愚か者、異世界にて寝不足となる
肉吸いに卵を落とすか、ご飯に落とすか
両者の溝は永遠に埋まらない
体が軋むような微かな痛み覚えてサトシは目を覚ます。
備え付けのデジタル時計を見ようとしたら、床と壁が目に入る。意識がはっきりしてきて、昨夜の騒ぎを思い出し、ため息をつきそうになるが堪えた。
ドーリー内にある自室の床の上に敷いた、野営用の折り畳みマットレスから体をゆっくり起こす。
ベッドの上に目をやると、2人の女性が眠っていた。
同じ部隊の仲間である宇部ジュリアと、友好都市へ客として移送しているサーシャという名前のエルフ。
ジュリアはタンクトップとショートパンツのみを身につけて、大の字になり眠っている。
細く小柄だが、美しい筋肉がしっかりとついている、金褐色の肢体は輝くように滑らかだ
寝息は長く深く、小さく可愛らしいのに、巨大な猛獣が寝そべっているようにも感じる。
サーシャはジュリアの隣で、お腹の上に両手を置いて静かに眠っている。
薄い毛布越しに、小柄ながらも豊かな曲線が浮かんでおり、柔らかな呼吸の度に上下する雄大な光景に見惚れそうになるが、慌てて視線を逸らす。
自分の部屋なのに、自分の部屋じゃないようなふわりと甘い香りが微かにして、なんだか落ち着かない。
時計を見ると、まだ5時前だった。いつもならもうひと眠りするが、マットレスを畳み、2人を起こさないようにそっとブーツを履く。
「旦那様、おはようございます」
振り向くと、ベッドの上で正座をしているサーシャが、流暢な日本語で挨拶をしてきた。
薄い寝巻きから、深い谷間が覗いていて、吸い寄せられそうになるが目を逸らす。
「おはようございますサーシャさん。旦那様は間違いですよ」
日本語に慣れていないから仕方ないと思うが、こんな美人に旦那様呼ばわりされたら、男としてなんだか滾ってしまう為、きちんと訂正しておく。
「そうでしたか?わたくし、日本語をたくさん学んだのですけれど、、、では、改めておはようございますサトシ様」
寝起きだというのに、可憐な美貌に一切の曇りがない。柔らかな笑顔にしばし見惚れるが、眠っているはずのジュリアから、殺意を感じたような気がしてまた目を逸らす。
「サーシャさん、まだ早いですから眠っていてくださいね。僕はサキさんと朝食の準備をしてきますから」
朝食の準備は6時からだ。サキが早起きな為、5時45分に起きるようにしているが、本来の時間までかなりある。
「まあ、朝早くからありがとうございます。ですがもう少し時間があるのではないですか?わたくし、、、朝の処理をして差し上げようと思いまして。男性には必要でしょう?」
意味ありげに大きな瞳で上目使いになり、ちろりと唇を舐める仕草に、思わず唾を飲み込むが、ジュリアからさらに殺意が膨れ上がったような気がしてきて、言葉がうまく出てこず、モゴモゴと口籠もりながら慌てて部屋を出る。
「いつでも仰ってくださいね」
クスクスと笑う声が追ってきて、少し前屈みになりつつキッチンへ向かう。
(何なんだよ!あんなに綺麗で可愛すぎる上に、ギャップすごすぎるよ!あのエロフ!いやエルフ!)
日本で1億と2千万年に独りのエルフアイドルとしてデビューし、世界中で旋風を巻き起こしているアーシアより可愛いんじゃないかと思ってしまう。
あんな人にからかわれたら、興奮して当然じゃないかと自己弁護しながら、ジュリアに教わった息を深く吸う呼吸法で、心を落ち着かせる。
キッチンの明かりをつけて、魔道コンロに寸胴鍋を乗せ、前日に4日分、まとめて作った鰹出汁を冷蔵庫から取り出し注ぐ。
温まった出汁に、美しい小豆色をした、サシが入った牛バラ肉のスライスを大量に投入し煮ていく。
脂とともに浮いてくるアクを、こまめに取りながらネギを大量に刻んでいたら、サキが起きてきた。
「サキさん、おはよう。肉吸いの準備出来ているから、だし巻きお願い出来る?」
「うむ、おはようハーレム野郎。いい匂いだ。出汁もらうぞ」
何かおかしな事を言われる。サキは冷蔵庫から大量の卵と出汁を取り出し、ボウルに割り入れ、菜箸で丁寧に混ぜ始めていた。
「サキさん、、、ハーレムって何?」
「あの何も知らぬ純真なジュリアを思う存分貪り征服欲を満たし、こちらの世界のスーパーアイドルらしいサーシャに、思う存分オギャり散らかし赤ん坊に還り、ママみを味わう。どう考えてもハーレム野郎ではないか」
あまりの言いように絶句していると、追撃が飛んできた。
菜箸をビシリ!と突きつけられ宣言をされる。
「ひとつ言っておく。わたしとセイラは、おまえのハーレムには入らん。わたしたちは、絶対に屈しない」
フラグ立てにきたのかこの子はと呆れる。
「僕、昨夜は床に寝たんだよ、、、ハーレムとかないからね」
「ふむ、そういえばセイラとシャワーを浴びに行ったら、風呂場を使った形跡はなかったな。据え膳も食えぬとは、うちの母より年上だというのに。さすがは生粋の童て、、魔法使いだな」
サキが何気なくかき上げた、まとめた髪の下から見える首筋には、何かに吸われたような、いくつかの跡がついていた。
(自分はセイラさんとやる事やってるのに!せめて隠せよ!誇らしげに見せつけたよこの子!お母さん僕より年下なのかよ!なんでわざわざ魔法使いって言い直したんだ!逆に傷つくよ!)
大声を出したくなるが、凄まじい敗北感に襲われたので、ぐっと堪えてネギを切り刻みながら、どうしてこうなったと、昨夜の騒ぎを振り返る。
ドーリーで出撃後、サーシャと言い争っていたジュリアに続いて、おそるおそる主砲室に入る。
ジュリアは、毛を逆立てた猫のような気配をだしていたが、すぐに収まり、サトシの隣にやってきて腰を下ろす。
サトシが任されている、ドーリーの主砲となる朱雀型滑空砲は、大量のエネミーや大型の指揮個体が現れない限り出番は少ない。
それでも、レーダーをしっかりと見て警戒を続ける。
裾を引かれて、ジュリアを見るとムスーとしていたが、思い直したように笑顔になる。
星が煌めくような瞳が、今日も綺麗だと思う。
「サトシ!自衛軍のレーダーは優秀だけど、たまにすり抜けてくる、見えにくいのがいるんだ!ボクがそういうのを、視える方法を教えたげる!」
ぎゅっと握りしめてきたジュリアの手から、熱い何かが流れ込んでくる。
体のいくつかの場所の奥に感じる、硬い塊のようなモノが解れる感覚があった。
「サトシ!それがチャクラだよ!概念だから意味は気にしなくていい!それをゆっくり回すようにイメージして、体に巡らせるんだ!」
ゆっくりと解れた其れを、ジュリアの言う通りに回すと、暖かな何かが膨らみ、体に広がっていく。
「上手だよ!それを薄く薄くして、全身から解き放ってみて!視えるはずだよ!」
体から吹き出す其れを解き放つと、脳内に凄まじい量の情報が飛び込んできた。視界が爆発的に広がるような感覚があり、壁をすり抜けるように、遠くまで360度全てが見える。
「うん!初めてでこんなに出来るなんてすごい!サトシ、上手だね!」
ジュリアの声に視界が戻る。全身、汗でびっしりで強い疲労があった。
むふーと満足そうなジュリアが、タオルで汗を拭いてくれる。
「サトシ!沢山、いろんなこと教えてあげるね!教えてあげるときは、ボクのこと師匠って呼ぶんだよ!わかった?」
よく分からないけれど、了承すると、それはそれは嬉しそうに笑うジュリアに、まあいいかと笑顔を返した。
自衛軍が陣地と陣地を結ぶ道路には、100キロ毎に設置してある休息地点がある。
整備された場所をフェンスで囲い、物資を貯蔵する無人の頑丈な建物があるだけだが、それなりの安心感はある。
そこにドーリーを停めて、お昼ご飯を食べる。
お昼は朝ご飯と一緒に作った、ランチボックスをそれぞれのポジションで食べた。
デバイス越しに会話をしながら食事をとり、短い休憩を楽しむ。
昼食後は、またひたすら初日の宿泊予定地となっている、大休憩所に向かった。
自衛軍の要塞から、陣地に向かって300キロ地点に設置されている拠点である。
自衛軍1個中隊と民間志願警備員60名が常駐しており、防衛設備も充実している。
ユウキの運転は素晴らしく、予定時刻より30分近くも早く、大休憩所に到着した。
エリナが拠点責任者に挨拶をした後、ドーリーに燃料と水を補給してから、管制官に指定された場所に停める。
基本的に、ここでもドーリーからは出ない。宿泊もドーリーの中である。
「かぁー!緊張したぜ!やっぱ警戒しながらの運転は疲れんな!」
10時間近く運転を続けたユウキを皆がねぎらう。
「ユウキさん、お見事でした。揺れも少なく、わたしたちの疲労も抑えられました。素晴らしい運転でした。お疲れになったでしょう。ありがとうございます」
大好きなエリナに笑顔で褒められ、だらしなく鼻の下を伸ばすユウキ。
「ふへへ、、、ホントはあんま疲れてないんだ!ハンドル握ってると、なんかすげー体が軽いし!あ、そうだ!晩飯、俺が作るよ!サキとサトシに朝と昼押し付けて悪りぃし!」
ユウキが任せろ!といい笑顔でサムズアップ。
「え〜だいじょうぶ〜?なんか不安だよ〜」
セイラは微妙は嫌そうだ。
「任せとけ!美味いメシでチーレムは定番だろ?俺の腕に世界が驚愕するぜ?ガハハ!」
ユウキの作ってくれたハンバーグとオムライスは素晴らしく美味しかった。
オニオンソースと大根おろしソースが添えられたハンバーグは、切るとふっくら焼けており、口に含むと肉汁が洪水のように溢れてくる。
これには疑っていたセイラも驚いたようだ。
「おいしい〜これプロの味だよ〜ユウキ、すごいね〜」
素直な賞賛に照れ臭そうに笑うユウキ。
「このオムライスもすごいよ。ケチャップライス自体が美味しいし、卵の巻き方は何年も修行しないと出来ないレベルだよ。ユウキ、本当に美味しい」
サトシは口の中で、卵とご飯が渾然一体となって溶けていく美味しさに感動すら覚えた。明らかに素人料理ではない。
「まあな、、、喜んでくれて嬉しいぜ!」
何かを懐かしむような顔をしたユウキだが、吹っ切れたように嬉しそうな笑顔になる。
皆で食後のお茶を飲み、翌日の打ち合わせをした後、順番にお風呂を使い、それぞれの自室に引き上げる。
本来、夜間は2人ずつ交代で、レーダーの監視をしなければならないが、大休憩所では免除されるので、ゆっくり眠れる。
明日は少し時間がかかる料理だから、早起きしようと目覚めしのアラームをセットして、ベッドに入ろうとしたら、扉をノックする音がした。
たまに話をしにくるユウキかと思い、ロックを解くと、枕を小脇に抱えたジュリアがいた。
「サトシ!師匠が守りにきたよ!」
フンスッと鼻息あらく宣言すると、部屋に入ってきてベッドに腰をかける。
呆気にとられたが、流石に不味いと思い、慌てて出ていくように促す。
「ジュリアさん、夜に男の部屋に一人でくるなんて危ないよ、、、女の子なんだから、用心しないと」
かえってきたのはドヤ顔だった。
「サトシ!慢心が過ぎるよ!サトシの腕ではボクにかすり傷ひとつ付けられないからね!」
そういう事ではない。
そういう事ではないのだが、全く分かっていないジュリアにどう説明したらいいか悩んでいると、再びノックの音がした。
今度こそユウキだと思い、弁のたつ彼に説得して貰おうと扉を開くと、枕を抱えたサーシャがいた。
枕には大きくYES!とプリントされていた。
「こんばんは、サトシ様。朝のお約束通りに参りました。不束者ですが、精一杯努めますので、よろしくお願い、、、あら?ジュリア様?いらしたのですか?」
「出たな!ザマァエルフめ!弟子を守るのは師の務め!サトシはボクが守る!」
サーシャもサトシの脇をすり抜け、ベッドにのぼりペタリと座り込む。
「いけませんわ、ジュリア様。ジュリア様はお小さいのですから、ゆっくりお休みになりませんと、育ちませんよ」
お小さいのところで、ジュリアの胸に目をやり、憐れむように微笑むサーシャ。
「ふん!サーシャこそ、垂れないように何時間もかけて、マッサージとかしたらいいでしょ!重力に勝てないんだから!」
お互い、何か痛いところをつかれたかのように表情を強ばらせる。
「あの、、、2人とも就寝時間が近いし、就寝時間後は部屋で過ごす決まりだから、、、」
どうにか出て行ってもらおうと、サトシは説得をする。
「どの部屋かは決まってないってエリナが教えてくれたもん!」
「どの部屋で過ごすか規定はありません」
瞬時に言い返される。というか、エリナはなんでそんな事をジュリアに教えるのか。
2人は険悪な雰囲気だったが、しばらくすると小声で話し始めた。
何とか落ち着いてくれたと安心して、2人に出ていくようにお願いしようとしたら、就寝時間を告げるアラームが流れた。
「サトシ!就寝時間だよ!緊急かお手洗い以外はお部屋から出たらダメなんだよ!エリナがそう言えって!」
「サトシ様、規則は守らないといけませんよ」
だから、エリナは何を教えているのか小一時間問い詰めたい。
2人はベッドに座り込み、顔を寄せあい、小声で真剣に話をしている。時々、サーシャの囁きにジュリアが真っ赤になるのが気になる。
これはもうあかんかもしれんねと、諦めて収納から野営用の折り畳みマットレスを敷き、横になる。
「おやすみなさい、、、2人も早く寝てね」
一応、声を掛ける。
「おやすみ!だいじょうぶ!サトシは師匠であるボクが守るから!安心して眠ってね!」
ジュリアの声にベッドで寝たいと思う。
「サトシ様、お子様はすぐに寝かしつけます。お好きなときにいらしてくださいね」
サーシャの蠱惑的な声に無茶言うなと、布団がわりのコートを頭からかぶる。
眠れないと思ったが、疲れていたのか、すぐに意識は無くなった。
「サトシ、避妊はきちんとしろよ」
出汁巻きを次々と焼きながら、サキは心配そうに忠告してくる。
「サキさん、、、そういう関係じゃないから」
少し苛立つが、サキは最後のだし巻きを皿に移してから、心配そうにこちらを見てくる。
「サトシ、雰囲気やものの弾みというのがある事くらい分かるだろ。男と女では簡単に出来てしまうんだ。それを防ぐのが責任というものだぞ」
からかっているわけではなく真剣に忠告してくれているサキに、苛立った事を申し訳なく思う。
「うん、ありがとう。そうならないように用心と準備だけはしておくよ」
サトシの返事に納得したのか、安心したように続ける。
「分かってもらえて嬉しい。サトシの命が無くなるのは、わたしたちも困るからな」
命?命が無くなる?
「ジュリアの家族は、皆んなあの子を溺愛しているみたいだしな。結婚前に腹が膨らむ事になったら、とんでもない事になるだろう。サトシはデーモンパニックという動画を見たことあるか?」
デーモンパニックとは、かなり昔に自衛軍から流出したとされる動画だ。
巨大な金棒を両手に持った銀髪の女性が、高笑いしながら、グレーターデーモンの群れをゴミのように叩き潰し続ける3分ほどのものだ。
今でも、単なるフェイクだ、いや加工のあとがない本物だと議論されている。
「あれな、ジュリアのお姉さんらしいぞ。しかも身内や仕事仲間以外、極度の男嫌いだって、ジュリアが言っていた」
5メートルを超えるデーモンが、叩き潰され消えて無くなっていく様を思い出し、背筋が凍る。
「それにジュリアを溺愛しているお爺さんは雷神と呼ばれているらしい。エリナが言っていたが、雷を落とすんだってよ。本当に気をつけろ」
雷を落とすって何なんだろう。怖すぎて実感がわかない。
「サーシャの方もやばいぞ。あの人、ガチのお姫様らしい。その上、こっちの世界のスーパーアイドルみたいで、ファンクラブ会員200万人越えらしくてな。自衛軍の8割も入会しているらしい。そんな人に赤ちゃんが出来たら、、、分かるよな?」
危機感が足りないぞ。そう締めくくり、サキは炊き上がったご飯を切る作業に戻った。
全身から冷たい汗が止まらない。手を出す気なんて一切ない。
一切ないが、次の休暇で買い物に行く際、まず最初に準備しようと、サトシは震える手でアクをとりながら、強く決意をした。
とある陣地の自衛軍宿舎
「なあ、サーシャちゃんに彼氏出来たって、月刊文醜に出てたけど嘘だよな、、、」
「当たり前だろ!飛ばし記事ばっかじゃねえかあそこは!」
「で、でもよ、、、先月のスクープ記事の後、あの女優さん結婚したし、、、」
「バカヤロウ!サーシャちゃんだけは大丈夫だ!何も信頼出来ないこの世界で、サーシャちゃんだけは信じられる!去年のクリスマスの夜も生配信してくれだろ!白だよ!サーシャちゃんは白だ!」
「だよな、、、そうだよな!サーシャちゃんは純白だもんな!俺が間違っていた!今年のライブ楽しみだよな!」




