異世界12種族連合認定特異戦力保持者専任担当官桃山モモの決断
その殺意は
桃山モモは平凡とは言い難いが一般家庭の生まれだ。自衛軍に務める両親に育てられ、強い目的があるわけでもなく、大学卒業後に尊敬する両親と同じ職に就いた。保安検査官というなかなかに厳しい仕事にもようやく慣れた2年目の夏に、自衛軍基地副司令であり巨大財閥の直系である瀬宮リンと密室で2人きりになっている。
しかも、瀬宮リンは人の心を読むというサトリの怪物だという。しかし、それでもモモは動揺しない。幼い頃から母に叩き込まれた呼吸を行い平常心を保つ。
「桃山さん、私にあなたの嗜好を探る意図はありません。そこは本題ではないからです」
瀬宮の眼はほの昏い光を放っている。
これは遺伝性の能力だとモモは察する。
幼い頃に母の実家の本家で、異能を継ぐ血筋があり、能力を発揮する際の特徴と対処法をいくつか教わっていた。
「その通りです。これは瀬宮が継いでいる『悟り』という異能です。もっとも、こんな古臭い能力を持っているのは、瀬宮でももう私だけですけどね」
苦く笑った瀬宮の眼から光が消えた。異能があるとモモに悟らせる為、あえて光らせていたのだろう。そんな事をしなくても力は使えるはずだ。
「では、本題です。桃山さん、あなたにはとある民間志願警備員の専任担当官になって頂きたいのです。あなたにお願いをする理由は、エルフ氏族からの評価が極めて高い事がひとつ。その民間志願警備員もエルフ氏族や牛人族の皆様から『とても強く』好意を寄せられているからです」
専任担当官制度がある事は知っていた。モモの先輩が数人従事しているからだ。
「ギフテッドを発現させた方でしょうか?」
政府は自衛軍志願者や民間志願警備員を集める際、ギフテッドという言葉を多用している。異世界に渡るとごく稀に授かる強力な異能の事だ。漫画やアニメに大金を投じて英雄願望を煽るプロモーションまで展開している。
しかし、現実として大半は僅かな身体能力向上しか得られない程度のものだ。実際に研修で異世界に渡る自衛軍関係者ならみんな知っている。しかし、極々稀に授かる者もいる。
そして、有用なギフテッドを授かった者を組織が取り込もうとするのは当然であり、その筆頭が自衛軍だ。
「その通りです。具体的には遺伝性ギフテッドを発現させた30代後半の男性です」
専任担当官は、異性を配置するのが基本だ。しかも容姿に秀でた者が選ばれている。古来より金銭と魅力的な異性は取り込みたい対象を操るのに有効だ。それは歴史が証明している。
モモは何故、自分なのかようやく腑に落ちた。母譲りの自分の容姿が人より整っているのは自覚している。大学生の時のアルバイトはモデルだ。今でも熱心に大手事務所からの誘いがある。
撮影でよく一緒になったトップモデルで年下の親友SANAとは、今でも連絡を取り合っており、食事をする事もあるし、その度にモデル業への転職を勧められてもいる。
「寝ろという事でしょうか?」
三大欲求に人は抗えない。これは事実だ。そして遺伝性のギフテッドや異能は、高確率で子供が継ぐ事になるのも事実だ。
「必要ありません。12種族連合側で厳格に順番が決められています。そこに割り込みはかけられませんし、必要な場合は、我が家で相応の訓練を受けた者から志願者を募ります」
子供を産む必要がないなら、モモと母以外には、ほぼ誰も知らないはずの事情かと考える。
「その通りです。桃山さんのお母様であるミサトさん。今は疎遠になっているようですが、宇部家の元12戦鬼だったお母様から継がれた『房中』を、桃山さんも持っていらっしゃる。それがもうひとつの理由です、、、あなたは私のコレが気味が悪いと思わないのね」
不思議そうに尋ねてきた瀬宮副司令は、自分の異能が嫌いなんだなあと思う。けれど、モモに何か不利益があるわけでもない。それに、誤魔化しのない誠実な話し方には好感さえ抱いている。
「別に知られて困るような事は、私にはありませんから」
そう答えると目を見開き、一瞬だけ泣きそうなったあと、くしゃりと幼い子供のような笑顔になった、雲の上の上官を可愛いなと思う。
出雲の宇部は、古来より退魔を司り護国護民を掲げる一族である。母は分家の生まれだが、幼い頃から本家の内弟子になる事を許されたという。修練を積み重ねて、宇部12戦鬼と呼称される戦闘部隊の頂点にまで昇り詰めたらしい母が、何故自衛軍に入り、父と結ばれたのかは知らない。
モモは10歳の頃まで夏休みになると1週間ほど母と出雲の本家に赴いた。本家の人は皆んな優しかった。巨大な老人である先代様は山遊びを教えてくれ、美味しいご飯やお菓子を食べさせてくれたし、息子には内緒じゃぞと沢山のお小遣いをくれた。
当代様は日本中を飛び回っているらしく、あまり会えなかったが、母やモモを見かけると満面の笑みで挨拶をして、お土産を渡してくれ、妻には内緒だぞと沢山のお小遣いをくれた。
当代様の奥方様は、異世界のダークエルフ氏族の方でものすごく大きくて綺麗で優しく、毎日美味しいご飯を食べさせてくれて、ダーリンには内緒ですからねと沢山のお小遣いと綺麗な石をくれた。
当代様の長女のウルスラ様は、母とモモに毎日のように花束をプレゼントしながらプロポーズをしてきた。
三つ子のご兄弟様方は、モモ殿は小さいなあと、沢山のおやつをくれた。
そして、次女のジュリア様はびっくりするくらい可愛いくて、三女のサラサ様はずっとジュリア様にくっついていた。
しかし、11歳の夏休みになると母から本家には帰れなくなったと言われ、声が枯れるほど泣き喚いた覚えがある。けれど、寂しそうな母の顔に詳しい理由を訊ねることは出来なかったが、何となくは察していた。
異能である『房中』の事は、父すら知らない、母とモモの秘密だ。
体を重ねた相手に力を渡したり、身体能力をあげ疲労を回復させる異能だが、器が整っていない相手に使用した場合、心身を破壊してしまう可能性があるという。戦闘系の異能と相性が良い能力だ。
本家の方々や内弟子、門下生の方々は優しかったが、たまに法要で顔を合わせた分家の方々の、母とモモを見る目が異様だった。粘つくような欲望と執着を感じ、怖気がしたのを覚えている。
あの優しい人たちに会えなくなった原因はこの異能だろう。悪意から母とモモを守る為、本家の方々が遠ざけてくれたのだろうと思っている。
この異能が必要なら、担当する相手は戦闘系の極めて希少なギフテッドを発現させている可能性が高い。
エルフから信頼されており、宇部の戦技を習得し、『房中』という異能を所有している。
これらの理由だけでは、瀬宮副司令がわざわざモモを指名するにはまだ足りないと感じる。まだ、何かがある。
「その通りです。桃山さんにお願いをしている理由はまだありますが、これ以上は引き受けて頂いた後でなければ開示出来ません」
「お引き受けします」
間髪入れずに了承を伝える。
仕事は辛いが嫌いではない。それでも、このままでは駄目だと焦燥感にせき立てられ、酒に逃げる毎日だ。
脳裏にこびりついた、渋谷キサラの背筋の伸びた後ろ姿を想う。モモが何をしようが、あの子の人生に何か影響を与える事はないだろう。それでも、あの子に恥じないように生きていきたいと思う。そのきっかけを掴みたかった。
「桃山さん、あなたの決断に感謝します。それでは担当となる民間志願警備員のプロフィールと、あなたにお願いをした最大の理由をお話します」
担当する民間志願警備員の詳細情報を聞いた後、すぐに部署を移動する事になった。星野管理官に報告をした時、嫌になったらいつでも戻ってこい、広報部隊にねじ込んでやると言われたのが意外だった。モデルのバイトでモモが表紙を飾った雑誌を愛読しているらしい。話してみないと分からない事は本当に多いなと思う。
直接の上司や先輩や同僚からは、担当する相手からセクハラやパワハラをされたら皆んなで社会的に抹殺してやるから、絶対に報告するようにと念を押された。
大変だったのはエルフたちだ。我らの嫁であるモモを独占しようなど許されないと憤慨し、其奴に決闘を申し込むと主張し瀬宮副司令を困らせていた。嫁ってなんだ嫁って。お前たちの嫁になった覚えはないと言うと、めちゃくちゃショックを受けて落ち込んでいた。ほんとにエルフという輩は訳がわからない。
担当する民間志願警備員が、異世界から休暇でこちらに戻ってくるのは7月の半ばになるとの事だ。顔合わせは保安検査に合わせて行い、その時点から専任担当官となる。それまでの2週間は、特務保安検査官として事前準備に充てるようにと通達があった。
幼い頃から磨き続けてきた宇部の戦技。今でも稽古は欠かしていないが、氣を使った戦闘訓練は、休暇で実家へ戻った時に母とするくらいだ。
この基地には自衛軍の練武場がいくつかあり、その中でも通称「穴蔵」と呼ばれる施設は、ギフテッドや異能持ち専用の訓練施設になっている事を知った。
管理責任者はモモの憧れである佐倉サクラ博士であり、自衛軍での博士の身分は特殊技官筆頭だ。その穴蔵の練武室で、モモは巨大なサンドバッグの前に立っていた。
異世界の魔獣の皮をなめして何重にも重ねてから縫い合わせた中に、スライムを素体とする衝撃吸収に優れたゲル状の物質を600キロ詰め込んだサンドバッグである。10トントラックが200キロのスピードでぶつかってもビクともしないが売りの、伊知地ファクトリー製だ。天井から特殊合金で吊られたその巨大サンドバッグが、モモの打撃により轟音と共に跳ね上がる。
モモは氣を増幅させるチャクラを5つ回せる。しかし、それだと精密に操るのが難しくなるので4つまでにする。全身に万遍なく纏った氣を、インパクトの瞬間、拳足に収束させ爆発的に解放してサンドバッグに叩きつける。
宇部の戦技は合理を突き詰めたものだ。いかに無駄な動きを削り、速度を早め、正確に動き、相手を思い通りに動かすかを積み重ねた先にある。氣による爆発的な破壊力は必要ではあるが必須ではない。それを証明したのが先代様だ。それまでの宇部は恵まれた頑強な肉体と身体能力任せの蛮勇を奮っていただけと伝わっている。先代様がわずか7歳の時に、当時の家長に意見を述べ、12戦鬼をはじめ親兄弟全員を合理の技で、怪我ひとつなく倒したという。
それ以来、宇部は合理を突き詰めてきた。そして、モモも宇部の理念を体現すべく修練を積み重ねてきたのだ。
瀬宮副司令に担当する人物の詳細情報を教えてもらってから3日が過ぎた。あれ以来、酒は1滴も飲んでいない。修練を重ねるほど、体が研ぎ澄まされていくのが自分でもよく分かる。
大山サトシ37歳。個人飲食店を経営する母親と2人暮らし。大学卒業後、帝都警察第二種採用試験に合格するも、警察学校教育課程時、病により自己都合退職。それ以来、職歴なし。母の大怪我による入院により生活が成り立たず、職安に通い「セイレーン」立花ミユキに見出され、民間志願警備員に志願する。
敷島スバル特務教官により訓練を施され異世界へ。異世界ゲート通過時、極めて重要なギフテッドを習得し、12種族連合により特異戦力認定を受ける。認定過程ついては特級機密事項により秘匿。
所謂、ニートではないかとモモは呆れる。病気になったのは気の毒だとは思う。しかし、それから15年間働きもせず、母親に面倒を見てもらっていたのは人としてどうなのか。病気が治らなかったのかと思い直したが、志願当時の写真を見たら丸々と肥え太ったおじさんであり、健康状態に問題はなかったと記載されている。つまり、ニートである。資料を読んでいると奇妙な違和感があったが、読み進めるうちに消えた。
まあ、ニートであろうと他人だ。モモには何の関係もない事だ。専任担当官だろうとプライベートに関わる必要もない。軽蔑する感情は抑えられないけれども。
見過ごせないのは大山サトシと同じ部隊に所属している民間志願警備員の存在だ。宇部本家のジュリア様が何故いるのか全く理解出来ない。もちろん、当代様の許可があるから所属しているのは間違いない。幼い頃から桁外れの戦闘能力を持っていたジュリア様なら、化け物が闊歩する異世界ですら何の問題もないだろう。懸念しているのはジュリア様の異能だ。モモと同じくジュリア様も『房中』を奥方様から継いでいる。
ジュリア様はお小さくて、ご飯を食べるのが大好きで、とても可愛らしく聡明な方だった。最後に会ったのはモモが10歳、ジュリア様が5歳の夏だった。
「モモ、ボクねおかあちゃまから、ぼうちゅうをついでいるの」
お昼ご飯を食べた後のお昼寝の時間だった。涼しい風が吹き抜ける部屋に、モモ、ジュリア様、サラサ様の3人で蚊帳の中に敷いた布団で横になっていた。
お腹いっぱいになったサラサ様はぐっすり夢の中で、モモもウトウトしていたら、石鹸の香りがする温かな体が抱きついてきた。いつもは元気いっぱいのジュリア様。星が煌めくような色が異なる大きな瞳で見つめてきた。
「モモもミサトからついでいるってほんと?ボクおとこのこのこと好きなるってよくわかんない」
少しだけ不安そうなこの子を安心させなければならないと、強く思ったのをモモは覚えている。
「はい、ジュリア様。モモも母から継いでおります。大丈夫ですよ。房中は男の子が相手でなくても構わないそうです。ジュリア様にお好きな方が出来なかったら、モモがお相手いたします。だから、ご安心ください」
「ほんと!?やくそくだよ!モモつよくていいにおいするからだいすき!ボク、モモとならだいじょぶだとおもう!」
ぎゅうっと抱きついてきた宇部の至宝。あのお可愛らしい方を護るのは、宇部に生まれた者の義務であり幸いだ。
幼い頃から隔絶した戦闘力を持ち聡明だったジュリア様が、騙される事はないだろうとは思う。だが、まだ現在18歳の純真無垢な女の子である。
37歳まで金も稼がず、母親に寄生するようなおじさんニートに言いくるめられ、万が一、房中を使わされていたとしたら。
そんな事は許されるはずもない。モモは平常心を保ちつつも、5つめのチャクラが勝手に回転し強大な氣が全身に溢れてくる。サンドバッグを醜く肥え太った大山サトシに見立て、脱力した状態から無拍子で、氣を極限まで凝縮した掌打を叩きこんだ。
巨大サンドバッグは捩れるように回転し、切れるはずのない特殊合金は千切れ飛び、凄まじいスピードで宙を飛び、壁にぶち当たり轟音を撒き散らした。
「桃山特務保安検査官。新しいサンドバッグを用意しましょうか?床が割れておりますので、交換まで10分ほどお時間をいただくことになりますが」
スピーカーから申し訳なさそうな声がした。モモの要望でサンドバッグを用意してくれた志村技官だ。
「いえ、今日はここまでにします。施設を破損させてしまい申し訳ありません志村技官」
志村技官は20代後半の男性技官だ。若い男性の大半はモモと話す時、顔を凝視し、胸を見て顔を赤くし、全身を舐めるように見てくる。しかし、志村技官は目を合わせて柔らかな口調で話してくれるし、プライベートに一切言及しないので気楽に話せる。
「とんでもないです。ご要望があれば可能な限り応えますので。桃山特務保安検査官、お疲れ様です」
モモは測定用カメラに向けて丁寧に頭を下げる。気がつけば全身から滝のような汗が噴き出していた。心地良い疲労感に笑みが浮かぶ。水筒に入れていた冷たい水を飲み、タオルで汗を拭いながらシャワー室に向かった。
「ジュリア様を穢そうとする者は絶対に許さない」
10日後に顔を合わせる大山サトシをどうしてやろうかと思う。仮にもジュリア様の仲間だ。苦しまないように一撃で済ませてやろう。トレーニング着を脱ぎ捨て、シャワー室に入る。冷たい水は汗と火照りを流してくれるが、溶岩のようなモモの戦意は噴火寸前まで滾っていた。
まるで恋のように熱く深く燃え上がっている




