異世界12種族連合認定特異戦力保持者専任担当官桃山モモの激情
その拳は異形を砕く一撃必殺也
和華山県和華山市沖にある巨大な人工島。異世界に通じる安定したゲートがあり、その利権と恩恵を得ようとする世界中の富裕層が集まる場所。
その島の中心部に、自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地はある。ゲートがある場所は5層もの分厚く高い防壁で囲まれ、1個師団が常駐し24時間厳重な警備と警戒に当たっていて、立ち入りは厳しく制限されている。
しかし、そこから2か所の検問所を通過した場所にある職員居住地区になると、病院や図書館、公園にカフェやコンビニが点在しており、自衛軍兵士や職員、その家族たちの憩いの場だ。広大な公園の中にはいくつかのランニングコースが整備されており、桃山モモは日が昇る前から走り続けていた。今朝走っているコースの左右には備蓄用の米を栽培する水田があり、植えられた苗が風に揺れている。蛙の鳴き声と共に涼しい風が吹き抜けて心地良い。
徐々に朝日が昇ってきて疲労を感じ、そろそろ終えようかと思った時、反対方向から男が走ってきた。時速20キロを維持して走っているモモよりかなり速い。顔が視認出来る距離になると、ひょいと左手を挙げて軽く振ってきた。最近、たまに遭遇する自衛軍の戦闘補助服を着た男だ。40歳は過ぎているだろう。モモより少し背が低く、前髪は後退気味のおじさんだ。怪我でもしていたのか、先日まで少し不自由に見えていた左腕を、今朝は軽やかに振っていた。起伏の激しい、かなりキツいコースなのに息も切らさず平然と走り続けている。
自衛軍の戦闘職には氣や異能を使える者が一定数所属している。さらに、最近は異世界の闘気という概念の身体強化や魔法を使う者まで増えてきたという。このおじさんは、モモの友人であるエルフたちが使う闘気法を使用していた。異世界からの帰還兵だろう。心肺機能や筋力の強化ではなく、膝や腰の負担を軽減する為に使っている。修練の際の異能はあくまで補助にしておくべきだと知っている、戦闘の熟練者特有の使い方だ。単純な肉体による戦闘力ならモモの方が上だろうが、実際に戦うとなると全く勝てる気がしない。軽く目礼をしすれ違う。
速度を落として息を整えながら、思考が散漫になっている事をモモは感じていた。昨日、異世界12種族連合認定特異戦力保持者であるという、大山サトシと初顔合わせを済ませてからだ。宇部本家のジュリア様。モモにとってとても大切な姫様が利用されているのではないかと不安だったが、実際に顔を合わせた大山サトシは善良だった。それも、お人よしと言っていいくらいの善人で、人の心を読める瀬宮副司令も呆れるくらいのレベルらしい。必要なら主家の姫様を守る為、抹殺する覚悟もしていたというのに。
モモの専任担当官としての任務は、大山サトシに『融通』を効かせ、身体の安全を確保する事が主となる。
よほど希少なギフテッドを発現させたようで、民間人に過ぎないというのに、須藤司令官直轄の警備部隊から、最精鋭120名が編成され、24時間警護するという。さらに、通常は3日間と規定されている民間志願警備員の帰還休暇を今回から10日間にするという、あり得ない変更までなされた。大山サトシをこちらに留めるため、そこまでしたのだ。
呆れた事に、身の回りの世話をするという名目で見目麗しい女性ばかりで構成された部隊まで投入されている。自分は必要ないんじゃないかとまで思うが、雲の上の上官にとってはモモが最良らしい。
大山サトシと初顔合わせの直後、モヤモヤしていたモモに対しても様々な派閥からクレームが入ったと瀬宮副司令から話があった。
「ごめんなさいね、桃山さん。他の横槍は排除したのですが、須藤の血筋だけの御老人達からの要請がありまして。明日、あの方々が依頼した方と手合わせをして頂きたいんです」
モモにしても渡りに船の話だ。肉体はこれまでの人生で最高に仕上がっているというのに、ぶつける対象が無くなってしまったのだ。ストレス解消の為、手合わせを出来ないかと思っていたところだ。須藤は抜刀術と独自の組み打ちによる戦技が強い家だ。そこが刺客として送り込んでくるのだから只者ではないだろう。すぐに壊れない相手だといいなと気持ちが昂ってくる。
ランニングを終えたモモは、寮の自室に帰りシャワーを浴びて身を清め、母が縫ってくれた宇部の戦闘装束を身に纏う。袖のない巫女装束に似ている。母が12戦鬼時代に着ていたものらしい。
相手方は寮の近くにある『穴蔵』の練武室で先に待っていて、事前情報はお互いに秘密の上での立ち合いだという。待ち合わせていた瀬宮副司令との合流場所に向かった。真夏だというのに、起伏の激しい肢体にきっちりと制服を着込んでいる。汗ひとつかいていない瀬宮の涼やかな笑顔と立ち姿に見惚れる。
「桃山さんおはようございます。本日はよろしくお願いします。その戦闘装束、とてもお似合いですね」
「おはようございます瀬宮副司令。全力を尽くします」
2人で『穴蔵』に入り、受付で案内された場所に向かう。氣や異能を使う者には様々なタイプがいる。相手を威圧する為にひけらかす者もいるが、大半は秘匿する。切り札は知られない方がいいに決まっているからだ。しかし、今日の相手は威圧する事を選択したのか、この距離からでも乱雑な氣を発しているのが分かる。モモは平常心を保ち、深く呼吸をし体内に酸素を溜め込む。いつでもトップスピードで動けるよう、脱力し備える。自動ドアが開くと同時に氣を薄く球状にして放つ。相手の戦力を測る宇部の探知術のひとつだ。
「そないになんべんも言わんかて、わかっとるわかっとる!その顔と体だけが取り柄の姉ちゃんをキャン!いわして、ええ年やのに経験ないおっちゃんとチョメチョメして、ガキ産んだらええんやろ?姉ちゃん張っ倒して1億!ガキを産んだらもう1億!ボロい商売やなあガハハ!」
身長はモモより少しだけ低い。こちらに背中を見せて奥にいる男と声高に話してはいるが微塵も油断がない。細身に見えるが極限まで鍛え抜かれた肉体の女だ。口元に笑みが浮かぶ。とてつもなく強い。そして顔見知りだ。モモの氣が触れた瞬間、凄まじい反応速度で跳び間合いを取った。モモの踏み込みからの手刀が届かないギリギリの距離だ。素晴らしい見切りに笑みが深くなる。
こちらを向いた女の可愛らしい顔が引き攣り、近くにいたスーツ姿の長身の男性に怒鳴りつける。
「アホかァ!どこが顔と体だけのお姉ちゃんなんや!帝都のメスサイクロプスやないかボケェ!」
「メスサイクロ、、、?なんなんやそれ、、、詳細は知らんけど、僕はモデルやってた広報要員のお飾り採用の子らしいて聞いてたんやけどなあ」
「アホが!うちかてアイドルやっとるやろ!見かけで判断しくさってマヌケが!あんなバケモンとガチンコとかあり得へんぞボケェ!」
しなやかな肢体に露出の多いブランドの、身体に張り付くトレーニング着を身につけている。動きを阻害せず体温調節機能が付いたハイエンドモデルだ。小さな頭に繊細なビスクドールのような顔立ち。細身ながら極限まで鍛え抜かれた身体。戦うアイドルとして学生時代から芸能活動をしていた寝屋川アンジュだ。学生時代の徒手空拳術全国大会の決勝は、いつも浪速代表のこの子が相手だった。
「桃山さん、お知り合いですか?」
「はい、学生時代に徒手空拳術の大会で何度か対戦していた子です。調整にちょうどいい相手ですが、力を使う必要がありますから、瀬宮副司令はモニター室に避難してください」
願ってもない相手だ。渋谷キサラ以外、唯一、まともな試合になった子である。部活の大会では氣や異能を使う事は厳しく禁じられている。だが、アンジュがどちらも身につけているのは分かっていた。いつか、全力で手合わせをしてみたいと思っていたのだ。
瀬宮副司令が部屋から出ていき、アンジュが怒鳴りつけていた男性も肩をすくめて出ていく。
「ええ加減な仕事しくさってダボがァ、、、モモちゃん!久しぶりやなあ!元気やった?最後にあったのは対談をしたあの時以来だっけ?3年ぶりかな?モデルは引退したって聞いたけど、相変わらず美人さんやなあ」
にこやかに両手を振り、先程までのドスの効いた声ではなく、可愛らしく甘い声で話しかけてくるアンジュ。あれはモデルとして最後の仕事だった。有名ブランドが大手出版社と組んで手がけた、雑誌の表紙とグラビアと対談だ。当時、モモはモデルのSANAと、アンジュはエルフアイドルのアーシアとユニットを組んでおり、4人で撮影をして対談したのだ。
「そうだな。アンジュは忙しくしているみたいだ。アーシアと一緒に活躍しているのはよく見るよ」
懐かしい話を語り友好的に見えるが、先程まで出していた乱雑な氣を引っ込めて、戦闘に集中し出したのが分かる。
「えー活躍なんかしてへんし!アンジュちゃんね、実はちょっとお金に困ってるんよ、、、ほんでな?無理矢理ここに連れて来られたんよ、、、モモちゃんがいてくれて良かったわあ!アンジュちゃんね?エライ人から、可哀想なおじさまに素敵な事を沢山しなさいって命令されたの!恥ずかしいけど頑張らないとイケナイって思っていたけど、どうしても恥ずかしくて、、、でも、モモちゃんと2人なら頑張れる気がするんよ!ね?2人で一緒に頑張ろ?」
胸の前で手を組み、大きな瞳に涙を溜めて、唇を震わせながら訴えてくるアンジュ。組んだ手の中に仕込んでいた暗器を指の力だけで投げつけてきた。氣で強化した右手を振り砕く。極細の透明の針だ。しかも毒が塗ってあったのか強い刺激臭が漂う。
「え〜んモモちゃんが殺人鬼みたいな笑顔してるぅ、、、また、アンジュちゃんの事虐めるんやね、、、中学2年生と3年生と高校2年生の時にやった試合みたく、またアンジュちゃんの世界一可愛いお顔殴るんだ、、、おどれにどつかれた恨み忘れてへんぞ!このボケェ!その澄ましたツラァどつき回したるわ!」
床に亀裂が入るほどの踏み込みから距離を詰めてきて、練り込まれた氣を拳に凝縮させ、緻密で鮮やかなコンビネーションを打ち込んでくる。掌で捌くが金属の塊で殴りつけられるような痛みが走る。その痛みにモモは興奮する。母との組み手以外で痛みを感じたのは何年ぶりだろう。反撃しようとするが、素晴らしい足捌きでモモはタイミングをずらされ一方的に打ち込まれてしまう。急所を氣で強化して被弾しながらも強引に間合いを詰めて掌で打ち抜くが、アンジュは何もない空中を蹴り付けて跳び間合いを外されてしまう。
「アンジュ!何逃げとるんや!おまえらしゅうないで!」
スピーカーからの声はアンジュの付き添いの男のものだ。
「やかましい!今の打撃の意味も分からんど素人がほたえんなぁ!」
肉体の硬化と速度補正、思考速度の加速、そして何もない空中を足場とする。アンジュの異能はこの3つだろう。能力任せでは自滅するだけの破格で強力な異能である。修練を毎日の習慣とした者だけが辿り着ける境地にいるからこそ、使いこなせているであろう能力だ。
「初めて会った時から、ずっと死合いたいと思っていたんだアンジュ」
「アンジュちゃんは初めて見た時から、モモちゃんには2度と近づきたくなかった!」
口角が吊り上がったのが分かる。母にその凶悪な笑顔はやめなさいと、幼い頃から何度も叱られたが治らなかったモモの悪癖だ。思考と肉体が加速していく。こちらの攻撃はほぼ当たらない。特に必殺の威力を込めたものはアンジュに間合いを取られて掠る事すらない。
こちらは何百回も打ち込まれているが、ダメージはほぼない。右の前腕にヒビが入ったくらいだ。ご飯を沢山食べてひと晩寝れば治るだろう。体が軽い。アンジュの恐ろしく速い攻撃にも目が慣れてきて、予測出来るようになり当たらなくなってきた。そろそろ、もうひとつギアを上げようかなと考え、チャクラを高速で回し始めた瞬間だった。
「そこまでです!施設が持ちません!手合わせは終了です」
瀬宮副司令の声に動きを止める。よく見ると、ドーム状の修練室の中は半壊していた。壁や床には亀裂が入り、大きく抉れるように陥没している場所まである。大半はモモの打撃によるものだ。申し訳ない事をしたなあと反省する。
「アンジュ、残念だけどここまでみたいだ。すっきりした。ありがとう」
「、、、今日はこの辺で勘弁しといたるわ!」
両手両足の骨には無数のヒビが入り、肋骨も折れているはずなのに、氣で補強し、何でもない風に構えているアンジュ。期待していたより遥かに強かった。モモはこんな中途半端な状態で中断しなくてはならないのが悔しくてならない。
「桃山さん!怪我はないですか!?」
息を切らして瀬宮副司令が部屋に飛び込んできた。形の良いブツがものすごく揺れている。折れそうなほど華奢なのに、そのお胸はどうなってんのかと問いたい問い詰めたい密室で小一時間問い詰めたい。
「桃山さん!この前からはっきり言おうと思っていましたが、私はノーマルですからね!」
胸を両手で抱きしめるように隠し、顔を真っ赤にして睨みつけてくる瀬宮副司令。みんな最初はそういうだよなぁすぐにモモと2人きりでお部屋に篭りたがるようになるけれど。
瀬宮副司令はモモの学生時代の担任によく似ている。お堅い子持ちの人妻だったのに、あなたが誘うから悪いのよとモモを押し倒してきて、モモの子供を産みたいとサイコな事を言い出したあの人元気かなあ。ちなみにモモは誘っていない。ある日、唐突に転勤になってしまってから会えていないけれど。あの頃の思い出を反芻していたら、瀬宮副司令が鼻血を出したので驚く。
「だ、大丈夫ですか?」
「へーき!へーきだから近づかないで!せ、聖職者たる教師が何という破廉恥な!ゆ、許されません!」
人の心が読めるって大変なんだなあと思う。それはそれとして、この人すごく好みだからお付き合いしてくれないかなあ上官だから無理かなあと考えていたら、バックステップでさらに距離をとられた。優しくするのに。
「なんやと!?アレと一緒に仕事せえゆうんか!見たやろ!あいつヤバすぎやねん!」
「せやかて、アンジュが異世界の変なモン買い漁って作った借金額デカすぎるしなぁ」
「変なモンてなんや!借金は確かに多いけど!アイドル活動で稼ぐし!」
「無理やて、、、流石に21億は無理や。利子がごつすぎるし。おまえはクレカと決済アプリ持たせたらあかんタイプやなあ。マジでミオリ社長に売り飛ばされるで」
「ぐぬぬ、、、」
アンジュたちが何か揉めている。
「リン、アンジュと一緒に仕事するんですか?」
「な、名前呼び捨てにしないで!私は上官ですよ!?営倉にぶち込みますよ!私にはお慕いしている方がいるんですからね!」
「、、、足腰立たないくらい優しくしますから。練習ですよ練習。リンは経験ないんでしょ?何事も練習からです。皆さんやっている事ですから」
「な、何を?、、、あなた!何人の女性と、、、不潔!不潔です!」
ちゃんと話し合いで綺麗にお別れしてから次と付き合っているのに、不潔呼ばわりは酷いなと思う。みんな今でも『お友達』だし。アンジュとの手合わせで少しはすっきりしたけど、モモは何だかまたイライラしてきた。分からせてやりたくなってくる。それはそれとしてアンジュだ。
「、、、寝屋川さんは取り込む事になりました。佐倉博士から、大山さんには出来るだけ強い人間を多く付けて守った方がいいと進言がありまして。それから、須藤の御老人達が要求を引っ込めました。桃山さん、何か心当たりありませんか?」
言われみれば、高校2年生の時に徒手空拳術の全国大会で優勝した際、来賓のおじいさんに戦ってみたい相手はいるかと聞かれ、アンジュと全力で死合いたいと言ったような気がする。あのおじいさんは、須藤の人だったような気もする。あの時に言ったことを覚えていてくれて、叶えてくれたのかな。御礼を伝えておいて欲しい。それにしても、話さなくてもいいのは便利だ。なにしろモモは口下手なので。
「はぁ、、、出来るだけ口に出して話してくださいね。桃山さんは無意識に沢山の人を巻き込んでいるんですね。やはり『セイレーン』の推挙に間違いは、、、いい加減にしなさい!脳内で破廉恥な想像をしないで!」
ベラベラと舌がよく回るアンジュが一緒なら、大山サトシとも上手くやれるだろう。モモはああいう悪意のない善人と接するのが苦手なのだ。本家のジュリア様に害がないなら、あのおじさんに含むところはない。たった10日間だし、ちゃんと守ってあげようと思う。とりあえず、リンとはご飯を食べてお酒飲ませてみようと思う。こいつがモモの顔に見惚れている事はお見通しなのだ。母よありがとう、綺麗な顔に産んでくれて。
「こ、こいつ?私は上官ですよ?自衛軍は軍隊なんですよ?許されないんですよ?それにあなたの顔に見惚れてなんかいません!」
とりあえず楽しい毎日になりそうだとモモは口角が吊り上がりそうになり、慌てて表情を消す。母に凶悪と言われた顔を見せてはいけない。
「シャワー浴びてきますね。一緒に浴びます?」
「浴びません!早く行きなさい!」
顔を真っ赤にするリンは可愛いなぁと思う。絶対にお付き合いしよう。今までモモは好きになった女を逃した事はないのだ。鼻歌を奏でながら、モモはシャワー室に向かい歩き出した。
「おい!お主ら!モモちゃんがアキラ坊のとこに配属されたらしいぞ!」
「なんやて!?モモちゃんはモデルさんやっとるはずやないんか?自衛軍とか危ないやろ」
「異世界から戻ってきたごっつい子の護衛につくみたいやで」
「異世界勇者か?モモちゃんは強いけど、怪我したりせんか不安やなあ」
「勇者やないみたいやけどなあ。そや!寝屋川ンとこの嬢ちゃんいてたやろ!モモちゃんが死合いたい言うとった子や!アンジュちゃん!あの子もごっつい強いさけ、あの子もねじこんだろ!」
「それや!モモちゃんが死合い出来るように、あんじょうねじこんでみるわ!瀬宮のリンちゃんに伝わるように小細工するわ!」
「喜んでくれるかなあモモちゃん」




