第59話 令嬢と依頼
第59話です。
売るのではない。
欲しがられる。
その違いを、初めて知った。
夕暮れはやけに穏やかだった。
重厚な革張りのソファーに沈み込んでいた男が、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
タイフ。
天井を見つめたまま、しばらく動かない。
瞳だけが揺れている。記憶を辿っているのだろう。
やがて、はっとしたように身を起こした。
「こ、これは失礼いたしました。わ、私とした事が……気絶していたようです……」
額に汗が滲んでいる。
「大丈夫か?で、さっきの話の続きなんだけど、買い取って貰えるのか?」
タイフは一度、深く息を整えた。
「……かんめい草は、当商会にて買い取らせていただきます。……ただ、サンダーレイブンの羽でございますが……誠に心苦しいのですが、こちらは値をお付けできません……」
「そうか、じゃあかんめい草だけ買い取ってくれ」
「……誠に申し訳ございません……何しろ、帝都の博物館に収蔵されている類の品にございます……。現存するものもございますが、その多くは魔獣避けの効力が既に失われていると聞き及んでおります……」
「……そうなのか、じゃあ一枚やるよ」
すっと。
卓上に差し出される極彩色の羽。
光を受けて、淡く輝く。
価値を知らぬわけではない。
だが、差し出す。
「……一枚……いただけると……」
「ああ。ただ大切にしてくれよ。もう取りに行けないからな」
ギフト。
ドイツ語で毒。
人は、与えられれば返さずにはいられない。
そういう心情が、無意識に働く。
目の前の男が元営業マンであることを、タイフは知らない。
「……タクミ様……このご恩……我が生涯をかけてお返しをさせていただきます!!」
言い終えるや否や、タイフは崩れるように涙を零した。
商人が、泣く。
「……大げさだな。まぁ、気にしないでくれ。それで、かんめい草の金なんだが、すぐ欲しいんだ。恥ずかしい話、今持ち合わせが全くなくてな」
「しょ、承知致しました。今すぐ即金でお持ち致します!!」
立ち上がり、扉へ向かう。
「ちょっと待ってくれ。とりあえず白金貨一枚分でいいよ。あと、使えるように崩してくれ」
「承知致しました。残りは当商会が責任を持って預からせていたきます」
華麗な一礼。
そして退出。
静寂。
(……商材が強いって、こんなに楽なのか……)
かつて、人のいらない物を売っていた日々を思い出す。
売るのではない。
欲しがられる。
それだけで、世界はこうも違う。
ガイウスが一枚の紙を差し出した。
「ところで、これに一筆貰えるか?」
「これは?」
「遺物や希少品の出処を口外しないっていう契約書だ。おまえがべらべらと他人に教えてしまうと取りに行くバカが出るからな」
「そう言う事か」
筆を取る。
サラディンの知識が、文字を理解させる。
「すまんな。だが、あの古代樹林に入って戻って来た者はいない。死人はできるだけ出したくないんでな」
「俺も死にかけたよ……絶対に入らない方がいい……」
深緑の柩。
ロア。
デヴァウア。
「……ロアにデヴァウアか……にわかには信じがたいが、かんめい草にサンダーレイブンの羽……よく生きて出てこれたもんだ……」
やがて、扉が開いた。
流れるような所作で一礼。
三人の護衛。
同一の装い。無駄のない動き。
「タクミ様、タイフ、只今戻りました」
手を横へ。
護衛が小袋を差し出す。
ジャリ……。
思ったより小さい。
「こちら、大金貨九枚、端数はすぐご入用いただけますよう両替済みでございます。お納めくださいませ」
「助かったよ、タイフ。これ品物な」
かんめい草二株。
そして羽。
「たしかに、頂戴いたします」
木箱へ丁寧に収められていく。
その時だった。
タイフの視線が、止まる。
「……タクミ様。その外套の紋章……サラトニア王国の正章にございます……流石に、模造にございますよね……?」
「ん、これか?これは本物なんだ。ゴント工房の外套だ。いいだろ」
内側の銘を見せる。
「ご、ゴント工房の品でございますか……!?タクミ様……その価値はご存知でいらっしゃいますか……?」
「いや、わからん」
「……私も、帝都の博物館でしか目にしたことはございません……。ご覧ください、大陣の内に、極小の術式が幾重にも重ねられております……これを再現するなど……不可能でございます……」
「そうなのか。この革鎧と靴もゴント工房だぞ?売る気はないが高いのか?」
「……全身が、ゴント工房……。恐れながら、金額で測れる代物ではございません……」
「そうか。これには世話になったからな。せめてもの礼に、工房は掃除しておいたんだ」
「……ご、ゴントの工房に行かれたのですか!?そ、そのようなお話は初耳にございます……。地図上には記されておりますが、到達の記録は一切ございまん……初到達者でございますか……」
(だよな。人が入ったような痕跡はなかった)
やがて、タイフは去った。
何度も商会へ立ち寄るよう念を押しながら。
ガイウスが声をかける。
「帰り際、探訪者証を作ってくれ」
「……探訪者証……わかった」
「おまえは特別に銀級にしとく。俺に呼ばれてタイフが来たって事は探訪者共にバレてるからな。要は金を持ってる事がバレてる」
「そう言う事か。でもいきなり銀級?いいのか?」
「下手に等級が低いと危ないんだ。それとも探訪者共に絡まれたいのか?」
「……いや……わかった。助かるよ……」
ガイウスに一礼する。
重厚な扉を背に、協会長室を辞した。
一階の受付。
「探訪者証の発行を」
名を告げ、刻印を受ける。
小さな金属板が手のひらに落ちた。
探訪者証。
静かに懐へ収める。
協会の外へ。
「思ったより時間がかかったな。先ずは飯にするか、ガウル。その後、宿を取らないとな。動物大丈夫なところあるかな」
白銀の背を撫でる。
すり、と寄ってくる。
「……動物が大丈夫なところは蒼盾館、あそこよ」
小さく指を差し、行き先を示す。
「あそこか。色々すまないな。それに時間がかかって悪かったな。じゃあ俺達は行くよ」
「……ま、待って。あなたに……その……依頼したい事があるわ……」
「依頼……?」
(ルナって言ったか。綺麗な子だ……ガウルも見ててくれたし悪い奴ではない……だが、何か嫌な予感がする……)
「話しは明日じゃだめか?長旅で疲れてるんだ」
「……わかったわ。私も用事があるし、明日の夜あそこの月灯りの厨房まで来て。蒼盾館から見えるから私が来たら見えるはずよ」
「あ、あぁ……わかった……」
颯爽と去る背中。
一方的。
しばらく立ち尽くす。
「……ガウル、飯にしよう。何が食いたい?やっぱり肉か?」
鼻先が、胸元に当たる。
柔らかな返事だった。
(経過日数:420日)
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第59話「令嬢と依頼」でした。
与える者と、受け取る者。
その間に生まれるのは金ではなく、縁。
強い商材は楽だが、強い絆はさらに厄介だ。
物語は、次の灯りへ。
次回、第60話「竜骨刃の男」





