第22話 往時の外套
見渡す限りの残骸と静寂に包まれる。
八百年の時を眠りし遺物を追い求めて。
瓦礫の陰に隠された闇へと足を踏み入れ、
旅人は執念の果てに一つの布切れを掴む。
砂に埋もれた城塞は、どこまでも広かった。
外城壁。兵舎区。そして、かつて軍の中枢であったであろう司令塔。
崩れた石の通路を、タクミはゆっくりと歩く。靴底が砂を擦る乾いた音だけが、廃墟の静寂を縫うように響いていた。
倉庫区、神殿の跡地。
視線を巡らせれば、そこに転がっているのは無惨な残骸ばかりだ。崩れた棚、ひしゃげた柱、中身を奪われ空洞になった石箱。
散乱した錆びた刀身は、かつて鉄剣であったことを辛うじて主張しているが、どれも原型を留めてはいない。
「……何もないな。謎金属のアダマンタイトの剣とか、せめてもう少しマシな遺物を期待してたんだがな」
タクミは肩を落とし、井戸の縁に腰を下ろした。
手近な石を拾い、ぽいと投げ込む。数秒の空白を経て、底から小さく「ポチャン」と水音が返る。
「……生きてる井戸か」
井戸の底は見えない。水はある。それだけで奇跡的だが、汲み上げる術がない。
桶もロープも、八百年の間に塵と化したのだろう。五日間、くまなく探したはずなのに、その渇きを癒やす道具一つ見つからない。
タクミは溜息をつき、井戸の横にある天井の抜けた建物に目をやった。
日差しを遮るために、瓦礫から板を拾って壁に渡した即席の屋根。そこが今の生活拠点だ。
「あとは水が使えれば最高の拠点なんたがな……」
仰向けになり、真っ白な空をぼんやりと眺める。思考を放棄し、熱気の中に溶けていくような感覚。
だが、数分と持たずにむくりと体を起こした。
「もう一回見るか。見落としがあるはずだ」
もう一度、城塞の入口から歩き直す。
崩れた外城壁、瓦礫の山、どこまでも続く砂。
不意に、タクミの視線が一点に吸い寄せられた。
影。石の隙間。
瓦礫の陰に、不自然な空間が口を開けている。
「入口……?」
半分以上が瓦礫と砂で埋もれた、小さな穴。
タクミは袖をまくり、作業着代わりの法衣を正した。
石を持ち上げる。ゴトン。また一つ。ゴトン。
「営業、なめんな」
単調で、地味な作業。だが、営業時代に培った執念がタクミを突き動かす。
運んで、積んで、またどける。額から流れた汗が砂に吸い込まれ、影が少しずつ伸びていく。
作業を繰り返すうち、ついに最後の石が転がり落ちた。
ぽっかりと、暗闇への入り口が開く。
「サンドヴァイパーいないよな……?」
タクミは頭を法衣で包むようにして、その狭い闇へ体を滑り込ませた。
ザッ、ザッ。砂を噛む足音が響く。埃が舞い、思わず咳き込む。
夜目が慣れてくるにつれ、部屋の全貌が見えてきた。
小さな部屋。中央には机の残骸。脚が一本だけ、哀れなほど真っ直ぐに立っている。
視線を巡らせるが、やはり瓦礫と砂以外は何もない。
「……ここも、外れか」
踵を返そうとした、その時だ。
右奥、壁際にわずかな違和感があった。
しゃがみ込み、砂を払う。
布だ。厚手の、何かが。
「布……? 八百年経ってるんだぞ。 まさか……」
信じられず眉をひそめる。それでも指先をひっかけ、力を込めて引き抜いた。
ずっしりとした重み。タクミはそれを抱え、陽光が差し込む外へと急いだ。
外に出た途端、目映い光が降り注ぐ。
タクミは布を力一杯振った。バフッ、と大量の砂と埃が舞う。
「げほっ、ごほっ……!」
咳き込みながら、慎重にそれを広げる。
「……外套か」
それはフード付きの長いマントだった。
外側には、かろうじて輪郭を残したサラトニア王国の紋章。
タクミは指先で紋章をなぞり、内側を裏返した。そこには、円形の魔法陣が緻密に刺繍されている。
サラディンの知識と照らし合わせるように、記憶を辿る。
『劣化防止、温度調整』。
その横には、銘がある。
『ゴント工房作』。
「銘入り、当たりだ。間違いなく、当たりだ」
色はくすんだグレー。元は白かったのかもしれない。だが、埃を払えば、まるで新品のように美しい。
「ヴィンテージってやつだな」
タクミはその外套を羽織り、フードを被った。
その瞬間。
スゥッ。
空気が、劇的に変わった。
肌を刺していた焼けるような熱気が、まるで遮断壁に弾かれたように遠ざかる。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。涼しい。まるで深い日陰の中に座っているようだ。腕を動かしても、布は驚くほど軽い。
「法衣より上だな。いや、比べ物にならん」
城塞を見渡す。砂の海、崩れた塔、静かな廃墟。
今のタクミには、それがもはや「死の景色」ではなく、自分の城のように思えた。
「……まあ」
小さく、自嘲めいた笑みが漏れる。
「当たり前か。軍用品だ。当時の精鋭が纏っていた装備だもんな」
タクミは外套の裾をバサリと払い、西の空を見据えた。
この外套がある限り、もう砂漠の熱には屈しない。
(経過日数:百八日)
古の軍が遺せし外套をその身に纏えば、
焼ける熱気も遠き彼方へと退いてゆく。
百八日目の砂漠で手にした最強の盾よ。
男は城の主として、西の果てを見据えた。





