伊知地セイラは、異世界温泉郷にて牙を研ぐ
夜は彼女の時間
自分たちが助かったのは幸運が重なった結果で、その上で紙一重だったという事を、伊知地セイラは痛感していた。
あのアークデーモンとかいう怪物と出会って、エルフのサーシャを含め、部隊員全員が生き残れたのは奇跡だと、よく理解していた。
だから、今夜も深い森の中にある、自衛軍の友好都市であり、エルフの温泉郷の訓練所にて、トリガーを引き続けている。
セイラは異世界に来る前の訓練で、山田タカシという見た目冴えないおじさんに、狙撃の技とエネミーの狩り方を教わった。
山田先生は前髪が薄くなっているのを気にしている50歳手前で、法に触れないか心配になる若くてとんでもなく可愛い奥さんと、とんでもなく可愛い娘さんがいて、内緒の妖精さんに守られていて、射撃の腕前は異世界で轟くくらい、最強だったおじさんらしい。
とんでもなく綺麗なアリシャという名前の妖精さんが、ふんぞりかえって、どれだけすごかったか熱弁を奮っていたのが可愛かった。
山田先生以外の教官は、やりすぎや厳しすぎると言っていたが、セイラは訓練が楽しかった。
元々、習っていたアーチェリーや乗馬でも、出来なかった事が出来るようになるのが大好きだったし、楽しかったからだ。
そうして、なかなかのものだと自画自賛をするくらいには、射撃の腕は上達した自信があったし、それは山田先生も認めてくれた。
「セイラ、おめぇの今の腕なら、グレーターデーモンのコアを撃ち抜けるし、変異種でも近寄らせないぐれぇは出来るだろう。ただな、、、」
アーク種だけは気をつけろ
何回も何回も、先生から繰り返し言われていた。
対処方法もいくつか教わっていたし、セイラはそれを身につけたつもりだった。
実際に緑色の悍ましいアレに出会って、全身に怖気が走るまで、気にする事すらしていなかった。
異世界に来てから初めてのお仕事で、補給物資運搬の為に、自衛軍の第6陣に向かっていた。
その道中にエネミーが出てこなかったことを、仲良くなったエルフのサーシャが警戒していた。
遭遇が少ない事はたまにあるそうだが、全くないという事は、ほぼあり得ないらしい。
第6陣を出る朝に、いつもと違う重装備のサーシャを見て、セイラも警戒を高めていた。
朝から麒麟型ライフルと弾丸を何度もチェックしたし、体に異常がないか、レーダーやスコープに異常がないか確認していたはずだった。
アレが出てきたのは突然だった。
警戒していたサーシャの警告が無ければ、不意打ちを喰らっていた可能性が高い。
無数のグレーターデーモンの群と、サイズ感がバグったようなさらに巨大なデーモンが出現した。
巨大なデーモンにはジュリアが向かったし、後ろから追いかけてくるのは、エリナが対処していた。
左右に出現したのは、サキの制御する機関砲が牽制して、サーシャが鮮やかに潰していた。
前方に居たのは、サトシがあの馬鹿げた威力の滑空砲で消し飛ばしている。
セイラは遠くに出現して、巨大な火の玉を召喚しようとしている個体のコアを、狙撃で撃ち抜いた。
ユウキの操るドーリーは、信じられないくらい静かで、しっかり集中出来たから3体のコアを続け様に撃ち抜いた。
どんどん減っていく化け物どもに、少し安堵しかけた時、サーシャから警告がきた。
「セイラ様!左前方のアークデーモンのコアを狙ってください!わたくしが牽制をします!アレは近づけてはなりません!」
そう言われて、スコープを覗くと全身に怖気が走った。
緑色の陽炎のような人型の存在が、サーシャが放っているらしい、凄まじい数の風のような魔法を、煩わしげに振り払いながら近づいてくる。
セイラの必中の魔眼には、人間の心臓にあたる位置にあるコアが丸見えだった。
しっかりと狙いをつけてトリガーを引いたし、弾丸がコアに命中したのも視えた。
それなのに、コアは分裂したように左肩の辺りに移動した。
セイラは続け様にコアを撃ち抜くが、何回撃ち抜いても同じ様に分裂いやブレているんだと気づく。弾丸が当たる寸前に移動させていた。ゾワリと背筋に悪寒が走る。
とんでもない怪物だった。
どうすると思った時に、サトシの声が聞こえてきた。
「あの緑色に5斉射する!ユウキ、爆発を避けて!」
応!と答えるユウキの声がした瞬間、腹に響く音がして、連続した大爆発が起こり、ドーリーはその横をギリギリで避ける。
相変わらず馬鹿げた威力だった。サトシの扱う滑空砲の砲弾は魔法処理されており、着弾と同時に大爆発を起こし、コアを巻き込み潰せる様、小さな弾が無数に詰め込まれている。
「やりましたの!?」
エリナの声に、それはフラグだからダメだよと思ったら、正面にボロボロになったそれが居た。
スコープ越しに凄まじい怒りを感じるが、セイラは集中して弾丸を叩き込む。
欠けたように見えるコアに何度も叩き込むが微動だにせず、それは漆黒の巨大な球体のようなものを召喚した。
「餓鬼玉!?あれは駄目です!」
サーシャの悲鳴の様な声に、ユウキが急ブレーキを踏んだのか横に振られる中、弾丸を装填し直して撃ち続ける。
漆黒の球体の中には、牙が生えた無数の小さな口が見える。
それが、ドーリーに当たる当たってしまう恋人のサキが大切になりつつある皆んなが死んでしまう。
そして、衝撃が響いた。
セイラはスコープ越しに全てを見ていた。
ドーリー前方にある主砲室から飛び出してきたサトシが、光る左腕を叩きつけると漆黒の球体は消えた。
だが、サトシの左腕も無くなっていた事に、深い喪失感を覚える。
(あんなものを近づけてしまったから!先生にちゃんと何回も言われていたのに!)
血が出るほど唇を噛み締め、動きの止まった化け物を狙い撃とうとした瞬間、サトシが大地を踏み締めた。
大地がヒビ割れ、咆哮しながら見惚れるような滑らかな動きで、残った右腕の拳を突き出した。
ジュリアが体にまとう、神々しい新緑の紋様と同じ様なエネルギーが、悍ましい化け物を消し飛ばした。
助かったのかと思ったら、サトシが倒れ込む。あれは駄目な倒れ方だと血の気がひく。
遠くからジュリアがお星様みたく降ってきて、持っていた巨大な輝く石を投げ捨て、サトシの体を支えた。
「セイラ様!残り3体!」
サーシャの声に、遠くにいたグレーターデーモン3体のコアを撃ち抜く。
「敵勢力の全滅を確認!シーカー、レーダー共に反応なし!サーシャ様!サトシさんは!?」
エリナが問いかける。
ジュリアが支えるサトシの側に降りたサーシャが、厳しい表情をして、懐から木の枝のようなものを取り出した。
それをサトシの左腕に近づけると、吸い付く様にくっついて出血がないように見える。
「エリナ様!サトシ様の呼吸はありますが、生命エネルギーを使い果たしております!佐伯様は再生ポットの使用を許可しないでしょう。わたくしの郷に参りましょう!再生設備と特級治癒魔術師がおります!お願いいたします!サトシ様は必ずお救いします!どうか信じてください!」
泣き出しそうに懇願するサーシャの声。
第6陣の方が近いが、昨日、出迎えてくれた佐伯大隊長の事を思い出す。
優しく思いやりのある言葉と表情で、虫を見る目をしていたあの女は、鎮痛な表情で気の毒そうに断るだろうと、セイラも確信している。
エリナも同意見だったようで、元々の目的地であったサーシャの郷である、エルフの友好都市に向かう事になった。
ユウキの操るドーリーは景色が吹き飛ぶくらい速いのに、ほぼ揺れる事がなく、途中何度か現れたキモい白い羽のエネミーを撃ち抜くのに、何の支障もなかった。
無事に着いた深い森の中の、巨大な城壁に囲まれたエルフの友好都市。
そこの警備責任者というエルフに、エリナとサキと共に状況を話して、ドーリーを預けて記録を提出した。
ジュリアは泣きそうな顔で、サーシャに案内されて、サトシを抱え飛び出て行ったきり戻ってこない。
「順番にシャワーを浴びて、少し食べてから、仮眠をとりましょう」
事情聴取の後、巨大な木の中にある、コテージのような立派な宿泊施設に案内された。
ソファに座り込んで、重症だというサトシとユウキの治療状況が、セイラは気になっていた。
冷静なエリナの言葉にようやく思考が動き出す。
「そうだね〜体を休めないと〜エリナ先に入って〜」
そう言葉を発して、サキが左手を握っていてくれた事にようやく気づく。
心配そうに見つめてくる恋人に申し訳ないなと、反省する。
「ごめんね〜あんなの近づけさせちゃって」
「セイラ、何を言っている?あんなの防ぎようがなかったろ?しっかりしろ、思い詰めんな」
そう、サキの言う通り防ぎようがなかった。
あんなのと初めての戦闘で遭遇したのは、とても不運な事だったし、生き残れたのは幸運だった。
それでも、山田先生に何度も何度も、呆れるくらいアーク種には気をつけろと言われていたセイラだけは、備えておくべきだった。
サトシは左腕を失ってしまった。馬鹿な自分のせいで仲間の腕を失わせてしまった。
サキが顔を強張らせて、何か言おうとした時にデバイスが鳴った。
サーシャからの連絡だった。
「おふたりとも助かりました。ユウキ様は危険な状態でしたが、すでに回復しております。3日もあれば後遺症もなく退院できるでしょう。サトシ様の左腕も再生が出来ました。動かすには3日ほどでしょうか?元に戻るには、ご本人のリハビリ次第です。皆様、お疲れでしょう。安心してゆっくりお休みください。ジュリア様はサトシ様についておくとの事です」
時刻は深夜である。ずっと治療にあたっていたはずなのに、サーシャはいつもの清楚で可憐な笑顔だった。
「ありがとうございますサーシャ様。2人を助けてくださった事、深く感謝します」
お風呂から飛び出てきたエリナが、深く頭を下げる。
「エリナ様、仲間を助けるのは当然の事です。お気になさらず。サキ様、セイラ様もゆっくり疲れを癒してくださいませ」
心配そうにセイラを見つめてくる。そんなに酷い表情をしているのだろうか。
「ありがとうサーシャちゃん、、、サーシャちゃんも休んでね〜ずっと動いているんでしょ?体壊さないでね。助けてくれてありがと」
ようやくお礼が言えた。
サーシャがいなければ、サトシとユウキは助からなかったかもしれないのに。
「うむ、サーシャも休んでくれ。ほんとに助かったぞありがとう。おやすみ」
サキの言葉に、にっこりと艶やかな笑みを浮かべて、優雅に一礼し、サーシャは通話を切った。
その後、サキに手を引かれて一緒にシャワーを浴びて、ドーリーから持ってきていたレトルトの食品を3人で食べ、またサキに手を引かれて寝室に連れてこられた。
「セイラ、まずは寝よう。ふたりとも助かったし、サトシの左腕もきっと元通り動く。疲れている時に考えるとロクなことにならん」
体温の高いサキの体が抱きついてくる。
眠れるはずないと思ったけれど、暖かな体と大好きな匂いに、意識はいつの間にか無くなった。
目が覚めると、ベッドにサキはいなかった。
時計に目をやるとすでに正午を過ぎていた。思考と体は少しだけすっきりしていた。やっぱ疲れていたのかと思う。
体を起こし、髪を整えてから寝室を出ると、お味噌汁のいい匂いがした。
「おはよう、セイラ。もうすぐ朝ご飯が出来るからな。ユウキとサトシも意識が戻ったそうだ。エリナは早速様子を見に行った。わたしたちも、食べてから見舞いに行こう」
笑顔のサキから告げられた言葉に、少しだけ安心する。
「おはよ〜サキ、ご飯ありがと〜大好き〜あのふたりはやく元気になるといいな〜」
サキの作ってくれるご飯は本当に美味しい。
だけど、サキがサトシと作ってくれて、皆んなで一緒に食べるのはもっと美味しかった。
お見舞いに行くのは少し怖い。寝たきりになっていたらどうしよう大丈夫サーシャが大丈夫だって言っていたんだからでも安心させる為の優しい嘘だったとしたら
「セイラ、お味噌汁のおかわりいるか?」
「うん、お願い〜ほんと美味しいよ〜ありがと〜」
サキの言葉に思考の海から帰ってこれた。
ちゃんと出汁を引いて、お野菜と鶏肉たっぷりのお味噌汁は本当に美味しい。体中に染み渡る気がする。
この出汁も、サトシが作ってくれていたのだと思い出す。
「早くふたりの顔見に行こ〜あのふたりが〜バカな事言ってないと調子くるうし〜」
まず、サキと一緒にユウキのお見舞いに来たら、看護師さんをナンパしていた。
「柏原さん!お熱を測りますから、大人しくしてください!」
めちゃくちゃ嫌そうな顔をした看護師さんが、強めに声を張り上げる。
「君の美しさに、俺の恋心は灼熱のマグマみたいに燃え上がっているよ(キリッ)」
気持ち悪いキメ顔で、バカな事を言っているバカがいたので、セイラはもう帰ろうかなと思う。
「あ!お身内の方ですか?大人しくするよう注意してください!」
看護師さんから、あまりに酷い疑惑をかけられた。
「違います他人ですお部屋間違えました失礼します」
サキの手を引いて、急いで離れようとする。
「うぉーい!待て待て待て!俺だよ!俺!チーレム主人公の柏原ユウキさんだよ!」
舌打ちが出る。ユウキはやっぱりバカのままだった。
「まあよいまあよい、気持ちよく見舞ってやろうではないかセイラ。もう最期なんだから、、、」
沈痛な表情をするサキに、ビクッとバカが固まる。
「は?え?俺ダメな感じ?このまま看取られる感じなの?」
途端に不安そうになるバカに、ざまぁみろと思う心配させたくせにバカのくせに。
「そんなわけないでしょ!明後日退院ですよ!今度セクハラしたら、すぐに叩き出しますからね!」
ベッドで正座をさせられて、お説教されているバカに呆れて部屋を出ようとしたら、セイラと声がかかった。
「なに!?サトシのとこにいくんですけど!」
「あんま、思い詰めんなよな。誰のせいでもないんだからよ。ジュリアとサトシがいて助かった。そう思っとけばいいんだよ」
ユウキはバカのくせに、気遣いだけはなかなか出来るやつだと思う。
ごめんなさいごめんなさいと、看護師さんに謝る声を聞きながら、病室を後にした。
「セイラ、先にサトシの病室に行ってくれ。わたしはお花を花瓶に入れてくる」
サキは可愛らしいかすみ草の、小さな花束と花瓶を持参していた。
「可愛いお花だね〜サトシはお花好きみたいだから、きっと喜んでくれるよ〜」
意外な事に、ドーリーの食事をするテーブルや休憩するソファがある場所には、サトシが日持ちする花を、花瓶に挿して置いてくれている。
目に入ると、華やかな気分になって嬉しくなる。
サキと分かれて、教えてもらっていたサトシの病室近くに来ると、何故か廊下にジュリアとサーシャが項垂れ正座をしていて、看護師さんに叱られていた。
「ジュリア、サーシャちゃん、、、どうしたの?」
助けが来たとばかりに、2人が顔をあげる。
「セイラ!サーシャがひどいんだ!けしからんお洋服を着て、駄肉でサトシを誘惑するエロフなんだ!」
「嗚呼、セイラ様!聞いてくださいまし!ジュリア様がはしたないお姿で、旦那様のベッドに潜り込んでいたんです!お小さいのに無理をして!」
いつものやつだった。
何を!と2人は睨み合い、ジュリア様!姫様!と叱る看護師さんの声に苦笑いしながら、ノックをして病室に入る。
ものすごく綺麗で胸の大きい、牛人族の介護士にお世話されて、だらしなくデレデレしているおじさんがいた。
どいつもこいつも、これだから男はと、腹立たしくなる。
「大丈夫そうだね〜サトシ」
ものすごい緊張感のない笑顔だった。心配して損したかもと思う。
どうぞと、マリーと名乗った介護士が椅子を勧めてくれた。
「ありがとう〜マリーさん」
にっこり笑って、病院から出て行く。
皆んな無事で良かったねと、ニコニコしているサトシの顔を見たら、何だか気が抜けてきた。
「無事じゃないでしょ、、、」
サトシの左腕はあったが、ダラリと垂れていて、まだ感覚もなさそうだった。
「でも、3日ほどしたら感覚が戻るってサーシャさんが言っていたから大丈夫だよ。リハビリも頑張るね。あ、休暇1週間出たらしいから、セイラさんもゆっくり休んでね。温泉が有名らしいよここ」
サキが花瓶に活けた花を持ってきて、それを見たサトシは嬉しそうにお礼を言っていた。
みんなを守るため、力を磨かなければと、セイラは思う。
山田先生には、なかなか届かないだろう。あの人の身につけた技術は、隔絶したレベルだとセイラは理解出来ていた。
廊下に出ると、酷い目にあいましたわと、つぶやいてしょんぼりしていたサーシャに話しかける。
「サーシャちゃん、お願いがあるんだけど、お話聞いてくれる?」
サーシャはいつものように、清楚で可憐な笑顔で了承してくれた。
そして、セイラはエルフの狙撃兵たちと毎晩訓練を重ねている。
同じベッドで眠るサキが寝入っているのを確認して、今夜も部屋を抜け出す。
「セイラさん、無理はいけませんよ」
起きてきたエリナが投げてよこした、携帯食と飲み物が入った小さなバッグを受け取る。
「止めないエリナが好きだよ〜ちょっと行ってくるね」
皆んなを必ず守る。
セイラはそう決意して、温泉郷にて、今夜もエネミーを狩る牙を磨き研ぎ続ける。
「なぁなぁ!セイラは山田タカシ様の弟子なんだろ?どんな人なんだ?あたし、3年前に戦士団に入ったから知らないんだ!かっこいい?渋い?」
「うーん、、、可愛い奥さんの尻に敷かれている感じかな〜?」
「お、おう?流石は救世主様を射止めた聖母様だな!すごい!」
「それから、娘さんを世界一可愛いってずっと言ってる」
「あ、はい、、、救世主様の御子さまだからな!それは世界一可愛いだろ!すごい!」
「あと〜前髪が薄くなっていたの気にしている〜」
「そ、そうか、、、なんかなんか普通のおじさんみたいだな、、、」
「でも、すごくすごいよ〜わたしの目標なんだ〜」
「そ、そうだよな!なにせ救世主山田タカシ様だからな!」




