宇部ジュリアは、異世界にて戸惑う
ジタバタするジュリアさん
ジュリアは自分の感情を制御出来ない事に戸惑っていた。
護国護民の退魔を生業とする宇部の家に生まれたものとして、幼い頃より、肉体だけでなく精神も鍛え抜いてきた。
実家でデリカシーのないら3人の兄たちに苛立つ事はあったが、それ以外で、感情を制御出来なくなった記憶がない。
異世界ゲートを潜る前の訓練所でも、こんな事はなかった。
毎日の訓練は楽しかった。教官のスバルとの模擬戦は、実家と同じくらい充実していたし、5人の仲間が花開くように、日々成長し強くなっていくのも嬉しかったし楽しみだった。
それなのに、あれほど焦がれてきた異世界で、ジュリアは人生で初めて、自分の感情を制御出来なくなってしまっている。
サキは大した子だと、ジュリアは尊敬の念すら覚えていた。甘ったれでジュリアの後をついて回る妹と同じ歳だというのに、家族を養うために、身の危険がある場所に赴くという。
それなのに、悲壮感はなく自分を哀れむでもなく状況をあるがままに受け入れて、最善を尽くそうとしている。
セイラはジュリアと同じくらい強くなる可能性のある子だ。強さの種類は違うし、まだまだ使いこなせてはいないけれど、それでもすぐに追いついてくる予感がする。
ユウキは訓練3日目に変わった。何にも興味がなさそうだったのに、煙草も辞めたし、訓練後も毎日必死にトレーニングをしていた。
ジュリアがトレーニングの際にアドバイスをすると、真剣に学び、礼を言ってきた。
エリナは最初、今にも萎れそうだったけれど、訓練が始まり10日目を過ぎた辺りから、鮮やかに花開き始めた。
何か特別な力があるわけじゃないけれど、弛まぬ努力と折れない心こそが、人を高みに導くとジュリアはよく知っていた。
そして、人との関わりがとても上手くなり、自分達6人を強く結び、導いてくれる存在になりつつある。
サトシはよく分からない。
最初は太った不摂生な生活をしてきたおじさんにしか見えなかった。
しかし、訓練7日目がすぎる頃には、肉体が急激に錬磨されていっている事に気がついた。
訓練10日目には内弟子の一番下の子や妹くらいとなら、いい勝負になるのではないか。そう思えるくらい強くなっていた。
おもしろいと、氣の使い方やチャクラの開き方を教えてみようかと、スバルに相談したら、まだ肉体は伸びるから異世界に行ってから教えてやれとアドバイスされた。
訓練14日目には、内弟子なら相手にはならないくらいの肉体強度を得ているように見えたし、スバルが型を教えていたから、見れる動きになっていた。
おそらく、兄たちと組み手をしてもいい勝負ができるくらいまでサトシは強くなっていた。
異世界ゲートを潜る際、サトシが怯んでいたように見えたので、しょうがないないなぁと手を握ってあげた。
恥ずかしそうにしながらも、しっかりと覚悟を決めた表情に、何故か微かに胸が高鳴った。
そして、手を繋いだままゲートを潜って、異世界に降り立った。
極限まで鍛えあげたはずの、自分の体が更に上の次元に上がる感覚に、ジュリアは震えた。
おへその下辺りから、全身に膨大な力が渦巻いており、これなら『間に合うかもしれない』とナニカが囁いていた。
その膨大な力が、手を繋いだままのサトシにも流れていく感覚に、ジュリアは少しだけ戸惑う。
自分の力がサトシに流れて行き、彼の全身を巡った後に、また手を通じて戻ってきた。
おへその下に到達した瞬間、経験した事のない感覚に体が少し跳ねた。
意識がふわふわして、体が強張り、脳天まで貫く甘い感覚と漏れそうになる声を、爪先立ちになり堪える。
30秒近く続いたその甘い感覚を、唇を噛み締め耐えて、ようやく治まった後は、全身から汗が噴き出ていた。
息が荒くなるのを、呼吸法を使い整えると、意識がしっかりしてきた。
石室を見渡しているサトシからそっと手を離すときに、離したくないような気がして、変なの!と顔が赤くなるのが分かる。
とても強い2人と気配を消しているそこそこ強い2人。さらに、その4人の周囲にいる姿の見えない6人が近づいてくる気配に、ジュリアは意識を切り替えた。
ゲンジと名乗った男はすごく強い。まるで何百年も年を経た大樹のようにどっしりとした雰囲気を纏っている。
宇部の家では母が最も強くて、次いで祖父、父、姉、兄たち、妹の順番だ。ゲンジは父と同じくらい強いのが分かる。
その隣のリリアと名乗った、儚げな美しさのエルフも強い。ジュリアより頭ひとつ高い身長で華奢な体だが、全身に膨大で安定した氣をまとっている。物腰からジュリアと同じく素手での戦闘が得意なタイプだと分かる。
そして、華奢なのにお胸が大きくて、身動きするたびにゆさりと揺れて、それをサトシが見ていたのが、何故か気に入らなくて少し苛立つ。
ゲンジの後ろに控えている、気配を消して立っていた女の子が、仲間たちにちょっかいを出しそうだったので、ダメだよと軽く威圧したら、硬直して動かなくなった。
そのやりとりを感じたゲンジが、すまないと苦笑いしながら、目礼をした瞬間に爆発的に氣を昂らせて、攻撃する意を放ってきたが、実際には何もしなかったので、反応はしなかった。
武術を修める者同士では、よくある試しだと思っていたら、ジュリアとゲンジの間に、サトシが割って入るように飛び込んできた。
ゲンジがした行為に気がついたのは、ジュリアとリリア以外にはいなかった筈だ。
それくらい静かで滑らかな意だったし、肉体的に強くなったけれども、まだ武術の型しか教わっていないサトシに分かるはずがない。
「おいおい、何やってんだよサトシ!張り切りすぎだって!」
ユウキが茶化すように話しかける。サトシは自分が何故そんな行為をしたか、自分でも理解できなかったようで、恥ずかしそうにゲンジに謝っていた。
ゲンジはサトシの動きに、何かを見たようで、愉快そうに笑って去って行った。
「ボクを庇ったの?」
サトシに尋ねるが、やはり分かっていなかったようで、首を傾げながら謝ってくる。
何故か全身が熱くなって、顔が赤らむのが分かり戸惑った。
能力測定の後の面談では、ミアと名乗った獅子人族だという女の子がジュリアの担当だった。フワフワした豊かな髪をモフりたくなる可愛い子だった。
「ジュリア様は、、、そのぅ、、、お母上から継いでいらっしゃるギフテッドをご存じでしょうか?戦闘用のではなく、その、、、もうひとつの方の」
何だか言いにくそうにしていたので、答えてあげる。
「うん!知ってるよ!『房中』でしょ!母さまから教えてもらった!大切な人と力を交換して昂められるって言っていた!」
ほっとしたようにミアは続ける。
「はい、力を交換するという特性上、知られたくないという方もいらっしゃるので、女性担当官たち以外には秘匿されます。それで、お相手はいらっしゃるのでしょうか?いらっしゃらないなら、ご紹介も可能ですが」
ジュリアの脳内に、少し前の感覚が蘇る。サトシの手を通じておへその下から爆発した感覚。
初めてだったけれど、あれが『房中』だったんだと気づけた。
「うん、、、だいじょうぶだよ、、、いるみたい、、、だから、、、」
なんだか、ふわふわしてきて、おかしいなとジュリアは混乱してきた。
ミアとの面談が終わり、ロビーのような広い空間で仲間たちと合流する。
周囲では興奮したような声をあげる人たちがいる中、サトシがなかなか来ない事にサキとエリナが苛立ち始める。
2人はリリアの事を警戒していた。サトシを見る目が尋常ではないと、能力測定の後に、気をつけてろと何度も忠告をしていた。
それから30分近くが過ぎて、ようやくサトシが合流した。
担当官がリリアだったと聞いて、サキとエリナが問い詰め始める中、何だかおかしな匂いがするような気がして、サトシに近づく。
リリアの甘い匂いがサトシから漂っていた。どうして面談でこんな匂いが付くのかと、腹立たしくなる。30分以上、部屋の中で何をしていたんだと苛々が止まらなくなり、リリアのあの大きなお胸を思い出して怒りが込み上げてきた。
サトシが大きなお胸好きなのは知っていた。
訓練所でスバルの大きなお胸をみて、幸せそうな顔をしていた時、男の人は仕方ないなぁと呆れていただけだが、今は腹が立って腹が立って仕方ない。
さらに、サトシがジュリアの機嫌を取るかのように、ご飯をご馳走すると言い出したのがまた腹立たしい。
ご飯くらいで機嫌がとれる子どもだと思われている事に苛立つ。
こんな気分になったのが初めてだった事にも腹が立つ。
腹が立ったまま、ドーリー待機場の近くにある食堂街の奥。目立たない場所に出店されていた『いきなりトンカツ野郎』に入る。
ジュリアの地元に本店がある店の支店だ。
みんながそれぞれ好きなメニューを選ぶ中、ジュリアはメニューの中で1番お高い『至高と究極の果てに至りしトンカツ2種盛り(極)』を注文してやった。
なんとお値段5千円である。ジュリアの高校時代のお小遣い1ヶ月分だ。ドヤ顔でサトシを睨みつけてやると、優しい笑顔が返ってきてなんだか恥ずかしくなる。
腹は立っていたが、柔らかいのにジューシーなヒレカツを頬張りキャベツと一緒に咀嚼し、甘い脂が口の中いっぱいに広がるロースをご飯と一緒にの飲み込むと幸せな気持ちになる。
さらに、サトシが注文した『これが到達点であり通過点!摩天楼エビフライ(3本)』を美味しそうだなと見ていたら、いちばんおっきいのを分けてくれたので、今回だけだぞと睨みながら、仕方なく許してあげた。
エビフライはめちゃくちゃ美味しくて、次はこれを頼もうと決意した。
お腹いっぱいになり、幸せな気分だった。
苛立ちもなくなっていたし、あれは気のせいだったかもしれないと、ドーリーに戻ってお風呂で汗を流してからベッドに飛び込んだ。
深夜、ドーリーが囲まれている事に気づいて、音も立てずに起き上がる。戦闘補助服とブーツだけを身につけて、気配を探るが殺気はない。
数は多い。外に25人がいて、中に15人が侵入してきた。そのうちの1人が、恐ろしく速い動きでサキの部屋に入り、サキと一緒にいたセイラを、何らかの方法で連れ出そうとする動きが視えたので、奪還しようと外に飛び出す。
居住スペースから倉庫に入る瞬間に捉えられるはずだったが、大柄な人影が阻止しようと襲いかかってきた。
数秒で11人を無力化した時に、目を覚ましたサトシが来た。
サキとセイラを空中に浮かべた人影は、倉庫のハッチから外に出ようとしている。
3人が同時に掛かってきて、そのうちの1人がなかなか手強くて、壊さないように意識を刈るのに手間取ってしまった。
よく見ると、自衛軍の警備部隊の制服を身につけている。
エレナが管制室と連絡をとりながら、出撃を要請している間に、襲撃者たちをハッチから外に投げ捨てる。
サトシも手伝いにきてくれたが、小柄な女の子をお姫様抱っこして、わざわざハッチの外に飛び出して、あのいちばん手強かった襲撃者の隣にそっと寝かせたのに苛立った。
その子は目覚めているのに、目を閉じて、サトシの胸に顔を擦り付けていた。
その子、とっくに意識戻ってるよ!と叫びたくなるのを我慢した。
ドーリーが動き出すが、管制官の言う通りに、門が開くのを待っていたら捕まえられない。
サキとセイラが凄まじい速度で、南東方向に攫われていく。
仲間たちに自分を信じてくれと、ジュリアは必死に訴える。サトシとエリナは反論をせず、ユウキはドーリーのスピードを上げてくれた。
目を閉じ、体の奥底にある力を意識して、チャクラを開く。
全身に氣を巡らせて、螺旋の如く回転させて昂めていく。
意識が収束し、五感が曖昧になり、真っ白な世界になる。
全身に力が巡り、体中に緑色の戦闘紋様が浮かんでくる。
(吹き飛ばさないように、ドーリーより少しおおきいくらいの穴をあける)
さらに集中力を高めて、ジュリアは巨大な防壁に突っ込んだ。防壁はとてつもなく硬かった。
異世界に来る前のジュリアなら、4層目の途中で停まってしまった可能性もあった。
しかし、こちらに来てサトシと力を交換した後から宿った力が後押ししてくれ、無事に5層の防壁を抜く事が出来た。
自分がまたひとつ高みに至れた事にジュリアは充実感を覚えて、それがサトシがくれた力だった事が飛び上がりたくなるくらい興奮した。
サキとセイラを取り戻し、要塞に戻った時は、とても気分がよかった。
仲間を無事に取り戻す事が出来たし、仲間たちが自分を信じてくれたのが嬉しかった。
お説教とお掃除の間も、ジュリアは楽しくて仕方なかった。
この日は苛立ちもなく、ゆっくりと眠りにつけて幸せだった。
そして、今日も楽しい日になるはずだった。サトシと仲間たちとお仕事をする日。
サキとサトシが作ってくれた、美味しい朝ご飯をお腹いっぱい食べた後、みんなで出撃準備をしていたら、指令室に呼び出されていたエリナが戻ってきた。
サキとセイラを攫った、白銀の髪をした満月のように光り輝くサーシャという名前のエルフが一緒だった。
2人を取り戻す時、他の4人は軽く当て身をいれるだけで倒せたのに、この人だけはジュリアの拳を防いだ。
2人を傷つけないようにしているように見え、躊躇った瞬間に叩き落としたが、落ちる瞬間に、自分を含めて5人分の結界を張り、ダメージを抑えようとしていた。
あれほど怒り狂い、エルフどもは両手両脚を縛り草原に放置するべきと主張し、連れ帰るなら口を塞ぎ天井から吊るして、お尻を引っ叩くべきだとも言っていたセイラは、何故か仲良くしていた。
サトシが呆けたように見惚れていたのが気に入らなかった。
4日かけてドーリーで送り届けると聞いた時は苛立ったが、何とか気持ちを抑え、出撃準備を終えてから待機場所の主砲室へ向かうと、何故かサーシャもいた。
「ご機嫌ようジュリア様、先日は失礼致しました。お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」
可憐な笑顔と清楚で美しい所作に、悔しいが見惚れてしまう。
「わたくし、サトシ様とお話がしてみたいのです。探知の魔法が得意なので、索敵のお役にも立てると思います。なので、ふたりっきりにしてくださいませんか?」
何を言っているのかと思う。サトシの補助はジュリアの役目だ。
そんな事を許せるわけがない。大体なんなんだその服はと思う。ジュリアより少し背が高いだけで、ジュリアと同じくらい細いのに、お胸が信じられないくらい大きい。
ケープをまとってはいるが、その体に張り付くようなドレスで、深いお胸の谷間が丸見えだし、大きく丸く盛り上がったお尻のラインもはっきり分かるけしからん服だ。
ドーリーが動き出し、倉庫の点検を終えたサトシが階段を上がってきた。
「探知が得意なら、狙撃室のセイラのところに行けばいいでしょ!サーシャはセイラとすっごく仲良くしているんだから!」
睨みながら威圧するが、サーシャはサトシを流し目で誘惑しつつ、ジュリアを挑発してくる。
サトシを睨みつけると、慌てたようにジュリアを立ててくれ、サーシャが折れた。
(勝った!サトシはボクを選んだ!お胸なんか所詮は脂肪の塊なんだ!)
フンスッ!と、鼻息が漏れるくらいのドヤ顔でサーシャを見ると、悲しそうな顔で謝罪をして去っていく。
(ボク知ってるよ!ザマァってやつだ!門下生の男の子たちがよく見ていたネット小説に書いてあるやつだ!ザマァ!)
ジュリアは勝ち誇り、ザマァエルフを見送っていたが、サトシとすれ違う時、腕に大きなお胸を当てながら、爪先立ちになり耳元に何か囁いていた。
全ては聞こえなかったが、夜に部屋に行くという事だけは聞き取れた。
真っ赤になり立ち竦むサトシを、ジュリアは呆然と見ていたが怒りがマグマのように込み上げる。
結局、お胸なんじゃないかと地団駄を踏み、サトシを睨みつけてから主砲室に入る。
今夜から、ザマァエルフが悪い事をしないようサトシの部屋で監視しないと!
ジュリアは自分の感情が、なんなのかよく分からず戸惑いながらも、そう決意した。
出雲に本店がある老舗トンカツ屋『いきなりトンカツ野郎』
創業120年を誇り地元に愛される名店。ランチタイムとディナータイムには120席、常に満席である。
店主の息子である、東マンジロウ41歳は、己の腕がどこまで通じるのか試したくなる。
親交の深い宇部家を頼り、異世界にて初の支店を出し1年が過ぎたが試行錯誤の毎日である。
狼人族を中心になかなかの盛況ぶり。




