げてくるような感触だった。


「せっかく網があるんだからよ、獲ろうぜ!」


「馬鹿を言うな! 死ぬぞ!」


「やってやるぜ!」


 ロイドは網を手に取った。


「おい待て、お前!」


 止める間もなかった。


 網が海へ飛ぶ。


 次の瞬間、引きが来た。


 ものすごい引きだった。


 ロイドが両足を踏ん張っても、ずるずると引き込まれる。腕が、肩が、軋む。


「切れ! 網を切れ!」


「なんでだよ!」


 船が傾いた。


 男たちが悲鳴を上げる。荷物が滑る。誰かが手すりにしがみつく。波が甲板を叩いた。


 そのとき、ロイドの足が濡れた甲板でつるりと滑った。体が傾ぎ、膝をつく。手から網が離れかけた。


「掴まれ!」


 誰かが叫んだ。


 ロイドは手すりの支柱を掴んだ。左腕に全体重がかかる。肩が外れそうな衝撃が走った。それでも右手だけは網を離さない。


 ドレクが沖へ向かって泳ぐ。網が悲鳴を上げる。このままでは切れる。


 ロイドは大きく息を吸い込んだ。膝をついたまま、喉を鳴らすように震わせる。


「Ghrakthzor=Vordazkh」


 爬虫類の鳴き声のような声が、波の音を貫いた。次の瞬間、ロイドの目が黄金色に輝く。全身に力が漲り、左肩の痛みが遠のいた。支柱を掴んでいた指が鋼の鉤のように食い込む。


 右腕一本で網を手繰り寄せる。さっきまで両足で踏ん張っても引き込まれていたのに、今は片腕でたぐり寄せている。一歩、また一歩と前に出る。揺れる甲板に足の裏が吸い付くように踏みとどまる。


 水面が割れた。巨大な何かが浮き上がってくる。体長は船の半分近く。鱗は黒く、水を弾いて鈍く光っている。頭は平たく、両側に張り出した目がぎょろりと動く。口が開き、内側に無数の歯が並んでいた。


 ロイドはそれを見た。見て、一つ息を吸う。網を握る右手に力を込め、さらにたぐり寄せる。ドレクの頭が目前に迫る。左手を腰へやった。


 竜骨刃を一本抜き、逆手に構える。


「このやろう……!」


 踏み込んだ。網を引きつつ、左手の刃をドレクの眉間めがけて突き立てる。


――ザグンッ。


 深く刺さる。ドレクが暴れ、船が大きく揺れる。刃を引き抜かず、さらに体重をかけて押し込む。網が手から滑り落ち、海へと流れていく。すかさず右手で二本目の竜骨刃を腰から引き抜いた。


――ザグンッ。


 横から頭蓋を貫く。ドレクの動きが止まる。力が抜けていく。静かになった。


 波だけが、また規則正しく船底を叩いていた。


「手伝え!」


 ロイドが言った。


 誰も動かなかった。


「おい! 手伝えよ!」


 男たちが、はっと我に返る。


 全員で網を引いた。重い。足を踏ん張り、腕に力を込め、少しずつ引き上げていく。甲板にドレクが乗り上がるまで、かなりの時間がかかった。


 乗り上がる。船が大きく沈む。


 男たちが黙った。


 誰も何も言わない。甲板に横たわるドレクを、ただ見ている。


 それから、一人が笑い出した。


 つられて、また一人。


「やったぞ!」


「十年ぶりだ!」


 男たちがロイドの背中を叩いた。肩を掴んだ。誰かが帽子を投げた。


 ロイドは竜骨刃を鞘に戻しながら、少し照れくさそうに頭を掻いた。黄金の輝きは、もう消えている。


「でかかったな」


「でかかったどころじゃないぞ! この話、港中に広まるぞ!」


 男たちは笑い続けた。


 その後も漁は続いた。


 網を入れるたびに魚が上がった。ドレクを仕留めた後から、男たちの動きが変わっていた。恐る恐るだったものが、大胆になる。ロイドがいるなら何が来ても大丈夫だ、という空気が船の上に満ちていた。


 日が傾く頃、船は港へ戻った。


 豊漁だった。


 男たちは岸に上がると、すぐに積荷の確認を始める。魚が次々と台に並べられていく。ドレクが運び出されるとき、港にいた人間たちが一斉に集まってきた。


「ドレクじゃないか」


「誰が仕留めた」


「あの若いのが一人でやったらしい」


 ざわめきが広がった。


 傷跡のある四十がらみの男が、ロイドの前に来た。


「即払いだ」


 革袋を放ってきた。ずしりとした重みがある。


「それと」


 男が後ろを向いて何か言うと、人足たちが籠を持ってきた。


 魚が山盛りに入っている。


「今日の分け前だ。持っていけ」


「まじかよ! ありがとな、おっさん」


「また来るか」


 ロイドは籠を肩に担ぎながら答えた。


「おう、明日も来るぜ!」


 男が、初めて笑った。傷跡が引きつれて、少し怖い笑顔だった。だがそれは間違いなく笑顔だった。


 ◇


 帰り道、ロイドは老人のところへ寄った。


 老人はまだそこにいた。夕刻になっても、同じ場所で、同じように網を繕っている。


「じいさん、今日はありがとな。おかげで仕事ができたぜ」


 老人は顔を上げなかった。


「ドレクを仕留めたそうだな」


 ロイドは少し驚いた。もう耳に入っているのか。


「でかかったぜ。びっくりした」


「十三年ぶりだ」


 老人の指が、糸を引く。網の目が一つ、また一つと補われていく。


「明日も来るか」


「おう、明日も来るぜ」


 ロイドが答えると、老人は何も言わなかった。


 ただ、網を繕う手が、少しだけゆっくりになった。


 ロイドにはその意味がわからなかった。わからないまま、籠を肩に担いで歩き出した。


 夕陽が、水面を赤く染めている。


 港の男たちの声が、遠くで続いていた。


 ◇


 倉庫に戻ると、一階の入口の前にリシェルが立っていた。


 外の空気を吸いに来ていたのか、壁に背を預けて空を見上げている。ロイドの足音に気づいて振り返る。


「ロイドさん、おかえりなさい」


「おい、リシェル、これ見ろよ」


 ロイドは肩の籠を見せた。


「……それ、全部魚ですか」


「そうだ、すげえだろ!」


 リシェルが目を丸くした。


「……す、すごい量ですね」


「港の男たちにもらったんだ。うまそうだろ」


「うまそうですね……」


 リシェルが籠を覗き込んでいると、倉庫の扉が開いた。


 タクミが出てきた。ルナとザイードも続く。


 タクミが籠を見た。


 一拍、間があった。


「……ロイド」


「なんだ、兄貴」


「その魚、おまえが獲ってきたのか」


「働いた分だけくれたんだ。働けば食えるって、兄貴の言った通りだったぜ」


 タクミは籠を見た。魚を見た。ロイドを見た。また魚を見た。


「……何をしてきた」


「漁だ。あとでかい魚を仕留めた」


「でかい魚?」


「ドレクっていうんだ。十三年ぶりらしいぜ」


 ザイードが、わずかに眉を上げた。


「ドレクを?……あれは船団単位で狩る対象ですが」


「みんなで引き上げたんだ。俺が眉間に刺して、おっさんたちと一緒に引き上げたぜ」


「そうですか。眉間は正解です。脳幹が浅い」


 ザイードはしばらくロイドを見ていた。それから何か言いかけて、また本に目を落とした。


 ルナが籠を覗き込んだ。


「これ、全部今日獲ったの?」


「すげえだろ。豊漁だったぜ」


「焼くか」


 タクミが言った。


「よっしゃ! 焼こうぜ、兄貴!」


 ロイドが即答した。


 ◇


 倉庫の裏手に、荷の搬入に使う広い石畳のスペースがあった。


 タクミが炉を組んだ。石を積んで、鉄の網を渡す。火をおこす。ロイドが籠から魚を取り出して、一匹ずつ並べていく。


 日が落ちていく。


 空の色が、橙から赤へ、赤から紫へと変わっていく。埠頭の向こうに海が見えて、その水面が空の色を映して揺れている。


 魚が焼ける匂いが広がった。


 塩をふった魚の皮が、じりじりと音を立てる。脂が落ちて炎が揺れる。香ばしい煙が、夕風に乗って流れていく。


「うまそうだ」


 ロイドが身を乗り出し、危うく炭火に顔を近づける。


「近いわよ、焦げるわよ」


「焦げねえよ! 魚じゃねえんだから!」


「うまそうね」


 ルナはくすっと笑いながら頷く。


「……お腹が、空いてきました」


 リシェルが小声で言った瞬間、腹の虫が小さく鳴った。


 ガウルが炉の近くに座って、じっと魚を見ている。白銀の毛並みが、夕陽に照らされて淡く光っていた。


「ガウル、明日も獲ってくるからよ」


 ロイドがガウルに言った。


 ガウルは耳を動かした。それからロイドを一度見て、また魚に視線を戻す。


 魚が焼けた。


 一行は石畳に並んで座り、焼けた魚を手に取った。熱い。皮がぱりりと割れて、白い身がほぐれる。塩気が口に広がる。


「新鮮なだけあって、旨いな」


「うまいぜ、兄貴! なんだこれ、身がぷりっぷりだ!」


「本当に美味しいわ。塩加減もちょうどいいわね」


「……おいしい、です」


 ザイードも、少し離れたところで黙って食べていた。


 日が落ちた。


 空に星が出始めた。


 港の灯りが、水面に揺れている。遠くで船の汽笛のような音がした。


 誰も何も言わなかった。


 ただ、魚を食べながら、夜が来るのを見ていた。


 ロイドが空を見上げた。


「明日も行くって約束したんだ」


「誰に?」


「じいさんと、おっさんたちに」


 タクミはわずかに視線を上げ、少しだけ考えた。


「……しばらく食費がかからんな。でかしたぞ、ロイド」


 ロイドは鼻の下をこすり、照れくさそうに笑う。


「へへっ。兄貴にそう言われると、悪い気しねえな」


 ロイドは満足そうに頷いた。


 ガウルが、ロイドの隣にそっと体を寄せた。


 ロイドはガウルの頭に手を置いた。


「今日はよく働いたぜ、俺も」


 ガウルは何も言わなかった。ただ、目を細めた。


「明日も獲ってきてやるからな。でかいやつをよ」


 ガウルの尻尾が、ゆっくりと一度だけ揺れた。


 夜の港が、静かに広がっていた。


 潮の音が、遠くで続いていた。



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第76話 「ロイド、海へ」でした。


 十三年ぶりのドレクが、港に上がった夕暮れ。

 誰からも恐れられる浜のドンが、静かに笑った。

 焼き魚の煙が倉庫の裏に漂い、夜が来る。

 ガウルの尻尾が一度揺れた、それで十分だった。


 次回、第77話 「リシェルとガウル」


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リシェルとガウル
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