異世界12種族連合認定特異戦力保持者専任担当官桃山モモの困惑
それはあまりにも儚くて
桃山モモが大学卒業後、自衛軍に入ったのは両親の影響だ。幼い頃から仲が良い両親はモモの自慢だったし、愛され大切に育ててもらった結果、尊敬する両親と同じ職場に進みたいと思うのは自然な事だと思う。
大学では異世界のエネルギー資源である魔石活用学を専攻して、魔石に関する第一人者である教授のゼミに入る事が出来た。魔石式ドーリーを開発したあの佐倉サクラ博士も所属していたゼミだ。倍率300倍の壁を突破できた理由は今でも分からない。
「駄目だ!自衛軍だけは絶対に認めない!」
目標に向かって必死で学び、必要な資格を全てとった大学3年生の夏、バイトを終えてから帰宅し、夕食の天ぷらと素麺を家族3人で食べていた時だ。就職先はどう考えているんですかと父に問われ、当然のように自衛軍と答えたモモは、生まれて初めて父の怒声を浴びた。
あまりの驚きに言葉が出てこなかったのを覚えている。父は叱る時も絶対に声を荒げない人だった。幼い頃からずっと、ゆっくりとモモが理解出来るまで、優しく丁寧に噛み砕いて説明をしてくれる人だ。何が起こったのか理解出来なくて、母の方を振り返ると、母も今まで見た事のない厳しい表情をしていた。
「モモ、お母さんも自衛軍は賛成出来ない」
母は否定をしない人だ。小さな頃からモモがやりたい事を何でもやらせてくれ、モモの意思を常に最優先してきてくれた。それは父もそうだ。そんな両親が揃って、自分たちの職場である自衛軍は駄目だと否定する。何かがあると確信したが、機密情報に触れる為か、反対する理由は明確には教えてもらえなかった。
それでもモモは押し切った。最終的には両親も渋々ながら認めてくれたが、異世界戦闘部隊と特殊技官職への志願だけはやめてほしいと懇願された。どちらかに志願したいと思っていたが、生まれて初めて見た気の強い母の涙に折れて、なんとなく憧れていた異世界に関わることが出来る、異世界ゲート人工島の保安検査官に志願した。
そして、自衛軍に採用され、半年間の教育課程を終え、保安検査官として配属されたモモは、両親が反対した理由を思い知る事になった。
配属されたモモがやって来たのは、帝都から飛行機で1時間。到着した洋上空港から列車で20分の位置にある和華山県沖の巨大な人工島。自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地の中心にある、異世界ゲートから帰還した人に対して実施される保安検査場の一室が職場だ。
徒歩圏内には格安の綺麗な女子寮があり、食堂も美味しくて、給料もかなり良い。その上、仕事は9時から5時までで残業すらほぼない。シフト制の週休3日で遊ぶ場所や買い物をする場所も帝都に匹敵するレベルで近辺に沢山ある。それでも、モモはわずか1ヶ月で心身をすり減らし職場に行くのが辛くなっていた。
なぜなら、新人が担当するのは、民間人という事になっている民間志願警備員だからだ。そういう職業が存在する事は知っていた。今の帝国は空前の好景気で仕事などいくらでもあり、どこも人手が足りない。それでも働けない人のセーフティネットのひとつだとモモは認識していた。まさか、これほど凄惨な状況だとは想像すらしていなかった。
「渋谷キサラ警備員、本日をもって任期満了となります。長い間、お疲れ様でした。何か異世界から持ち込んだ物はありませんね。それではこれで保安検査終了です。渋谷キサラさんのこれからの人生に幸いがありますようお祈りいたします」
マニュアル通りに話しながら、あまりの衝撃に心臓が痛いくらい脈打ち、上下の感覚が無くなる。
民間志願警備員の規定任期である5年間を、無事に満了出来る人材は極々僅かだと、保安検査官になって初めて知った。大抵は心身に重大なダメージを負って離職するか、殉職の2択であると資料に明記されている。そして、任期を満了しても心身に取り返せないダメージを負っている場合が殆どだとも。
目の前にいる渋谷元警備員は、本日付けで退任する。5年間異世界で戦い抜いた歴戦だ。しかし、その代償として左腕を肘の先から無くし顔には深い傷跡がいくつもある。科学と魔道工学を融合させた再生ポットを使えば元には戻るが、莫大な功績をあげた自衛軍関係者以外、数千万の使用料が必要となり、順番待ちは5年単位だ。
「あ、あの、に、任期が終わったって、あ、あのあのほんとに終わりですか?」
茫洋としていた渋谷の目の焦点が合い、不安そうな顔ですがるように問いかけてくる。中学から高校2年生で引退するまで、モモと徒手空拳術の帝都代表を競っていた好敵手だった渋谷キサラ。試合では勇猛果敢であり、試合が終われば嫋やかで優しく明るかった面影が全くない。名門である翡翠女学院に幼稚舎から通っていた富裕層だったはずだ。
「はい、渋谷さん。あなたは任期をまっとうしました。あなたは自由です」
渋谷の目から涙が流れる。終わったやっと終わったと呟き、ハンカチを取り出して涙を拭う。学生時代と変わらない美しい所作に見惚れ、涙が出そうになる。
立ち上がり丁寧に頭を下げた渋谷に対して、モモも立ち上がり敬礼を返す。泣くな!と心の中で自分を叱咤する。この子が異世界の戦場で片腕を失うほど過酷な時間を過ごしていた時、自分は何をしていたのか。
親に金を出してもらい、実家から大学に通い、アルバイトは遊ぶ金を得る為にしていただけだ。父に小遣いをせびり、母に甘え、彼氏を作り、友達とキャンパスライフを謳歌し、カフェでダラダラしながら、ありとあらゆる事に不平不満を漏らしていた。この子の前で絶対に泣いてはいけない。そんな事は許されない。
頭をあげ回れ右をして、退出しようとする渋谷の足がドアの前で止まる。
「ありがとうモモちゃん。私を憐れまないでくれて、本当にありがとう」
その嫋やかで芯のある声だけはあの頃の渋谷キサラのままだった。嗚咽を堪える為に返事が出来なかった。ただの保安検査官のモモに出来る事など何もない。背筋を伸ばした渋谷が出て行った後、無力感に座り込みそうだった。それでも、仕事は待ってくれない。
怒鳴りつけてくる者、恨み言をぶつけてくる者、泣き叫ぶ者、襲いかかってくる者、生きる気力を失った者。毎日毎日神経をすり減らして応対し、休日は友人や同僚と気晴らしをする。
一体、民間志願警備員とは何なのか。民間人としているが、実態は明らかに自衛軍の下部組織だ。それも、使い捨ての安価な労働力として扱われているようにしか見えない。
機械的にこなしているうちに、辛い仕事にも慣れて来た。帝都にある商社に勤めている遠距離恋愛の彼氏とは少しずつ連絡がとれなくなり、冬になった頃、17歳の大企業の社長令嬢とお見合いしたと噂に聞いた。けれど、モモは何の感情も抱けなかった。
モモに転機が訪れたのは自衛軍に入って2度目の夏が近づいてきた頃だ。いつものように午前中の仕事を済ませ、昼休憩には友人と爆盛り塩唐揚げ定食ご飯特盛りを完食し、午後からの仕事に戻ろうとした時、上司からの呼び出しがモモの業務用デバイスに入った。同僚に断りを入れて、先日から夏用になった制服に乱れがないかをチェックして、指定された小会議室に向かう。
上司の部屋ではなく、機密性の高い会議を行う場所に呼び出された事を不審に思いつつ、指定された部屋のドアをノックする。入れという声にモモは呼吸を整えて入室する。室内にいたのは2人だ。直属の上司ではなく、保安検査官全体を取りまとめている星野ミカ管理官と自衛軍人工島基地副司令官の瀬宮リンが立っていた。
教育期間中、教官から繰り返し忠告された事がある。
「瀬宮の質問には誠実に応える事。決して嘘はつかない事」
須藤家と瀬宮家。この両家が政府から自治を委ねられている千年王城の、実質的な支配者であることは有名な話だ。
古都の守護と退魔を司る須藤に、財力と情報を司る瀬宮。
自衛軍にも強い影響力があり、幹部にも両家出身の人材が多数いる。特にこの駐屯地は千年王城から近いこともあり、両家の影響が強いとされていて、事実、司令官は次代の須藤を率いる本家嫡男の須藤アキラであり、副司令は瀬宮本家の瀬宮リンだ。
「桃山、仕事中にすまない。本日は瀬宮副司令より話があるという事で来てもらった。専門性の高い役職への移動についてだ。あらかじめ言っておくが、これは辞令でも命令でもない。断ったとしても、待遇や評価が不利になる事はない」
星野管理官は上官である瀬宮副司令を紹介すらせずに淡々と告げてきた。要約するとこれは自分の頭越しの引き抜きで、正式な手続きを踏んでいないから、嫌なら断れという意味だ。
「承知しました」
星野管理官は頷き、瀬宮副司令に敬礼をしてから退室する。判断はモモの自由にしていいという意思表示だろう。
「桃山さん、仕事中に呼び出してごめんなさいね。当駐屯地の副司令を拝命している瀬宮リンです」
人を安心させる柔らかな話し方だ。身長は170センチのモモよりわずかに高い。華奢なのに胸や腰は大きく張り詰めている。小さな顔に切れ長の瞳が美しい。肩で揃えられた艶のある黒髪に真っ白な首筋の対比が目を引く。男性隊員たちが度々話題に上げているのもよく理解できる。
「先程、星野管理官から、専門性の高い役職への移動と伺いましたが、なぜ私なのでしょうか?」
まだ、1年と少ししか職務経験がないモモが、そのような任務に充てられるはずがない。
「話が早くて助かります。まず、任務についてですが、異世界の12種族連合はご存知ですね」
12種族連合は異世界の12種族で構成された最大最強の暴力装置であり、都市機能と防衛拠点の維持、兵站の確保、安全な輸送路の確立、経済圏の安定、医療と防疫、食糧の生産まで担っている巨大組織だ。
そして異世界においていくつかある自衛軍が協力関係を築けている団体の中で最も友好的な存在であり、異世界からエネミーの侵攻を防げているのは、かの団体と協力関係を築けているからだとされている。
人材交流も活発で、芸能界で活躍している人材は全員が12種族連合所属だ。自衛軍付属病院やリハビリセンターでは、牛人族の看護師や介護士が200人以上働いている。保安検査場にもエルフ氏族の戦士たちが60人前後が常駐しており、モモは彼女たちとランチを一緒に食べたり休日に遊びに出かけることもある。
「保安検査場に常駐しているエルフ氏族の皆さんには、定期的にアンケートをお願いしています。簡単な感想のようなもので、食堂の味付けであったり、休憩所に対する要望などが主となっています」
モモの友人のエルフたちは休憩する環境にこだわりがある者が多い。さらに、食事に関しては大半の者が鳥の唐揚げを偏愛し、野菜を草と称して憎悪しており、モモが料理の付け合わせのサラダを食べていたら、草なんか食べたらお腹を壊すぞと深刻な顔で忠告までしてくる。
「昨年の冬あたりから、要望とは別に桃山さんの名前がよく出てくるようになりました」
そういえば、去年の冬あたりから、エルフたちからの距離感が近いしボディタッチが増えた。女同士だしまあ別にいいかと思っていたが、酒を飲んでいる時に明らかに酔いつぶそうとしてきた子もいたなと思い出す。返り討ちにしてやったけれど。
クリスマスは何人にも誘われて、結局イヴは15人のエルフに囲まれて酒盛りをした。何故かお互いの足首をロープで結び殴り合いを始めたエルフたちを見て、ゲラゲラ笑っていた記憶がある。翌朝、生まれて初めて寝ゲロをしてしまったのはモモの人生で最悪の記憶だ。あれから酒を飲む時は適量と決めている。
「桃山さんを嫁にして地元に連れ帰りたいので、こちらの戸籍や手続き等はどうなるのかという切実な相談が30件近くあります」
そうかあ嫁かあ。結婚も考えていた彼氏は顔も思い出せなくなったなぁと自嘲する。自衛軍へ装備を納入している、今絶好調の伊知地家の箱入りお嬢様と一般家庭のモモじゃどっちを選ぶかなんて決まっていやちょっと待って
「え?あいつらじゃなくて、こちらにいるエルフ氏族の皆様は全員女性ですよね」
何にもしないから絶対に何にもしないから!と、寮にあるモモの自室に、鼻息荒く押し入って来ようとしていた何人かを思い出して冷や汗が出る。
「エルフ氏族は女性の数が多いので、女性同士での婚姻も珍しくないらしいのです。プロポーズの順番を決める決闘で勝敗がつかなかったので、桃山さんにハーレムを作って欲しいとの強い要望がありまして」
クリスマスイヴにあいつらが殴り合いをしていた理由を悟りモモは慌てる。
「瀬宮副司令!私はノーマルです!あいつらは嫌いではないですが、その、困ります!」
これは嘘だ。モモは相手が女性でも大丈夫である。しかし、エルフ達をそういう目で見たことがないから混乱してしまう。
「、、、エルフ氏族の皆様は、魂の形と色が視覚として見えるそうなの。桃山さんの色はとても儚くて綺麗らしくてね。私も似たような能力があるからよく分かるの」
少し困ったような瀬宮副司令の切れ長の美しい瞳が、黒い光を宿しているように見える。
ああ、何故、瀬宮の人間に嘘をついてはいけないかをモモは思い出した。
瀬宮本家直系の女性は、人の心を読むサトリの怪物だと言われているからだ。
ピンクダイヤモンドのように可憐に輝いていた




