ナマケモノ殿下と侯爵家
エヴァンス家 フォーグラム王国の北西に領土を持ち、その昔北西の自由都市連盟との国境を担っていた。
元々が国境の家ともあり、代々魔法と剣に優れた軍を持つ武門の名家である。
侯爵家ではあるものの、エヴァンス領よりも北西に位置する元自由都市領の中心的な貴族となっており、兵の数や家自体の発言力は公爵家以上とも言われている。
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「おっ、シンセイ君、久しぶりだね」
「お久しぶりです、ロバート様。」
屋敷に入ると迎えてくれたのはロバート=エヴァンス侯爵、レイの父親でこのエヴァンス領を治める領主だ。
身長も190センチほどありムキムキの身体に長い金髪をオールバックにしたイカついヘアスタイルに人懐っこい顔。
この国最強の戦士と名高い雷神ロバート、その人だ。
「だから、俺のことはパパでいいってー、シンセイ君は9才で俺の雷を止めたんだからさ。ところでシンセイ君、門のとこでずっと謝ってたんだって?もう噂になってたよ。」
「お恥ずかしい限りです。ちょっと趣味の研究に没頭するあまりレイに会うのが久しぶりになったら、罰として謝っているところを凍らされてしまいました。」
ロバート様から差し出された手を握り、握手を行う。
「それはそうとシンセイ君、うちの娘をほったらかしにして女の子を2人も連れてきたじゃないか」
万力の力を込めて握ってくるロバート様の手から守るように小さな結界を手に纏わせ、こちらも全力で魔力を込めて防ぐ。
「あの2人はそういう関係ではなく」
筋肉と結界が拮抗してギリギリと音が鳴る
「一番はちゃんとうちの娘なんだろうねぇええ!」
バリンと音を立て、俺がはった2つのうち1つの結界が破れる。
しかし残りの結界と手に力を込めて必死に堪える。
もはや2人とも形だけの笑顔すら崩れている。
「ハァ、ハァ、さすがだねシンセイ君、次こそ破ってみせるよ」
「その時は俺の腕が消し飛ぶかもしれません。レイを護れるようにもっと精進致します。」
ロバート様は手から力を抜き、激闘を戦い抜いた後かのように腕を叩いて褒めてくれる。
「そうそう、あの氷の謝罪は私も何回かやった事があってね、まぁこの家の男の通過儀礼だ。あれをやったってことは今はそんなに機嫌悪くないはずだよ、早く行ってあげて、今回呼んだ件についてはレイチェルから話があるから。」
「はい、それでは失礼致します。」
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「シン」「シン様」「シンさん」
俺が部屋に入ると3人の美人から声がかかる
無表情のレイ、ニコッと天使のような笑みのクリス、少し席をたち全身から声をあげてくれるアキナ
「じゃあシンも来たし、女子会はやめて今回の件に関して打ち合わせしましょう」
女子会が余程楽しかったのか、レイは若干不満気に準備を始める。
そういえば学園ではお姫様というよりはテンに続いて王子様のような扱いが多かった気がする。
貴方はレイチェル様に相応しくないって何度も喧嘩を売られた気がする、男からも女からも。一応王子なんだけど。
レイが会議室中央の机に北西部の地図を広げる、そこには今回エヴァンス家がテンを次期国王として両立するのに反対する家と領地が記されている。
「うわぁ、結構多いですね、あっ、ここの息子ダメですよ、私に3回も求婚してきました。中身のない男です。」
「クリスさんモテそうだよね」
「うん、クリスはモテる。私はシンって弾除けがいたけど、クリスにはいないからきっと大変だった、これからはシンを弾除けにするといい、シンならちょっとやそっとじゃ死なない。」
弾除けて、確かに色んなやつに決闘挑まれたり闇討ちされたな。まぁ、まぁね、レイの面倒を背負えたと思えばいいか?いいのか?
「えええ、シン様を弾除けにしていいんですか?たしかにテン様だと男性からの求婚は減っても、女性の敵が増える気がしますが。」
顔を赤くしながら答えるクリスだが、テンの場合を考えて納得していた。
「えっ!じゃあ私もいいかな?最近お城の騎士の人やよくわかんない貴族の人に誘われたりするんだよね。」
「アキナはもうそういう感じだと思ってた、シンの直属でたったた1人の魔術師、そういうことでしょ?」
「違う違う、えっ、そういう意味になっちゃうの?」
真っ赤な顔で大慌てをして否定するアキナ、俺が参加してない会話でどんどん話が進んでいく。
女3人集まりゃなんとやら、違う話で大盛り上がりしている。
「あの、お嬢様方、そろそろ話を戻しませんか?終わった後でまたお茶会を再開してよろしいので」
ゴマをすりながら低姿勢で会議の続行を提案する、続行もなにもまだ地図を広げただけだった気がする。
「もう、楽しいのに、シンがうちの使用人ならクビにしてる」
無表情のままだが、確かにご機嫌なレイが冗談めかしていい、そのままお茶を口に運ぶ。
「あら、じゃあシン様はうちで雇いますね。」
「あっ、クリスさんずるーい」
レイのちょっとした冗談がまた雑談をうんでしまった、もう俺にはこの3人は止められないんだろう、半端諦め気味に部屋を出ようか考えていたところ
「ふふふっ、さぁ、話を戻しましょう!早くしないとシン様が逃げちゃいますよ」
うっ、俺は逃げる事すら許されない王子様となってしまった。
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その後も雑談を交えながらおよそ3時間にも及ぶ作戦会議という名のお茶会が終了した。
とりあえず今日はエヴァンス家のお屋敷に泊まって明日から遠征開始かな。
「美味しかった。」
「エヴァンス領の林檎は本当に素晴らしいですね。」
ロバート様、奥様、長男にあたるクイル様、それとレイ、クリス、アキナさんの6人で晩餐を行った。
「そうだろう、シンセイ君も凍の謝罪中に食べてたしなぁ!私もよく、妻や娘を怒らせた時はよく謝りながら食べてるよ。」
「いい事思いついた、名案だ、俺が領主になったら父さんが謝ってる姿の銅像を作ろう!」
ロバート様とクイル様が冗談めかして言い合う。
クイル様はエヴァンス家の長男で正式な後継、ロバート様をそのまま若くした姿で髪型はベリーショートのバックで、少しだけ髭を生やしているイケメンだ。
「ならシンセイ君を後継にするしかないなぁ」
「そりゃあないぜ親父!だいたいシンセイは王様になるんだろ?」
髭を弄りながらこちらに振ってくる
「王になるのはテンセイですよ、クイル様ご安心ください、私が王になっても銅像は作りますので」
「なんてこった、息子も義息子も敵ばかりだ」
この数年後、足が凍った状態でリンゴを食べながら謝り続ける「氷の謝罪」という銅像ができる。フォーグラム王国最強の戦士も妻と娘には勝てないと人気を博し、フォーグラム王国屈指の観光スポットとなるのだが、それはまた別の話。
晩餐も終わり解散しているとレイに呼び止められる。
「シン、ちょっと聞いてほしいのだけど」
レイは基本的に思ったことはいうタイプだし、こうやって前置きをして相談することはほとんどないため身構えてしまう。
「うん、どうした?また部屋にくる?」
「私、その、クリスとアキナと仲良く出来てるかな?3人でおしゃべりするの楽しくて」
少しだけ顔を赤らめながら言ってくる。
驚いた、レイはこういうことを言うタイプではないし、俺やテン、身内の人達意外との会話を楽しむタイプではない。
「クリスは作り笑いじゃないし、アキナは楽しくないと露骨に口数減るから大丈夫だと思うよ、仲良く出来てる。ちゃんと友達になれたと思うよ」
「よかった、じゃあこのまま2人を部屋に誘っても大丈夫かな?迷惑じゃないよね?」
こんなに感情を出して喋るレイは本当に珍しくて、思わず抱きしめてしまいそうになる。
普段なら何も言わずに俺の部屋にきて、寝る時間まで2人で読書したり魔術の研究をするのだが、他に友達が出来たのは本当に嬉しい。
もちろん、結婚前の娘に手を出したりはしてないよ、ロバート様には急かされてるけど。
「大丈夫だと思うよ、はやく言っておいで、3人でお泊まりするといいよ」
そういうとレイは急いでかけだし、2人を誘った。
「もしよかったら、この後私の部屋にきませんか?もっとお話したくて」
「ええ!是非お願い致します!お誘い本当に嬉しいです!」
「私もいいの?ありがとう、すぐに行くね。」
大丈夫そうだな、俺はメイドさんと護衛を呼んで、3人がレイの部屋に泊まるための準備をすること、護衛の人数を増やすことを指示してその場を後にし
後にしようとした。
「シンセイ君、さぁ!今晩も汗を流そう!」
「シンセイ、今日こそ親父を倒すぞ、裏庭に集合だ!」
「まだまだ負けんよ、こい、胸を貸してやろう、ガッハッハッハ」
「え?」
先ほどまで食事をしていたのに2人はもう訓練着に着替えており裏庭に向かっていた。
「おい、メイド達よ、はよう着替えを準備してあげろ、シンセイ君も戦いたくてうずうずしてるだろう」
「俺の攻撃力とシンセイの防御力なら親父にも勝てるぜ、今日から俺が雷神だ!」
とてもとても暑苦しい夜の訓練のお誘いだった。
「うちの人達が暑苦しくてごめんなさいね、あの人達も楽しみにしてたから付き合ってあげてね」
若い頃はロバート様と並んで戦場に立っていたと言われるジェーン奥様に退路を絶たれ、俺はこの国最強の雷神と間違いなくそのあとを次ぐ次世代の雷神の訓練に巻き込まれてしまった。
女性陣は3人で優雅な夜のおしゃべりタイム、俺は暑苦しい男性陣と夜の特訓。
酷い話だ。




