第20話 砂原の副城
石造りの城で刻んだ生存の記憶よ。
荒ぶる砂の海で得た小さな休息の時。
西の地平線に主城の気配を追い求め。
男は荷を背負い孤独を友に歩み出す。
ぱちり、と火が弾けた。
瓦礫の隙間に組んだ焚き火の上で、串に刺した肉がじゅうじゅうと脂を落としている。
タクミは石壁にもたれ、ぼんやりと炎を見つめていた。
串をくるりと回す。香ばしい匂いが立ちのぼる。焼き加減は完璧だ。
かぶりつく。ぶつり、と皮が裂けた。
「……ん」
噛む。少し硬いが、もう慣れたものだ。
「ロドス焼き、二十五日目か、流石に飽きたな」
独りごちて、小さく苦笑が漏れる。骨を焚き火へ放り込めば、ぱち、と火の粉が夜空へ散った。
この場所に居ついて二十五日。崩れた城塞跡の、石造りの天井が残るわずかな空間。
最初はただの瓦礫の山にしか見えなかった。だが、砂を払い、その懐に入り込んだとき――。
『屋根だ……』
あのときの安堵は、今も鮮明だ。
風を防げる。砂嵐を凌げる。煙は崩れた割れ目から逃げていく。気づけば、ここはタクミの「城」になっていた。
空を見上げる。青い空の深淵で、黒い影が旋回している。獲物だ。
タクミは無造作に立ち上がった。
腕を上げ、手刀の構えを作る。息を整える必要すらない。
「これくらいか?」
角度を微調整し、鋼のように硬化した腕を掲げる。
「来い」
影が落ちる。弾丸のような急降下。
次の瞬間。
――ぐさり。
肉が裂ける鈍い音。胸を貫かれたロドスが空中で暴れ、タクミはそのまま腕を振った。
どさり、と砂に落ちる獲物。
「……これでオーケー全自動」
苦笑がこぼれる。拾い、裂き、干す。瓦礫の陰では、大量の干し肉が乾いた風に揺れている。
肉を食い、眠り、狩る。単調な日々。
だが、その平穏を噛み締めていた。
焚き火の前に座り直し、再び石壁に背を預ける。視線を外へ向ければ、砂に半ば埋もれた城壁や塔が、月光に照らされて鈍く輝いている。
頭の奥で、サラディンの知識がかすかにざわついた。
西方の防衛線。主城、そしてその周囲に配される副城……。
「……ここ、副城か?」
防衛拠点はいくつかあるが、いずれも沿岸部には遠い位置だった。
「調べなかったことにするか……」
肉を食べ終え、串を火へ放る。焚き火が揺れる。静かな夜だ。星が、砂漠の孤独を覆い尽くすほどに輝いている。
一ヶ月。
体は軽く、気力も戻りきっている。
タクミは荷物をまとめた。干し肉、ナイフ、そして瓢箪の水筒。ちゃぷん、と軽快な音が響く。
「水も足りる」
焚き火に砂をかけ、火を殺す。細く昇っていた煙が消え、辺りが暗闇に支配される。
瓦礫の外へ出れば、広大な夜の砂漠が牙を剥くように広がっていた。
タクミは西を見た。
もし副城なら、すぐ近くに主城があるはずだ。
「まあ」
もう一度肩をすくめ、小さく笑う。
「西に主城があればラッキーだな。――行くか」
砂を踏みしめる。ざく、という乾いた音。
副城の影が、タクミの背後でゆっくりと遠ざかっていく。
(経過日数:九十八日)
火の粉が消えれば暗闇が世界を覆う。
風に揺れる法衣を纏い荒野を往くよ。
砂漠の孤独を抱きかかえて歩み先へ。
九十八日目の夜に彼は西を見据える。





