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砂漠転生  作者: たまりん
第3章 ラシェンテ編―探訪者の街―
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第64話 封印の断崖


 第63話です。


 荒野は語らず、ただ足跡だけを刻む。

 水は形を持たず、ただ呼ばれるのを待つ。

 断崖の向こうに眠るものは、救いか終焉か。

 ひとつの詠唱が、静寂を揺らす。



かしこたてまつる。 溟濛めいもうたる混沌こんとんの海の只中ただなかします水の根源主。なんじは万象流転の輪を司り、しずくの祖として尽きせぬ因果を紡ぎ給ふ大御神にてませり。 本来、水根より枝分かちせられし無数の水粒は、生を受くるその時より『孤絶こぜつ』の因果に縛られ、大気の底に散り散りとなりて、永劫えいごうに互ひを見出すこと叶はぬ定めを負ふものなり。 されど今この時、我はあへてそのおごそかなるおきてもとらんと欲す。永きにわたりて動くことなかりし因果の車輪を、ただ一呼吸の間のみ止め、新たなる因果『集結』を紡ぎ出さんとするなり。 聴けや、大気中に漂ふ水の粒子よ。 汝らを縛りゐたる孤絶の鎖、今この瞬間、水の根源主の御名にいて一時に解き放つ。 代はりに汝らに課すは『集結』の掟。すなはち、我が指し示す虚空こくうの一点へと馳せ参じ、互ひに手を取り合ひ、透き通りたる一塊ひとかたまりとなれとの新たなる定めなり。 四方八方より集ひ来たれ。東より西より南より北より、また見えざる大気の隅々より。 その身を寄せ合ひ、ひとつの形を成せ。 しかして時満ちぬ」


――「水球の法」。


 リシェルが両手を掲げる。


 大気が微かに震え、空間の一点へと目に見えぬ粒子が吸い寄せられていく。やがて、直径一メートルほどの透明な球体が、音もなく宙に浮かび上がった。


 夕陽を受けて、内部に無数の光が揺らめく。


「助かるわ」


 ルナが歩み寄り、手のひらで水面をすくう。

 喉を鳴らし、静かに息をついた。


「きもちぃいいッ」


 ロイドは遠慮なく頭から浴びる。


(これが魔法か……。それにしても詠唱長過ぎだろ……。魔法は諦めるしかなさそうか……)


「……た、タクミさんは飲まなくて大丈夫ですか?」


「ああ、俺はこれがあるから大丈夫だ」


 腰の瓢箪型の水筒を外し、ひと口。澄んだ水が喉を潤す。続けてガウルの口元へと差し出すと、白銀の狼は静かに舐めた。


 その水筒に刻まれた魔法陣に、リシェルの視線が止まる。


「……水成の陣……ですか。凄いです。とても貴重な物です」


「装備どころか水筒まで遺物なのね。どうなってるのよあなた……」


 ルナは呆れと感嘆が入り混じった目を向ける。


 リシェルもまた、言葉を失いかけたまま小さく息を呑んでいた。


 ◇


 歩き続けること二日。


 何もなかった荒野に、変化が生まれる。


 地平線まで続いていた砂礫の海に、ぽつりと岩が顔を出す。風に削られた巨岩と岩柱。その合間に枯れ木が立ち、灰色の枝を空へ伸ばしている。


 大地はひび割れ、黒ずんだ岩盤が覗いていた。


 風は乾き、匂いを帯び始めた。


 生き物の、わずかな気配。


 夕刻。


 赤く染まる空の下で野営を張る。


 焚き火が弾け、火の粉が舞い上がる。


 ロイドはすでに大の字で寝転び、空を見ている。


 ガウルはリシェルの横で丸くなり、その長いたてがみを撫でられていた。


 三人は火を囲む。


 炎の明滅が、それぞれの横顔を照らす。


「みんなに伝えておきたい事があるわ……」


 火の向こうで、ルナの声が低く落ちる。


 リシェルの手が止まり、ロイドがゆっくりと身体を起こす。


「聞いた話によると、断崖の近くにはアンデッドが出るらしいわ。数自体は脅威じゃない。でも……本当に厄介なのは別にいるの……」


 一瞬、言葉を切る。


 炎を見つめ、息を整え、慎重に告げる。


「ロックリザードの巣になっているわ……」


「ロック……リザード……」


 リシェルの顔から血の気が引く。


 強張った唇がわずかに震えた。


「ロックリザード?」


(……サラディン……)


『ロックリザード―― 荒野の岩場に完全適応した大型魔獣。体長二・五から四・五メートル。魔力は持たぬが、その巨躯と鱗は脅威そのものだ。体表は周囲の岩と見分けがつかぬ色彩と質感を持ち、並の刃では歯が立たない。間合いに踏み込んだ瞬間、尾に備えた岩槌で叩き潰す。縄張り意識は強烈で、成体の体表には争いの傷が幾重にも刻まれている。老成個体ほど発見は困難。鱗は軽量かつ強靭な盾材となり、肝は薬となる。肉も食用可。

 危険度は――中から大』


(危険度は中から大、まぁ大丈夫だろう。問題ないな)


「そうか、まぁなんとかなるだろ」


 あまりにもあっさりとした声音。


 ルナとリシェルは顔を見合わせる。


 冗談か、本気か、判別がつかない。


「私の剣じゃ通らないわ。リシェルの魔法の詠唱が終わるまで、リシェルを守って」


「ああ、わかった」


 あまりに自然な返答。


 ルナは小さく息を吐いた。


 この男は、本当に分かっているのか。


 ◇


 翌朝。


 朝食は簡素だが滋味深い。


 タイフから譲り受けた干し肉を焙り、塩漬けの実を添える。


 油漬けの実はほのかな酸味と甘味を含み、乾いた口を潤した。


 焚き火の残り火を踏み消し、荷を整える。


 出発する。


 進むごとに、生き物の気配が濃くなる。


 岩影のあちこちで、何かが走り、止まり、また消える。


 視線。


 気配。


 次の瞬間、岩影から灰褐色の影が弾丸のように飛び出した。


 ルナの剣が閃く。


 一線。


 魔獣は空中で両断され、砂に落ちた。


「サンドスキンクよ。そこら中にいるわ注意して」


(……サラディン……)


『サンドスキンク―― 体長一から一・四メートル。ロックリザードの近縁だが高位魔獣に分類される。体内に「風嚢」を持ち、恐怖時に無意識の魔力放出で砂塵を巻き上げる。風嚢は触媒として高価。

 危険度は低から中』


(危険度は低から中、ここはまかせるか)


「ここは俺がやるぜ、兄貴!」


 大荷物を降ろし、ロイドが走る。


 黄金色の双刃が弧を描き、迫る魔獣を次々と切り裂く。


 砂煙の中、呻き声が途切れ、やがて静寂が戻った。


 そのとき。


 地鳴り。


 三、四メートルの巨体が、槌のような尾を揺らしながら迫る。


――ドンドンドンドン。


「ロックリザードよ!リシェルを守って!リシェル頼んだわ!」


「……は、はい!」


 リシェルが詠唱に入る。


 だが。


 タクミはそのまま前へ歩き出す。


 迷いなく、静かに、ただ前へ。


「な、何やってるのよ!!」


 ルナの怒声が風に裂ける。


 次の瞬間。


 槌の尾が振り下ろされた。


――ドガァッ!


 鈍い衝撃音。


 砕けたのは、尾だった。


 岩のような尾が粉砕し、鮮血が空に散る。


「……シュッ」


 息を吐くと同時に、手刀が閃く。


 分厚い鱗を貫き、頭蓋を穿つ。


 巨体が沈む。


「な……」


 ルナは言葉を失う。


「……」


 リシェルもまた、詠唱を止めたまま立ち尽くしていた。


「やるぅ、流石兄貴!」


 ロイドが満面の笑みで駆け寄る。


 ガウルはあくびをひとつ。


 退屈そうに尾を揺らした。


 ◇


 その後も何度かロックリザードと遭遇する。


 だが、いずれも短い戦いで終わった。


 そして。


 断崖が見えてくる。


 天を断つ壁。


 淡く、内側から光を帯びているかのような岩肌。


 その下――


 蠢く影。


 朽ちた鎧。


 歪んだ骨。


 無音で揺れる、アンデッドの群れ。


 四人と白銀の狼は、ついに辿り着く。


 無銘王の封鎖墓。


 風が止む。


 断崖の奥に、何が眠るのか。


 まだ、誰も知らない。


(経過日数:432日)


 ◇

 

【補足:言霊の意味】


 第一階梯水――水球の法


 一、

 「恐れ多くも申し上げます。太古の混沌とした海のど真ん中におわします、すべての水の大本の神様。あなたはこの世のあらゆる流れを司り、水の粒ひとつひとつの運命を紡いでおられる大いなる神でございます。」


 二、

 「もともと、その神様の根っこ(水根)から分かれて生まれた数え切れない水の粒たちは、生まれた瞬間から『孤絶』という運命に縛られておりまして、空気の中にバラバラに散らばったまま、永遠にお互いに出会うことすらできない決まりを背負っております。」


 三、

 「しかし今このとき、私はあえてその厳かな決まりに逆らおうとしております。長いあいだ微動だにしなかった運命の歯車を、ほんの一呼吸の間だけ止めて、『集結』という新たな運命をこしらえ出そうというのです。」


 四、

 「聞け、空気の中を漂っている水の粒どもよ。お前たちを縛っていた『バラバラでいろ』という鎖は、今この瞬間、水の大本の神様の名前を借りて、一時的に解いてやる。代わりにお前たちに与えるのは『集結』という掟。つまり、私が指さした空中の一点に向かって集まり、互いに手を取り合い、透き通った一つの塊になれという新しい決まりだ。」


 五、

 「あらゆる方角から集まってこい。東からも西からも南からも北からも、そして見えない空気の隅々からも。その体を寄せ集めて、ひとつの形を作れ。」


 六、

 「さあ、頃合いだ。準備は整った。」


 七、

 (この最後の一言で、それまでの長い口上がすべて現実の力となり、空中に水の玉が出現する)



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第63話「封印の断崖」でした。


 統一戦争の敗者は、歴史の中で“終わった”ことになっている。

 だが、終わりとは本当に死を意味するのか。

 冥き根に触れる禁術が、かつて存在したという。

 王の名は消されても、封印は残る。


 次回、第65話「二千年の檻」


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リシェルとガウル
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