山田タカシ異世界へと帰還す 前編
異世界編 閑話その2です。
長くなったので分割します。
まだ暗い内から、葉桜が鮮やかなランニングコースを、春の柔らかな空気を浴びて、山田タカシは走り続けていた。
今年47歳になったタカシは、異世界で兵士として20年以上、エネミー群と戦い続けた。最初は故郷を壊滅させられた事に対する復讐心しかなかった。
けれども、親同然に慕った師匠と出会い、生涯を共にしたいと思えた女と過ごし、家族同然の気のいいバカどもと笑い合い、復讐以外の人生を歩みたくなった。
それでもうまくいかないもので、数人の戦友以外、全てを失った。
異世界から戻って、左腕を無くし、半年間まるで抜け殻のように病院のベッドで過ごし、気がついたら4年が過ぎていて、いつの間にか異世界から出稼ぎに来ていた看護師の牛人族リリーと結婚していた。
去年、娘のアリサまで生まれている。
リリーの作ってくれる飯はとにかく美味かった。
まるで、最初からタカシの好みを知っているかのように、初めてご馳走してくれた時から美味かった。
最近、美味すぎる飯を食い過ぎてしまい、少し腹が出てきたくらいだ。
タカシには働くなくていい程度の金はある。20年以上、過酷な戦場を渡り歩いた報酬は、遊んで暮らせはしないが、家族3人の慎ましい生活なら、くたばるまで充分だ。
その上、戦果に対する莫大な額の恩給まで支給されている。
だけど、看護師として一生懸命働きながら、分担しているとはいえ家事をしっかりして、毎日欠かさずに美味い飯を食わせてくれる、若い女房を家で待ち続ける日々に、これじゃあヒモみたいだと落ち込んだ。
幼い娘がいるから、女房の負担にならない程度の仕事を、自衛軍の上司に頼み込み斡旋してもらった。
異世界ゲート人工島にある、自衛軍駐屯地の射撃場にて、週3日、朝から夕方まで特務教官として働いている。
朝、女房のリリーに美味い朝飯を食わせて貰い、玄関で娘のアリサと一緒にいってらっしゃいと見送られ、仕事先で選抜された訓練生達に小馬鹿にされ、美味い弁当を食い、また小馬鹿にされた後に家に戻る。
美味い晩飯を食わせてもらい、リリーとアリサと笑い合い、3人で風呂に入り、一緒に眠る。
休みの日はアリサの面倒を見ながら、リリーに束の間の息抜きをしてもらい、ゆったりと過ごす。
それがここ最近のタカシの日常であり、そのぬるま湯のような生活に戸惑いつつも、まぁ悪くねぇなと過ごしていた。
そんな日々に変化が訪れたのは3週間前だ。戦友で4年前に言ってはならない言葉を吐き捨て、謝罪すら出来なかった敷島スバルが訪ねてきた。
やっと謝罪をする事が出来て、弾けるように笑いながら許してくれた戦友から、教え子を鍛えて欲しいと頼まれた。
戦友から任された、その少女の美しさに選抜隊員たちが浮き足立つ狙撃場で、タカシは磨き続けた技術とあらゆるエネミーの狩り方を叩き込んだ。
タカシが戦場で20年以上研ぎ続けた技術を、その少女伊知地セイラは、天才などという言葉すら生ぬるく感じる、恐るべき早さで習得していった。
厳しすぎると他の教官が眉を顰める中、泣き言ひとつ言わないどころか、のんびりとした顔で楽しむように、わずか5日間で基本を習得し、一流と言える狙撃手にまで成長した。
「タカシ〜お昼ご飯持ってきたで〜」
昼休みに食堂で、セイラと飯を食おうとしたら、女房の声がした。自衛軍の訓練所の隣にある食堂は、一般にも開放されおり、ランチタイムは誰でも利用できる。今朝は出勤予定じゃなかったから、弁当はいらないと伝えておいたのだが、作って持ってきてくれたようだ。
職場は戦場である。そこにノコノコとやってきた女房にはガツンと言っとかねえと、男としての沽券にかかわる。
ニコニコと締まりのない笑顔の女房に近づく。
「お、おう、わざわざすまねえリリー。寒くねぇか?またそんな薄着してよ、、、そのよ、風邪とかひいたら」
リリーはぎゅっとタカシの首に腕を回して、顔を近づけて口付けてきた。甘いミルクのような香りを吸い込み、その細く暖かな体温をたっぷりと堪能した後、体を離すと名残惜しそうに舌が追っかけてくる。
「だいじょうぶやで〜うちの体が丈夫なん知っとるやろ〜」
ひゃーというセイラの嬉しそうな悲鳴や、はぁ?あの子が嫁?犯罪だろ犯罪!許されないくらいでけえし!山田ァ!いくらなんでも若過ぎんだろ山田ァ!でかぁい!説明不要!など、ガキどもの囀りが聞こえてくるが、当然のごとく無視する。
「お、おう、飯にすっか。わざわざすまねぇな、一緒に食おうぜ。アリサはどうした?ああ、お隣さんが預かってくれたのか。きちんと礼をしねぇとな。ちょっとお茶いれてくっから。あったけえ緑茶でいいよな?」
女房をガツンと躾けていたら、弟子のセイラがニチャァと小綺麗な顔をちょっと気持ち悪く歪ませていた。
何だその顔はと思うが、自己紹介し合って、キャッキャと仲良くはしゃぎ出した2人に、タカシは何も言えずに、お茶を取りに給湯器に向かった。
「え〜リリーちゃんから〜せんせ〜に告ったの〜?意外だよ〜どこがよかったの〜?」
弟子がとんでもないことを言い出した。
「それがな〜最初はしょぼくれた汚いおっちゃんやと思っとたんやけどな〜お世話しとるうちにな〜ほっとけんようになってな〜」
そうだろそうだろ、女房は大人の男の色気で落としてやったんだ。
「え〜?そうなの〜やっぱせんせ〜もおっきな胸好きなんだ〜?男の人はそうだよね〜」
ケラケラ笑う弟子の話題が飛んだ気がした。
「そうらしいんよ〜昔からおっきい人見ると、チラチラ見ていたらしいんよ〜うちの胸もずっとチラチラみてたんよ〜」
女房よ、昔からはしらねぇだろ。まだ出会って4年くれえだろ。話を盛るんじゃねぇよ見てねぇし別に見てねぇし。ここはガツンと言っておかないと男としての沽券にかかわる。
「おう、、、そろそろアリサ迎えに行かなくて大丈夫か?そうか、お隣さんによろしく言っておいてくれ。寄り道しねぇで気をつけて帰れよ。あとそれから」
女房はまた抱きついてきて、愛おしげにキスをしてきた。
「まあ、なんだ、、、早く帰るからよ、、、」
セイラと連絡先を交換し、ほなな〜とご機嫌で手を振り女房は帰って行った。
タカシの圧巻の亭主関白ぶりに、弟子もビビっただろうが、時代遅れと言われても、このスタイルを変えるつもりはない。
女は男から3歩下がって、、、弟子よ、何だその顔はそのニチャァとした気持ち悪い顔はやめろ。
セイラはたった1週間で、15年前のタカシの領域まで己を研ぎ澄まし、異世界へと散歩するような気軽さで旅立った。
あの過酷な世界で5年生き延びることが出来たなら、4年前の全盛期だった自分を超えると、腐れ縁の知り合いに伝えておいた。
まだ日も昇らぬ暗い中、リリーとアリサを起こさないよう、タカシは音も立てずに起きる。セイラと一緒に訓練を重ねる内に、錆びついていた体が動き出したような感覚があった。
ベビーベッドで眠っているアリサを見る。今だに自分にガキがいるなんて信じられない。
名前を付けるのは親父の役目だろうと、頭を捻り唸りつつ考えていたが、腹を痛めて産んでくれたリリーが、この子はアリサにすると言うもんだから、タカシはおうと頷いた。
あまり泣かない子なので心配したが、医者に何度診てもらっても、異常なく健康そのものらしい。
同じベッドに寝ているリリーに毛布を掛け直して、戦闘補助服を身に付ける。こいつに袖を通すのも4年ぶりだった。
外に出て、しっかりと施錠を確認し、ゆっくりとストレッチを行う。失った左手は再生ポットの最優先使用権があると、上司から言われているが、何故か使う気にはなれない。
昔は故郷が壊滅した春が大嫌いだったのに、今は特に嫌でもない。リリーとアリサと一緒に眺めた桜を素直に綺麗だと思えるようになっていた。
タカシは走るのが好きだ。小さな頃から山を走り回っていたし、自衛軍の訓練でも走り回っていたし、異世界に行っても走り回っていた。
戦場では走れなくなったら終わりだ。だから、自衛軍はあの頑丈なドーリーを作り、メインの移動手段にしても、訓練では常に走り続ける。
朝日が昇ってきて、ちょうど30キロで自宅に戻るよう計算したコースを走り終えた。腕に装着したデバイスを見ると、4年前から見たら絶望するほどに遅いが、昨日よりタイムは20分縮んでいた。
クールダウンとストレッチをして、自宅に入るといい香りが漂っていた。女房の話す声が聞こえてくる。
リリーは少し独り言が多いが、専門家に相談したら悲惨な体験をすればままある事だそうで、別に問題があるように見えないと言われ、声は明るいので触れないようにしている。
「タカシおはようさん。今朝はたけのこご飯やで〜はよシャワー浴びといで〜」
食卓にはタカシの好物ばかり並んでいた。
焼きたてのだし巻き卵とウインナー。
手作りの揚げが入ったひじきの炊いたものに、大根と人参に柚子の香りがするなます。
味噌汁には根菜がゴロゴロと地鶏が入っていて、大ぶりの塩ジャケには大根おろしが添えられ、トドメの炊きたてたけのこご飯。
朝から贅沢な食卓に、ガツンと言ってやらねぇと汗をタオルでぬぐいながら思う。
「お、おう、おはようリリー。朝からこんなに作んの大変だろ。もっと少なくてもいいんだぞ。あと、卵焼きは甘いの好きだって言ってたよな?だし巻きにしなくていいんだぞ。俺はどっちでも」
リリーはフライパンを洗う手を止めて、近づいてきて軽くキスをしてくる。
「ええからはよシャワー浴びてき!風邪ひくで!」
満面の笑みで言われ、そそくさとシャワーを浴びにバスルームへ移動する。戦闘補助服とタオルを洗濯機に放り込み、シャワーを浴び、体を拭ったバスタオルと一緒に回す。口酸っぱく言われて習慣になってしまっている。
食卓につくと、リリーはアリサに授乳していた。終わるまで待とうとしたら、はよ食べ冷めるでと言われて箸を取る。
どれも信じられないくらい美味い。走って失ったエネルギーが体に充填されていくのが分かる。
自衛軍は早寝早起き早食いが当たり前だが、早食いをすると女房が怖い顔をするので、丁寧に噛んで飲み込む美味い。
アリサが満足したみたいでゲップをして、ベビーベッドに寝かされるのを見ていたら、隣に座ったリリーが囁く。
「そんなめえへんの、夜に沢山飲ませたげるから、、、な?」
そんな見てねぇよ見てねぇが、タカシはおうと小声で呟き、ご飯をかき込み、よう噛んで食べ!と叱られた。
食事が終わり、洗い物をしようとすると、座ってなとコーヒーを出される。これもタカシの好みの豆と濃さだ。
「そんで、どないしたん?なんか言いたいことあるんやろ?」
女房は全部お見通しらしい。
「すまねえ、、、ちょっと気になる事があってよ。少しだけあっちに行きてぇんだ」
金もある。仕事もまあある。女房がいて娘がいて、飯は毎日美味い。
わざわざ、危険な異世界に行くべきではない。
もちろん反対されるだろう。
でも、どうしても行かなければならなかった。
むしろ、4年も行かなかったのがおかしいと、幸せな生活を手に入れて、ようやく気がついた。
仲間たちの墓参りすらしてねぇと、泣きそう声で呟いた。
「かまへんよ〜行っといで。そや!うちの故郷も安全になった言うし、お墓代わりの大樹にお花添えてきてな〜」
顔を上げ、ふんわりと笑顔のリリーの顔を見つめる。
「タカシ、最近カッコよなってきたで〜もうひとり欲しなってきたな〜」
艶然と笑い、無事に帰ってくるんやでと言う。
「おう、ありがとうリリー」
愛してんぞと呟くと、手を引かれてリビングに移動し、ソファに押し倒された。
今日は休みだし、娘もよく寝てるしいいかと思った。
翌日、朝から走って、美味い朝飯を食わせてもらい、弁当を持たされて、タカシは面会の予約を入れた上司の元へ向かった。
「よう、タカシ珍しいな。おめぇから来るなんてよ」
こっちでの上官である須藤とは、自衛軍に入った頃からの付き合いだから30年近くの縁がある。
「忙しいのにすまねぇな。頼みがあんだ」
タカシの言葉にようやくかと、破顔する須藤。
「再生ポットは空いてんぞ。嫁と娘を両手で抱いてやりたくなったんだろうが。おせぇぞバカヤロウ。今のはすげぇぞ、1週間ありゃ再生は完了する。リハビリには時間かかるが、なにオメェならすぐだ」
嬉しそうな戦友に、しばらくあっちに行きてぇと告げる。
凄まじい音がして、須藤が振り下ろした拳でデスクが粉々に潰れる。
「バカヤロウが!今更、何しに行くってんだ!俺もゲンジの野郎も、テメェを二度と戦わせる気はねえぞ!嫁と娘がいるだろうが!」
激怒した戦友にありがてぇなと思う。タカシの能力は破格だ。相棒を失っても、戦場に戻せという声がないはずがない。
それを止めているのが、目の前の須藤であり、あちらの上司だった竜胆ゲンジだろうと理解していた。
凄まじい音に、司令!と拳銃を抜いた秘書と警備員が飛んでくる。
「なんでもねぇ!大事な話がある。部屋に誰も近づけんな!」
部屋の惨状と、いつもは穏やかな上司の様子に、警備員達は息を呑むが、秘書はタカシの方を見て理解したようで、皆を促して部屋から出て行く。
腕を組み、何とか激情を抑えようと、目を閉じている須藤に告げる。
「あいつらの墓参りがしてぇんだ。家族みたいなもんだったからよ。あと、女房の故郷に花を添えてやりとぇんだ」
タカシの言葉にようやく目を開くが、納得はしていないようだった。
「短期間だが弟子を取ったから、リリアに様子見といてくれるよう頼んだんだ」
「おう、あの民間志願警備員の子か?必中持ちらしいな。えらい騒ぎになってんぞ」
ようやく落ち着いたらしい須藤が続けた。
「弟子の様子でも見に行くのか?」
時間があったら、それもいいなと思う。
「リリアに連絡した後、しばらくして秘匿電報が来たんだ」
秘匿電報は、自衛軍の検閲を受ける事のない、異世界からの連絡手段だ。当然、使える人間は限られている。
あちらの要塞で副司令に成り上がったらしい、腐れ縁のエルフのリリアですら、何度も使えるものではない。
タカシはその電報を、懐から出して須藤に見せる。
「おめぇ、、、これはどういう事だ」
電報には、かつてタカシが所属していた、特殊作戦群の部隊認識番号と個人識別番号が記されていた。
その番号はタカシの相棒で、タカシを生かしてくれた、最愛のエルフのものだった。
「いかなきゃならねぇんだ。なんとか頼む」
タカシは深く頭を下げた。
すごく、、、大きいです、、、




