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砂漠転生  作者: たまりん
第1章 砂漠脱出編
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第4話 水の亜神


――――――――――――――――――――

 揺れる焚き火が虚無の闇を切り裂く。

 語り継がれる過去と、狂える亜神の影。

 見知らぬ土地へ、男はただ足を向ける。

 過酷な荒野を往く、旅路が幕を上げた。

――――――――――――――――――――




 火が、小さく爆ぜた。

 

 乾いた薪が弾け、赤い火の粉が闇へ散る。


 その一瞬だけ、崩れた石壁が明るく浮かび上がった。


 冷気が足元から這い上がる。昼の熱を忘れた砂漠は、まるで別の世界のようだった。

 

 研究棟の屋根は崩れ、天井は抜け落ちている。


 星だけが、遠く冷たく瞬いていた。

 

 タクミは石床に座り、焚き火に手をかざす。


 影の向こうに、水の亜神サラディンが立っている。半透明の身体が、炎に照らされ淡く揺れていた。

 

「この世界は、三つの大陸から構成される」

 

 静かな声が、夜気に溶ける。

 

「中央大陸、北方大陸、更には南大陸から成る」

 

 タクミは腕を組んだまま聞いていた。

 

「此処は中央大陸の中央部——かつてサラトニア王国の栄えた地にほかならない」

 

 視線を外へ向ける。月明かりに照らされた砂の海。起伏もなく、果ても見えない。

 

「……七百万人、だったか」

 

「そうだ」

 

 サラディンは頷く。

 

「城も港も学院も、その地には揃っていた。交易の中心、文化の都——それこそがサラトニアであった。我々が——それを終わらせたのだ」

 

 焚き火が小さく爆ぜる。タクミは責めない。慰めない。ただ炎を見ている。

 

「他の亜神は?」

 

 淡々とした問い。

 

「世界の全ての地へと、散り去った」

 

 サラディンは静かに答える。

 

「自らを枷にはめた者も、少なからず存在する。……壊れしは、ただ一人なり」

 

 炎が揺れる。

 

「炎のヴァルディア」

 

 その名は、重い。

 

「彼女は、炎の根源に触れ、その自我が焼き尽くされた」

 

 火がぱちりと弾ける。

 

「暴走か」

 

「違う。似て非なるものだ」

 

 静かな否定。

 

「人格は磨滅し、そこに残存したのは——『燃やす』という、ただ一つの原初的欲動のみ。他の者たちは、壊れてはおらぬ。罪を負いて、なお生きている」

 

 タクミは小さく息を吐いた。

 

「人間だって、壊れるときは壊れる。百年もいらない」

 

 サラディンは目を細める。

 

「君は恐れないのだな」

 

「怖いよ」

 

 即答だった。

 

「でも、どうにもならないことを考え続けても意味ないだろ」

 

 薪を突く。

 

「で、この砂漠。どっちに行けばいい」

 

 サラディンはわずかに顔を上げる。

 

「海沿いに町がある。漁港町」

 

「名前は?」

 

「オルデ」

 

 短い響き。タクミの表情が、ほんの少し緩む。

 

「町があるなら十分だ。……距離は分からぬ」

 

「……は?」

 

「私は、この研究棟の外に出たることなし」


「永遠の時を生きるニートか。俺がいた世界のニートが霞んで見えるな」

 

 夜風が強く吹き、焚き火が揺れた。タクミは数秒黙る。それから、笑った。

 

「まあ、知らない土地に放り込まれるのは慣れてる」

 

 出張営業。知らない街、知らない客。行けば、何とかするしかない。


 タクミは立ち上がった。崩れた入口の外へ歩み出る。砂が靴の下で沈む。夜の砂漠は広い。


 静かで、冷たく、容赦がない。それでも——

 

「とりあえず、そこ目指すか」

 

 拳を軽く握る。

 

「生き延びることだ。それ以外に優先すべきはない」

 

「了解」

 

 軽い返事。


 だが足は止まらない。タクミは空を見上げる。見知らぬ星々が瞬いている。


 完全に異世界だ。帰れない。保証もない。力もない。それでも。

 

「行くしかねえか」

 

 小さく笑う。


 その背を見つめながら、サラディンは目を閉じた。


 八百年。止まっていた時間。贖罪という言葉だけで繋ぎ止めてきた存在理由。その歯車が、わずかに動く。

 

 このとき、タクミはまだ知らない。


 砂漠の本当の広さを。乾きと飢えが、人をどこまで削るのかを。


 そして——漁港町オルデへ辿り着くまでに、一年を超える歳月を要することを。

 

 夜は静かだった。だが物語は、もう止まらない。



――――――――――――――――――――

 知識なき道標は、ただ一つの町の名だけ。

 距離さえ分からぬ広大な砂海へ漕ぎ出す。

 男の背を見送り、亜神の時間が動き出す。

 数多の苦難を予感させ、夜が更けていく。

――――――――――――――――――――



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リシェルとガウル
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