第21話 城塞遺跡
地平を貫く黒き巨大な影が姿を現した。
八百年の時を越えて主城が砂に佇むよ。
軍事の要所に隠されし魔導の耐久性よ。
男は静かに崩れた城門の隙間を潜る。
砂丘の向こうに、それは現れた。
遠目でも分かるほど巨大な影だった。風に削られた果てしない砂丘のうねりを超え、地平線に黒い線が横たわっている。
最初は夕暮れの陰影が作る岩山かと思った。だが、近づくにつれてその認識は塗り替えられていく。
高い城壁。崩れかけた塔。半分以上が砂の海に呑まれながら、それでもなお大地を掴んで離さない巨大な遺構。
「……デカイな」
タクミは立ち止まり、思わず喉から言葉を零した。
この三ヶ月、いくつもの遺跡を目にしてきた。だが、これほど威容を誇るものは初めてだった。
副城を後にして五日。ひたすらに西へ歩き続けた結果、ようやく辿り着いた「主城」――あるいはそれに匹敵する規模の砦だ。
砂丘を滑り降り、城塞の足元へと近づく。
城壁の高さはおよそ三十メートル。
ところどころが崩壊し、砂に埋もれながらも、その圧倒的な存在感は八百年の時を経ても失われていない。
壁の厚さだけでも五メートル以上ある。
「王国の防衛拠点ってやつか……」
タクミは顎をさすった。脳裏に、サラディンの知識が奔流となって流れ込む。
旧サラトニア王国西方に存在した四つの巨大要塞。
それぞれが都市の規模を持ち、軍事的な中枢を担っていた場所。そのどれかであることは間違いない。
ここに何か、当時の技術や資源が眠っている可能性は極めて高い。
城門は完全に崩れ落ち、巨大な石の塊が不規則に積み重なっている。その隙間を、タクミは潜り抜けた。
城塞の内部は、静寂に支配されていた。
風の音だけが空洞を吹き抜け、ヒュウヒュウと寂寥感を奏でている。
砂に埋もれた石畳、砕けた彫像の破片、あちこちに転がる折れた柱。
だが、興味深いことに外壁ほどは荒廃していない。城塞の中央部は、まるで時が止まったかのように原型を保っていた。
「思ったより残ってるな……」
城壁に触れると、サラディンの知識がその秘密を紐解く。
旧王国の軍事施設は、基礎石材からして魔導工学による耐久強化が施されている。
内部に刻まれた魔導回路が衝撃を分散し、熱を逃がし、摩耗を軽減する。それは梁も床も、扉枠一つに至るまで徹底されていた。
「そりゃ、八百年も残るわけだ」
タクミは苦笑し、さらに奥へと進む。かつての兵舎や倉庫の残骸が並ぶ広場を抜ける。
空を見上げれば数羽のロドスが旋回していた。この城塞のどこかに巣があるのだろう。
「お前らの巣か。まあいい、食料には困らなさそうだ」
もはやロドスは恐怖の対象ではなく、ただの狩猟対象だ。
広場を抜け、崩れた天井の先にある広間へ足を踏み入れると、視界の端に奇妙な円形構造が映った。
近づいてみると、それは石造りの古い井戸だった。
「……井戸?」
この過酷な砂漠で、水などあるはずもない。半信半疑で、足元の小石を拾って投げ込んでみた。
カラン、と石が壁に当たる乾いた音。
少しの沈黙のあと。
――ポチャン。
「……」
タクミは動きを止めた。
「……マジかよ」
鼓動が速くなる。再度、石を拾って投げた。数秒の滞空時間の後、確かな水音が響く。
サラディンの知識が即座に答えを導き出す。
数年に一度の異常気象による豪雨が、砂層を浸透し、密閉性の高い遺跡の地下空洞に蓄えられたのだ。
ここはまさに、生きた水脈を抱く「拠点」だった。
「水はある。屋根もある。食料も……ここなら最高の拠点にできるな」
タクミは腕を組んだ。問題は、八百年の時を経て桶もロープも残っていない井戸から、どうやって水を汲み上げるかだ。
営業時代、どんなトラブルも道具と工夫で乗り越えてきた。ここにはまだ、誰も見つけていない旧王国の遺物が眠っているはずだ。
「先ずは、探索だな」
口元が、わずかに笑みを浮かべる。巨大な遺跡の奥底に、自分を待っているかもしれない「道具」を探す。
それは最近のタクミにとって、何よりも刺激的な楽しみになっていた。
「これは、絶対になにかあるやつ」
独りごちて、タクミは広大な城塞の奥へと足を踏み入れた。
巨大な静寂を切り裂き、歴史の影へ消えていく。
まだ誰も見つけていない、旧王国の遺物を求めて。
(経過日数:百三日)
乾ききった井戸の底に響く水の調べは。
過酷な荒野で出会えた最高の贈り物さ。
百三日目の静寂を破り宝を探し行く。
男は遺跡の奥へ希望の光を求めて行く。





