第3話 召喚された男
第3話です。
異世界に召喚されたタクミは、ようやく自分の置かれた状況を理解し始めます。
しかし待っていたのは、よくある異世界物とは違う現実でした。
砂漠の夜は冷え込んでいた。
崩れた研究棟の中に、風が入り込む。
砂が床を流れ、小さな音を立てた。
タクミは石の床に座り込んでいた。
膝の上には、先ほど渡された二つの籠手――ガントレット。
ひとつは水色の宝石。
もうひとつは桃色の宝石。
どちらも旧文明の遺物らしい。
だが。
「……これだけ?」
思わず口から漏れた。
目の前に立つ水の亜神サラディンは、静かにうなずいた。
「それだけだ」
「いやいやいや」
タクミは思わず笑った。
「普通さ、こういうのってあるだろ」
「勇者の力とか」
「無限魔力とか」
「レベルアップとか」
指を折りながら数える。
サラディンは首を横に振った。
「ない」
「……」
タクミは天井の穴から見える星を見上げた。
沈黙。
長い沈黙。
「……マジか」
その言葉しか出なかった。
漫画やゲームなら、ここで特別な能力が発動する。
世界最強のスキルを手に入れる。
魔王を倒す使命を与えられる。
だが現実は――
砂漠。
崩れた建物。
幽霊みたいな亜神。
それだけだった。
「私も望んでこうなったわけではない」
サラディンが静かに言った。
「神言語魔法は、本来人間が扱えるものではない」
蒼い身体が揺れる。
「召喚できただけでも奇跡に近い」
タクミは乾いた笑いを漏らした。
「いやー……」
頭をかく。
「俺、営業マンなんだけどな」
思い出す。
会社のオフィス。
会議室。
上司の怒鳴り声。
『この数字でどうするんだ!』
『もっと売れ!』
『クライアントは神様だぞ!』
タクミは小さく息を吐いた。
「まあ……」
「ブラック企業から逃げられたのはいいけどさ」
砂漠を見た。
地平線まで砂しかない。
「これはこれでハードモードすぎない?」
サラディンは何も言わなかった。
タクミは床に仰向けになった。
冷たい石の感触が背中に伝わる。
「帰れないんだろ」
静かな声だった。
サラディンは答えない。
だが、それが答えだった。
タクミは目を閉じた。
(まいったな)
営業の仕事は大変だった。
だが生活はあった。
コンビニ。
電車。
スマートフォン。
ここには何もない。
あるのは――
砂漠。
「……」
しばらく、誰も話さなかった。
風だけが吹いている。
やがてサラディンが口を開いた。
「水筒を渡しておこう」
空中に蒼い光が広がる。
そこから瓢箪型の水筒が現れた。
「魔法陣が刻まれている」
「水を生み出す」
タクミは体を起こした。
「……それは助かる」
「この砂漠では水が命だ」
サラディンは続けた。
「食料は魔物を狩るといい」
「魔物?」
「サンドワーム、大サソリ、ロドス」
聞き慣れない名前が並ぶ。
「食えるの?」
「食える」
「……」
タクミは遠い目をした。
「営業マンからサバイバル生活か」
苦笑する。
だが――
不思議と絶望はなかった。
むしろ少しだけ、胸が軽かった。
(毎日数字に追われるよりは)
砂漠の方がマシかもしれない。
タクミはガントレットを手に取った。
「で?」
「使い方は?」
サラディンの瞳がわずかに柔らいだ。
「まず水色の方だ」
タクミはそれを腕にはめた。
重い。
だが不思議と腕に馴染む。
「それは硬化兵装」
サラディンが言った。
「身体を鋼鉄以上の硬度に変える」
タクミは目を瞬かせた。
「……それ強くない?」
「強い」
「おお」
少しだけ希望が見えた。
「ただし」
サラディンは続ける。
「全身硬化すると動けなくなる」
「欠点あるんかい」
タクミは苦笑した。
「桃色の方は?」
「アストラル体に触れる」
「……?」
「亜神を消滅させるための兵装だ」
静かな声だった。
「ただし耐久性が低い」
「数回で壊れる」
タクミは眉を上げた。
「重要アイテムじゃん」
「そうだ」
サラディンは頷いた。
「だから慎重に使え」
タクミはガントレットを見つめた。
重い使命だ。
だが――
不思議と逃げたいとは思わなかった。
タクミは立ち上がった。
崩れた研究棟の外を見る。
夜の砂漠。
果てしない世界。
「……まあ」
小さく笑う。
「なるようになるか」
その言葉を聞いたサラディンは――
深く目を閉じた。
八百年間、心を締め付けていた罪。
その贖いが、今始まろうとしていた。
砂漠転生をお読みいただきありがとうございます。
第3話「召喚された男」でした。
ついにタクミの装備と生存手段がそろいました。
次回はサラディンからこの世界の知識を教わりながら、
タクミが砂漠を旅する決意を固めていきます。
次回、第4話「水の亜神」




