殺戮人形姫と悍ましき白に染められた空を貫く弾丸
お待たせしました
お待たせしすぎたかも知れません
部屋でお茶を飲み何気無い会話をする事が、どうしてこんなに楽しいのかとサーシャは不思議に思う。かつて、『神獣を孕みし黄金の魔女』が棲んでいた『静寂の大森林』の浅い場所にあるエルフが統べる温泉郷。エルフ氏族の集団から弾き出された戦闘狂達の掃き溜めであり、武神に守護されし武の求道者達の楽園。そんな都市国家の王女として生まれたサーシャには、親しくお茶を飲むような友と呼べる存在などほぼいなかった。
「ジュリア様、先程焼き上がりましたこちらのクッキーも如何ですか?」
「ふおお!美味しそう!ミリアが焼いたの?ありがとう!いただきます!」
いつも控えめな笑みで感情を悟らせる事のないサーシャのメイド達を束ねるミリアが、満面の笑みで宇部ジュリアにお茶のおかわりや茶菓子を勧めている。
ジュリアは異世界人とダークエルフの間に生まれた子である。古い血筋を辿ればサーシャとも血の繋がりがあるとはいえ、ミリアがここまで警戒しないのも珍しい。
ライブ後はいつも、出来るだけ1人にしてくれようとするのだが、ジュリアたちだけは別だ。むしろ、積極的に同じ時間を過ごすように促してくる。
「サーシャ!ミリアの淹れてくれるお茶はすごく美味しいね!」
ご機嫌でお茶を飲みながらお菓子を楽しむジュリアに、サーシャの笑みが深くなる。大山サトシを巡ってはどうにも苛立つ事があるけれど、それ以外では恐ろしいくらいジュリアとは気が合う。それに、死生観や戦闘に対する価値観もかなり近しい。
ライブツアーの期間中、サーシャは食事にとても気を遣っている。肌に影響が出やすいので油や炭水化物は最低限しか摂らない。しかし、ジュリアがあまりにも美味しそうに食べるので、今夜はいいかという気分になりクッキーを摘む。まだ、熱が残っていて口に含むとジュワリと溶けて、バターの香りと柔らかな甘みが広がる。エンジェル種の襲撃を受けていた時はこんなクッキーは食べられなかった。日持ちがするよう硬く焼かれ、ナッツとドライフルーツがぎっしりと入ったものを水やお茶に浸さないと食べられない代物だ。あれはあれで悪くはなかったけれどもと、戦時を思い出し少しだけ懐かしい気分になった。
想定より長く戦えていると、サーシャは5つ目の拠点に貯蔵してあった魔石をローブの隠しポケットに補充し思考する。大森林の地下深くには、300箇所以上のエルフ氏族の秘匿拠点がある。50人程度が寝泊まり出来る空間に、物資や魔石を大量に貯蔵していて、エルフ氏族の固有空間転移魔法でしか入ってこれない。
魔石貯蔵庫から出て、地下空間に建てられたログハウスに入り、寝室の硬いベッドに腰掛け、硬いクッキーを齧る。酷く喉が渇いていた事に気づき、水魔石からカップに注いだ水を貪るように飲み干す。全身に水分が染み込むような感覚に、強張っていた体から少しだけ力が抜けた。
エンジェル種の大群との孤独な戦いは既に5日が経過している。そろそろ、港町や『都』に移動した民や臣下達が辿り着いた頃だろう。とある理由と森に仕掛けた罠が事前の想定より高い効果を発揮した事で、当初は最大7日しか持たないはずだったサーシャの魔力はまだ8割以上残っている。視線を上げると、力を温存出来た理由であるゴーレムたちが休眠状態で動力である魔力を回復させていた。
この12体のゴーレムの継戦能力は異常だ。近接戦闘能力が弱いサーシャにとって、物理攻撃を防ぎ敵との間合いを維持する前衛は必須だ。この5日間、1体も欠ける事なくサーシャを守ってくれている。通常個体ではあり得ない頑丈さと強さだ。これなら、あとしばらくは戦えるだろうとサーシャは体を横たえ5日ぶりの眠りにつく。意識がなくなる寸前、何か柔らかなものに覆われた感触があったが、何故か反応できずに深い眠りについた。
夢を見た。父がいて母がいて、沢山の臣下たちと大きなテーブルを囲んで食事をしている夢だ。まだ、サーシャが幼かった頃の思い出。ミリアが介助をしながら食べさせてくれていた。皆んな笑顔で柔らかな時間が流れていた。優しく背中を撫でられる感触に目が覚めると、体に毛布がかかっていた。そばにいた、いちばん小さなゴーレムが毛布をめくってくれる。
「あなたが掛けてくれたのですか?」
小さな拳を握り親指を立てて、前に突き出してくる。サーシャにはよく分からない仕草だったが、その通りだと言っているような気がした。
「ありがとう、とても暖かかったです」
小さなゴーレムは飛び跳ねるような軽やかな足取りで部屋から出ていく。久しぶりの睡眠でサーシャの少し重かった思考も明瞭になった。体を起こして体調を確かめると疲労も消えていたし、魔力もほぼ全快していた。
それにしても不思議だった。自律型ゴーレムに意思というものはないはずだ。事前に決められた行動を最適化して動く存在のはずだが、この12体には感情めいたものすらあるように見える。時間があるならじっくりと観察したいとまで思うが、そんな余裕はない。探知魔法を使い探ると、エンジェル種は罠に対抗する為か、重武装をした巨大な個体を盾にして森の広範囲をしらみ潰しに探している。
そろそろ潮時だろうとサーシャは思う。罠もいくつかの大規模なもの以外はほぼ使い切ったし、後は魔力の続く限り戦い続けるだけだ。今の状態なら5日は戦い続けられる。出来るだけ多くの個体を引きつけて、自爆に巻き込まなければならない。最後には、このゴーレムたちは転移魔法で秘匿拠点にとばそうと決意する。母や武神様が帰還した際、必ず復興の手助けになると思うから。
隠蔽魔法と迷彩魔法を使い、サーシャは12体のゴーレムたちと森の中を駆ける。やはりエンジェル種は索敵能力や探査能力が低いと確信出来た。そこだけはエルフ氏族の方が圧倒的に優位だ。しかし、飛行能力と移動速度と攻撃射程では勝負にすらならない。
少し前に異世界から来た軍隊と『都』が協定を結んだとの情報が入った。あちらは物理的な銃器が発達しているらしい。単純な物理攻撃は威力を高めてもエンジェル種やデーモン種が相手では威力が著しく減衰し効果が薄い。しかし、こちらの魔法技術と組み合わせて、エンジェル種の攻撃射程圏外から弱点であるコアを打ち抜ける武器があればと思う。サーシャが思いつくという事は、他にも同じ考えの者がいるのは当然だ。
大賢人エレクトラが中心となり、試作品が作られて運用試験が開始されたと諜報部隊から情報が上がってきていた。それが広く行き渡れば、強力な力を持つ魔道士以外は対抗出来ない指揮個体すら敵ではなくなる。エンジェル種による膨大な数の火球魔法が無差別に降り注ぐ森を駆けながら、いつか平穏な時間が訪れる日々をサーシャは夢想した。
エンジェル種に位置を捕捉されてから2日が過ぎた。大量に降り注ぐ火球魔法をサーシャは上手く避けていたが、大木に当たり跳ねた火球を防ぐために結界が作動した。空を埋め尽くす翼持つ異形の大群がその違和感に気づくのは当然だ。火球による重点爆撃を避ける為、希少な転移魔石を複数使うことになってしまった。
すでにゴーレムは4体しかいない。サーシャを守る為に即死級の攻撃を受け止めた8体は、完全に壊れる前に僅かな休息を取った秘匿拠点に置いてきた。
空中に隠蔽を付与した小さな炸裂魔法を大量に展開する。その空間に入ったエンジェル種の翼を破壊し、移動速度を削ぐ為だ。地面に落ちてきたら、土魔法で串刺しにする。この2日で5000体以上は倒しているが、数が多すぎるせいで攻勢はまるで衰えない。
サーシャの前を駆ける小さなゴーレムが、両手に持った短剣を精密な手捌きで操り立ち塞がるエンジェル種を切り裂いていく。
魔石を核としてこの世界に物質化しているエンジェル種は、何故か人類種に似せた体で現出する。頭があり胴があり四肢があり、弱点にしかならない内臓があり生殖器まである。人類種を憎悪し辱め、建築物を破壊する行動を繰り返す。交配実験と称する人類種の飼育行動も確認されている。交渉が通用しない極めて攻撃性が高いエネミーだ。1匹でも多く倒さなければならない。
サーシャの左右にいる2体のゴーレムが攻撃を弾き、風魔法の斬撃を放ちエンジェル種を倒していく。後ろにいるゴーレムは風魔法の貫通でコアを撃ち抜いていく。この3体の戦い方には既視感がある。風魔法の斬撃はミリアやアルスの両親が得意としたもので、貫通はサーシャの父がよく使っていたものと術式構成が同じだ。まるで生きていた頃の3人に守られているようで、急激に大量の魔力を使いすぎて萎えそうになる心と体に力が漲る。
意識が朦朧としてくる。いよいよ最期の時がきた。もう少し戦えると思ったが、サーシャの魔力はほぼ尽きた。サークレットとアイシャが作ってくれた肌着が少しずつ魔力を補充してくれるが微々たるものだ。少し開けた広場で杖を構える。4体のゴーレムがサーシャを守るように近くに来てくれた。空が見えなくなるほどのエンジェル種が集まり、悍ましく耳障りな勝利の歌を響かせる。首元の収納具を確認すると、途方もない魔力が充填された世界樹の枝がある。サーシャが生まれた時からずっと魔力を注いでいたものだ。
母が倒した上位雷竜の巨大な魔石を起爆剤に使い魔力暴走させれば、周辺一体に半日は落雷が降り注ぎ続けるだろう。今いる場所は、残しておいた4箇所の大規模な罠の中心になる。魔石庫にあるだけの火竜の魔石を使い、巨大な火炎旋風を巻き起こす罠だ。森は焼けてしまうだろうが、この辺りの木の繁殖力は尋常ではない為、数年で元に戻る。
通常、エルフ氏族の使う魔法に詠唱は存在しない。魔力という自然や体内にある力を変換する技術であり、生まれた時から自然に操れるものだからだ。
「あなた達、よくここまでわたくしを守ってくれました。あなた達のおかげで、膨大な戦闘記録を収集する事ができました。心から感謝します」
魔力を集中して起爆させるだけで全てが終わる。その前にこの4体のゴーレムを地下の秘匿拠点に送る為、最後に残しておいた転移魔石を起動しようと掌に乗せたとき、サーシャは異変に気がついた。
『季節を愚弄せよ 永遠の眠りにつけ 割け 裂け 咲けよ 天地の狭間に咲き狂え 極寒の地に咲く椿の如く命を堕とせ』
急激に気温が下がっていく。朗々と高らかに響き渡るのは、古代に失われたはずの大精霊との契約による精霊魔法の詠唱だ。空気が張り詰め吐く息が白くなる。任意の空間を絶対零度にまで下げる凶悪な極大殲滅魔法が艶やかに咲いた。悲鳴すらあげられず、一切の抵抗を許さず、花の形をした巨大な氷となり砕け散るエンジェル種の群れ。落ちてくる氷塊を避ける為、魔法障壁を出そうとするサーシャより速く、美しく強固な6重結界が展開される。いつの間にか目の前に戦闘装束を身につけ片膝を付いたエルフがいた。
「サーシャ姫様、遅参致しました。言い訳のしようもなく申し訳ありません」
温泉郷の行政を統括するパーシヴァルだった。両手に禍々しい漆黒の小手をつけている。
「パーシヴァル卿、何故いるのですか?あなたが居なければ移民たちの生活は成り立ちません」
「は!交渉は済ませ、全ては部下に託して参りました。ここ100年、非才なるわたしがおらずとも機能するよう教育してきました故、ご安心ください」
パーシヴァルがそう言うなら民は大丈夫なのだろう。出来ない事は絶対に口にせず、口に出すのは全て実行してきた事だけ。それがパーシヴァルだ。さらに言葉を重ねようとしたサーシャの前に、極寒の花を咲かせた老エルフペンウッドがふわりと降りてくる。
「うむ、万事滞りなく治めて参りました。遅くなり申し訳ありませぬ。これ!アーサー!姫様に新しいマントを!冷えてしまう!」
「宰相、、、なぜ貴方まで、、、」
氷の精霊魔法を使えるのは、かつて北方未到達領域から温泉郷にやってきた宰相のペンウッドだけだ。まさかと思う。民の安寧の為、辣腕を振い続け王族にすら意見を曲げぬ硬骨漢である。
「サーシャ姫様、失礼致します」
言葉が続かないサーシャの肩に、暖かなマントが優しくかけられた。失われた魔力が回復してくる。超級のアーティファクトらしく体力も回復し、朦朧とした意識がはっきりとしてきた。いつの間にか周辺に漆黒のゴーレムが数百体展開している事に気がつく。
「アーサー卿、、、何ということを、、、」
アーサーは温泉郷の魔道士を統括する立場だが前線へは出ない。正確には魔導技術者として隔絶した技能を持っている事から、王家と議会の要請により戦場には出さないようにしていた。そのアーサーが生涯を賭して開発をしてきた秘蔵の戦闘用ゴーレムを引き連れこの死地にいる。エルフ氏族だけでなく人類種の命運も握る存在だというのに。少しだけ呆然としてしまうが、サーシャは我に帰る。
「今すぐ、ここから去りなさい。あなた方はこの世界の人類種にとって、かけがえのない存ざ、、、あれはいけない」
重装甲を身につけた巨大なエンジェル種の個体が集まり、こちらに突撃しようとしているのが見えた。高速での捨て身の攻撃である。魔法障壁では防ぎきれない。転移魔石を起動させようとするサーシャをペンウッドが制する。
「姫様、彼奴が来ました。久しぶりの気儘な狩りに昂っておるようでして」
空から巨躯が降ってきた。
ふわりと音もなく地面に降り立つ。
そのエルフは大きく太く分厚かった。背の低いサーシャ3人分はある上背は大木のようで、女性の腰より太い両手両脚は高密度の筋肉で覆われている。
「サーシャ姫さま!よう生きとった!流石は俺の弟子よ!」
満面の笑みを見せたトリスタンは大声でサーシャを褒める。次の瞬間、手に握った槍を投げつけた。可視化されるほどの莫大な闘気が込められた長大な槍だ。音速を超えた証に大気切り裂いた音を残し、破壊を振り撒く槍は巨大な自称神の使徒が密集している場所に着弾した。巨大な装甲を打ち砕くだけではなく、魔法が付与されていたようで、着弾地点に巨大な風の刃が荒れ狂い数百体のエンジェル種を切り裂いていく。
「何が弟子だ!お主は姫さまに雑な身体強化しか教えとらんだろう!」
ベンウッドが怒鳴りつけるが、トリスタンは素知らぬ顔である。
「おん?そうだったか?それより、アーサー!あの槍はなかなかの威力だな!重装個体が消し飛んだぞ!」
「トリスタン様、風魔法を撒き散らし奴らの飛行能力を阻害するだけで、あのような威力が出る仕様ではありません」
呆れたようなアーサーの言葉も気にする様子もなく、トリスタンは腰につけた収納魔法具から大量の槍を次々と出して地面に突き立てる。
「何にせよ、こいつがあればあの鬱陶しい彼奴らを沢山落とせる!良いものを作ったな!」
しばらく、思考が停止していたサーシャは厳しく言葉を放つ。
「あなた達、今すぐ去りなさい。あなた達の力はよく知っています。千の敵を屠り、万の群れを貫く温泉郷の最大戦力。だからこそ、民にあなた方をつけたのです。今すぐ、この転移魔石でこの場から離れなさい」
この4人は強い。4人ともにサーシャより遥かに強い。さらに4人揃えば10万の敵すら蹴散らす無双の武芸者達である。だが、敵は疲れ知らずの300万を超える高速飛行する化け物の群れだ。消耗戦の果て必ず闘気や魔力は尽き、敗北するしかない。巨大なゴーレムを幾千も操る母や大地すら消し飛ばず武神様がいれば別だが、今は逃げるしかない。しかし、サーシャは逃げられない。それがエルフ氏族の王族として生まれ出た使命だから。
「なあ、サーシャ姫さまよ。かつて暴虐の化身と謳われた女王が唯一望んだ愛し子よ」
膝をつき、巨体を屈めて目線を合わせてくるトリスタンをサーシャは睨む。絶対に言いくるめられてなるものかと仁王立ちになり睨みつける。
「民を守り慈しみ、自らを顧みず、王族としての義務を果たそうとするその心根は尊く美しい。だがなあ、俺たちは姫さまに死んでほしくないのだ」
トリスタンの慈愛の気持ちに溢れた、嘘や誤魔化しのない真摯な言葉にサーシャは息を呑んだ。他の3人も深く頷く。どうして、エネミーを殺戮する事しか出来ない自分を生かそうとするのだろうか。サーシャには本当に分からない。強く聡明で多くの民を導いてきた4人の強者を失い、自分が生き残る意味があるとは思えない。
「わたくしは人形です。殺戮しか知らぬ、それ以外に何の力もありません。そんなモノが生き残って何になるというのですか?」
サーシャの言葉に悲しげな顔をする4人が不思議でならない。
「姫さま、人形などと、、、そのような事を仰いますな。民を救うため戦い、逃がすために己が命すら捨てるお覚悟を持つ尊き魂の優しき姫さま」
ペンウッドの言葉と優しい視線に、両目から何か分からないものが流れそうになりサーシャは混乱する。4人を逃がそうと、説得しようとする言葉が出てこない。
「パーシヴァル!アーサー!頼んだぞ!」
トリスタンの言葉に2人は短い別れの言葉を告げる。
「は!トリスタン様!ペンウッド様!ご武運を!」
「姫さまは、必ず港町まで無事にお連れいたします。1番隊はペンウッド様を守れ!2番隊はトリスタン様の補助に入れ!」
パーシヴァルが漆黒の籠手を嵌めた両腕を振り下ろす。こちらに接近しようとしていたエンジェル種が、地面に引きずり込まれるように堕ちた。広範囲重力魔法だ。通常、重力魔法の威力は指定範囲の距離が遠くなれば威力は著しく減衰する。だというのに、500メートル以上も先にいた1000体を超える群れが全て堕ちた。稀少な重力魔法の第一人者であるパーシヴァルにしかできぬ芸当である。
アーサーの戦闘用ゴーレム20体ずつがペンウッドとトリスタンの側に集まる。吶喊して時間を稼ぐつもりだとサーシャは理解し急くように説得をする。
「宰相、爺、なりません。この上位雷竜の魔石と世界樹の枝があれば、雷の雨を降らせます。周囲に仕掛けた火災旋風の罠を併用すれば、奴らの4割は潰せます。アーク種が来る前に退きなさい」
胸元の収納魔法具を示す。かつて、風魔法を極めし英雄級冒険者集団『東からの薫風』の創設者にして、団長を務めた父がサーシャに遺してくれたものだ。
サーシャをずっと守ってくれていたゴーレムの1体が、おそろしく静かな動きで近づいてきた。そして、そのゴーレムが収納魔法具に手をかざすと、巨大な魔石がその手の上に現れた。収納してあった上位雷竜の魔石だ。そんなはずはないのだ。この収納魔法具は、サーシャとサーシャの父にしか使えないものだ。
見上げるサーシャの頬を優しく撫ぜる。その仕草は無口な父が、サーシャによくしてくれたものだ。
「とうさま、、、?」
どうして気が付かなかったのか。気が付いてよく思い出すと、その動きも仕草も立ち姿さえ、サーシャの父であるミストラルと全く同じでは無いか。
いちばん大きなゴーレムが近づいてきて、サーシャの掌に、温泉郷の老舗甘味屋で売られていた苺の果汁を練り込んだ飴を乗せる。その隣の優美な動きをするゴーレムが優しく慈しむように、サーシャの頭を撫でてくれる。その感触に目から何かが流れて視界が霞む。
「アレフおじさま、、、ルビスおねえさま、、、」
温泉郷で最も古い家。王家を支え続けてきた温泉郷で最も勇猛な貴族。現当主のアレスや、サーシャの側仕えミリアとアイシャの両親である、アレフとルビスに間違いない。
初期の100万匹を超えるエンジェル種の奇襲を防ぎ切り散ったはずのふたり。生前は毎日、サーシャに会いに来て優しく接してくれていた、両親同然のふたりだった。
母と従兄弟であったルビスに、サーシャがおばさまと呼びかけると、おねえさまと呼びなさい!何故ならわたくしは美しいからと、満面の笑みで胸を逸らしていた日々が懐かしい。
おかしなゴーレムたちだと思っていた。まるで感情があるような動きや仕草をするものだと不思議だった。当たり前だ。ゴーレムではなかったのだ。
「えいれいこうりんそたい、、、」
それは古い古いお伽話よりもっと古い時代の物語。志半ばで倒れ死してなおその意思が途切れなかった戦士たちの為、古い神々が与えた神器。戦い続ける為の物言わぬ人型『英霊降臨素体』
「御免!」
ふわりとサーシャの小さな体が抱き上げられた。アーサーの操る漆黒の大きなゴーレムの懐に抱えられ、凄まじいスピードで運ばれていく。邪魔な水で視界がぼやける。優しく笑っているかのような父の似姿がすぐに見えなくなる。
「嗚呼、だめだめです、、、あの子にアイシャにおじさまとおねえさまをあわせてあげないと、、、」
自分の両親が亡くなったというのに、泣き腫らした目が治るまでサーシャに会いに来なかった優しいアイシャ。あの子にもう一度だけでも会わせてあげないと。
「姫さま、ミストラル様、アレフ様、ルビス様のお気持ちを察してくださいませ」
並走するパーシヴァルが諭すように語りかけてくる。何を察すればいいというのだろう。同じ人形なら役立たずのサーシャではなく、父やアレフやルビスが残った方が良いに決まっているというのに。
「御三方とも戦いの中に生きて、戦いの中で逝かれました。良き生を全うされたのです。しかし、死してもなお安息ではなく闘争を選ばれた。そして、姫さまのおそばにいたのです」
そうだ。母が残していってくれた時、あの英雄降臨素体はただのゴーレムに見えた。それがいつの間にか、感情があるかのように動くようになっていたのだとサーシャは思い出す。
「ただ、姫さまを御守りしたい。その一念だけで世界樹の根本ではなく、姫さまの元に還ってきたのです」
分からない。
何故か分からない。サーシャには本当に、そうまでして守ってもらえる意味が分からない。
だって自分は何の役にも立たないのに。サーシャより先に旅立ってしまった人々は、沢山の民を導けるのは存在だったのに。何故、こんな役立たずを守ろうとするのか。
それに、さっきからこれが邪魔だった。目から水が止まらないのだ。視界がボヤけて、戦闘状況の把握の障害になっている。
悍ましいエンジェル種の歌うような耳障りな合唱が一際大きく鳴り響く。アーク種が到着してしまったのだ。全体に砲門を生やした、天を衝くような巨大な浮遊物がゆっくりと近づいてきている。こちらの魔法や魔道砲の範囲外から、一方的に砲撃を撃ってくる化け物たちの指揮個体。父が相討ちに持ち込んだ個体より、さらに大きい。だめだだめだ逃がさないと爺と宰相まで殺されてしまう。そんな事があってはならない。
その時、サーシャは違和感に気づく。高速で運ばれていく方向に人影が立っている。だが、サーシャの探知魔法には何の反応もない。
「アーサー卿!パーシヴァル卿!前方100の位置!何かがいます!」
不意をつかれたように停止する2人とゴーレム群。その先から優雅な足取りで其れが近づいて来た。
腰まである黄金を溶かしたかのような煌めく髪のエルフに見える。女性美の極致のようなしなやかで艶かしい肢体に張り付くような、新緑のローブを纏っている。
信じがたい事に、一切の魔力を感じない。極々一部の例外を除き、そんな事があるはずもないのに。
「2人とも手出し無用、、、武神様や母さまに匹敵する存在です。わたくしが話します」
このような死地にも関わらず、手ぶらで散歩するかのように近づいてくる其れに、サーシャはゴーレムから飛び降りて声をかける。
「はじめまして。わたくしは温泉郷の女王マリエールが娘サーシャと申します。よろしければ、お名前を伺えますか?」
見惚れるような美貌を綻ばせ、星のように煌めく碧眼を細めながら其れは声を発した。
「やあやあ、はじめまして。わたしはエレクトラというものだ。天地開闢以来の大天才にして、最強の大魔導士だよ。君が暴虐の姉弟子が溺愛しているサーシャか。噂は聞いていたけど、噂なんかアテにならないものだ」
その名乗りを聞いたアーサーとパーシヴァルが呻き声をあげる。エルフ最大の都市国家である『都』に生まれた魔導の愛し子。生まれて3年であらゆる高難易度魔法を習得し、5歳で武神アンジェリカに弟子入りを許され、7歳で大魔道時代の古代魔法をいくつも復活させ、今なおオリジナル魔法と魔道具を幾千も開発し続ける現代最高の大魔導師エレクトラ。
人類種に敵対する対エネミー戦において莫大な功績があり、人類種の守護神とまで謳われている存在だ。
しかし、一部からは疎まれている存在でもある。魔法のためならなんでもする『耳長の魔導狂女』とまで吐き捨てる者も少なからずいる。
「かの高名な大賢人エレクトラ様が、このような場所に何の御用があるのでしょうか?ご覧の通りエンジェルどものアーク種が侵攻して来ております。速やかな退避をお勧めします。」
そもそも、エレクトラがこのような場所にいるはずがないのだ。つい2週間前、諜報部隊からの報告により、いくつかの種族の大戦士たちや異世界の軍隊により構成された試験部隊と共に、大陸の反対にあるドワーフ王国に押し寄せたデーモンの軍団との戦闘に加わっていた事が確認されている。
「その疑問は最もだよサーシャ。わたしは確かについ先日までドワーフ王国にいた。温泉郷の諜報部隊の能力は確かだ」
思考を読まれた。それに気付きサーシャは冷静さを保とうとする。目から出ていた邪魔な水がようやく止まってくれた。
「デーモンどもの動きが奇妙でね。あの悪辣な連中が何故か包囲戦を仕掛けていた。君も知っているだろうが、ドワーフ王国に包囲戦は意味がない。あの地下帝国は完璧な自給自足を可能とした完全無欠の大要塞だからね」
そうだ。今までデーモンがドワーフ王国を攻めた記録はない。そこはサーシャも不思議に思っていた。
「わたしに帯同していた弟子の中で、最も優秀な子と最も捻くれた子の意見が一致してね。まあその2人しか弟子はいないのだけれど。わたしたちをドワーフ王国に引き付けておきたい何かがあるのではないかと。わたしはその意見が正しいと判断した」
エレクトラが呆れたような視線を向けた方向に何かがいた。サーシャの探知魔法にすら引っかからない存在。
「ほら!今の師匠の言葉を聞いた?最も優秀な弟子だって!照れちゃうよ、、、タカシ!ちゃんと狙いなさいよね!あのおっきさのアーク種は近付けたらダメなんだからね!」
そこに地面に片膝をついた燃えるような赤毛の小柄なエルフがいた。おそろしく静かな隠蔽魔法を使っている。サーシャの目に映っているというのに、いまだに探知魔法が反応しない。
「分かってんよアリシャ。ギャンギャン騒ぐな捻くれモン、、、あの羽虫、核が2つありやがるな。手前のこれ見よがしに露出させてんのは囮だな」
そのエルフの肩に異形の長大な銃器を乗せ、こちらも片膝立ちで構える暗い眼をしたニンゲンがいた。見覚えのない軍隊のような服装から察するに、おそらく異世界人だ。
「誰がよ!?捻くれてんのはアンタ、、、核を奥に隠してんの?タカシ、この距離から通せる?」
「ああ、視えている。ただ、威力が足りねぇ。2発撃つ。1発目で囮を潰す。本命の2発目を加速してくれ。出来るか?」
「誰に言ってんのよ!さっさと撃ちなさい!」
タカシと呼ばれたニンゲンの暗い目が昏く輝く。魔眼だ。それも極めて強力な魔眼特有の漆黒の輝きがある。それと同時に何の力みもなく、銃器のトリガーが引かれる。サーシャの目には1度しか引いてないように見えたし、銃声も1度しか聞こえなかった。
それでも、アリシャと呼ばれたエルフが、サーシャの知らない魔法を使った事は感知出来た。
空を覆い尽くさんばかりのエンジェルの群れが切り裂かれるように吹き飛び、遥か先に浮かんでいた巨大なエンジェルのアーク種が爆発を起こし自壊していく。甲高い悲鳴のような鳴き声を残して消えていく。巨大な砲門から最後の足掻きのように熱線が放たれるが、その砲門すら崩れていき己が身を焼いていく。
先程まで響いていた悍ましい歌声はぴたりと止まっていた。そして、エンジェルの軍団は恐慌をおこしたかのように悲鳴をあげ散り散りに逃げ出していく。あのアーク種はエンジェルの中でよほどの大物だったらしい。
「どう!?タカシ!完璧だったでしょ!?あたしにかかればあんなのざこ同然なんだから!ざぁこ!」
立ち上がったアリシャが腰に手を当て、ふんぞり返りながら鼻息荒くそう言うと、銃器を下ろしたタカシが呆れたようにつぶやく。
「おめぇみたいなの、俺たちの世界じゃメスガキエルフって言うらしいぞ」
「はぁ!?誰が言ってんのよ!このおっきいおっぱい好きのおっぱいバカ!リリアや師匠のバカでかいおっぱいばっか見てるクセに!アンタの魔眼なんて、必中じゃなくてホントはおっぱいの魔眼じゃないの!?アンタ部隊の皆んなからなんて呼ばれているか知ってんの!?おっぱい魔人って言われているんだからね!?」
「、、、見てねぇし言われてねぇし」
「訂正だ。最も優秀じゃなく最も口が悪い弟子だ」
信じられない光景だった。温泉郷が全滅するかもしれなかった絶望的な状況が一瞬でひっくり返ったのだ。あまりの衝撃にサーシャは言葉すら出てこない。
エンジェルのアーク種とは絶望の代名詞だったはずだ。500メートル以内の戦闘なら勝てる者はいるだろう。しかし、母や武神様ならともかく、それ以外の者にとってはこちらの攻撃範囲外となる3000メートルの距離から一方的に砲撃を浴びる事になる、人類種にとって天敵だったはずだ。その絶望の権化があっさりとコアを撃ち抜かれて撃墜された。
そして、軽口を叩く3人の様子からは、これが大戦果ではなく日常なのだと伺い知れた。
何故、もっと早く来てくれなかったのかという意味がない言葉をサーシャは飲み込んだ。これだけの装備を持ちながら来れなかったのには理由があるのだ。先程、エレクトラが言っていたではないか。引き付けられていたのだと。エネミーどもがそうする理由はサーシャには思いつかないけれど。
それに、己が郷の武力を過信して備えなかった自分たちが愚かだっただけである。
「エレクトラ様、アリシャ様、タカシ様。郷をお救いくださいました事、深く御礼を申し上げます。わたくしに可能な事があれば、全てをかけお返しいたします。ありがとうございました」
それを聞いたエレクトラが笑みを深くする。
「それじゃあ早速お代を頂こうかな」
警戒したアーサーとパーシヴァルがサーシャの前に出ようとするのをサーシャは身振りで制する。
郷を救ってくれたというのに、エレクトラの要求は拍子抜けするようなものであった。
「サーシャ、わたしの弟子になりなさい。師匠の力任せの大雑把な魔力制御だけではもったいない素質だからね」
こうして、サーシャは大賢人エレクトラの3番目にして最期の弟子となった。
長い話でお茶が冷めてしまったと、サーシャは目配せをしてミリアに淹れかえるようにお願いする。
「それで!?それからどうなったの!?」
興奮したジュリアがソファから立ち上がり、身を乗り出して聞いてくる。
クッキーに関する思い出を話してしまったら、あまりにもジュリアの食いつきがすごくて、つい長々と話してしまった事をサーシャは恥じる。
「それで終わりです。わたくしはエレクトラ様に導いて頂き、武器を供給して頂きました。タカシ様とアリシャ様は、温泉郷に近づいて来ようとするエンジェルのアーク種を堕とし続け、我らを救ってくださった救世主として祀らせて頂いております」
「そっかー訓練施設で会ったタカシはすごく強く見えた!そんなにすごかったんだね!アリシャはタカシの若すぎる奥さんにくっついて隠れていた赤毛の子かな?そっかーそっかー!」
山田タカシが奥様を娶り、御子様が生まれたという情報は温泉郷にとって戦後最大の慶治であった。
人類種がエレクトラという守護者を失った事件。山田タカシが全てを失ったあの日。悲痛な慟哭と虚無の表情は、救援に向かった温泉郷のエルフ達にとってトラウマになっていたのだ。
「でも、宰相の人とでっかい爺の人は残念だったね、、、そんなに強いなら会ってみたかった」
気遣わしげなジュリアが勘違いしている事にサーシャは気づいた。
「ジュリア様、宰相と爺は生き延びましたよ。どういう原理か分かりませんが、なんか生き延びたと平然と帰還しました」
エンジェルどもが逃げ出した翌日。2人は平然と温泉郷に帰ってきた。残念ながら英霊降臨素体に宿っていた、父とアレフとルビスは居なくなってしまっていたけれど。
「あれ?でも、温泉郷にそんな強い人いたかな?サーシャよりすごいんでしょ?アンジェやマリエールとかアルスぐらいしかいなかったような?」
温泉郷を建て直したあと、宰相は12種族連合の設立に尽力し、今ではエネミーとの緩衝地帯最前線にて辣腕を奮っている。
「宰相は対エネミー最前線地域にいます。爺は奥さん、、、ユウキ様を治療したマリエッタとの間に10人の子供を作って、子育てをしながら森の南にある入植地で傭兵部隊の練兵をしています。また、機会があれば紹介しましょう」
「そっか!良かったねサーシャ!大好きな人たちが生き延びてくれて!」
ニパッと太陽の日差しのように笑うジュリアを眩しく思う。軽口で応じようとした時、扉がノックされてミリアが対応に出た。
諜報部隊の隊員からの報告を受け、ミリアが複雑そうな表情で戻ってくる。
「姫さま、ジュリア様。武神様とマリー様が、旦那様を無事に深淵大陸の監視要塞まで連れ帰ったと報告が来ました。怪我ひとつないそうです。転移装置の調整があり、深夜に帰還となりそうです」
それは喜ばしい報告だが、そうではない報告もありそうだ。
「些細な事ですが、旦那様がまた新しい女性を連れ帰るようです。牛人族族長の従姉妹の娘であり、大戦士長ウルスラ様を決闘の戦利品としてメイドにしたとの事です。さらに、虎人族大戦士長の妹であるミラナ様からも護衛に付きたいと打診がありました」
またかとサーシャは呆れた。でもその程度はミリアも想定内のはずだ。
「さらに、魔人族のマーキングである赤い宝玉をあしらった宝飾品を首からかけているようです。『国崩しラクス』の血脈である『首狩り魔女ラナ』もこちらの大陸に来る可能性が高そうです」
また厄介な存在をと、サーシャはため息が出そうになる。きちんと序列を教え込まなければならない。基本はお話し合いで、無理なら勿論力づくで。
「また?またなの?サトシはまた新しい女の子を連れてくるの?オシオキしないと、、、師匠としてそう師匠として厳しくオシオキ、、、」
星が煌めくような瞳をドス黒く濁らせジュリアが呟いている。サーシャも少し腹立たしい。初めての口付けを捧げたというのに、あの人はまた新しい女性を連れてくるのかと。
それでも、数日ぶりに会えるとなると胸は高なってくる。
「ミリア!湯浴みをします!ジュリア様、ご一緒に如何ですか?着飾って旦那様を見惚れさてやりましょう!」
「むぅ、、、確かにオシオキよりそっちのがいいかも!ボクも湯浴みをお願いします!」
蕩けそうな優しい笑みを浮かべ、ミリアがメイド隊を呼びに行く。サーシャはエレクトラの弟子となったあの日以来、戦場では誰にも負けた事がない。
これからも負ける事などないのだ。必ず勝利してみせると、バスローブを脱ぎ捨て優雅な足取りで湯浴みに向かった。
「ダーリン、チビたちの様子はどう?」
「おい!マリエッタ!ダーリンはやめろ!兵たちに示しがつかん!チビたちは手がつけられんくらい暴れとる!」
「どうして?ダーリンはダーリンでしょ?」
「お、おう、、、そうだけどな?人前ではな?」
「ダメなのダーリン?」
「、、、別にかまわねんだけどな、、、おい!おまえら何を笑ってやがる!訓練続けろ!」
「ダーリン、今夜は唐揚げがいい」
「おう、作るからゆっくりしてろ。久しぶりの休暇なんだからよ」




