民間志願警備部隊による、アークデーモン発見及び、撃破に関する報告
司令官は自宅に帰る暇がない
自衛軍異世界第1駐屯地に、その緊急通信が入った際、当初は誤報ではないかという空気が流れた。
司令官の竜胆ゲンジは1週間ぶりに自宅に戻れる目処が付き、温くなった珈琲を飲み干した時だった。
自衛軍第6陣とエルフの友好都市を結ぶ地点に、アークデーモンが2体出現したという、あり得ない情報が入ってきた。
エネミー群には出現ポイントがある。そして、エンジェル種とデーモン種が出現するポイントが重なる事はない。報告が来た位置は、エンジェル種の多発地域だ。
しかし、広域レーダーに2つの強大な魔力反応を確認し、複数の索敵用高速ドローンを向かわせた結果、都市を壊滅させる可能性のある、推定脅威レベル6〜7相当のアークデーモンが出現した可能性が高いという結果になり、司令部はパニックになりかけた。
「うろたえるな!第6陣にはアーク種に対する秘匿兵器がある!佐伯なら対処出来る!エルフ達の助力もある!」
基地司令である竜胆ゲンジの一喝に、司令部は落ち着きを取り戻し、情報の精査が始まった。
「司令、いつでも出れるようにしておきます。出現地点近辺には、アークデーモンとの戦闘経験のある者はほぼいません」
副司令のリリアの囁くような声に、ゲンジは軽く頷く。進行方向によっては、自分も出ると決意する。
アークデーモン2体とグレーターデーモン21体が正式に確認され、要塞は第1級戦時体制へと移行し、異世界に展開する全陣地へ非常事態宣言が発令された。
アークデーモンに対抗出来るギフテッド持ちと、秘匿兵器を所持している各部隊に非常召集がかけられる寸前にその報告は来た。
「友好都市より緊急通信!は?それは、、、それは事実でしょうか、、、はい、、、はい!司令!アークデーモン2体とグレーターデーモン21体の撃破を確認との事です!アークデーモン2体の魔石を確認済み!グレーターデーモンの魔石は、現地に到着次第、第6陣の派遣部隊と共に確認するとの事です!」
ゲンジは眉を顰める。緊急通信から3時間も過ぎていない。
「誰が倒した?被害は?確認されているだけでいい」
友好都市には、エルフによる極めて強力な魔道士団と戦士団がいる。但し、アーク種のエネミーに対抗出来る存在は、そう多くはいないはずだ。
しかも、アークデーモンとの戦闘経験がある者は、同じエルフのリリアからの情報により、ほぼいない事は確定している。
有名な温泉郷でもあるあの地に、湯治目的の、英雄級冒険者集団が滞在していたかと考える。
「江崎隊です!民間志願警備員の絵崎隊が襲撃を受けて、宇部ジュリア警備員と大山サトシ警備員が、それぞれアークデーモンを撃破!同部隊のドーリーに同乗していた、白銀のサーシャ様の証言及び、ドーリーの記録装置で確認済みとの事です。被害は、、、被害は大山サトシ警備員が左腕を失い重症。柏原ユウキ警備員が重症との事ですが、治療中との事です」
数万人規模の被害が出る可能性のあった、エネミー群の撃破という快挙に、快哉の声が響く。軽微な被害で済んだと、安堵する声まで聞こえてくる。
民間人2人が重症を受けたのだぞと、ゲンジは怒鳴りつけたい感情を必死に堪える。
その民間人を派遣しているのは政府であり、自衛軍である。そして、自分はその自衛軍の責任者の1人だ。
「リリアよ、報告地点からなら第6陣の方が近い。絵崎隊とサーシャ殿は、何故、友好都市に向かった?」
リリアにだけ聞こえるように尋ねる。しかも、手元のデバイスに表示された、推定撃破時間から逆算すると、400キロ以上を2時間足らずで移動している計算になる。
「大山サトシの左腕の再生の為かと思われます。各陣地の再生ポットの使用権限は、大隊長の専任権限ですので。あの都市は医療技術が極めて発達していますから、あちらに向かったのでしょう。移動に関しては、柏原ユウキと思われます。機神と交神していたのは、ほぼ確定かと」
囁くような返答にゲンジは唸る。第6陣の大隊長である佐伯ホタルは極めて優秀な兵士であり指揮官だ。
気質は穏やかかつ冷静で、防衛実績もあり、自衛軍兵士からの信任も厚く、部隊の士気も高い。
ただ、民間志願警備員を使い捨てにする傾向が、極めて強い。そして、それに対する上層部からの批判には無関心だ。
「今後、江崎隊は近づけさせられんな。あいつは平気で使い潰す可能性がある。大山サトシが左腕を失ったか、、、再生は可能なのか?柏原ユウキも助かってくれるといいのだが」
どちらも失えない人材だ。
それ以前に、まだ若い命が失われたり、深刻な後遺症が残るのは慚愧に耐えない。
「柏原ユウキに関しては、神降しによる脳内のダメージだと推察します。あそこには特級治癒術師のマリエッタと医療魔道士団がいます。高確率で後遺症もなく助かるでしょう。大山サトシに関しては『継木』と呼ばれている、四肢切断に極めて有効な技術があります。サーシャがいるなら、すぐに元通りになります」
珍しいことに、かなりご執心のようでしたからと、子供を思う母親のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべるリリアに、ゲンジは疑問を抱いた。
「サーシャ殿といえば、超絶的な医療魔法を使い兵士を救う、その献身ぶりが知られていると聞いているがな。前線の兵達からは、女神の如く慕われいるそうではないか」
可笑しそうな顔でリリアが答える。
「サーシャがアイドル活動をしたり、他人に興味を抱くようになったのはここ数年です。それまで、あの子は『温泉郷の殺戮人形姫』と呼ばれていましたから。本当に小さな事で人は変わるものです。タカシが見たら絶句すると思いますよ」
話している間にも、次々と情報が更新されていく。
現場に到着したエルフの部隊と、自衛軍の高速軌道部隊により、グレーターデーモンの殲滅を確認し、21個の魔石も回収できたとの報告が上がってきた。
さらに、100機以上の高精度シーカーによる、綿密な索敵にも反応が無いという結果が出て、第6陣以外の非常事態宣言は終了し、要塞の第1級戦時体制は解除され、自衛軍正規部隊により、重点的な哨戒のみが継続する事となった。
「司令、副司令。友好都市より江崎隊のドーリーの記録が届いております。至急、確認をお願いしたいとの事です」
ゲンジは記録を司令官室に回すように頼み、副司令のリリア、オブザーバーのクラウス博士、ついでに来ていた佐倉サクラ技官の4人で記録を確認することにした。
「ちょっと待ってくださいよ!わたし関係ないですよね!わたし技官ですよ技官!これ、機密情報ですよね!?」
必死に参加したくないと訴えるサクラに、ゲンジは仕方なかろうと宥める。
「佐倉、宇部ジュリアの戦闘データを実測したのはおまえしかおらんのだ。漏らさなければ問題なかろう。アークデーモンとの戦闘データだぞ?興味はないのか?」
ゲンジの言葉に、腕を組みぐぬぬと葛藤するサクラと、その様子を見てうっとりするリリア。
「クラウス博士、エルフ氏族は、何故ああも佐倉に構うのでしょうか?我々の価値観ではよく分からんのです」
サクラの能力はゲンジも認めている。認めてはいるが、なにせ見た目が小さい。
「ふむ、エルフは人の魂の有り様が見えるらしいからのう。佐倉の嬢ちゃんの輝きは別格らしいぞ。タカシなんかもそうだ。外見はおっさんだろうが、魂の輝きは見た目とは関係ないらしい」
サクラの間近に座り、手を握ろうとしてシャー!と威嚇され、嗚呼、ツレない方でもそこがいいと頬を染めるリリアに呆れる。
「まず、記録を見るか。宇部ジュリアの戦闘は高速かつ離れているので、カメラで追いきれておらんらしいが、参考にはなるだろう。大山サトシのはしっかりと記録されとるとの事だ」
そして、それぞれのデバイスに記録映像が映し出された。
「凄まじいな。流石は邪竜狩りの戦巫女殿の娘よ。魔石を解析せねば詳細はわからんが、このアークデーモンの脅威度は8に近いかもしれん」
クラウスの感嘆の声に、サクラも同意を示した。
「穴蔵での、敷島スバルとの模擬戦闘から推察していた、ジュリアの戦闘力の上限を超えています。ここまで一方的に倒せる力はなかったはず。しかも、ドーリーの方に戦いの余波が届かないように、誘導しているように見えます」
10メートルはあろうかという、人型の巨大なデーモン種を一方的に倒す様は圧巻としか言いようがない。 ジュリアはダメージすら負っていないのだ。
強いとは思っていたが、これほどとはと、ゲンジは唸る。
「宇部ジュリアと大山サトシの間には、何らかの繋がりが出来ているように見えます。使っている力の質が同じように見えました。大山サトシの構えを見るに、敷島スバルから教わったものでしょうが、あのレベルのアークデーモンを消滅させるなど、数日前には不可能でした」
リリアの声にゲンジも頷く。サトシからは才を確かに感じた。
「確かにな。身体能力はそこそこあったが、氣の使い方やチャクラの開き方すら知らなんだはずだ。宇部ジュリアに教わったとしても、数日でここまでの戦果を上げるとは信じられん。しかし、大丈夫なのか?左腕がほぼ消し飛んどるぞ、、、最新の再生ポットでも2週間はかかりそうな重症だ」
サトシが大地を踏み締め、地割れが起こるほどのエネルギーを発生させ、3メートル強のアークデーモンを滅する様は異様だった。
4年前の大侵攻時、首領格であったアークデーモンと同種の怪物である。その脅威度は8と推察されている。
「おそらくですが、宇部ジュリアのギフテッドにより大山サトシと深く繋がり、お互いに高め合ったのでしょう。左腕は心配ないでしょう。サーシャがすぐに治癒に入っておりましたし、懐から世界樹の枝を出しているのが見えました。あれを触媒にして、左腕を再生させる気でしょうね」
リリアはそこまでするとはと呻くような声を発した。世界樹の枝云々の意味は分からんが、再生され無事ならそれで良いとゲンジは納得する。
「しかし、やはりこれは表には出せんな、、、衝撃が大きすぎる。戦闘を知らん連中が見たら、歓喜して前線に送れと喚き出すぞ」
莫大な戦果を上げる可能性はあるにはある。
「前線は早すぎます。宇部ジュリア以外は生き残れないでしょう。友好都市の秘匿情報として、一切出さない事を推奨します。あちらも、緊急確認を要請したのは、その意図があるかと」
しばし瞑目し、ゲンジは決断した。
「この内容は、この場の4人のみで共有し他言無用とする。友好都市への連絡は俺からする。皆、よろしく頼む」
せめて、あと1年は時間を稼がねばと思う。江崎隊の力はあっという間に周知されるだろう。それくらい強力な部隊に育ちつつある。
しかし、今は早すぎる。出来るだけ情報を封鎖し、あの6人の成長を待ちたいと、ゲンジは己の権力の全てを使うことを決めた。
クラウス博士と興奮したようなサクラが、議論しながら部屋から出ていく中、リリアが呟いた。
「大山サトシ、盗られちゃうか。世界樹の枝まで使うなんて、、、あのサーシャがあそこまで取り乱すとは。今のうちに、郷から何人か送ってもらうか」
リリアのそのあまりの迫力に、ゲンジは息を呑む。
大山サトシの平穏を願ったが、女性方面では無駄だろうなと、哀れみを覚えるほど、リリアの表情は決意に満ちていた。
「確保したい人材がいますので、部隊から何人か送ってください。そうですね、胸が豊かな者を3人ほどお願いします。ええ、遺伝性ギフテッドの持ち主です。必ず郷の役に立ちますので」
「では、末娘とお付きの者を見聞として、志願する者を送りましょう。取り込みは無理にしても、仕込ませるように動きなさい。頼みましたよリリア」
「おまかせください族長。末姫さまならサーシャにも負けないでしょうから」




