第72話 護衛依頼――オルデへ①
第72話です。
無銘王の封鎖墓へと至る旅路の果てに。
彼らはもはや偶然の同行者ではなかった。
幾度もの危機と沈黙を越え、名を刻み合い。
やがて揺るぎない絆を抱く仲間となっていた。
翌日、探訪者協会・協会長室。
正面にタイフと、筋骨隆々のガイウス。タクミの隣にはルナ。なぜだか距離が近い。触れはしないが、気配が重なるほどに寄り添っている。その横で、ロイドはタイフの差し入れた茶菓子を無心に貪っていた。甘い香りが、静かな空気に滲む。入口近くではガウルが丸くなり、リシェルが嬉しそうにその毛並みを撫でている。
「以前お話しした通り――このたび、私が正式に当主を継ぐこととなりました」
「そうだったな。改めて、おめでとう、タイフ」
「タクミ様のお力添えあってこそでございます……」
声がわずかに震える。今にも目元が潤みそうになるのを見て、タクミは小さく息を吐き、やんわりと割って入った。
「……それで、依頼って何なんだ?」
タイフは一瞬視線を落とし、すぐに表情を引き締める。
「当主就任に伴い、オルデ本家へ戻らねばなりません。つきましては、タクミ様に護衛をお願い申し上げたく」
「護衛か。オルデには行く予定だったしな。俺でよければ引き受けるぞ」
「出立は七日後。引き継ぎが完了次第、発ちます」
「七日後だな。わかった、準備しておくよ」
「報酬はお一人につき金貨十五枚。破格であることは承知しております」
「金貨十五枚か……確かに多いな。でも商会が出すなら、ありがたく頂くか……」
「道中の食料、必要経費はすべてオルデン商会が負担いたします。ご心配には及びません」
「至れり尽くせりだな」
「さらに、緋銀級の探訪者パーティをもう一組、同行させます」
「ずいぶん厳重だな。魔獣でも出るのか?」
タイフは静かに首を横へ振る。
「タクミ様。ラシェンテからオルデまで、警戒すべきは魔獣ではございません」
一拍。
「――警戒すべきは“人”でございます」
「……盗賊か」
「左様でございます」
タイフはひと通りの説明を終えると、深く一礼した。
「では、失礼いたします」
書類を抱え直し、足早に扉へ向かう。その背に迷いはない。だが立ち止まる暇もなさそうだった。静かに扉が閉まる。……忙しそうだ。
タイフが去り、室内の空気がわずかに緩んだ、そのときだった。ガイウスが一歩、前に出る。
「ひとつ、聞かせてもらおう」
低い声が落ちる。
「岩戸は……どうやって開けた」
真正面からの視線。試すようでもあり、値踏みするようでもある。
「昔、白金級の探訪者パーティが挑んだことがある。だが、傷ひとつ付かなかったそうだ」
静かな重みのある言葉だった。タクミは少しだけ首を傾ける。
「体当たりだ」
あっさりと答える。短い沈黙が落ちた。ガイウスの目が細くなる。
「……答える気がないなら、もういい」
低く、押し殺した声。わずかに不機嫌さが滲む。それ以上は何も言わず、巨体はわずかに身を引いた。納得していないのは、誰の目にも明らかだった。
◇
探訪者協会一階、右奥のテーブル。タクミは椅子に浅く腰かけ、ふと視線を落とした。
サラディンには、オルデに行けと言われた。だが――オルデで、何をすればいいのか。
(……サラディン……)
オルデに着いたらどうすればいい――
これまでのそれとは違う、胸の奥へゆるやかに流れ込んでくる、感動にも似たあたたかな感覚。
『――砂漠を抜け出たか。祝着である。八〇〇年の悠久において、生身のまま此の研究塔へ辿り着きし者は在らず。此方へ至れぬということは、砂漠をもまた越え得ぬということ。汝はそれを成した。偉大なり。過去に一度、ゼクトルが帰還せしのみ――されどあれは霊体なり。故に砂漠を渡れたるに過ぎぬ。
汝を召喚せし際に用いたる神法は、神還の法。その魔法陣に刻みし王の器の条件――それは即ち、己が信義に生き、怯まず進み、弱きを慈しみ、真を尽くし、命を懸けて誰が為に仕える者。かかる魂のみが、王の座に相応しき器なりと定めた。されど、この選定の故に、汝の人生を狂わせてしまった。幾度詫びようとも足りぬ。真に、済まぬと思っている。
だが――我が選定に狂いなきこと、今ここに厳か証明された。オルデへ至りし王の器よ、先ずは北の大陸へ渡れ。港町レミアを目指すがよい。然る後、更に西へ――迷宮都市マリアガルデへ向かえ。其処に、ゼクトルが待つであろう』
「ただのサラリーマンが、王なわけないだろ」
思わず声が出た。
誤魔化すように、タクミはルナとリシェルに問いを向ける。
「……お、オルデに着いたら、ルナとリシェルはどうするんだ?」
ルナは一拍置いて、悪戯っぽく微笑んだ。
「帝都にいるアレクお兄様に会いに行くわ」
迷いのない声だった。
「……わたしも、帝都へ戻る予定です」
リシェルが静かに続ける。
「そうか。俺は迷宮都市マリアガルデに行かなきゃならないんだが……マリアガルデって、今もあるよな?」
ルナが怪訝そうに眉をひそめた。
「何を言っているの? マリアガルデがなくなるわけないでしょう。帝国直轄の大都市よ?」
「そうか……。マリアガルデは遠いのか?」
「レミアからは少し離れているわね。わたしも、幼い頃に一度行ったきり」
わずかに目を細め、それから続ける。
「西へ少しそれるけれど、帝都が近いの。……だから、わたしも一緒に行くわ」
言い終えたルナは、隠す気もないまま嬉しそうに微笑んだ。
「なら、しばらく一緒だな」
「そうね。マリアガルデのあと、一緒に帝都へ行きましょう。案内するわ」
弾むような声で、ルナは上機嫌に言う。そして、何かを思い出したように顔を輝かせた。
「それと――あなた、闘技大会に出るべきだわ」
「闘技大会?」
「ええ。帝都で年に一度開かれる、大陸中の強者が集う大会よ」
「へえ……優勝したら、何かもらえるのか?」
ルナはすぐには答えず、ただ意味ありげに微笑む。
「……優勝者には、一代限りの騎士爵と称号が与えられます。帝国では魔法より武が重んじられていますので、その肩書きがあるだけで、一生食べるに困らないと言われています」
リシェルが、いつもの落ち着いた声で補足した。
「リシェル……余計な事は言わなくていいわ」
ルナが口を尖らせる。タクミは小さく笑って、隅でガウルと戯れていたロイドに声をかけた。
「へえ、称号か。ロイド、おまえも出てみるか?」
「兄貴も出るんだろ? 竜骨刃が通らないんだから勝てっこねえよ」
ロイドが顔を上げ、大げさに肩をすくめる。
「優勝したら一生食い放題だぞ?」
「……ま、まじかよ。じゃあ、出てみるか……」
ロイドの目が急に真剣になった。ルナがくすくすと笑い、リシェルも口元をほころばせる。
そんな雑談を交わしているうちに、時間はゆるやかに過ぎていく。窓の外では、昼前の陽射しが石畳を白く照らしていた。
「護衛は一週間後だし、しばらく空くな。明日はグラスホーンでも狩って、焼き肉宴会でもするか」
「やったぜ! 肉祭りだ!」
「いいわね」
「……銀枝の止まり木亭に席を取っておきます」
軽い会話のはずなのに、そこにはもう遠慮はなかった。
無銘王の封鎖墓へと至った旅路の果てに、彼らはいつの間にか“ただの同行者”ではなくなっていた。
確かな絆を持つ、確固たる仲間へと――。
(経過日数:443日)
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第72話「護衛依頼――オルデへ①」でした。
蹄の音が響き、心は不思議と軽い。
無骨ながら優しい緋銀の者たち。
戦いはほんの一瞬、空はまた穏やか。
あたたかな風に押され、オルデへ進む。
第73話「護衛依頼――オルデへ②」





