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佐倉サクラは穴蔵で静かに過ごしたい

閑話となります。

 春ですなぁと自衛軍特殊技官の佐倉サクラは、五分咲きの桜を愛でながら、屋外のベンチに座り、手作りのお弁当をゆっくり食べる。


 自衛軍異世界ゲート人工島駐屯地の北端。

 広大な施設の端っこの地下にある通称「穴蔵」がサクラの職場だ。週休2日で勤務時間は9時から17時、昼休憩は12時から1時間、午前と午後に20分の小休憩まである。

 勤務内容は施設の維持点検。特殊な消耗品を扱うが、簡単なチェックと備品管理をするだけで残業もない。

 口の悪い幹部からは、無駄飯くらいの集まりと嘲笑されているが、サクラはこの職場を愛していた。


 2年前に新築された新しい自衛軍の女子寮から徒歩5分の距離なので、朝はギリギリまで寝ていられる。週初めに申請すれば、朝と夜は寮の食堂で格安で美味しい食事が出る。

 しかも、給料はすこぶるいい。


「何にもないのがいちばんだよねえ」


 お弁当を食べ終わり、保温ポットに入れてきた砂糖と生クリームたっぷりの珈琲を飲み、この平穏な毎日に感謝した。


 サクラは何か高い志を持ち自衛軍に来たわけではない。大学で異世界のとある物質が専門の教授のゼミに入っていた。

 教授は自衛軍に協力していて、サクラも教授の手伝いをよくしていた関係から、この職場を勧められて、安定していて給料が良いからという理由だけで就職を決めた。


 戦闘部隊とは違い、大卒採用の技官職の訓練期間は6ヶ月である。

 訓練内容も戦闘訓練は最低限であり、小柄でひ弱なサクラでも何とかこなせた。

 研修で異世界に行った際、希少なギフテッドを授かったのは計算外だったし、異世界ゲート人工島駐屯地の穴蔵に配属されて、あの凶悪なメスガキどもの訓練に付き合う事になった数年間は、胃薬が手放せなかった。


 それも過去の話だ。

 あいつらが異世界に行き、滅多に戻ってこなくなってからは本当に平和な毎日である。

 週に1度、駐屯地の隣にある民間志願制度訓練所の教官になった、敷島スバルが調整に来るが、比較的穏やかな彼女は暴れ回る事もなく、2時間程度の調整内容を観測してデータを精査し、報告書を作成し記録するだけで済む。


 珈琲を飲み干して、保温ポットを空の弁当箱と一緒にバッグに仕舞い、桜を愛でながらゆっくりと職場に戻る。

 今夜は、19時からお気に入りの配信者「レッツゴー☆セイヤ」の生配信がある日だ。

 アイツはいずれ頂点まで駆け上がる逸材だとサクラは確信していた。登録者は自分を含め12人しかいないけれど。

 夕飯は軽めにして、早めにお風呂に入って、お酒を飲みながら見ようと気分が上がる。

 おつまみは何がいいかなぁと考えながら、今日も幸せなだなぁと思った。




「佐倉技官!大変です!敷島教官から訓練申請が出ています!」


 地下の職場に戻ってきたサクラに、部下の1人が真っ青な顔で近づき報告をしてきた。

 ポテチはやはりWコンソメこそ至高ではあるが、今夜はのり塩にしてみるか?いやいや、シンプルなうす塩も捨てがたいと脳内会議をしながら、こいつは何を慌てているんだと呆れた。


「敷島教官の調整でしょ。いつも通り主結界発生装置1番から5番にレッサーの魔石をセット。念のために補助結界発生装置1番から10番にもレッサーの魔石をセット。毎週やっている事でしょうが」


 やれやれと軽くため息を吐き、自分のブースにある椅子に腰かけ、いや待て昨日コンビニで見た新作のニンニク激マシマシ和牛味を試してみるのもありでは


「佐倉技官!調整ではありません!敷島教官から戦闘訓練の申請です!しかも2名で14時から3時間です!」


 

 それを聞いた瞬間、サクラは自分の端末を立ち上げて、16桁のパスコードを入力し、メスガキどもの居場所を確認する。

 ウルスラは休暇で戻ってきた記録はあるが、既にむこうに戻っている。

 アカリはここ1年こちらに戻っておらず、前線の要塞にいる。

 リンカはこちらにいるが、遠く離れた首都のホテルで休暇中だ。

 少し安心しながらも、あの3人以外に、誰がスバルの相手を出来るというのだろうかと疑問に思う。



「申請が出ている訓練相手は誰だ?」


「宇部ジュリア訓練生です!あの宇部家の麒麟児と噂の!」


 まだ18歳の子供のはずだろと思いながら、異世界の謎金属で鍛造された巨大な金棒を両手に持ち、グレーターデーモンの群れにカチコミ、抵抗すら許さずに粉砕している映像が脳裏をよぎる。

 あれは確か、宇部訓練生の姉である、宇部ウルスラが18歳の時に撮影されたものだった。


「グレーターの魔石の在庫は15個あったな?」


 異世界の魔法と呼ばれる現象を、こちらの技術で再現する際に、エネルギー源となるのが魔石と呼称されている物質だ。

 デーモン種やエンジェル種を倒すと、少しの時間を置いてその体は消滅する。その際に残るのが魔石である。

 あちらではデーモン種やエンジェル種は、魔石を使い受肉して顕現している精神生命体という説が有力だ。

 その魔石は極めて巨大なエネルギーを内包しており、エネルギー最貧国であった日本を救う存在になっている。


「先程、宇部ウルスラ特務少尉が納入してくださったグレーター級が届き保管庫に120個あります」


 別の部下の言葉に舌打ちが出てしまう。

 この穴蔵といわれる地下施設は、ギフテッド保持者の訓練施設であり、その異様な異能による暴力から施設を保護する結界装置の維持がサクラの仕事のひとつだ。

 結界装置のエネルギー源は魔石であり、強いエネミーが落とす魔石ほど、強力な結界を発生させる事ができる。


「ウルスラ、、、あいつ自分の妹が、ここにスバルちゃんと訓練に来ると分かっていたな、、、となると、、、」


 小さく呟きながら、とんでもなく強いんだろうなぁと絶望感が湧いてくるが、対策をしなくてはならない。


「主結界装置1番から20番にグレーターの魔石をセットして、補助結界装置1番から40番にもグレーターの魔石をセット!ツーマンセルでのクロスチェックを忘れるなよ!ミスると施設ごと吹っ飛ぶぞ!」


 普段はのんびりと過ごしている12人の部下たちが必死の顔で魔石保管庫に走っていく。

 そんな中、士官学校から来ている研修生2人は困惑顔だ。


「佐倉技官、敷島スバルってあの、、、英雄様ですよね。その、、、訓練で結界装置使う必要があるんでしょうか?」


 ちょっと!やめなさいよ!もう1人の研修生が小声でたしなめる。


 この国の士官の一部の悪癖。

 兵隊を単なる駒としか見ない風潮。

 英雄たちの多大な戦果を、捏造された単なるプロパガンダと教える、戦場に出た事のない教官までいるというのだから救えない。

 英雄様と呼んで揶揄しているとの噂もあったがそれが事実だと知り、サクラは頭を抱えたくなる。


「すぐにわかる事だ。英雄と英雄候補の訓練を見れば嫌でも分かる」



 その2人は13時45分にやってきた。

 1人は身長175センチくらいの細身ながら、柔らかな曲線を持つ背筋の伸びた優し気な顔の女性だ。

 美しい敬礼をした彼女は名乗る。


「敷島スバル特務教官です。本日は突然の申請にも関わらず、訓練許可を頂き感謝いたします」


 もう1人は驚くくらい小柄で細く可愛らしい少女にしか見えなかった。身長も150センチくらいしかなく、技官が中心のこの部署の誰よりも小さい。


「宇部ジュリア訓練生です!戦闘訓練の許可ありがとうございます!」


 慣れていないことが分かる敬礼は、子供が必死に真似をしているようで微笑ましく、張り詰めた空気が少し和んだ。


「先週ぶりですね、敷島教官。戦闘訓練で申請が来ていたから驚きました。宇部訓練生も初めてでしょうから『軽め』にお願いしますね」


 プライベートでは親しい間柄なので、スバルちゃん呼びだが、仕事場ではケジメをつける分別はサクラにもある。

 軽めを強調してスバルに話しかける。


「はい、わたしもブランクがあるので体は動かないでしょう。4つを使いますが、軽めに手合わせ程度です。よろしくお願いします」


 にこやかな表情のスバルに、ギフテッド使うのかよ!しかも4つかよ!軽くの意味分かってんのか!スバルちゃんお願いだから抑えて!と、サクラは表情で必死に伝えようとするが、伝わらなかったようで、2人は敬礼をして着替えに更衣室へ行ってしまった。


「みんな、聞いたな!?敷島教官がギフテッドを使う!主結界装置10番まで最初から全開だ!補助は20番まで待機状態ですぐに全開を出せるように!魔石エネルギー枯渇に備えて、予備のカートリッジに装填してあるな!?よし、気合い入れてけよ!1年ぶりの戦場だぞ!」


 部下たちは敬礼をして、それぞれの配置に散っていく。


「やっぱ見かけで選んだろうな英雄様は、、、いい体だったし」

「バカ!やめなさい!研修中だよ!」


 端の方から聞こえて来た会話は無視した。


 しばらくすると、戦闘補助服に着替えた2人が大型のモニターに映し出された。

 スバルは臍上までの短いタンクトップタイプの上とショートパンツタイプのスパッツのみだ。

 よく鍛えられ絞り込まれた細身の肉体に、大きな胸とお尻は芸術品のように美しい。


 ジュリアは更に布面積の少ないビキニタイプを身につけていた。

 筋肉はついているが、あまりの細さに大丈夫か?との声が部下からあがる。


 スバルがトントンと、軽く跳ねてから両手を前に出して構える。息を深く吸い込むと全身を赤い光のようなものが覆う。

 ジュリアは自然体で立ち、だらりと両手を下げていたがうっすらと肌が光り始める。


「あれは、、、ウルスラの使う戦闘紋様!あの子も使えるのか!?」


 これから起こる事が、自分の想定を遥かに上回ると理解したサクラは、顔を真っ赤にしながら大声で指示を出す。


「主結界装置20番まで全開!補助結界装置も40番まで全開で展開しろ!開発局から来た試作品の結界装置はつかえるな!?アレも展開する!急げ!」


 そう叫んだ瞬間、連続した地鳴りのような衝撃が観測室を襲う。

 展開した結界に何かがぶつかって青白い光が浮かび、戦車の主砲で傷一つつかないはずの訓練室の床に亀裂が入っていた。


「1番から5番の主結界魔石エネルギー半減!なにこれ!嘘でしょ!こんなこと!」


「補助結界装置20番まで理論限界値まで作動していますが、このままだと1時間持ちません」


「床が、、、何をしたらああなるんだ、、、」


「狼狽えるな!魔石はカートリッジですぐに補充出来る!在庫は余裕がある!落ち着いて交換のタイミングを測れ!床は基礎にダメージがなければいい!交換できるように作られてある!」


 部下たちの悲鳴のような報告に怒鳴り返す。





 広い訓練室をいっぱい使いながら、2人は素手で戦っていた。


 スバルは全身をうっすらと覆う赤い何かをまとっており、残像が見えるような高速で動き、ジュリアに破壊的な拳や蹴りを打ち込む。


 ジュリアの方は金褐色の肌に、緑色の紋様のようなモノが浮かんでいて、ぬるりとした足捌きと手捌きで、スバルの力を逸らしていた。


 スバルの拳や蹴りが床や壁に当たるたびに地響きのような衝撃が発生し、施設全体が揺れる。


 捌き続けていた動きを変えて、タンッとジュリアが床を踏み込んだ。踏み込んだ場所に亀裂が入り、そのエネルギーを螺旋状に体で回転させて、腕に纏わせ、拳に乗せて打ち込む。


 両腕を交差してガードするスバルに叩き込むと、まるでピンボールのように吹き飛んで行くが、壁に両足をつけて衝撃を吸収して、何事もなかったように高速で間合いを詰める。


 意識は溶け合いだし、五感を共有するような感覚に思わず笑みを浮かべる2人。

 さあ、体があったまってきたなそろそろ技を試してみようかなちゃんとよけてくれ


「そこまで!敷島教官!宇部訓練生!時間です!」


 意識の奥底まで染みるような不思議な声に、2人は我に帰った。

 いつの間にか3時間が過ぎていた。




 生き延びたぁと、サクラは椅子に座り込む。

 希少ギフテッド「沈静」により、集中してゾーンに入っていたスバルとジュリアの精神の奥底に語りかけて2人の戦闘を停めることができた。

 単なる技官だったサクラが、この穴蔵と呼ばれる訓練施設に配属された理由は、戦闘系のギフテッド持ちが、訓練中に暴走しないように、ストッパーとして期待されたからだ。

 

 モニターに映る訓練室は酷いものだった。

 床は半壊し、壁の大半は穴だらけ。工兵部隊からのお小言を想像してため息が出る。

 結界装置の半分は過剰出力により故障していて、修理に2週間はかかるだろう。

 試作品の結界装置がいい働きをしてくれたから、この程度で済んだ。正式採用されたら、絶対に配備させようと決意する。

 視界の端では士官学校から来た研修生2人が、床にへたり込んで呆然としていた。

 床に粗相しており、ザマァミロ!ガキどもが!これが人類の未来を救った英雄の力だと、溜飲を下げる。


 全身から湯気を出し、汗まみれだったスバルとジュリアが、シャワーを浴び着替えて挨拶に来た。


「佐倉技官、本日はありがとうございました。施設を破損させ申し訳ありません」


「申し訳ありません!」


 サクラは毎日静かに暮らしたいし、使命感のカケラもない人間だ。

 些細なギフテッドを得ただけの凡人であり、人類を救うような力はない。


「施設は問題ありません。しばらくは使用する事はできませんが、出来る限り早急に修復いたしますので、ご安心ください」


 それでも、目の前の英雄のような存在に、訓練場所を提供出来る一助になれるのは誇らしい事であった。


「またのご利用をお待ちしております」


 12人の頼れる部下たちと、自衛軍を救った英雄と彼女が鍛える訓練生を、敬礼で見送った。

佐倉サクラは将来、会員制カフェを出したいと、一生懸命お金を貯めています。

心と体に傷を負った自衛軍兵士やその家族たちの、憩いの場を作るのが目標です。


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