帰還して、尋問を受け挙動不審になる愚か者 前編
ん?今何でもするって言ったよね?
長かったなぁと、異世界から短期休暇のために一時帰還した大山サトシは、危険物や違法な物を持ち込んでいないかチェックする保安検査場の広大な待合室で、万感の思いを込めて手にした3枚の茶封筒を見つめる。
何とか無事にとは言い難いが、仲間は誰1人かけずに日本に戻って来る事が出来た。異世界ゲートを初めて潜ってから3ヶ月。日本の季節は、日中になれば汗が吹き出る夏になっていた。
自業自得の自堕落な生活が原因で困窮したサトシが職安にて斡旋されたのは、国が募集していた異世界にて活動する自衛軍の、実質的な下部組織である民間志願警備員。所属は一緒に訓練をした仲間のひとり江崎エリナが隊長を勤める江崎隊となっている。
普通運転免許以外のまともな資格がなく、職歴もほぼない30後半のおじさんに対して、初任給から月額30万円という高額な報酬を出す理由に疑問すら抱かずに志願し、死亡率が極めて高い危険な仕事だとサトシが実感したのは異世界に行ってからだ。
自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地に隣接する訓練施設での2週間はまだ良かったように思う。異世界帰りの敷島スバルという女性の教官から訓練を施された。見た目はゆるふわ系の優しげな女性なのだが、腹に響く声で常に罵倒してきて、いかなる場合でも走り続けるようにと地獄のしごきを受けた。
一緒に訓練をした5人の仲間たちは普段から運動をしていたり、適応能力が高い子たちばかりで、愚痴をこぼしてはいたが初日からしっかりとこなしていた。
しかし、サトシはかなり苦しんだ。不摂生な生活により脂肪をたっぷりと蓄えた体は思うように動かず、重い機関銃を保持してのランニングは衰えた心肺機能に負担をかけて息切れを起こし、何度もグランドにゲボを吐く有様だった。
「大山!戦場でもそうやって座り込むつもりか!?エネミーどもは見逃してはくれんぞ!」
サトシたち訓練生の3倍もの重さがある、巨大なバックパックを背負って一緒に走っていたというのに、息切れ一つしなかった敷島スバル教官の罵倒は腹に響き、長くしなやかな足から繰り出された喝は尻に叩き込まれた。あまりの痛みに目の裏に星が飛ぶという経験をしたのは、あの時が生まれて初めてだった。
「今なら除隊出来るぞ!臆病者は仲間を巻き込み殺す!怖いならママのところへ逃げ帰れ!」
鬼気迫る表情の教官の言葉に、飛びそうになる意識の中、サトシは必死に立ち上がり走り続けた。帰る場所などなかった。この仕事で金を稼ぎ、母の治療費と飼い猫のご飯代を得る以外に、生きる道など存在しなかったと思い込んでいたからだ。
実際、異世界に行って何度も命を失う瀬戸際に立った。そして、その瞬間に命を拾えたのは敷島教官に教えてもらったリュウケンという技のお蔭だ。ガキダマなるアークデーモンの固有魔術で消し飛ばされた後、エルフの王女様に再生して貰った左腕を見ながらサトシは心から感謝していた。
本当に感謝はしてはいるが、今でもたまに夢でうなされて飛び起きてしまう事がある。なにせ、敷島スバルの見た目があまりにもサトシの理想の女性過ぎた。その女神に尻を蹴り回された事は深いトラウマになっている。
同じ部隊に配属されたコミュ力おばけの伊知地セイラからの情報で、敷島教官の大好物という温泉郷まんじゅうをお土産として買ってきてはいたが、届けに行くのが憂鬱で仕方がない。なにせ、あの人サトシの尻を蹴るとき、ちょっと興奮したように笑っていたし。
そのセイラは恋人となった同じ部隊の青山サキと、異世界ゲートから帰還した直後に検査を終え、イチャイチャしながら去って行った。
検査の事前申し込み制度があったらしく、あの2人は相変わらず要領がいいなぁと感心して見送っていたら、隣にいた年下の親友である柏原ユウキがいなくなっていた。
職安でサトシとユウキに仕事を斡旋してくれた、立花ミユキという女性職員が、いつの間にかユウキの婚約者になっていたらしい。ユウキは意味不明だろと言っていたが、なんだかんだあって受け入れた様子だった。
人混みの向こう、その立花ミユキらしき女性に首根っこを掴まれて、引き攣った表情で引きずられていくユウキの姿が見えた。助けを求める声を発していたように思えたが、歩哨として立っている保安要員の方を見ると、痛ましげな表情で関わるなと首を振ったのでそのまま見送る。なぁに大丈夫やろと、サトシは自分に言い聞かせた。なにせあの2人は婚約者同士なのだから。
なんだか少しだけ罪悪感が生まれてしまったが、愛し合う2人の時間を邪魔してはいけないと思い込むようにした。なにせあの人、なんだか全て見透かされているような威圧感があって怖いし。
「サトシ、まだ検査の順番が回ってこないんですの?」
凛とした声に顔をあげると、目の前に姿勢よく立つ女の子がいた。サトシたちの部隊の隊長である絵崎エリナだ。
「うん、あと3人ぐらいだね。あの、、、ジュリアは落ち着いた?」
茶封筒を懐の内ポケットに入れ、この場にいない部隊員である宇部ジュリアについて尋ねる。サトシの自称師匠でもある小さな体の女の子は、先程まで怒り狂った猫のように荒ぶり手がつけられなかった。
異世界ゲートから部隊員6名で帰還して検査待合室に入った直後、体格の良いスーツ姿の集団が待っていた。なんか凄い武道の宗家らしい、ジュリアの実家のお弟子さんたちらしく、ジュリアを迎えにきたらしい。
らしいというのは、ジュリアがお家には戻らないから、あなたたちは帰るようにと伝え、それを聞いたお弟子さんたちが焦ったように説得していたら、何かが彼女の逆鱗に触れたらしい。怒り狂うジュリアとお弟子さん達を連れて、保安要員に交渉して部屋を借りたエリナが話を聞くために連れて行ったからだ。
「ええ、落ち着きましたわ。冷静に話をされていたので、私はお暇してきましたの」
流石はエリナである。とても頼りになる我らの部隊長なのだ。さすエリ。
「サトシ?なんだか小馬鹿にされているような気がしましたけど?」
表情を消して軽く睨みつけてくる。エリナは端正な顔立ちなのだが、表情を消すと迫力がすごくてすごくこわい。
「そんな事ないよ!エリナにはいつもお世話になっているし、、、頼りにしてばかりで申し訳ないけど、本当に尊敬しているし感謝をしているから!」
表情は変わらなかったが、エリナの真っ白な肌が耳の先まで真っ赤になる。褒められる事に慣れていないらしく、褒めるとすぐに赤面するのがとても可愛いなぁと思う。
「、、、サトシ、それはあまりよくないからおやめなさい」
への字口になったエリナに、低い声でボソォと呟くように注意されてサトシは首を傾げる。また何かしたかなと不安になる。なにせ毎日のように女性陣に注意されてしまっているので。
「その、、、じょ、女性に対して、すぐにその、、、か、可愛いと呟くのおやめなさいな」
サトシには心から思った事が口をついて出る癖があるらしく、今回もエリナの恥じらう姿を見て、可愛いと無意識に呟いてしまっていたようだ。
想像してみよう。40歳手前のおじさんが、職場の同僚の10代の女の子を見て可愛いと呟いていたのだ。確実にセクシャルハラスメントであり、SNSに晒され社会的に抹殺され、仕事もクビになり行き倒れ確定案件である。今まで育ててくれてありがとう母さん、迷惑ばかりかけた親不孝な息子でごめんなさいエンドだ。
「な、何卒、SNSに晒し上げるのはご勘弁を、、、何でもしますから、、、すごく不快だっただろうけれど、、、」
「不快などとは言っていません!」
明瞭でよく通るエリナの声に、周囲から注目が集まる。
「わたしが、いつ、不快などと言いましたの?」
「言っていません。ごめんなさい」
腕を組み真っ直ぐに見つめてくるエリナに対して、サトシは熟練の動きで素早く床に正座をし謝罪をする。土下座はしない。エリナは土下座が嫌いだと以前に言っていたからだ。
「はぁ、、、もういいです。お立ちなさい。人前でそのような格好をするものではありません。もう一度だけ念の為に言っておきますが、不快などと思った事は一切ありません。分かりましたの?」
「はい、エリナは綺麗で可愛いくてカッコいいです」
これはほんと。だって周囲の人も見惚れているし。サトシに対しては、何だこのおっさん警備は何をしているんだみたいな厳しい視線が四方八方から突き刺さってはいるけれど。
「はぁ!?な、何を言っているんですの!本当に全くあなたという人は本当に!いつも女性にそんな事ばかり言って!」
いつもは言っていないほんとにそう思った時だけだと不満を抱きつつも、俯きながらエリナに叱られていたら、手元のデバイスのアラームが鳴る。保安検査の順番待ちのアプリからだ。
これ幸いとサトシは立ち上がり逃げ出す。逃げるのは得意である。なにせ30年以上もあらゆることから逃げ続けてきたわけなので。
「呼び出しがあったから行ってくるね」
「あ!?もう!覚えていらっしゃい!あとでお説教ですのよ!」
地団駄を踏むエリナに頭を下げて、指定された検査室を探しながら早足で逃走に成功した。
それにしても、エリナはすごい子だなぁと改めて思う。優しいし思いやりがあるし、誰に対しても公正に接する。それでいてまだ10代だというのに決断力もあるし、法律に関する知識もすごくて交渉にも強い。
あんなにすごい子が、あまり褒められなれてないって不思議だなとも思う。出来の良くないサトシですら、母は事あるごとに褒めてくれていたというのに。
エリナは実家のことを話したくないようなので、出来るだけ聞かないようにしている。今回の休暇も格安で利用出来る自衛軍の保養所に泊まる予定だったらしい。
しかし、入院していたサトシの母が先週から自宅療養をするようになっており、病院の近くに一軒家を借りているらしく、ジュリアがエリナを誘って3人でそこに泊まる事になっている。母に許可を求めた際、深く長いため息を吐いていた事が少し気になるけれど。
アプリに示された部屋は、保安検査場の端にあった。警備の質が変わった事にサトシは気がつく。
通常、警備を担当している保安要員は2人1組で、装備は特殊警棒と防護盾と軽装甲のみである。
しかし、このブロックの保安要員は3人1組でサブマシンガンや大口径ショットガンを装備し、重装甲を装着している。
サトシのデバイスに表示されている部屋番号がある扉の左右には、肉眼では見えない兵士が6人も立っていた。右にいる3人は光学迷彩装備を身につけた自衛軍兵士で、左にいる3人は魔道工学装備を身につけたエルフ氏族の戦士だ。
何故、見えないはずなのにそこに居るのが分かったのか。その理由は、サトシの自称師匠である宇部ジュリアに教わった、アニメや漫画でお馴染みの『氣』なる謎パワーのおかげだ。臍の下あたりで、なんかあったかいのをぐるぐる回して、薄い幕みたくして球状にして体から放つ。そうすると、半径50メートルくらいにいる生物の位置情報が頭の中に投影されるのだ。
こちらが視えている事に気がついたようで、自衛軍兵士は敬礼をしてくれたので頭を下げる。エルフたちは、わぁ視えるんだぁみたいに興味深気に見つめてきたので、異世界のエルフ温泉郷で教わった礼法で返すと、びっくりしたような顔になり笑顔で手を振ってくれた。
指定された部屋の中には5人いる事が分かる。その内の1人はとんでもなく強い氣を纏っている人間だ。サトシが出会った人間の中で、トップクラスに強い氣を持っていた異世界の自衛軍要塞司令官である竜胆ゲンジに匹敵するように感じる。
サトシの氣が触れた事に気がついているのに、微動だにしない巨岩のような強さだ。しかし、恐ろしく強いのに恐怖を感じない。むしろ、安心感を抱いてしまうのが不思議である。
デバイスに表示されているコードをモニタにかざすと扉が開く。中に入ると強い視線を感じる。
「お待たせしました、大山サトシ警備員。私は貴方の担当となりました、特務保安検査官の桃山モモと申します。よろしくお願いします」
部屋の中には長机が置かれていて、その後ろに並べられたパイプ椅子に5人が並んで座っていた。中央に座っている視線の鋭い桃山と名乗った女性に促され、サトシも向かい合う形で置かれたパイプ椅子に座る。目の前には小さな台があり、サトシが事前に提出しておいた異世界の物品が、透明のケースに入って置かれていた。
「こちらにいる方々はお気になさらないでください。我々保安検査官に対する査察のようなものです。たまたま居合わせただけですから。よろしいですね?」
ハキハキとした口調でそう言われたがよろしい訳がない。なにせ桃山の隣にいるのは、おそらくこの自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地司令官である須藤アキラのはずだ。あまりにも物知らずなサトシの為に、エリナが毎日30分の講義をしてくれている中で、覚えておくべき自衛軍関係者の筆頭に名前があったから間違いない。巨大な氣を纏っているのはこの人だ。端正な顔立ちで柔らかな表情をしているが、何だか誰かに似ているような気もする。
その隣に座っている女性は、おそらく瀬宮リンだろう。須藤司令官の副官であり秘書官でもあり、3大財閥瀬宮本家の御令嬢で、諜報部隊を統括している凄腕らしい。エリナからは絶対に目をつけられるなと言われていた。しかも、この人は魔眼持ちだ。魔眼を発動させた時に発する特有の黒い輝きがある。
反対側に座っている女性2人は自衛軍の制服の上に白衣を羽織っている。眼鏡をかけたサトシと同年代らしき女性が敵意満々で睨め付けてきて怖い。
もうひとりはどう見ても小学生くらいの女の子だ。制服がコスプレにしか見えないが、この子も魔眼持ちである。しかも、瀬宮よりかなり強力だと思われる漆黒の深い輝きがある。魔眼にはランクがあり、強力になるほど発動させた時に深い黒の輝きを放つと、異世界エルフ温泉郷戦士団の双子に教えてもらった事がある。この子の魔眼は、仲間である最上位魔眼持ちのセイラと同クラスであろう深い漆黒の輝きを放っている。
「時間の無駄では?すぐに拘束してアーティファクトを取り上げるべきです。これが居なくなってもたいした問題にはならないでしょう。激戦地に放り込めばすぐに始末出来ます。唯一の身内だという母親も一般人でしょうし、端金を渡せば終わりです」
敵意満々白衣の人が、蔑むように言葉を発した。人と認識されていないような声に肌が粟立ち、サトシの意識は瞬時に切り替わった。異世界で超絶的な戦闘力を持つ人たちに鍛えられ続けてきた体と思考が反応し、あらゆる事に対処出来るように分厚い氣を全身に纏う。
出来るだけ はやく後編 書きたいな
おじさん、心の俳句




