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エルフのメイドさんに、尻を蹴られる愚か者

軍隊の朝は早い

メイドの朝はもっと早い

 どうして、こんな朝早くから走る事になったんだろうと、大山サトシはエルフの都市にある訓練施設で、ため息を吐きそうになったのを堪えた。

 今朝はリハビリの為に、朝食前に少しストレッチをしようとしていただけなのに、気がついたらエルフの戦士団と一緒に、下品なミリタリーケイデンスを唱和しながら走っていた。




 サトシがデーモンとの戦闘で失った左腕は、エルフのお姫さまのサーシャが、貴重な世界樹の枝というものを使い、再生させてくれた。

 サーシャのメイド長のミリアによれば、この世に2つとない、サーシャが魔力を注ぎ続け、本来は子供に贈る為のものだったという。

 何故、サーシャがそんな貴重なものを使ってくれたのかは分からない。分からないが、その献身に応えなければならない事だけは、鈍いサトシにも分かった。


 リハビリを初めて3日目の朝、動かすだけなら痛みも無くなってきたので、軽くストレッチでもしようと、日も昇らぬうちから、病室で体をほぐしていた。

 ノックの音がして、どうぞと答える。介護士のマリーが来てくれたのだと思ったら、ハスキーな声に体が強張る。


「おはようございます、ダンナ様。今朝は早いんですね。昨日まではダラシなく惰眠を貪っていたのに」


 病室に入ってきたのは、メイド服を着た、背の高い金髪のエルフだった。サーシャのメイド長であるミリアだ。

 エルフ特有の輝くような美しさだが、少しキツめの美貌で口元は皮肉げに吊り上がっていた。


「お、おはようございます。ミリアさん、、、何かご用でしょうか?まだ、面会時間にはなっていないと思いますが」


 出来るだけ、苦手だと表情や態度に出さないようにするが、怖いものは怖いので口調は固くなる。

 サトシの様子に、ミリアは悲しそうな表情になる。


「まあ、ダンナ様酷いです。ミリアはダンナ様に会いたくて会いたくて仕方なくて、夜もあまり眠れなかったですのに」


 嘘をつけと思う。悲しそうな表情だが、口元は小馬鹿にしたように吊り上がっている。


「あの、何かご用でしょうか?何もないのでしたら、すみませんが出ていっていただ」


 最後まで言う前に、何の予備動作もなくミリアが目の前に来て、とんでもない力で胸ぐらを掴まれた。


「元気がいいですね、ダンナ様。それだけ元気があれば大丈夫だろ。いいところに連れて行ってやるよダンナ様」


 凄まじい眼光で睨まれて、体の一部がヒュンとなる。こわいとてもこわい。

 戦闘用補助服に着替えさせられて、引きずられるように連れてこられたのは、病院のすぐ隣にある、広大なグラウンドだった。


「おはよう、クソども!どいつもこいつも朝早くからしけたツラしたクソだな!そんな貴様らクソどもに、今朝は新しいクソが加わる!クソ同士可愛がってやれ!分かったかクソども!」


「「イエス!マァム!」」


 30人ばかりのエルフの女性の集団と一緒に、サトシは背筋を伸ばして立っていた。メイド服を着たままのミリアが、集団の前に立ち、口汚なく罵ってくる。

 女性たちは反発する事なく、返答を行う。

 あ、これキツイやつだと、何となく理解した。


「おい!大山サトシ!貴様は何故返答しなかった?クソの分際でいい度胸しているな?連帯責任だ!全員腕立て30回!はじめ!」


 全員が素早く、腕立て伏せを始める。サトシも慌てて不自由な左腕を庇うように、腕立て伏せを始めた。

 そして、それが終わると地獄のランニングが始まった。


「ウチらは最強耳長団!」

「「ウチらは最強耳長団!」」

「可愛い男を侍らせて!」

「「可愛い男を侍らせて!」」

「毎日毎日可愛がる!」

「「毎日毎日可愛がる!」」

「ウチによし!おまえによし!」

「「ウチによし!おまえによし!」」


 ミリタリーケイデンスは、歩調を合わせてランニングをし、個人の価値観を破壊して、軍隊に仕上げていく訓練のひとつだ。下品な言葉が多く、女性ばかりの集団だからか、男絡みの下ネタも多い。


「朝も早よから走るのは!」

「「朝も早よから走るのは!」」

「毛じらみ塗れの羽虫ども!」

「「毛じらみ塗れの羽虫ども!」」

「1匹残らず狩るためさ!」

「「1匹残らず狩るためさ!」」

「ウチらの耳長団!おまえの耳長団!」

「「ウチらの耳長団!おまえの耳長団!」」


 そして、ピッピッと木の笛を加えて、メイド服を着たまま並走するミリアは、事あるごとに歩調が乱れているとか、ツラが気に食わないと、理不尽な罵声を浴びせかけてきて、全員に腕立てや腹筋を命じる。

 2時間ばかり走り続けて、罰の腕立てや腹筋で体中の筋肉がぱんぱんになっていた。


「よし、クソども!軽い準備運動は終わりだ!その臭い体をしっかりと洗い流して、無駄飯を食らってクソをひり出せ!分かったなクソども!」


「「イエス!マァム!」」


 今度はサトシも、声を合わせて張り上げた。メイド服と革靴のまま、一緒に30キロは走ったはずなのに、汗ひとつかかずにミリアは去っていく。


 ミリアの姿が見えなくなると、全員が緊張が解けたように、賑やかに話しだす。


「今日はメイド長様ご機嫌だったな」「男でもひっかけたんじゃない?」「わかる〜優しかったな」「あーお腹すいた!早くシャワー浴びてご飯いこ!」「はぁはぁミリア様今日も素敵」


 サトシも何とか呼吸が落ち着いて来たので、病室に戻ろうとしたら、エルフ達が声をかけてくる。


「あたしシアだよ」

「あたしはミアです」


 髪を肩の辺りで短くしている2人のエルフは、双子と名乗り、シャワー室に案内してあげると、サトシの手を引いて歩きだす。


「喰われんなよ!サトシ!」「そいつら誰でも襲いかかるから気をつけな!」「男なのになかなか根性あんぞおまえ!」「ミリア様に手を出したらしばく」


 囃し立ててくる明るい声の中、最後の声だけ殺意があるような気がした。


「気にすんな、あいつらバカしかいない」

「戦士団は基本バカしか入らないの」


 羽虫への特攻は命懸けだからね、と何でもない事のように呟く2人。

 一緒に走った全員が、エルフ特有の細身ながら、鍛え上げられているのが分かる、しなやかな筋肉を全身にまとっていた。


 その後、シャワー室で2人がかりでお世話されたが、すごく丁寧に優しく洗ってくれた。

 戦士団の任期は10年で、2人はあと3年で除隊らしく、お金を貯めた後に2人で介護士の会社を設立するんだと、シアとミアは夢を語ってくれた。

 もう遅いだろうけど、警備員の任期の5年後を、自分もきちんと考えないととサトシは思う。

 行くとこなかったら雇ってやると、鼻息荒く話しながら、不自由な左腕が痛まないよう、丁寧に服を着せてくれた双子の気持ちが嬉しかった。


 きちんと飯を食えと、口を揃えて去る双子を見送っていると、いつの間にか隣にミリアが居て体が強張る。どうして、自分をこの訓練に参加させたのだろうかと思う。


「ダンナ様は、どうしてわたしが近づくと、身体を硬直されるのです?わたしの体の一部には、興味がおありのようですのに」


 両手でたわわな胸部装甲を持ち上げるエルフメイドに、おのれ汚い流石は異世界エルフ汚いと憤る。

 怖いのでそんな事を考えているとは、態度に一切出さないが、すごい圧倒的にすごい。


「やっぱり、これがお好きなんですね。姫さまを娶ってくれるなら、これが付いてきますよ」


 何故かは分からないが、サトシの考えている事はお見通しのようだ。流石は異世界エルフであり、その上メイドで、しかもその長。よく分からない謎能力があるのであろう。


「何か難しい事を考えているようですが、視線で丸わかりですからね、ダンナ様」


 そんな視線から全てを察するなんて、やはりエルフは恐るべき種族である。


「中学、、、えっと僕らの世界では9年の義務教育があるんです。その最後の1年間だけ、同級生だった人が髪を金髪に染めて、背が高かったんです」


 下向くなや!何もあらへんぞ!前や!前だけ見とけ!

 サトシ、おまえは不器用やさかいな!


 いつも自信満々で、前だけを見つめていた、須藤さんの笑顔と声を思い出す。

 あの人の事を思い出すだけで、暖かな気分になる。


「彼女は僕が下を向くと、いつもお尻を蹴飛ばしてきたんです。前だけ見とけって、、、だから、背の高い金髪の人を見ると体が強張ってしまって。すみませんミリアさん」


 それを聞いたメイド長は、面白くなさそうな顔をした。余計な事を言ったかなと思う。


「先程、ダンナ様と一緒に訓練をした子達は、皆んな戦災孤児です」


 その言葉に思い出から、現実に意識が戻ってくる。


「サーシャ姫さまが、あの子たちの生活基盤を整える為に、自衛軍の前線基地にて自ら兵士として戦い、アイドル活動をして、資金を稼いでいるのです」


 あんなに人気が出るとは思いませんでしたがと、苦笑いをするミリア。


「姫さまの稼がれた莫大な資産で、あの子たちは成人まで、きちんと教育を受けられるのです。兵士として戦う必要なんてないのに、皆んな志願してくるんです。姫さま自ら叩きのめして、諦めさせようとするんですが、あの子たちはそれでも諦めなかった子たちです」


 まるで、大切な我が子を語っているかのようなメイドに見惚れる。


「だから、ダンナ様には知っておいてほしかった。あの子たちは、姫さまの子ども同然ですから」


 スパンッ!と尻に衝撃が走る。


「姫さまの前で、昔の女の話はしないように。代わりにわたしが蹴ってあげますからね」


 そう言って、厳しくて優しいメイド長は去って行った。


「いや、別にお尻を蹴られても、、、」


 そもそも、サトシはあの人に舎弟扱いされていただけで、そんな関係ではないのだ。

 困ったことあったら連絡せぇや!と、卒業式の日に手渡されたメモは、今でも御守りにいれてあるけれど。

 あの人は、モノトーンのような薄暗い日々の中に、鮮やかに差し込んだ、お日様のような数少ない青春の思い出だった。

 元気で居てくれる事だけを、ずっと願っている。




 しんみりしながら、病室に戻ると、介護士のマリーに叱られた。


「サトシさん!あかんやろ!まだ、無理できる体やないんやから!ジュリアちゃんに叱ってもらうで、、、なんや?ええ匂いするなぁ、、、お風呂誰かに入れてもろたん?うち以外の子にいれてもろたん?」


 なんだか、すごくご機嫌斜めになって、いつもより手厳しくお世話された。

 マリーに黙って、病室から抜け出さないようにしようと思う。明後日には退院だから、それまでにご機嫌が直ってくれるといいんだけどとも思う。


 左腕のリハビリは順調に進んでいた。初日は激痛が走り泣きたくなるくらいだったが、今では腕の上げ下げだけなら、ほぼ痛みはない。


「サトシ、その腕には魔力が宿っているのが分かるか?」


 リハビリスタッフのアルスとは、すぐに仲良くなれた。ものすごく親身になって、サトシの体を診てくれている。

 左腕の再生に使われたのは、大魔道士『白銀のサーシャ』が、生まれた時から魔力を注ぎ続けた世界樹の枝である。

 強大な魔力が宿り、魔法など使えるはずもなかったサトシにも、風と治癒と結界の3種類が使えるようになるらしい。


「なんだか、力があるのは分かるんだけど、全く動かないよアルス。詠唱とか呪文とかないの?」


 なんかオサレな詠唱を唱えて、指でババっと印を結んだりするのかとワクワクする。


「詠唱?儀式魔法で集中を昂める時に、たまに自分で考えたのを叫ぶ、変なやつはいるけどなぁ、、、そんなもんないぞ」


 そういえば、サーシャが魔法を使う時も、別に何か特別な事はしていなかった。オサレで厨二テイストな詠唱がないとはがっかりだ。


「うーんうーん風でろー風よーあっ!なんか出た!アルスなんか出たよ!」


「サトシ、エアコンの風が、たまたま近くで吹いただけだ、、、まぁ気長にやろう。1年もあれば、初級程度は使えるだろう」


 そう簡単には使えないらしい。ユウキがよく言っているチートとかでは、すぐに全属性とか空間魔法が使えるらしいのに。そんな上手い話、あるわけないかと思う。


「あ!今度こそ!今度は風が動いた!絶対にうごいたよアルス!」


「サトシ、後ろの空気清浄機が作動しただけだ。シャワー浴びて、昼飯食いに行こう。時間もオーバーしたし、今日は終わりだ」





 病院の最上階には、かなり広い食堂があった。リハビリ2日目からは、アルスとそこで昼食を食べているのだが、今日はすごい緊張感があった。


「旦那様、わたくしがアーンしてさしあげましょうか?はい、アーンですよ?アーンして?」


 食堂の入り口で、ミリアと一緒にサーシャが待ち構えていた。

 サーシャはサトシの左隣に座り、食べさせようとしてくる。

 すごく可愛いくてドキドキする。なにせすごく大きしい。

 背後に立って控えているメイドから、まさか断らんよな?という、凄まじいプレッシャーがきて、違う意味でもドキドキする。


「サトシ、そういうのイケナイと思うボクはそういうのイケナイと思うよ?サトシはお箸を右手で使うんだから、そういうのイケナイよね?師匠としてそう師匠としてイケナイと思うよ?」


 右隣に座ったジュリアが、いつもは星が煌めくような瞳をドス黒く濁らせて、山のような唐揚げをおかずにご飯を爆食しながら、途方もない圧力をかけてくる。


「そやな、そんな赤ちゃんみたいにアーンしてもろて恥ずかしないん?サトシさんみっともないで?」


 ジュリアと一緒にやってきた、お昼休みだというマリーが正面に座っていて、今まで見たことない無表情で言ってくる。

 今日も朝ご飯の時に、アーンしてくれたのにと、サトシはびっくりして見つめてしまう。

 無表情のまま顔を赤くするマリーに、サーシャとジュリアの顔が強張る。


「旦那様?」

「弟子?」


 両隣からのプレッシャーが高まる。

 ついでにメイドさんから舌打ちのおまけ付きだ。

 

 助けを求めてアルスを見ると、盛り蕎麦は喉で味わうもんだと、わずか3口でずずっと完食し、次の患者のリハビリの時間だ、また明日なと去っていく。

 今日はもう予定ないから、病院の裏にあるショッピングモールを案内してくれると言っていたのに。

 男の友情とはかくも儚いのかと、この世の無情に絶望する。


 昨日のお昼にアルスが食べていた、温泉で養殖しているという海老を使った、温泉郷名物海老マヨ定食を注文したけど、なんだか味がしないような気がした。胃がキリキリと痛むような気もしてくる。

 早くこの時間を終わらせて、病室に避難しようと思いご飯をかき込む。


「サトシ!ご飯はよく噛んで食べなさい!師匠として許さないよ師匠なんだから!」


「旦那様、お体に触りますからゆっくりお召し上がりくださいね?この後、お茶もご一緒しましょうね?」


「サトシさん!よう噛んで食べ!消化に悪い!」


 3人から叱られた。ついでにメイドさんからまた舌打ちのおかわりをいただいたつらい。


 早く退院したいなと、明日からもリハビリを頑張ろうと、サトシは決意した。

「おう!ミア!シア!どうだった?喰ったのか?」


「いや、早すぎんだろーとんでもないお漏らしが早い可能性もあるけど」


「ミリア様に卑しい目を向けていたもいでおくべき」



「風呂の介助しただけだバカども」

「メイド長様にたのまれたんだよバカども」



「なんだつまんねえなぁ」


「姫さまのオトコだろ?味見はまずいって」


「ついでに、ああいう体バキバキのオス臭いの、メイド長様も好きだからなぁ」


「そんでどうだった?サイズはちゃんとあったか?」



「こんくらいあった姫さま大丈夫かな、、、」

「先はこんくらいだった。姫さま初めてだから心配」



「は?ミアの腕くらいあったのか?大丈夫かそれ」


「シアの握り拳サイズ?初めてでそれはキツくね?」


「やはりもいでおくべき!ミリア様の危険が危ない!」


「まぁまぁまぁ意外となんとかなるもんだよ。姫さまお尻おっきいし」

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