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砂漠転生  作者: たまりん
第3章 ラシェンテ編―探訪者の街―
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第62話 四人の買い籠


 第62話です。


 私を開いた者は、九百年ぶりの誰かだった。

 深緑の柩の底で、私はただ待っていた。

 読まれないまま朽ちるのが、紙の定め。

 それでも彼は、私を日の下へ連れ出そうとしている。


 

 宿を移した。


 銀枝の止まり木亭。


 一泊銀貨三枚。

 探訪者向けの中堅宿だ。


「ここでいいよな」


 石造り三階建て。

 一階は酒場。


 ひっきりなしに探訪者が出入りしている。


 二階の部屋を取った。


 石壁。

 木製のベッドと机。

 分厚い木の雨戸。


 清潔だが、飾り気はない。


 風呂もない。

 だが文句はない。


 文明は中世程度。

 蒼盾館が異常だっただけだ。


「湯浴み用のお湯貰ってくるついでに食い物買って来るよ」


 ガウルはちらりとこちらを見て丸くなる。


 まだ日は落ちていない。

 一階の酒場から喧騒が響く。


 旅の途中、あれほどこがれた酒も、今は興味が薄い。


 酒よりも大切な物ができた。

 それだけの事だった。


 一階に降りる。


 お湯と大量の串肉を頼む。

 あとで持ってきてくれるらしい。


 しばらくして。


 ガウルが立ち上がる。


「おっ、来たな。ちょっと待ってろよガウル」


 ドアを開け、お湯と山盛りの串肉を受け取る。

 串から肉を外していく。

 皿には山盛りの肉。


 机に置き、外を見ながら二人で食べた。

 塩分がしみる。


「悪くないよな、この世界」


 ガウルの背を撫でながら、独り言。


 夜はゆっくりと降りてきた。

 酒場の喧騒はやがて笑い声へ、やがてざわめきへ、やがて低いざらついた音へと変わる。


 窓の外、街の灯が一つ、また一つと消えていく。

 静かな呼吸だけが部屋に残った。



 翌朝。


 一階に降りる。


 ロイドが酒樽を抱えて寝ていた。


「こいつ……貸した金で酒を飲んだな」


 蹴飛ばす。


「いでぇ……」


「起きろ」


「ん……あ、兄貴」


「仕事だ。ついて来い」


 ふらふらと、後を追ってきた。

 探訪者協会に着く。


 右奥のテーブル。

 まだ来ていない。


 座る。

 横ではロイドが項垂れている。


 しばらくして。


「あら、早いわね」


「……お、おはようございます」


 リシェルはガウルを見て嬉しそうな顔。

 近寄り、撫ではじめた。


「ああ、おはよう」


 ルナがちらりとロイドを見る。


「そっちは?」


「こいつは荷物持ちのロイドだ。費用は請求しないから安心してくれ。あと戦力にもなる。今はこんなだが相当強い」


「あら良かったわ。荷物持ちはこれから雇うところだったの。助かるわ。それじゃあ行きましょう」


 オルデン商会に向けて歩き始める。


 大通りを歩いていると、真正面に大きな建物が見えた。


 オルデン商会。


 四階建て。

 どの建物よりも高く、街のどこからでもその輪郭が見える。


 石壁は濃い灰色に整えられ、窓枠には控えめな装飾が施されている。

 格式を感じさせる、シックな佇まいだ。


 正面の重厚な扉の上。

 彫り込まれた紋章――天秤を挟んで、二匹の獅子が向かい合う。

 その隣に、もう一つ――トルクス帝国の正章が静かに刻まれている。


「なぁ、あれトルクス帝国の正章だよな?個人商店が付けてもいいものなのか?」


 ルナに問いかける。


「オルデン商会は遺物の正式卸売業者なの。帝室とも繋がりがあるわ」


 旧サラトニア王国の遺物を扱う正式な卸売業者だけが許された証。

 さらにその上――帝室と繋がる者だけが許された、小さな金の冠が静かに刻まれている。


「タイフってもしかして相当凄い奴なのか?」


「ええ、普通は貴族より高い建物を建てる事は許されないわ。見て分かるとおりよ」


 その威厳が、澄んだ空の下、ひときわ重みを増していた。


 扉を開く。


 金属と革の匂い。

 剣と鎧が棚に並んでいる。


 等級の高そうな探訪者達が防具の試着や武器を選んでいる。


 店員が一人来る。


「いらっしゃいませお客様。本日はどのようなご入用で?……しょ、少々お待ちくださいませ!」


 顔を見るなり店員は奥へ走って行った。


「やっぱり場違いだったか……?」


 奥の階段からドタドタと足音が聞こえる。

 走ってくる。


 タイフ。


 息を切らしている。


 華麗な一礼。

 は少し崩れていた。


「た、タクミ様、オルデン商会へようこそお越しくださいました。私、タイフ・ラザルス・ラディーム。貴方様が来る日を今か今かと心待ちにしておりました。さ、さ、どうぞこちらへ。ゼェゼェ……」


「そんなに日は経ってないだろ……てか俺の事よくわかったな……」


「それはもう、従業員には厳しく言い聞かせておりますので。ゼェゼェ……」


 案内されるがままついて行く。


 階段を上がり四階。


 商会長室と掘られた金属製のプレートが貼られた部屋。


「さ、さ、どうぞこちらへ。お連れの皆様もおくつろぎくださいませ」


「タイフ、そんなに気を使わないでくれ」


「そのような訳にはまいりません。タクミ様には大恩がございます故。それにひとつ、お伝えしたい事がございます」


 タイフは改まる。


「お恥ずかしい話でございますが、当商会は家督争いの真っ最中でございまして……」


「家督争いか。タイフも大変だな」


「タクミ様からいただきました、サンダーレイブンの羽。あれが決め手となりました……。私、タイフ・ラザルス・ラディーム……。当主となる事が決定いたしました」


「おお、そうか。おめでとうタイフ」


「タクミ様、このタイフ、生涯の恩として返させていただきます。エフッ、エフッ……」


 手を握り、泣き始める。

 泣き崩れて。

 顔がぐしゃぐしゃになっている。


「……当主になったって事は、オルデの本家に行くのか?」


「ええ……誠に心苦しいのですが、オルデに戻る事になります。従業員には厳しく言い聞かせておりますので、ご安心くださいませ」


 泣き止んだ。


「いや、俺もこれからオルデに行くんだ。これからもよろしく頼むよ」


「さ、さようでございますか!それでしたらオルデに向かう際はなんなりとお申し付けくださいませ。それと、これを……」


 胸元から一枚の金色に輝く金属製のプレートを取り出す。


 オルデン商会の刻印。


「これは?」


「商会証でございます。ご提示していただければ、お預かりしている金銭のお引出し、またはお預け入れも可能でございます」


「おお、これは便利だな。ありがたく貰っておくよ。それと、今日はちょっと用事があってきたんだが」


 事の経緯を話す。


 タイフが手を二回鳴らす。

 従業員が飛んでくる。

 説明している。


「余分を持って往復分、二十五日分の用意をいたします。お代はいただく訳にはまいりませんのでご容赦を」


「そ、そうか……悪いな。あと鞄を探してるんだが、両肩に背負える鞄はあるか?なければ作って欲しいんだが」


 サンドワームのバックパックを見せる。


 それはサンドワームをくり抜いて乾燥させた物。

 肩紐部分は皮を切り結んである。

 入口部分は皮で結んで巾着のようになっている。


「これは何かの魔獣の皮でございますね……農作業用の背負い籠に似てございますが、これはなかなかに実用的にございます」


 また手を二回鳴らす。

 従業員が飛んでくる。

 詳細を伝えている。


「紙形師と裁断師に伝えましたので、お帰りになる前までには出来上がります。他にもご入用がございましたらお伺いいたします。何なりとお申し付けください」


「ああ、ありがとうタイフ、助かるよ。実はもうひとつ頼みがあるんだ」


 バックパックから慎重に木箱を取り出す。


 劣化防止の魔法陣がタイフの目に付く。


「そ、それは……遺物でございますか……」


「これを、人目のつくところまで持って行って欲しい」


「拝見させていただいても?」


「ああ、読めるのか?九百年前の日記だぞ?」


 タイフは胸元から取り出した白い手袋をはめ、慎重に頁を開き読み始めた。


「これは……王国後期のサラトニア語でございます……。グラハム家四男、と記載がございます……」


 読み終える。


「帝都の博物館に寄付したりできるか?」


「こちらは非常に貴重な代物でございます。買い取りではなく寄付でよろしいのですね?」


「ああ、いいんだ。グラハムの、生きた証を、人の目のつくところまで持って行ってやってくれ」


「タクミ様は、お優しいのですね……承知いたしました。このタイフ・ラザルス・ラディーム、責任を持って、帝都の博物館に収蔵させていただきます」


 帰り際、バックパックは出来上がっていた。


 革製。

 作りもしっかりしている。

 中身を入れ替える。


 代金は無料。


 そして旅の荷物。

 大量。


 ロイドに担がせる。


「あ、兄貴、これ重すぎだろ……」


「我慢しろ。その代わり宿代と飯代くらいは出してやる」


「ま、マジかよ。兄貴、それはエール付きか?」


「ああ、付けてやる」


 ロイドの背筋が正された。


「私たち何もやる事がありませんでしたね……」


「そうね……」


 二人がぼそり。


「じゃあ明日、また同じ時間に行くよ」


「わかったわ」


 夕暮れが、四人の影を長く伸ばす。


 無銘王の封鎖墓に向けて、準備は整った。


 四人と白銀の狼。


 旅が、始まろうとしていた。


(経過日数:423日)



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


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 第62話「四人の買い籠」でした。


 土の底からすくい上げたのは、ひとりの生きた証。

 グラハムは、確かにそこにいた。

 タクミはそれを、人の目のつく場所へ運ぶ。

 届けるべき場所がある。それだけで、旅は意味を持つ。


 第63話「王墓への道」


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リシェルとガウル
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