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砂漠転生  作者: たまりん
第1章 砂漠脱出編
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第28話 岩陰の夜


 無機質な地平線にたった一つ岩が立つ。

 太陽が焼きし砂の上で足を止め休らう。

 召喚の呪いか恩恵かその身を巡る因子。

 男は自嘲の笑みを乾いた風に零すのだ。


 

 遠くに影が見えた。


 純白の砂海に浮かぶ、異質な黒い塊。タクミは細めた目でそれを射抜くように凝視した。


「岩か」


 歩みが自然と速まる。ザッ、ザッという軍靴の音が、乾いた大地に硬質な律動を刻む。


 近づくにつれ、その影は威容を現した。人の背丈の何倍もの高さを誇る、巨大な岩だ。砂の荒野に、たった一つ、忘れ去られたようにそびえ立っている。


 タクミはその影の懐へ滑り込んだ。直射日光から解放された瞬間、安堵の吐息が漏れる。


「助かった……本当に、何にもなさ過ぎるだろ、ここは」


 バックパックを下ろすと、さらりと砂を撫でて沈んだ。タクミは岩の冷たい肌に背を預ける。久しぶりに味わう、濃密な日陰。


「ここで一日休むか。流石に、少しばかり身体が重い」


 誰もいない砂漠に向けて呟き、バックパックを開く。中から取り出したのは、つい先ほどまで死の淵にいた獲物――サンドバラクーダの干し肉だ。歯を立てて噛み切る。少し硬いが、悪くない。


「ん……」


 ゆっくりと咀嚼する。じわりと広がる旨味。


「……カツオ、か。意外と食えるな」


 ふと、自嘲気味な笑いがこぼれた。


「やっぱ日本人は、魚だよな」


 独り言が風もなく凪いだ空気に溶けていく。白い地平線を見渡すが、今日も変わらず何もいなかった。魔物の気配も、獲物の影も、何も。


 ただ、静寂という名の海が広がっているだけだ。タクミは肉を飲み込み、自分の両腕をじっと見つめた。


 腕も、足も、何一つ不自由はない。腹は減り、喉は渇く。だが。


「干し肉ばかり食ってるのに、妙に元気だな」


 体調はすこぶるいい。至極普通だ。


「これさ……」


 小首を傾げる。


「やっぱりこの世界、裏でチートとかあるよな?」


 笑い声が岩陰に跳ねる。


「レベルとか。サンドワームにロドス、結構な数を葬ってきたし。もしかして、あのサンドバラクーダを仕留めたことで、レベル五十くらいになってたりして」


 少しの期待を込めて手を空へ掲げる。


「ステータス!」


 沈黙。風一つ吹かない。何も反応はない。


「……だよな」


 力なく腕を下ろし、苦笑を浮かべる。かつての自分の世界のような、分かりやすいシステムなど、この無慈悲な大地には存在しないのだろう。


 岩にもたれ、星々が溶け出し始めた夜空を見上げる。脳裏に、あのサラディンの声が蘇る。召喚の時に告げられた、神の因子という呪いのような恩恵。飢えも乾きも遅くなる、というあの言葉。


「あれか。神の因子に触れた、とかいうやつ」


 膝に肘を乗せ、砂を見つめる。


「けどなぁ。あいつ、引きこもりだしな。本当なんだろうか、あれ」


 視線を右に移す。腕には水色の宝石を埋め込んだガントレット。砂の光を反射して、かすかに呼吸するように明滅している。その隣には、使い込まれた瓢箪型の水筒。一口含むと、ぬるい水が喉を通り抜けた。


「サラディン……」


 誰に聞かせるでもなく、その名を呼ぶ。


 夜の帳が下りた大平原。空には数え切れないほどの星が瞬いている。


「あんたのおかげで、まだ生きてるよ」


 静かな声。


 遠い遠い光の粒を見上げながら、東京の景色を夢想する。ビル群、列をなす電車、深夜に煌めくコンビニの看板。会社、会議室、上司の顔色。


 タクミは小さく、肩をすくめて笑った。


「まあ……会社よりは、ずっと静かだ」


 風もない。砂の音もない。


 ただ星だけが、遥か高みで静かに燃えている。タクミは岩にもたれたまま静かに目を閉じた。


 孤独。けれど、その感触に、少しずつ慣れ始めている自分がいた。


(経過日数:二百三十八日)



 遠き故郷の街並みを星空へと浮かべて。

 孤独の味にも少しずつ慣れ始めた夜よ。

 二百三十八日目の静寂が肌に馴染んで。

 男は冷たき星々の下で静かに瞳閉じる。


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リシェルとガウル
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