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砂漠転生  作者: たまりん
第2章 古代樹林脱出編
49/75

第49話 無銘の魔獣


 第49話です。


 森は沈黙している。

 だが、静けさは安全を意味しない。

 深緑の奥には、まだ名のない気配が眠っている。

 それを知る者は、もういない。



 巨木に硬化した指を走らせながら、思い出していた。


「……うまかったな」


 喉の奥に、あの熱がよみがえる。


 サンダーレイブンの肉。


 歯を立てた瞬間にあふれ出す肉汁。濃い旨味。

 噛むほどに広がる甘み。


 そして――内側から何かが湧き上がるような感覚。


 錯覚ではない。


 歩き続けているのに、疲労がない。


 沼の朽木で一日を過ごした。腹が裂けるほど肉を食い、水を浴びた。気は確かに軽くなっていた。だが、それだけでは説明がつかない。


 無尽蔵に湧く力。


「やばい成分でも入ってたりしてな」


 呟きながらも、足は止めない。


 極彩色の羽。魔獣避けの効果。幼い頃にやっていたゲームでも、似たような仕組みはあった。弱い魔物が寄り付かなくなる――その程度の物だろう。


 過剰な期待はしていない。

 ただ、変わらず慎重に歩き続ける。


 羽は二十枚。一枚一枚は大きい。だが羽だ。軽い。

 バックパックから少しだけ先端がのぞいている。

 かんめい草も入っている。荷物はもう入らない。


「あった、朽木だ」


 遠目でも分かる。

 枯れた色。乾燥した木の色。


 沼から三日歩き続けていた。


 移動中、魔獣には遭遇していない。


 進むごとに、日に日に静寂さが増し、小動物さえほとんど見かけない。中層で見た魔獣の気配も、まったくない。


 ひさぶりの朽木。


 穴は空いていないが、わずかな隙間がある。荷物を入れる。隙間から無理矢理身体を通し、中に入る。


 見上げる。


 天井はまばらに抜けていた。まだ日は高い。何本か陽光が差し込んでいる。


「まぁ、見えそうか」


 星が見えるかを確認する。

 ギリギリ見えそうだ。


 座ろうとした。


 尻に何かがあたる。

 根だろう。位置をずらす。


「ん?」


 座ろうとしていた位置。土から何かが顔を出している。


「……布?。そんなバカな……」


 ここは深緑の(ひつぎ)深層。誰も立ち入った事のない秘境。ましてや人がいなくなってから八百年も経っている。


 慎重に掘り起こす。


 見たことのある魔法陣。劣化防止。

 だが、ボロボロだ。何かを包んでいる。


 そっと解いていく。


 中に薄い木箱。

 さらに劣化防止の魔法陣。


 崩れないように、そっと開ける。


 一冊の本が入っている。


 皮表紙の本。縁に金装飾。

 めくる。


 皮の裏側には入念に劣化防止の魔法陣。


 そして。


『白金級冒険者ガウル・フォン・グラハム。我が生きた証を、ここに記す』


 こう記されていた。


「……これは、日記だ」


 最初の(ページ)を追う。


『王歴一〇八九年 霜月二日

家督は長兄。次兄も三兄も役目がある。俺には何もない。いや、正確には「席がない」だ。グラハム伯爵家四男。名は立派だが、椅子は用意されていない。なら、自分で取りに行くしかない。王都へ出る。冒険者になると決めた』


「……貴族の四男坊か」


 紙は黄ばんでいるが、筆圧は強い。

 何枚か丁寧に繰る。昇格、失敗、酒場の喧騒。断片的な日々が続く。

 

 指先でまとめて薄く束を送る。


『王歴一〇九五年 暁月九日

銀級。ようやく一人前扱い。家からの仕送りは断った。使えば負けだと思った。自分で稼いだ金で飲む酒は悪くない』


 さらに頁を送る。紙の擦れる音。

 年月が跳ぶ。


『王歴一一〇二年 残照月五日

白金級に昇格。名だけなら、もはや家中の誰よりも広く知られているらしい。笑える話だ。父上は何を思うか。誇るか、嘆くか、それとも無関心か。だが、もう戻らぬ。俺は伯爵家の余り物ではない。ガウル・フォン・グラハム。己の剣で名を刻んだ男だ』


 空白の頁を数枚挟み、最後に近い厚みへ指をかける。


『王歴一一〇三年 収穫月十五日

深緑の柩遠征隊に加わることとなった。白金級として初の大規模遠征だ。名誉か、それとも厄介事の押し付けか。どちらでも構わない。あの森の奥は未踏域だという。伯爵家の四男という肩書きは置いていく。行くのはただの冒険者、ガウル・フォン・グラハムだ』


 頁をめくる。


 日付は、ない。


『遠征隊は壊滅した。

無もなき異形。あれは魔獣などではない。災厄だ。皆、喰われた。白金級の誇りも何もかも捨てて、ただ生きるために走った。残ったのは俺とキャリア・ハウンド一頭。名を付けてやればよかったな。帰路、単眼の魔獣と遭遇。戦闘。相討ち。右足は喰われた。膝から下がない。左腕は折れて動かない。少し離れた場所で、ハウンドが単眼の死骸に食らいついている。牙を立て、黙々と肉を裂く。生きるためだ。いい。それでいい。俺の荷を運び続けた獣だ。最後は、自分の腹を満たせ。伯爵家の四男として生まれ、白金級として名を得て、最後は森の底で犬と並んで死ぬ。悪くない。もしこの手帳を拾う者がいるなら、奥へは軽い覚悟で踏み込むな。深緑の柩は、生き物だ。そして飢えている。……寒いな。ハウンド、少し寄れ。悪いが、最後まで付き合わせる――ガウル・フォン・グラハム』


 あとの頁は空白だ。


 ここで、力尽きたのだろう。


「……ガウル・フォン・グラハム、九百年前の日記。……か……」


 サラディンの知識で探る。だが、出てくるのはグラハム伯爵家四男という記録だけ。深緑遠征の末路は残っていない。


「持ってってやるか、人の目につくところまで」


 木箱にもどす。


「生きた証を」


 バックパックを整理し、慎重に収める。


 日が落ちてきていた。

 陽光が薄れていく。


「眠くないな」


 あの肉を食ってから、おかしい。

 疲れがない。目が冴えて眠れない。


「やっぱりやばい成分入ってるよな、あの肉。でも、また食いたいな」


 眠れないまま、日が落ちた。


 たまに木の隙間から外を覗く。


 何もいない。

 静かだ。


 瞬きひとつ。


 突如、現れた。


 ニ十メートルほど前方。巨大根の上。


 狼。

 

 闇の中、そこだけが白い。

 光はない。なのに、毛並みは自ら淡く輝く。


 たてがみは揺らめき、光の粒を散らす。

 犬歯も爪も、純白。夜に呑まれない、ただ一つの色。


 体長、ニメートルほど。

 深層にしては小さい。


 だが、その神々しさの前には――大きさなど、何の意味も持たない。


 目が、こちらを見ていた。


(……やばい、バレてる……)


 瞬きひとつ。


 消えた。


 気配はない。


 息を呑む。


(……サラディン……)


 知識の奔流から引き出す。


 白銀の狼。


『……』


 知識にはない。

 思い出す。絶対に逃げろと言われた魔獣。


 白銀のワイバーン。


 白銀。

 同じ色。


(……ただの魔獣じゃない……)


 しかも、瞬きひとつで消えるほど速い。


(……やばい……)


 本能が避ける。

 本能が、逃げろと警告している。


 だが外は夜。

 ここにいた方が、まだマシだ。


 緊張が走る。


 鼓動が、やけに大きい。

 静寂の中で、自分の心臓の音だけが響く。


 気配はない。

 だが、いる。


 見えないだけで、確実に。

 視線を感じる。


 木の外。

 闇の奥。


 どこかで、こちらを測っている。


(……襲ってこない……)


 違和感が生まれる。


 あの距離なら、瞬きひとつで届くはずだ。


 逃げ場はない。

 なのに、来ない。


(……様子見か……)


 それとも。

 試されているのか。


 汗が背を伝う。


 夜風が、朽木の隙間から細く入り込む。

 生温い。


 だが、身体の奥は熱い。あの肉を食ってから。

 内側から満ちる力。


 まるで――呼応しているかのようだ。


 葉擦れすら止まり、森が息を潜める。


 深緑の柩は、生きている。

 そして、飢えている。


 その奥に、白銀の狼がいる。


 気配はない。

 だが、確かに、いる。


 眠れないまま、夜はゆっくりと更けていった。


(経過日数:392日)



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第49話「無銘の魔獣」でした。


 九百年前の男は、森に名を刻んだ。

 そして今、別の足跡が同じ深層に立つ。

 白銀は、まだ姿を隠している。

 夜は、終わっていない。


 次回、第50話「古白銀狼」


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リシェルとガウル
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