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民間志願警備員による、自衛軍異世界駐屯地最終防壁破壊事件についての報告

クラウス博士「酒?あんなものは飲まんな。脳細胞が破壊されるだけだ」

 12時間ぶりにメシを食い、シャワーを浴びて髭を剃り、瞑想と呼吸法を駆使した短時間睡眠で、無理やり疲労を回復させた竜胆ゲンジは、新しいスーツに着替えて会議室に戻ってきた。




 前線や補給を担当する幹部たちは、すでに担当地域に戻り、現地の協力団体の長たちも、ギフテッド持ちを引き抜けないと判断したのか、大多数が帰った。

 残っているのは、自衛軍第一駐屯地を抱える要塞担当と、周辺地域の幹部。そして、一個人に打ち抜かれた防壁の管理と維持を担当する、工兵部隊と技術者たちである。


 エルフたちによる民間志願警備兵誘拐事件に、警備部隊の虎人族が同調した件は、すでに解決済みだった。

 彼らも山田タカシの信奉者であり、かつて白銀のサーシャに命を助けられた者たちが、計画性すらなく、手助けしたいと衝動的に動いただけであった。


 虎人族の大戦士ヴァレリーは、自分の首だけで収めてほしいと主張したが、12種族連合の中でも強力な戦士団を率いる虎人族の、戦力面でのリーダーを失う事など出来るはずもない。


 しかしながら、自衛軍の中枢において、民間志願警備員を襲うなどという事件があり、被害者から持ちかけられた司法取引により、事件そのものを無かった事に出来たとはいえ、そのままというわけにはいかない。

 警備部隊からは外れてもらい、遊軍として前線へ行ってもらう事になった。

 危険な前線への移動を伝えたところ、反逆者として処刑が当然の我々に、最期の花を咲かせる場を用意していただき感謝すると、ヴァレリーに男泣きしながら頭まで下げられた。


 もちろん、ゲンジにそんな意図はない。ほとぼりが冷めるまで、時間をとりたいだけだ。

 大戦士の妹で、種族代表を押し付けられていたタチアナが、兄を張り飛ばしながらゲンジの意図を伝えると約束してくれたので、任せてきた。

 戦士としては優秀な者が多い虎人族であるが、脳筋傾向が極めて強い。

 そんな中、自衛軍の方針や常識を、きちんと理解してくれるタチアナを、基地司令としてゲンジは信頼している。

 将来は12種族連合の中枢になる人材だと確信していた。


 今回の議題は、民間志願警備員宇部ジュリアが砕いた防壁についてである。

 こちらも司法取引により、法的にはなかった事になっているが、工兵部隊や技術者たちへの衝撃が大き過ぎたので、詳細の報告と今後の対策を話し合うべく集まっていた。


「皆、会議続きで疲労もあるだろうが、今回はこれで最後だ。まず、防壁の修復についてだが、白銀のサーシャ殿が必要な希少金属と、熟練の土魔法使い10名の派遣を約束してくれた。さらに、虎人族の大戦士ヴァレリー殿から、労働力として職人300名の派遣の申し入れがあり、受け入れた」


 ゲンジの言葉に、工兵部隊の責任者から声が上がる。


「司令、芯材となる希少金属と人手があるなら、我々に問題はありません。まだ調査中ですが、防壁の穴が空いた周辺には微細なダメージがあるだけで、そのまま使えます。工期は3週間を予定しております」


「工兵部隊にはいつも苦労をかける。激務であろうがよろしく頼む」


「は!お任せください」


 工兵部隊はきつい仕事だ。

 直接、戦場に出るわけではないが、陣地の整備や要塞の保守点検、あらゆる修理が管轄である。

 しかも、志望者が少なく常に人手不足なのにも関わらず、文句ひとつ言わず、迅速に作業を終える集団にゲンジは深く感謝していた。

 せめて、給料の充実だけでもと、上に掛け合う事を決意する。


「次にクラウス博士。防壁破壊後の調査の進捗はいかがだろうか?調査が終わり次第、修復に入りたいのだが」


 12種族連合のひとつドワーフ族のクラウスは、魔法工学の第一人者である。科学と魔法の融合を研究しており、特に防壁に関しては、隔絶した成果を出している。

 自衛軍の要塞の防壁の大半は、クラウスの研究結果を基に作られている。


「ゲンジ、調査は終わっとる。そもそも、アレは魔法だの何だので砕かれたのではない。砕いたのは邪竜狩りの巫女殿の娘であろう。あの方の係累の力は神代の戦神より賜ったものだ。いかなる素材、いかなる技術を使おうが、防ぐ事は出来ん。心強い味方が現れた証として受け入れるべきだ」


 クラウスの言葉にそれほどかと唸る。防壁を2層抜く事はゲンジにも可能だ。末の妹であるリンカなら3層は可能だろう。しかし、5層をぶち抜くとは規格外すぎる。


「では、クラウス博士のご意見としては、このままで良いとお考えだろうか?」


 クラウスは腕を組み唸る。


「あれほどの力を持つ者が、生まれ出てこちらに来た。前触れと判断するべきだな。防壁を7層に増やして、開発局が増産に入った新型の結界装置も配備し併用する事を提案する」


 大いくさになるなと、唸るように呟いた。


 幾度もの大侵攻を乗り越えた、クラウスの背は低いが、樽のように膨らみ高密度の筋肉が詰め込まれている。800歳を超える歴戦の戦士でもあるクラウスの言葉に、ゲンジも頷く。


「自衛軍には、結界装置の運用の専門家がおるだろう。あの嬢ちゃんの意見も聞きたい。こちらに来てもらえると助かるのだがな」


「佐倉サクラですな。結界装置の運用は、自衛軍でも随一です。明日にでも辞令を出し呼び出しましょう」


「うむ、感謝する。すぐに新しい防壁の設計に入ろう」


 クラウスに感謝を示し、この辺りかとゲンジは会議を締めようとする。



「司令、例の件に関してクラウス博士のご意見を伺うべきかと」


 副司令のリリアの言葉に、ゲンジは悩む。

 休憩に入る前、誘拐事件を起こした白銀のサーシャと被害者の伊知地セイラを会わせた。

 その時に、セイラの口から驚くべき情報が伝えられていた。


「クラウス博士、少しだけお時間を頂けますか?」


 怪訝な顔をしながらも、クラウスは了承してくれた。





「むぅ、、、星幽体だな。事例は極めて少ない。数十万年の歴史を持つ、エルフどもですら至った者は100人といないであろう。4年も物質界に留まっているとなると、伝説の中にしかおらんな」


 防音処理が施された部屋で、4年前に死亡したはずのエルフ族の娘アリシャが山田タカシの側にいるという、セイラから聞いた話を伝えると、クラウスは断言した。


「あの娘は極めて優秀な風魔法使いであったが、星幽体に至れるほどの力はなかった。とすると、、、リリアよ、エレクトラもまた星幽体に至っているな?」


 エレクトラは山田タカシの師匠であり、自衛軍に数多の叡智を授けてくれた、こちらの世界でも随一の大魔道を極めたエルフの名前だ。

 彼女も4年前に亡くなっているはずだった。


「はい、郷の森にある世界樹の麓にて、魔道の研究を続けていらっしゃいます。エレクトラ様のご意志で外には漏らせません。自分は死んだのだから、最低限の関わり以外は断つとの事です。司令、博士、内密に願います」


 リリアはあっさりと肯定した。

 人類圏の守護神とまで称えられたあのエレクトラが存在している事に、ゲンジは衝撃を受ける。


「エレクトラはアリシャを見捨てられんかったのだろう。師弟というより姉妹のような関係だったからな。タカシを心配していたアリシャに力を貸して、星幽体にしたのだろう、、、どれほどの力を使ったのか想像もつかん。とんでもないことをする娘だ」



 ゲンジは悩む。自衛軍の司令として、エレクトラの知識と技はどうしても欲しい。しかしながら、自衛軍を救い、デーモンに蹴散らされていた自分たちに、戦う術と技術を惜しみなく授けてくれた彼女の意志は尊重したい。


「御力を貸しては頂けないか、、、当然だな。闘うのは生きる者の責務だ。口外しないことを誓う」


 ゲンジの宣言に、リリアとクラウスは笑みを浮かべた。


「すべての同胞に代わり感謝いたします、司令」


「ゲンジ、お主のその心の有り様が、我ら12種族連合が力を貸す理由だ」


 2人の言葉を有難くうけとる。

 まだまだやるべき事があると、腹に力を入れる。


 ふと、破天荒なエレクトラに、振り回され続けていた男の顔が思い浮かんだ。


「タカシのやつは、、、また苦労するんだろうな」


 自衛軍の超エースだった、かつての部下。

 山田タカシの前途が明るい事を、無駄だと知りながら、ゲンジは祈った。

大魔道士エレクトラ「お酒?大好き!脳細胞が煌めくからな!」

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