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砂漠転生  作者: たまりん
第2章 古代樹林脱出編
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第43話 古代樹林


 第2章「古代樹林脱出編」


 第43話です。


 砂漠を抜け、たどり着いたのは陽光すら拒む古代樹林。

 そこは八百年前のまま、いや、より苛烈に生き残った魔獣たちの領域だった。

 迂回ルートはある。だが、それもまた遠い。

 タクミは最短突破を選ぶ。



 歩き続けること五日。


 足裏に伝わる感触が、完全に変わっていた。


 砂ではない。

 湿り気を帯びた土。

 踏みしめるたびにわずかに沈み、腐葉土の匂いが立ち上る。


 植物の密度が上がっていく。


 進むにつれて木は太く、高くなる。

 直径十メートルはある巨木が幾本も立ち並び、空を覆い隠していた。

 枝葉は幾重にも重なり、昼でも暗い。


 地表は複雑に絡み合う根に支配されている。

 巨大な根が壁のように行く手を塞ぐ。


「砂漠よりきついな」


 根をまたぎ、滑る土を踏み締める。


「間隔が空いているだけましか」


 密林なら前進すら困難だろう。

 まだ歩ける。


 それだけが救いだ。


「ここを抜けなきゃならないのか」


 同じ景色が続く。

 方向感覚が曖昧になる。


「地図で確認するか」


(……サラディン……)


 意識を沈める。知識へ触れる。


『サラトニア王国、西方森林地帯の最奥。其の地を呼称して「深緑の柩」と謂う。樹齢数百年の巨木、天を覆い尽くし、地表には腐葉土と巨大根が複雑に絡み合う。古来より魔獣の領域。陽光を拒む樹海——一度足を踏み入れれば、帰還は極めて困難を極める。故に迂回を推奨する』


「マジかよ、今さら戻れないぞ」


『代替経路として、北側の山岳地帯を通過するルートが存在する。通常行程と比較して五ないし七日の余分を要するものの、安全が確保されている経路はこれ以外にない』


 爆心の外。

 超越の儀が世界を焼いた中心から、わずかに外れていた土地。都市も森も砂になった。


 だが、ここは違う。


 砂にならなかった。


 削りきれなかった。


 だから残った。


 残ったということは――そこにあった生態系も、力も、異形も、そのまま生き延びたということだ。むしろ濃くなった可能性すらある。


 人が寄りつかない八百年。


 討伐も開拓も行われない時間。


 弱いものは喰われ、強いものだけが残る。


 淘汰は進む。

 

 頂点はさらに研ぎ澄まされる。


 王国が滅び。


 騎士団も消え。


 冒険者も来ない。


 抑え込む存在がいない森。


 ならば当然、魔獣も残っている。


 いや、残ったどころか、支配している。


 砂漠は死の大地だった。


 ここは違う。


 ここは、生きている地獄だ。


 タクミは拳を握る。


「戻れる距離じゃない」


 振り返れば五日。さらに戻れば何十日。

 食料も有限だ。


 引き返すという選択肢は、現実的ではない。


「進むしかない」


 そう言い聞かせる。

 恐怖を押し込めるように。


 巨木の影が、さらに濃くなった。


 知識の海へ。さらに潜る。


 これから進む領域に巣食う、危険な存在たち。


 生き延びるために、知っておかなければならない。


 サラディンが残した知識を、ひとつひとつ引き上げる。


 危険個体。


 音も文字もない。ただ、理解だけが静かに脳裏に浮かぶ。


『サンダーレイヴン。危険度、極大。全長約四メートル、翼開長時に八から十メートル。外観は極彩色の羽毛、ずんぐりとした体躯。羽先は青白く発光し、瞳は蒼雷の色を成す。生息域は深緑の柩最深部の水場。特徴として、縄張りに侵入する者へ即座に雷撃を放つ。その雷撃は即死級の威力を有す。目撃報告は直近五年、ほぼ皆無。討伐報告は二件。なお、極彩色の羽は高額にて取引されている』


「雷撃で即死か……」


 空を見上げる。


 枝葉の隙間。

 青白い光を想像するだけで背筋が冷える。


『ロア。危険度、極大。体長八から十二メートル。外観は血の如き赤黒き鱗、全身を覆う。巨大な顎、太く長き後脚、肋骨ごと盛り上がる異形の胸郭。生息域は深緑の柩最深部。特徴として、咆哮に風魔法を混在せしめ、音圧にて内臓を破壊す。戦功記録官の報告書に曰く——中層域にて金級冒険者七名遭遇、全滅。討伐命令発令され、騎士団一個小隊二十二名派遣されるも、接敵後、咆哮により隊列崩壊。内出血と踏み潰しにて全滅、生存者わずか二名。目撃報告は直近五年、ほぼ無し。討伐報告は無し』


「一個小隊が壊滅……」


 音だけで。


 踏み潰しで。


 想像が現実味を帯びる。


『デヴァウア。危険度、規格外。全長十二から十五メートル。外観は暗灰色の硬質鱗。胴体より伸びる蛇のような長き頸部、上下に割れた大顎。常に垂れ下がる巨大な腹部、口元より絶えず立ち上る白き湯気、濁った黄褐色の双眸。生息域は深緑の柩最深部。特徴として、硬質鱗は斬撃も魔法も受け付けず、大顎の咬合力は重装騎士の鎧をも噛み砕く。戦功記録官の報告書に曰く——浅層に出現する個体を確認。重装騎士団一個小隊二十五名と中級冒険者二十九名の混合部隊、包囲戦を敢行するも数刻以内に全滅。回収部隊は骨片のみを確認。遺体の大半は未発見。目撃報告は直近五年、ほぼ無し。討伐報告は無し』


「……五十四人が数刻で消える……」


 喉が渇く。


 砂漠とは別の乾き。


 意識を浮上させる。


 森は静かだ。

 だが静けさが不自然だ。


 虫の羽音も、鳥の鳴き声も少ない。

 どこかで何かが息を潜めている。


 腐葉土を踏む音がやけに大きい。

 自分の呼吸がうるさい。


(ここは生き物の巣だ)


 砂漠とは違う。

 あそこは死の大地。

 ここは捕食の大地だ。


 ふと、遠くで枝が折れる音がした。

 乾いた音ではない。

 湿った、重い音。


 タクミは足を止める。


 耳を澄ます。


 風はない。

 葉も揺れていない。


 気のせいか。

 それとも。


「最短で抜ける」


 立ち止まること自体が危険だ。

 滞在時間が延びるほど遭遇率は上がる。


「当時でも目撃報告はほぼない。それに八百年も経ってるんだ……。もういないかもしれない……」


 巨大な根をよじ登る。滑る。手をつく。

 土が爪に入り込む。


 上に立った瞬間、視界がわずかに開けた。


 奥へ。

 さらに奥へ。


 陽光が届かない領域。

 深緑の柩の、本当の入口。


 背筋に冷たいものが走る。


 それでも。

 タクミは前へ踏み出した。


 止まらない。

 止まれない。


 古代樹林の奥へと、歩き続ける。


(経過日数:367日)



 砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。


 第43話「古代樹林」でした。


 討伐報告すら存在しない化け物たちが、八百年の時を経てなお森の奥で息づいている。

 砂漠とは違う恐怖。深緑の柩は、彼に何を見せるのか。


 次回、第44話「届かぬ光」


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リシェルとガウル
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