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砂漠転生  作者: たまりん
第2章 古代樹林脱出編
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53/82

第53話 柩の雨


 第53話


 深層にも、雨は降る。

 空は見えずとも、確かに世界は巡っている。

 これは、戦いのない一日の記録。

 静寂が、心に染み込む物語。



 ザァ……。


 その日は雨が降っていた。

 この世界に来てから、初めて見る雨だった。


 深緑の柩深層。

 空は見えない。


 幾重にも重なった葉が天を覆い、雨は直接は落ちてこない。

 だが、確かに降っている。


 葉を伝い、幹を伝い、巨木だけが静かに濡れていく。

 森の奥で、無数の雫が連なり、細い滝となって流れ落ちる。


 サパァ……。


 葉に溜まった水が、重みに耐えかねて落ちる。

 静寂の中に、それだけが響いていた。


 魔獣ロアとの戦いから五日目。


 森は何事もなかったように息をしている。

 自然は、個の戦いなど記憶しない。


 ただ巡り、ただ降り、ただ濡らす。


 幻想的な光景だった。

 薄闇の中、濡れた幹が鈍く光る。


 ここが、この世界屈指の危険地帯であることを、一瞬だけ忘れそうになる。


「そろそろ休憩にするか、ガウル」


「……あそこにしよう、乾いてる」


 雨を弾く巨木があった。

 根元だけが、不自然なほど乾いている。


 カプッ……。

 頭を丸ごとかじられる。

 歯は立てていない。


「……」


 そっと振りほどく。


「おまえ、最近それよくやるけど、やめろよな」


「ヨダレでベトベトになるからさ……」


 顔をなめてくる。


 白銀の毛並が、わずかに湿っている。

 雨は届かないはずなのに、空気は湿っていた。


 巨木の下にたどり着く。


 そこだけが、静かに乾いている。


「……よし、ここで休憩しよう」


 荷物を降ろし、巨木に背を預ける。


「ガウル、腹減っていないのか?」


 何も言わず、丸くなる。


 深層の魔獣を食ってから、空腹が訪れない。

 力は満ちている。


 飢えがないというのは、どこか不自然だった。

 ガウルも、おそらく同じ。


 二人になってから、緊張が薄れている。

 常に張り詰めていた神経が、今は柔らかい。


 魔獣がいれば、ガウルは先に気付く。

 その確信がある。

 心強い。


 そして――孤独が、わずかに和らぐ。


 そっと、白銀の背をなでる。

 ちらりとこちらを見て、鼻先を当ててくる。

 言葉はない。


 だが、確かな意思がある。


 ザパァ……。


 遠くで、水が落ちる音。

 森は変わらず静かなまま。

 雨は、降り続いている。


(あの小さなスイカ……猛毒だよな……)


(自分が生きていたってことは、人間以外には猛毒な食物……原理はよくわからないが)


 日本にいた頃を思い出す。


(チョコレートは動物は食べられないって言うからな……)


 そんなことを考えながら、時が過ぎていく。

 ガウルを枕にして、そっと目を閉じた。


 ……。


 目を開く。音が違う。

 雨音がない。


 葉を打つ連続音が、消えている。

 静寂が、より深い。


 起き上がる。


 巨木の葉の隙間から、淡い光が微かに落ちていた。

 濡れた幹が、朝の気配を帯びている。


 雨は止んでいた。

 空気だけが、名残を抱えている。


「朝か……」


 ガウルはすでに起きていた。


「おはよう、ガウル」


 なでる。

 身を擦り寄せてくる。


 水筒から水を飲む。

 ガウルにも飲ませる。


 濡れた森は、どこか澄んでいた。

 洗い流されたような匂い。


 静かに息を吸う。


「よし、行くか」


「森を抜けるぞ、ガウル」


 鼻先を当ててくる。


 言葉ではない。

 だが、理解している。


 九百年生きたキャリア・ハウンド。


 歩き出す。


 森の出口に向かって。


 一人の転生者と。


 白銀の狼。


(経過日数:407日)



 砂漠転生をお読みいただき本当にありがとうございます。


 雨は止み、森は何も語らない。

 それでも、二つの足音だけは続いていく。

 危険地帯の奥で育まれる、ささやかな安らぎ。


 第54話「森明け」


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リシェルとガウル
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