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エルフのメイドさんに、罵られる愚か者

リハビリはとてもつらい

 とんでもないことになっちゃったなぁと、左手のリハビリを必死に行いながら、大山サトシはそう思う。

 

 怪物が跋扈する異世界にて、サトシは高額の給金に釣られ、政府が斡旋しているという、民間志願警備員として働き始めた。

 働き始めたのはいいが、わずか数日で、物資運搬任務中、巨大なデーモンと称されるエネミー群に、所属する部隊が襲撃を受けた。

 仲間は無事だったが、サトシは左手を失う大怪我をしてしまう。


 自衛軍の要塞及び、異世界に展開する各陣地には、科学技術と魔法技術の不思議パワーを使った、再生ポットというものがあるらしい。

 それを使えば四肢の欠損すら回復できるらしいが、順番待ちの数が凄まじく、使用許可はなかなか出ない上に、民間志願警備員にはその権利すらない陣地が多いと、部隊長の絵崎エリナが教えてくれた。


 現在、滞在しているのは自衛軍が友好関係を結んでいるエルフの都市だ。

 サトシの所属する部隊は、物資と共に、この都市生まれのエルフ『白銀のサーシャ』を移送するのが仕事であった

 襲われた場所から400キロ以上の距離があったらしいが、サーシャはサトシが失った左手を、必ず再生できると強く主張して、そこに向かう事となったらしい。

 その長距離を親友の柏原ユウキが、命懸けでドーリーを飛ばして運んでくれたと、同じ操縦室にいた青山サキが語っていた。


 サーシャは高貴な血筋らしく、辿り着いた友好都市の病院にて特権を行使し、恐ろしく貴重な触媒なるものを使って、サトシの失った左手を再生してくれたらしい。

 同じ部隊の狙撃手伊知地セイラが、見舞いに来た際に、サーシャちゃんに感謝するんだよと、珍しく真剣な顔で言ってくるくらい、サトシの左腕はマズい状態だったらしい。


 同じ部隊の皆んなとサーシャに助けられちゃったなぁと、疲労と傷で丸2日間は起き上がれなかったが、3日目には何とか動けたので、これ以上、迷惑をかけないよう早速リハビリを始めた。


 サトシについてくれている、介護士のマリーは牛人族の女性だ。細く小柄なのに、それなりの体格があるサトシを軽々と補助して世話を焼いてくれている。


「はーい、サトシさん大丈夫やからねー?痛ないように優しいするさかいに、ええ子にしとるんよー?」


 マリーが話す言葉は、日本語の関西弁である。

 マリーの住んでいた村近辺にある、無料日本語学校の講師が、関西弁こそが本来の公用語であり、野蛮な東の武辺者の言葉など許されないと公言していて、生徒たちにも関西弁を教えているらしい。


「こないに垢いっぱいですごいなぁ、、、体が元気になっとる証拠やで、サトシさん」


 リハビリ前に体を綺麗にしてあげると言われて、サトシは熱いお湯に浸して絞ったタオルで、マリーに優しく清拭してもらっている。

 拭ってもらったタオルには、べったりと大量の垢がついている。毎日拭いてもらっても、体が怪我から回復しようと、新陳代謝が活発になっていて垢は大量に出ると医師に言われていた。

 臭いも酷いので、自分で拭こうとしたが、マリーは駄目やで!綺麗にせんと!不自由な手やと無理や!と叱られた。


 マリーは小さな体で一生懸命拭いてくれているのだが、体格差がある為に、背中や首筋を拭う時、彼女の胸元の雄大なる神秘がふにゅんと触れてしまう。

 出来るだけ無になるんだ変なことを考えたらいけないこれは介助なんだからでもすごく幸せな気分に


「サトシ、、、悪い子がいるね、、、すごく悪い子がいるよ、、、ボクはそういうのイケナイと思う」


 病室の入り口に、同じ部隊の小さな体の宇部ジュリアが佇んでいた。

 いつもは星が煌めくような大きな瞳が、ドス黒く濁っているように見える。


「あ!ジュリアちゃん、おはようさん。毎日お見舞いに来て偉いなぁ」


 にこぉと笑顔で迎えるマリーに、ジュリアもニパッといつもの笑顔になってくれた。


「マリー!おはよう!毎日、弟子のお世話ありがとうね!」


 ちらちらとこちらを見ながら、弟子を強調するジュリアに、これは弟子ムーブをしないといけないのではと思う。


「お、おはよう師匠、、、今日も来てくれてありがとうね」


 サトシの言葉に、むふーと胸を張りドヤ顔になるジュリアは、今日も可愛いなと思う。


 サトシがボロボロにされてしまった、あのアークデーモンとかいうエネミーより、はるかに巨大なアークデーモンを、ジュリアは単独撃破したらしい。

 そのうち、サトシにも出来るからね!と言っていたが絶対に無理だと思う。

 あんなのに2度と遭遇したくない。なにせ怖いし。


 弾むような足取りで近づいてきたジュリアは、大きなバケツのお湯に浮いた垢を見て、ふんふんと頷いている。恥ずかしいので、あまり見ないでほしい。


「よし!サトシも頑張ったから、ボクもお体拭いてあげる!師匠として!弟子を労るのは師匠の務めだから仕方なく!仕方なくだからね!」


 ジュリアはタオルをお湯に浸して、絞り畳んでから、ブーツを脱ぎベッドに上がってくると、正座をしてゆっくりと拭いてくれる。


「あの、、、師匠、、、臭いもするだろうから無理しなくても、、、」


 小さな体からは、ふわりと花のような香りがする。自分の汗臭い老廃物を拭き取らせるのが申し訳なくなってくる。

 マリーに拭かれるのも、申し訳ないし恥ずかしいが、お仕事としてやってくれているので我慢できる。

 しかし、同僚に過ぎない、自分の娘でもおかしくない年齢の女の子に、そこまでさせるのは申し訳なさすぎる。


「いーい?サトシ!弟子のお世話は師匠の務めなんだよ!分かった?分かったらお返事は?」


 至近距離でキリッとした表情で見つめられ、その星が瞬くような瞳の美しさに見惚れそうになる。


「はい、師匠、、、」


 呟くように返事をすると、満足そうに瞳をキラキラさせながら、清拭を再開してくれた。



 清拭が終わり、2人がかりでリハビリ用の服に着替えさせられていると、柔らかな足音の2人が病室に入ってきた。


「失礼致します。サーシャ姫さまの御成りです」


 金髪のメイド服を着た長身のエルフの言葉に、サトシの体は少し震える。


「もう!ミリア、やめなさい!郷の方々ではないのですよ!失礼しました。おはようございます、旦那様、ジュリア様。お仕事中にすみませんマリー様」


 姫さまと呼ばれた白銀の髪のエルフが、メイド服のエルフを叱る。申し訳ありませんと、深く頭を下げて、サトシ達にも謝罪をしてくる。

 背は小さいが恐ろしいくらいに顔立ちが整い、見惚れるほどスタイルがいい。

 冷たさすら感じるような美貌だが、笑顔になると可愛らしさが際立つ。

 まるで、咲き誇る花のような可憐さであり、その清楚な所作は、姫さまと呼ばれるのに相応しいとサトシは思う。


「おはようございます、サーシャ姫さま、ミリアメイド長さま。お世話がすみましたので、私は失礼致します」


 マリーが丁寧に頭を下げ、介護用具と使用したタオルやバケツを、まとめてから立ち去る。

 お礼を言うサトシに、ええんよぉと、柔らかく笑いかけてくれた。


「おはようございますサーシャさん、ミリアさん。あのぅ、何度か言ってますけど旦那様ってのはちょっとあの違うのではないでしょうか、、、」


 サトシが目を覚まして以来、サーシャからずっと旦那様呼ばわりされて困ってしまう。


「あら、間違っておりませんわ旦那様。わたくし、きちんと日本語を学びましたし、こちらに戻ってから確認もいたしました。ちゃんとあっております」


 アイドルとしても活動しているらしく、なんとFC会員が200万人もいるらしい。

 その人たちにラブリースマイルと呼ばれているという、可憐な笑顔を見せるサーシャに断言され、何にも言えなくなる。なにせ顔が赤くなるくらい可愛いし。

 後ろに控えているメイド長のミリアから、睨みつけてくるような気配がする。


「おはよう、サーシャ、ミリア!何か用なの?サトシはこれからリハビリなんだよ!サーシャはそんなけしからんドレスを着て何の用なの!」


 縄張りに侵入してきた、仇敵を発見した野良猫の如くに威嚇するジュリア。


 確かにけしからん。華奢な体のラインが透けるような薄いドレスだ。ケープを羽織っているけど、それも薄くてかえってけしからん。

 その上、マリーを国内最高峰とするなら、サーシャは世界最高峰の山々である。それが重力?なにそれ美味しいの?と言わんばかりに、斜め上に生意気そうに突き出ている。流石は白銀のサーシャである。すごくすごい。


 柔らかな足取りで、サトシのすぐ側まで近づいてきて、失礼しますと左手に触れてくる。

 目覚めた時は触感すらなかったが、今は触れられている滑らかな指の感覚が分かる。

 中指の先端辺りを、爪先で優しく擦られてゾクゾクする。

 その上、なんだかすごくいい香りがするし、間近にワールドクラスの雄大なる山々が聳えている。


「あらあらまぁまぁ、驚きました。わずか2日で指先まで神経が通っているようですね。流石はわたくしの旦那様です。嬉しいですわ、、、あら、ジュリア様?まだいらしたの?お小さいから気づきませんでした」


 お小さいを強調しながら、ジュリアの胸の辺りを見てフッと鼻で笑う。さらに背筋を伸ばして、軽く胸を張るサーシャ。このエルフ煽りよる。


「ボクはサトシの師匠だからね!今も頑張ったご褒美をあげていたんだ!えへへ、、、沢山出て、すごく気持ちいいって、サトシも喜んでいたよ!」


 一瞬、大ダメージを受けたように見えたジュリアだが、得意満面のドヤ顔になりムフーと騙る。

 言い方ァ!師匠言い方ァ!誤解されるからそれ誤解されるから!垢だよ!痒かった背中から出た垢の事だよ!


「あらあらまぁまぁ、、、旦那様は随分とお元気になられているんですわね?わたくし、とても、うれしいですわ」

「あんな小さな子に、、、ゲス野郎が、、、」


 ほら、誤解された。

 サーシャは笑顔のままだけど、目だけが笑ってなくてとてもこわいし、メイドのミリアは汚物を見る目で、顔を歪ませながら吐き捨てるように呟く。


「い、いやぁ、師匠がマリーさんを手伝って清拭をしてくれたから、すごくさっぱりしたなぁ。垢を沢山擦り出してくれてありがとうございます師匠」


 めっちゃ早口になった。けれども、必死の早口が功をそうしたようで、なぁんだとまた笑顔になったサーシャがジュリアを睨む。


「あらあらまぁまぁ、ジュリア様は小細工を弄するのがお得意のようですわね?お小さいだけあって、、、ミリア!わたくしはジュリア様を分からせてさしあげます。旦那様を頼みましたよ」


「、、、もう、いい加減に決着をつけるべきだよね、、、ボク、久しぶりにキレちまったよ、、、ここじゃあ看護師さんに叱られる、、、屋上行こうぜ」


 ここ毎日、病室で喧嘩をして看護師さんに叱られている2人は、睨み合いながら病室から出ていく。


 部屋にはメイドさんとサトシだけが残ってしまった。


「さ、さあ、僕もリハビリ行こうかなぁ。そろそろ時間だしなぁ」


 ベッドから立ち上がり、マリーに教えてもらったリハビリ室に向かおうとしたら、メイドからドスの効いた声がした。


「おう!童貞野郎!まだ時間じゃねぇだろ!座れや!あたしと少しお話しようぜ?いいから座れや!」


 顔が触れそうな至近距離で睨みつけられる。

 美女に眼をつけられて、体の一部がヒュンとなり、腰をおろす。


「なぁ、ダンナ様よ、、、あたしはよ、姫さまが生まれた時からの付き合いだ。憚りながら、姫さまの姉代わりだと思っている。なぁ、ダンナ様よ、あんたのその左腕が何を使って再生されたか、理解してんのか?なぁ?」


 ベッドの上に飛び乗り、ヤンキー座りをしながら睨みつけてくるメイドに震えがとまらない。


「こ、高価な触媒というものを使ってくださったと効いています、、、」


 必死に話すが、メイドはゲラゲラと笑い出した。


「高価?高価だと?あぁ確かに高価だよな!てめぇの左腕に使われたのは、姫さまが生まれた時から、毎日魔力を注ぎ続けた世界樹の枝だよ。将来、ガキが生まれた時に守り杖にする為の、ガキが生まれにくい、うちらの都市の王族の伝統なんだよ!この世にふたつとない至宝だ!」


 その余りにも重すぎる内容に頭が上手く働かない。


「別によ、、、だから、姫さまを娶れなんていわねぇし、他の女といちゃつくなとも言わねぇ。けどな、姫さまを泣かしてみろ、、、あたしを含めたメイド隊は地の果てまでてめぇを追っかけて、生まれてきた事を後悔させてやるからな!必ずだ!」


 そう吐き捨てると、ベッドから飛び降り、美しい姿勢を保ち一礼する。


「ダンナ様、よく覚えておいてくださいね」


 そう言って、サーシャが戻ってくるまで、忠実なメイドは目を閉じて控え続けていた。






 サトシはリハビリ室で、左腕をゆっくりと上げ下げする。上手く動かず1回に1分近くかかってしまう。


「大山殿、アンタそれ痛くねぇのか」


 リハビリについてくれている、エルフのリハビリスタッフであるアルスが、眉を顰めて聞いてくる。


「痛いですねぇ、すごく痛いです」


 腕を動かそうとするたびに、凄まじい激痛が奔る。 全身から汗が吹き出し、リハビリ開始から1時間が過ぎて床には汗が水溜りのようになっている。


「本来、生身に馴染んで、動かすのに1月はかかるんだがなぁ、、、まあ動かすのは悪くない。痛みがあるのは神経と血が通ってきている証だからな」


 ミリアから聞いた内容は堪えた。

 高価だとは思っていたが、そんなに大事なものとは想像すらしていなかった。お金をいくら払えばいいんだろうなんて事を考えていた。


 リハビリ室の端には、ジュリアと一緒にがんばれ!がんばれ!と応援してくれているサーシャがいる。

 

 目が合うと嬉しそうに手を振ってくれる。


 誰が見ても美しく可愛いエルフのお姫様で、その上沢山のファンがいるスーパーアイドル。

 そんな、夢のような存在が、自分のようなおっさんに、どうしてそこまでしてくれたんだろうと思う。


 激痛だろうと関係なかった。

 サーシャが至宝ともいえる、大切なものを使って再生させてくれた、この左腕を一瞬でも早く元通りにすると己に誓い、サトシは意識が無くなりぶっ倒れるまで、リハビリを続けた。


 そして、病室で目を覚ました後、サーシャにめちゃくちゃ叱られた。

 姫さまに心配かけんなバカが!とメイドさんに頭を叩かれた。


 何を返せるんだろうと、愚か者は正座をしながら、温かな日差しが入る病室のベッドの上で考え続ける事になったが、答えは出なかった。

 答えは出なかったが、ちゃんと考え続けないと。

 長い耳をピンッと立てておすまし顔でお説教を続ける、優しいお姫様を見つめつつ、サトシはそう思った。

「うっわクッサ、、、吐きそうですよ、、、こんなのやめた方がいいですよ、姫さま」


「黙りなさい!新陳代謝が上がって再生中の体からは、こういう匂いがするものです!それに、わたくしはサトシ様の匂いは嫌いではありません、、、」


「姫さまがいいならいいですけど、、、マリーさん呼んできますね。清拭してもらわないと」


「、、、、、、」


「姫さま、、、匂い嗅ぎ過ぎですって、、、ひくわー」


「だ、黙りなひゃい!嗅いでなどいません!」

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