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帰還して、尋問を受け挙動不審になる愚か者 後編

怖いのか?大山ァ!

 異世界から帰還して義務である保安検査を受けるだけなのに、どうしてこんな事になっているのか分からないまま、大山サトシはいつでも対応が出来るように意識を切り替え備えた。

 目の前では、担当である桃山という保安検査官と白衣を着た女性が激しく口論をしている。


「絵崎特殊技官!大山警備員は民間人です!あなたの発言は民間人に対する脅迫にあたります!今すぐ、撤回と謝罪を願います!」


「黙れ、保安検査官如きが私に指図をするな。私は絵崎の人間だ。そこのアーティファクトは我ら選ばれた人間が持つべきものだ。貴様ら一般人に許されるのは黙って従う事だけだ」


 白衣の人がすごく怖い事を言っているけれど、負の感情を抱かないようゆっくりと息を吸い、全身に酸素を巡らせてから、ゆっくりと吐き出す。全身に満ちた氣をヘソの下にある丹田という場所で回す。師匠のジュリア曰く、チャクラという概念があるという。人体の背骨に沿ってある7つある生命エネルギーを増幅させる概念らしい。

 サトシが回せるのは、尾骨、丹田、みぞおちの3ヶ所だけだ。普段はゆっくりと回しているものを高速で回転させて全身に行き渡らせ、取り込んだ酸素と融合するイメージを持つ。24時間、全身に膜のようにして纏わせている氣をさらに増やす。厚みを持たせて無理なく維持できる限界である6枚に増やし、その隙間に大きな毛玉のようにした氣を詰めていく。

 警戒すべきはサトシに悪意をぶつけてくる白衣の女性ではない。おそらく解析系の魔眼持ちの2人と、サトシの遥か上の戦闘力を持つ須藤アキラだ。

 即座に逃げ出せるように足のつま先を立てて、椅子から軽く腰を浮かす。


「3ヶ月か。ゲンジから聞いてはいたが、宇部の麒麟児に教導されたとはいえ、わずか3ヶ月でよくぞそこまで積み上げたものだ大山サトシ」


 深みのある良く通る声だった。柔らかな笑みを浮かべる須藤アキラの表情に、何か懐かしいものがサトシの頭をよぎる。須藤が発言をすると、口論していた2人がぴたりと黙り込み姿勢を正す。緩みそうになる意識を集中させて、何かあれば反応出来るように体の力みを出来るだけ消す。


「俺はこの自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地の司令官を拝命している須藤アキラだ。隣にいるのは副官の瀬宮リン。そちらの2人は特殊技官の絵崎アイと、特殊技官筆頭の佐倉サクラだ。保安検査官の桃山は、本日より君の専任担当となる。困った事があれば、いつでも相談してくれていい」


 困ったなとサトシは戸惑う。必要なら戦闘も辞さない覚悟を決めたというのに、須藤アキラの口調は好意的で、部屋にあった緊張感が消し飛ぶ。

 小学生だと思っていた女の子が、佐倉サクラという名前の、特殊技官筆頭というなんかすごい役職の人だという事にも驚いて見つめると、彼女の魔眼の輝きが消えた。唐突に、懐から栄養ドリンクのウンケロ大王液を取り出して一気飲みした事にたまげる。


「佐倉特殊技官!あなたは模範となるべき筆頭なのですよ!そのような行為はお控えください!公務中ですよ!」


「桃山ァ!あたしは2時間前に異世界から帰還したばっかで、今朝から2ヶ月ぶりの休暇に入ってんだよ!休暇なのに引きずられてきたんだぞ!どういう事なんだ!」


「私に言われましても、、、お気の毒とは思いますが、他の方々が出払っているらしくて、、、」


 佐倉も異世界に行っていたらしい。こんな小さい子が2ヶ月ぶりの休暇って、自衛軍も大変なんだなぁと思う。体や労働基準法とか大丈夫なのか心配になる。それにしても、この子すごいアニメ声だ。アニメでツンデレなお嬢様やお姫様とか演じてそうな特徴的な声をしているなぁと考えていたら、グリンとこちらに顔が向く。目がガンギマリで充血していて怖い。


「おい、こら大山ァ、、、おまえ、化粧の具合であたしがちょっとばかり幼い顔つきに見えるからって、舐め腐った顔で見てたろ?あたしには分かるんだぞ?お?あ?」


 めちゃくちゃな因縁をつけられ、サトシは嫌だなぁ〜怖いなぁ〜と帰りたくなる。そもそも、この子お化粧なんてしてないと思う。ほぼすっぴんだろう。赤ちゃんみたいにモチモチツヤツヤのほっぺだし。化粧水や乳液以外、幼い頃からのお化粧はあまり肌に良くないって、同じ部隊のオシャレ番長であるセイラもそう言っていたし。

 でも、こういう背伸びしたい年頃の子に、そんな事を言っても逆効果なのはサトシでも知っていた。ご近所に住んでいる母親同士が親友の年下の女の子サナちゃんも、小さい頃からお化粧とかしていたし、雑誌のモデルさんをしていて、今は大人気のトップモデルになっているらしい。そのサナちゃんが小さい頃に家で預かった際、オヤツを作ったり遊び相手をしていたサトシは、いつも子供扱いするなと怒られてばかりだった。


「舐めてなんかいません。お若いのに頑張っていらして素晴らしいと思います。お仕事お疲れ様です」


 特に小さいという単語は厳禁であると学んでいた。きちんと大人に対する態度で返す。実際、頑張って働いている事は尊敬に値する。つい3ヶ月前までニートだった己の不甲斐なさにサトシの気持ちが沈む。こんな小さな子供が一生懸命に働いているというのに。


「お若いって、、、大山ァ、、、おまえはあたしが何歳だと思ってんだ?」


 来たよこれと、サトシは唾を飲み込み思考をフル回転させる。答えを間違えたら即終了となる、恐怖の年齢クイズだ。失敗したらまともに話すら聞いてもらえなくなるだろう。この質問に対して、正解を答えるのは正解ではない。ある一定の年齢以上なら3〜5歳は下の年齢を言うのが最も適切だと、母が経営する喫茶店での接客で学んでいた。

 そして、この年頃の女の子の中には、実年齢よりお姉さんに見られたいという欲求がある子がいるらしい。ご近所のサナちゃんもそうだった。だが、あまり上の年齢に見えると言ってもいけない。バカにしていると、唇を噛み締めたサナちゃんが涙を流した時に母が帰ってきて、夕飯を抜きにされた苦い経験をサトシは思い出す。しかし、空きっ腹で眠れなかった情けない夜も無駄ではなかった。あの失敗はこの瞬間の為の学びとなったのだ。


「14歳くらいでしょうか?同年代の子たちと比べてお姉さんに見えます」


 完璧なる答えだとサトシは自信満々に笑みを浮かべる。おそらく11〜12歳であろうが、少しお姉さんに見えると自己肯定感をくすぐるおべっかまで付け足す。


「あたしはおまえの教官のスバルちゃんと同級生だ!14歳ってなんだコノヤロー!バカヤロー!」


 立ち上がり小さな手で机をバンバン叩き、威嚇されながら怒鳴りつけられたものだからたまげた。可愛らしいアニメ声なので全く迫力がない。顔を真っ赤にして、めちゃくちゃ怒っている。しかし、いくらなんでも敷島スバル教官と同級生はないないそれはない。敷島教官もすごく若く見えるけど、30代と聞いたことがあるし。世の中には実年齢より若く見える人がいる。それは努力だったり、生まれつきの見た目だったりするのだろう。サトシの母親もかなり若く見えるらしいし。しかし、いくらなんでもこの小学生が30代はないだろうと困惑する。

 必殺の技官パンチで教育してやると、鼻息荒く長机を乗り越えてこようとする佐倉を、桃山が後ろから抱きつき止める。


「佐倉特殊技官!落ち着いてください!あんなおっきい人殴ったら、おてて怪我しますよ!」


「どいつもこいつも子供扱いするくせに、仕事だけは押し付けてきやがる!ふざけんな!大山ァ!尻出せぇ!技官魂を刻み付けてやる!」


 何故、自衛軍の女の人たちはサトシの尻を狙って攻撃してくるのか。そういう伝統でもあるのだろうか。本当に佐倉は30代なのだろうかと、チラッと須藤の方を見たら、苦笑いしながら頷いたので本当なんだろう。


「佐倉、休暇中に呼び出したのは申し訳なかった。必要な人材があちらに出払っているんだ。もう少しだけお願いする。もちろん、休暇は延長しよう。そうだな、、、俺個人からの提案もある。佐倉は土地を探しているらしいな。自衛軍リハビリセンターの向かいに我が家が所有する土地がある。小さな林があるだろう?あの場所を譲っても構わない。どうだろう?」


 来いよ!大山ァ!アーティファクトなんか捨ててかかってこい!と荒ぶっていた佐倉の動きが、須藤の言葉で止まった。羽交締めをしていた桃山を振り解き、服装を正してゆっくりと深呼吸をした後、ゆっくりと椅子に座る。


「なかなか、魅力的なご提案ですね須藤司令」


 何というか佐倉の雰囲気が先程までとは全く違う。荒んだ雰囲気が無くなり、にっこりと笑顔で口調も穏やかだ。そうすると不思議なもので、外見は幼いけれど所作はちゃんと大人に見えてくる。

 それにしても、人工島の土地は坪単価3000万円以上だと聞いたことがある。その土地を売り買いするなんて、この人たちすごいお金持ちなんだなあと感心する。


「おい、おまえ。そこにあるアーティファクトを我が家に譲れ。ひとつあたり2000万出す。税金もかからないように上手く処理してやる。どうだ?民間志願警備員に志願せざる得ないような底辺には夢のような大金だろう」


 こちらを観察していた絵崎というらしい白衣の人が嘲笑しながら、サトシに話しかけてくる。エリナと同じ名字なのがなんだかやだなぁと思う。それにしても不思議だとも思う。この人は敵意満々で侮蔑する言葉を投げかけてくるのに、実際にはそんな感情を抱いていない。サトシの反応を見るために、敢えて強い言葉を使っているだけだ。

 何故わかるかといえば、サトシがずっと虐められ続けていたからである。本当に嫌悪感を抱いている人、単なるノリの人、仕方なく同調している人。虐めてくる人にも色々な感情があり、ある時からそれがうっすらと分かるようになっていた。この人が抱いているのは、、、義務感?それと強烈な自己嫌悪と後悔と罪悪感に加えて、真摯な想いを感じる。


「仰る通り僕はお金が欲しくて、何も考えないまま紹介された民間志願警備員になりました。だけど、ここにあるアーティファクトは異世界の友人たちから貰ったものです。それをお金に変えることはできません。せっかくのご提案ですが、お断りいたします」


 だから、真摯に答えを返した。友達などほぼいなかったサトシに、異世界の友人たちは驚くほど良くしてくれた。命を失いかけた時、何度も助けてくれたのだ。お金を対価に譲れるはずがない。


「ふん、、、後悔するぞ。過ぎた力は身を滅ぼす」


 まるで、自分自身を恥じるかのような感情が乗った言葉が返ってくる。これは明らかな忠告だ。


「はい、ご忠告ありがとうございます。この力に振り回されないよう、鍛錬を続けていきます」


 サトシの答えに興味を失ったかのように黙り込み、それっきり感情すら見えなくなる。絵崎が敢えて感情が読み取れるように振る舞ってくれていた事にようやく気がつけた。立ち上がり丁寧に頭を下げる。


「おい、大山」


 じっとやりとりを見ていた佐倉の言葉に体が緊張する。また魔眼を発動させているからだ。しかし、見ているのはサトシではなく、アーティファクトが入ったケースだ。


「分かっていると思うが、アーティファクトはおまえが貸与すると決めた者以外、絶対に誰にも渡すな。特にその赤い守り髪、緑の宝玉の指輪、赤い宝玉がついた金色のネックレスだけは、絶対に渡してはならない。『とても大変な事』になる。分かるな?」


 異世界でエルフ温泉郷の王女であるサーシャと全く同じことを言われ、サトシは息を呑む。この人、解析系の魔眼の最上位持ちだと確信する。何故なら、異世界でも屈指の魔力を持ち、エルフの大魔道の称号を得たサーシャの解析魔法と同じ結論が見えているという事だからだ。


「はい、絶対に、渡しません」




 とんでもない疲労感がありサトシは座り込みたくなるが、気力を振り絞りエリナを探す。身につけたアーティファクトの数々が、体力を回復させてくれてはいるが、精神的な疲労までは癒してくれない。


「サトシ!こっちです!保安検査でこんなに時間がかかるなんて、全く何をしていたん、、、どうしましたの!?」


 呆れたような顔をして、少し離れた場所にいたエリナが顔色を変えて駆け寄ってくる。呼吸を整えてゆっくりと深呼吸をし、酸素と氣を全身に行き渡らせると少しずつ気力も回復してきた。


「うん、ちょっとだけ疲れたかな。待たせてごめんねエリナ。お茶でも飲んでいかない?」


「あちらにカフェがあります。行きますわよ」


 何も聞かずに、素早くサトシの手を取り先導してくれるエリナはやっぱり優しくて凄い子だなぁと思う。

 そんなエリナと同じ名字を持ち、顔立ちが似ていたあの白衣姿の女性の事は話さない方がいいような気がする。

 そして、須藤アキラ司令官の笑顔が誰に似ているのか、鈍いサトシはようやく思い出せた。学生時代にサトシを虐めから救ってくれ、尻を蹴り回されていた、あの須藤アイナと瓜二つの笑顔だった。

 

絵崎アイ(25) 絵崎エリナの実姉。呪われた繁栄を謳歌していた絵崎の血筋を憎悪していた。しかし、その呪いの根源はつい先日、宇部の雷神と神堕の剣聖に消し飛ばされた。

異世界に逃した妹が心配でならない。

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