第63話 王墓への道
第63話です。
草は青く、風はやわらかい。
だが地平の先には、すでに乾いた色が滲んでいる。
四人と白銀の狼は、振り返らない。
荒野へ向かう足音だけが、静かに続いていく。
西門の長い吊橋を抜けると草原であった。
橋板の軋みが記憶になった瞬間、風の質が変わる。
振り返らなかった。ただ草の海と、まばらに立つ木々だけが、どこまでも無言で一行を迎えていた。
前衛はタクミとルナとガウル。
中衛は大荷物を背負ったロイド。
後衛はリシェル。
「行くわ。草原地帯は比較的安全よ。隊列は崩さず、チェーンホークにだけ注意して」
「ああ、わかった。索敵はガウルがするから安心してくれ。頼んだぞガウル」
ガウルは鼻先を軽く当て、短く息を鳴らした。
「……は、はい」
「了解!」
(……サラディン……)
チェーンホーク――
『チェーンホーク――草原上空を支配する大型猛禽。魔力を持たぬ低位魔獣でありながら、魔力量の高い獲物を識別する特性を持つ。急降下し、鉤爪で脊椎を穿つ。危険度は中。魔法師に対しては大』
(危険度は中、魔法師を狙うのか。リシェルだけ守れば大丈夫そうだな)
歩き出す。
四人。
白銀の狼。
無銘王の封鎖墓までの旅がはじまった。
歩く。
草を踏み分ける音だけが続く。
街で過ごした数日が、旅の感覚を鈍らせていたことに気づく。
だが身体は覚えている。
道中、たぬきに似た小柄な魔獣と遭遇した。
ウインドラクーン。危険度は皆無。
こちらを一瞥し、風のように草の中へ消えていった。
やがて人の作った道は曖昧になり、空は茜へと傾く。
「あ、兄貴……。きゅ、休憩しよう……」
「なんだ、もう疲れたのか。ルナ、ロイドが休憩したいってよ」
「わかったわ……」
ルナは空を見上げ、陽の角度を確かめた。
タクミ以外、明らかな疲労。
ロイドは安堵して大荷物を下ろし、地に座り込む。
ガウルは丸くなる。
タクミは手際よく枯木を集め、火を起こした。
「手慣れてるわね」
「ああ、長旅をしてたからな」
焚き火が揺れる。
日が落ちる。
タイフが用意した保存食。干し肉。瓶詰の実。油漬けと塩漬け。
四人で囲み、静かに食べる。
ガウルには干し肉を多めにやった。
「兄貴。目的地までは何日かかるんだ?」
「十日くらいだ」
「ま、まじかよぉ……」
焚き火の火が、情けない声を照らす。
「わかった、わかった。明日は俺が荷物持ってやるよ。その代わり、おまえが前衛やれよ」
「よっしゃ、任せてくれ、兄貴!」
現金なものだ。
焚き火の火が小さく弾ける。
「見張りはしとくから寝ていいぞ」
ロイドは即座に横になった。
数呼吸で寝息が混じる。
「わかったわ、お願い。後で交代するわ」
ルナも布に身を沈めた。
夜は深まる。
リシェルだけが、火の向こうで揺れている。
「寝なくていいのか?」
「……は、はい。いつもルナさんと交代で寝てるので、私は後で大丈夫です」
両手を膝に置いたまま、小さくうなずく。
「そうか」
パチパチと音。
星は多い。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいか?」
「……は、はい。なんでしょう?」
「魔法って誰でも使えたりするのか?」
焚き火が小さく弾ける。
「……ま、魔法は適性があります。火、水、氷、風、砂、岩。そして雷。雷の適性を持ってる方は、ほとんどいません」
「適性があれば使えるという事か」
「……はい。根源主との相性があれば使えます。ただ、詠唱に使う言霊を覚えるのに、とても時間がかかります……」
リシェルは小さく息を継いだ。
「……旧サラトニア王国には、根源主へ直接干渉できる真名使いが存在したと伝えられています」
名を知ることは、縛ることに等しい。
「その、言霊を覚えるのにはどれくらいかかるんだ?」
「……わ、私は六年ほどかかりました」
(う〜ん。すぐ使えるようなものじゃないんだな)
「リシェルの適性は何なんだ?」
確かめるような声。
「……私の適性は、水と風を第三階梯まで使えます」
「水と風か……。リシェルとは縁があったんだな」
「……?」
「ん、ああ。なんでもないんだ。気にしないでくれ」
何事もなく夜は更けていった。
翌日。
朝露を踏み、再び進む。
「お、重いな。これ……」
大荷物の重さは想像以上だった。
「だろ?そんなのずっと持たせてたんだぜ。ひでえよ、兄貴」
「明日はおまえな……」
「……」
返事はない。
「行くわ。昨日と同じよ。隊列は崩さないで。ロイドは前衛に回って」
「よっしゃ、まかせてくれ!」
道はない。
腰丈の草をかき分ける。
空は高い。
視界の端に、小さな黒点があった。
ゆっくりと旋回している。
草原の上空を測るように。
――ピィイイイイイ。
(鳥?)
次の瞬間、その黒点が潰れたように落ちてきた。
急降下。
陽光を弾く鉤爪。
一直線。
狙いはリシェル。
だが――銀の残像が空を裂く。
ガウルが首元を咥え、地に叩き伏せている。
「ナイス、ガウル。その鳥、今日の飯だな」
落ちた羽が風に舞う。
「チェーンホークね……。それにしても……」
ルナがガウルを見る。
「……み、見えませんでした」
二人はただ、銀の軌跡を思い返すことしかできなかった。
「やったぜ、今日は鳥肉だ!おまえ、俺より速いな」
ロイドが撫でる。
ガウルは鼻を鳴らした。
それから四日。
移動と野営を繰り返す。
大きな異変はない。
歩く。
歩き続ける。
懐かしい感覚。
だが今は一人ではない。
仲間がいる。
孤独ではない。
草原が途切れる。
その先に広がるのは、乾いた荒野。
地平線まで色を失った大地。
その日、草原と荒野の境目で野営をした。
四人と白銀の狼。
焚き火を挟んだ向こう側に、闇がある。
その奥に、荒野が広がっている。
無銘王の墓は、さらにその先。
封鎖された王墓。
全貌も、内部も、確かなことは何一つ伝わっていない。
ただ、荒野の向こうに在る――そう語られているだけだ。
夜風は乾いている。
焚き火の火が、小さく揺れた。
(経過日数:429日)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第63話「王墓への道」でした。
草原は尽き、世界は砂と石へと変わる。
焚き火の向こうに広がるのは、名もなき闇。
無銘王の墓は、そのさらに先。
歩みは止まらない。
次回、第64話「封印の断崖」





