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山田タカシ異世界へと帰還す 中編

山田ァ!いくら書いても終わらんぞ山田ァ!

 考えてみたらここ30年ほどは、こっちにいた時間の方が長かったんだなと、4年ぶりに異世界ゲートを潜った山田タカシは感慨深く、広大で殺風景な石室を見渡す。

 視線が届きにくい場所に、ライフルを装備した狙撃手が24人待機しており、入り口方向に向けて6箇所に白虎型機関砲が設置されているのがタカシには分かる。異世界ゲート人工島への、最後の防壁だからか、兵士の質は恐ろしく高く練磨されているのも分かる。


 だが、その最精鋭の自衛軍兵士すら霞むようなヤツが近づいてきた。

 赤いローブを身につけた、腰まである赤髪が美しい、長身の儚げな美貌のエルフだが、歩く姿にブレと隙が全くない。

 とんでもねぇのがいるなと思ったが、その鋭い目を何処かで見たような気がする。


「おう!おせぇぞ!マヌケ野郎、いつまで待たせやがるんだ」


 聞き覚えのあるドスの効いた声だった。

 まさかとは思うが、このチンピラみたいな話し方のエルフの知り合いは腐れ縁の1人しかいない。


「おめぇ、、、まさかリリアか、、、」


 ふん!と鼻で笑い、ついて来いとの仕草をして歩き出す。最後に見た時の大股歩きではなく、上品で柔らかい足捌きに違和感がすごい。


「笑えやタカシ、このリリア様がなんの因果か、12種族連合エルフ族の代表で、この要塞の副司令だとよ。エレクトラ様を守れなかった負け犬ごときがよ」


 見た目と所作は別人だが、声と話し方と目つきの鋭さは、タカシの知る『絶火のリリア』そのものだった。


「おめぇはちゃんと生き延びたんだ、、、負け犬は生き延びさせてもらった俺だよ」


 リリアは立ち止まり、ゆっくりと振り返り、キスをするように顔を間近に持ってきて、にこりと艶やかに笑った。


「おい、マヌケ野郎、、、エレクトラ様とアリシャのチビに助けられたテメェが、負け犬なんて、金輪際抜かすなよ。ボコボコにするぞクソ野郎が」


 じゃあ、おめぇも負け犬なんて言うんじゃねえとは、20年も一緒に戦って、涙なんて見たことすらなかったエルフ族最強の大戦士が、動かなくなった師匠の手を握り、母親を亡くした幼児のように、泣きじゃくっていた姿を思い出して言えなかった。


 口ごもるタカシとその背後をちらりと見て、小さく舌打ちしたリリアに、後ろを振り向くが誰もいない。


「分かったよ、、、行くぞ、特別監査員として3ヶ月しか滞在許可出てねぇんだろ。とびっきりの護衛とドーリーを用意してあるから、先に用を済ませてこい。テメェはあたしの部下だって事になる。誰かに因縁つけられたら、こいつを見せろ」


 複雑な紋様が彫刻された緑色のカードキーを投げ渡され、あの件はその後だと、吐き捨てるように呟く戦友を見ながら、前途多難の旅になりそうだと、タカシは軽く肩をすくめた。






 異世界へ行きたいと願い出たタカシに、上司の須藤は一旦は拒否したが、最終的には許可を出してくれた。


「兵士としては行かせられん。おめぇの身分は少尉に過ぎんからな。非常事態を理由に、現地の大隊長に強制徴収される可能性がある。やりそうなヤツも何人かいるからな」


 それはタカシにも分かる。特に羽虫の被害が大きい第6陣の佐伯大隊長や、前線である第12陣の柴崎大隊長辺りは当然のようにやるだろうと思う。

 須藤は秘書を呼び込み、デスクを破壊した事を叱られて3人で片付けてから、対策を検討した。


「俺付きの監査員として送り込むしかねぇな。だが、それでも弱い。エルフ族との外交を兼ねた特別監査員として派遣する。タカシ、おめぇはリリアの保護下に入れてもらえ。あいつは今や12種族連合のトップの1人だ。エルフと揉めてぇヤツは、自衛軍の指揮官クラスにはいねぇからな」


 秘書が出してくれた監査員制度を採用する事になり、タカシは腐れ縁のエルフを頼る事になった。


「ありがてぇ、期間はどれくらいイケる?」


 答えてくれたのは、須藤の秘書だ。


「3ヶ月ですね。法で規定された最大日数です。異世界ゲートを潜った瞬間から、きっちり3ヶ月です。それ以降は身分が剥奪され、自衛軍の少尉でしかなくなります。お気をつけてくださいタカシさん」


 最後の親しげな呼び方に、ようやく思い出す。


「瀬宮、、、気づかなくて悪い、、、あん時は助かった、、、ありがとう」


 タカシが抜け殻としてこちらに戻ってきた時、手続きの一切をしてくれたのが、須藤の秘書である瀬宮リンだった。

 あの時は礼すら言えなかった。


「タカシさんが腑抜けたままなら、私が貰ってあげようと思っていたのに残念。ご結婚おめでとうございます。奥さんと娘さん泣かしちゃ駄目ですよ」


 クスクス笑いながら、冗談めかして言ってくれたのが嬉しかった。どんだけの人に助けられて、いま生きてられんのかと、タカシは俯きそうになる。


「早え方がいいだろ。出発は2日後だ。人事と射撃場にはこっちから連絡するから、この後すぐに挨拶だけしとけ。嫁と娘にもちゃんと説明すんだぞ。おめぇは口下手なんだからよ」


 ぶっきらぼうに告げる、30年来の戦友の言葉に、タカシは深く頭を下げた。




 何人かの知り合いに挨拶をした後、射撃場に菓子折りを持って挨拶にきた。週3日だけだが、2年も通えば愛着もある。タカシの事情を知る教官たちは、生きて戻ってくださいと熱く握手をしてくれて、何だか照れ臭くなった。

 選抜隊員のガキどもが必死に訓練している様子を眺めて、ひと段落ついた時に軽く挨拶をした。

 スバルがきた日に射撃を披露して以来、選抜隊員の態度は改まった。あの日、タカシをニヤニヤと小馬鹿にして訓練用ライフルを渡してきたヤツは、何かを言いたそうにしていたが、結局、何も言わずに別れた。

 こんなロートルがいた事なんて、すぐに忘れるだろうし、その方がいいと思いながら、射撃場を後にした。


 自宅に戻り、娘を抱っこして出迎えてくれた女房には、男のやる事に口出ししないよう、ガツンとかましておく。


「あのよぉ、、、あっちに滞在すんの3ヶ月くれぇなんだが大丈夫か?なんならベビーシッター雇うか、赤ん坊が大丈夫なホテルにでも泊まるか?恩給は全く使ってねえし」


 リリーはアリサを手渡してくる。

 とーちゃ!あーちゃ!と一生懸命話そうとし、きゃっきゃと女房そっくりの可愛らしい顔で笑うのが、可愛くて仕方ない。


「そないな勿体ないことせんよ!タカシがおらへん間は、お隣さんが一緒に暮らそ言うてくれてんの。うちも心強いし、お願いしよおもとるんよ。ご挨拶いくさかい、お菓子こうてきてな!いっちゃんええやつやで!お茶っ葉もな!」


 おうと呟いて、指定された菓子店に1時間並んでなんだかゴテゴテしたシュークリームと、缶に詰まった焼き菓子を買い、指定されたお茶っ葉を買って包装してもらい、タカシはお隣さんに挨拶にきた。


 お隣の弓沢さんの家は、母親と娘姉妹の3人で住んでいるらしい。リリーとアリサは、ほぼ毎日一緒に過ごしていると聞いている。

 ここは家長としての威厳をガツンと見せねばと、タカシは気合いを入れ直した。


 そして、弓沢さん親子とリリーの4人が賑やかに菓子を喰らい、お茶を飲む中、タカシはアリサを抱っこして、はいどうもお世話になっていますすんませんありがとうございますを、ひたすら繰り返していた。


「山田さん、若い奥さんもらって、幼い赤ちゃんもいるんだから、無事に帰ってらっしゃい」


 恩給はありがたいけど、あの世に行ったら、張り合いがないったらと呟く弓沢さんに、はいと深く頭を下げた。


 買い物をして、荷造りをして、些少ですがと気持ちを弓沢さんに渡そうとして、奥さんと娘さんに置いておきなさいと叱られて、アリサをあやして、リリーといちゃついていたら、あっという間に出発の日になった。




 春だった。桜はとうに散っていた。

 故郷が壊滅してから30年目の春だ。

 初めて異世界ゲートを潜った時は、復讐とドス黒いナニカ以外、タカシには何ひとつとしてなかった。

 あの頃は桜なんか、見たくもなかった。


 あれから、異世界で戦って戦って戦う内に、タカシには復讐より大切なもんが沢山出来た。

 復讐なんか忘れようと思っていたら、自分の命より大切な人たちは、失った左手のように、みんないなくなってしまった。


 意識がない間にこちらに連れ戻されて、抜け殻みたいになっていたくせに、あれから4年しか過ぎてないのに、今じゃ自分の命より大切な女房と娘がいる。


 必ず生きて戻ると誓いながら、娘を抱き上げる。

 とーちゃ!あーちゃ!と、今日もご機嫌なアリサは世界一可愛い。タカシは宇宙一可愛いかもしれんと思う。

 女房のリリーは何度も何度も、忘れ物はないかをしつこく尋ねてくるもんだから、ガツンと一括してやった。


「お、おう、大丈夫だリリー心配すんな。墓参りすんだら、すぐ帰ってくっからよ、、、向こうで世話になるヤツは、チンピラみてぇだが頼れるヤツなんだ。お土産も買ってくるからな。あと、体冷やすなよそれと」


 抱きついてきて、何度も深く口付けをされる。


 寝る時間もろくに取れねぇ時期なのに、見送りに来てくれた上司の須藤は呆れた顔で、秘書の瀬宮は腹を抱えて笑っていた何がおかしいんだ笑うなと思う。


 視線を感じてそちらを見ると、訓練中のはずの狙撃選抜隊員2人と主任教官の南海がいた。


「山田さん、すみません。この2人がどうしてもお渡ししたいものがあるというので、お邪魔でしょうが、見送りにきました」


 申し訳なさそうな上司に、いやいやと首を振る。


「わざわざありがとうございます。そんで、どうしたんだ?仁科、縫野。訓練削ってまでよ」


 言葉がなかなか出てこない、仁科の尻を縫野が蹴り上げる。


「山田教官、あん時はすみませんでした。自分は、、、」


 俯きそうになる、スバルが来た日にニヤニヤ笑いながら、訓練用ライフルを渡してきた仁科の胸をポンと叩く。


「仁科、気にすんな。そういう事はよくある。だから気にすんな」


 体を見りゃ分かる。

 立っている姿を見りゃ分かる

 歩く姿を見りゃわかる。

 仁科がどんだけ努力をして、鍛えているかタカシには分かる。

 だから、不真面目に見えるおっさんに、ムカついても仕方ねぇんだと思う。


「はい、、、教官。自分たちも来月からあちらです。どうかご無事で」


 気合いの入った敬礼をするものだから、誰1人欠けんじゃねえぞと敬礼を返す。


「山田教官、これあたし達からのプレゼントです。受け取って貰えますか?」


 縫野は懐から手袋を取り出す。

 漆黒の艶のある、鱗のような模様がある。竜の皮の手袋だ。

 反動が大きい麒麟型対物ライフルの衝撃から、指の爪や関節を守るには最適の逸品。

 しかも、下位竜ではなく中位クラスの黒竜のものだろう。若い隊員の給料で買えるもんじゃない。


 どうぞと差し出してくるので、右手にはめてもらう。スルリと吸い付くように手に馴染む。

 竜の皮は恐ろしく硬い。買った後に、専用のひどく臭い薬液に漬けてから、木のハンマーで丁寧に叩くのを、何十回も繰りかえさないと使い物にならない。

 これだけ、丁寧に仕上げるのには20時間じゃ済まなかったはずだ。


「皆んなで順番に叩いたんです、、、あたしは教官の事が大好きだったから、愛を込めて叩いておきました」


 冗談めかした縫野に、ありがとうよと返す。


「片方は懐に入れておくよ。おめぇらもくたばんじゃねえぞ」


 激戦区に配属される狙撃部隊の殉職率は高い。誰一人くたばんじゃねえぞと、タカシは敬礼をして踵を返した。






 チンピラから副司令にジョブチェンジした、リリアに案内されてきたのは、自衛軍のドーリー待機場だった。凄まじい数のドーリーの中で、群を抜いてどデカいドーリーに案内される。


「特務輸送中隊のドーリーだ。てめぇはこいつに乗ってあたしの舎弟って名目で視察員になる。やる事やってこい。ちょうど1ヶ月でここに戻ってくるからな。その後、あたしと郷に行くから遅れんじゃねえぞ」


 輸送中隊に紹介もせず、リリアは足早で立ち去っていく。せっかちなのは相変わらずだった。




 覚悟を決めて異世界まで来たってのに、タカシはどデカいドーリーの中で、どデカい女に延々と妹自慢を聞かされていた。


 どデカいドーリーの入り口近くで待っていてくれた隊員に挨拶をすると、中隊長の元へご案内しますと入れてくれた。

 そこで待っていたのも4年ぶりに会った顔馴染みだった。


「聞いているのかタカシ。うちのジュリアちゃんはすごいんだ。ちっさくて可愛いのに、とんでもなく強くて世界一可愛い」


 世界一可愛いのは、娘のアリサだと思いながら、にやけた顔で、デバイスに映る妹らしき姿にキスをしている、戦友の宇部ウルスラに、タカシは辟易としていた。

 とびっきりの護衛ってこいつかよと、もう1時間以上妹自慢をしている戦闘狂を見て、タカシはうんざりしながら、やっぱり前途多難確定だと、薄くなりつつある頭を揉んだ。

「おい、いいのかよ」


「何がよ」


「何がって、、、」


「あんなおじさんに、あんな可愛い奥さんと赤ちゃんいると思わないじゃん、、、」


「、、、泣くなよ」


「泣いてねーし」


「、、、飯でも食うか?」


「ラーメンがいい、あんたの奢りね」

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