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第9章

 もうじき日が昇る早朝。ヘンリーとジュリエット、老人リバモアは、山道をゆっくり慎重に下っていた。

 その鈍さは、文字通り重く大事な代物を運んでいるからだ。三人とも揃って、額に汗を浮かべている。涼し気な空気が漂っていなければ、熱中症にもなりかねない発汗量だ。

「はあはあ、剣は、置いてくりゃ、よかった……」

「なに言ってるの? ……上手くいかなかったら、結局、戦わなくちゃ、いけないんだよ? はあはあ」

太い木材や金属で組まれた大きな装置を運ぶ二人。汗だくになるほど重いせいで、一語一語話すのも重苦しいほど。

「それは、わかってるよ。けど、疲れた状態でなんか、戦えるもんか? 魔力はその、別腹扱いとか?」

「はあはあ、違うよ。関係おおあり。……もし、たくさんやって来たら、ちゃんと時間稼いでよ? オーケーしたのは、アンタだからさ?」

「はあ⁉ オマエもオーケーしたじゃん⁉」

「お前たち! 舌を噛むのはいいが、落とすんじゃないぞ⁉ それが無ければ、コレを打てないんだからな!」

二人に大声をかけるリバモア。彼も汗だくだが、弱音を吐く様子は見られず、むしろ元気なほうだ。

「クソッ! あっちを、運べばよかった」

「あれ? さっきは一瞬で、拒否した癖にね?」

「う、うるさいよ。もし漏れたりすれば、どうなることやら……」

「おいおい、少し転んだ程度じゃ何も起きんわ! ほれ見てみ!」

リバモアはそう言うと、軽くスキップしてみた。死にかけのウサギよりもたいしたことない跳躍だが、二人には十分過ぎる。

「ちょ、ちょっと止めてよ‼」

「危ない危ない‼」

大声でリバモアに言う二人。とても必死な形相で、視線は彼が両手で抱える箱に向いている。


「ほれ、見てみ。『キラメキ爆弾』と名付けたコレを、お前たちにタダで使わせてやろう」

昨夜、その箱を開けたリバモアは、自信満々にそう言った。

 鉛製の箱には、正六面体の四角く硬そうな物が入っていた。それはクッションに囲まれ、とても重要な代物だと誰にでもわかる。

 箱の表面は、鉛版やクリスタルガラスできっちり覆われている。屈折して見えるガラスの向こうには、黄緑色に輝く欠片が丸く固められている。きれいな物だが、正体を知れば、多くの人間がそう思わなくなるだろう……。

「魔法関係の道具?」

「いやいや、違うでしょ」

ヘンリーとジュリエットには見当がつかない。それもそのはず、リバモアが独自に開発した新型兵器で、中性子爆弾という核兵器の一種なのだから……。

「これは特殊な爆弾でな。中性子という放射線を放ち、生物を殺すんじゃ。あの村程度なら、これ一つで十分」

二人が尋ねるよりも先に、リバモアが言った。

「これが爆弾なの? これを使って、あの村を爆破しろってこと?」

「ホントにコレ一つでなんとかなるの? 中性子ってなに?」

核兵器をまったく知らない二人は、質問を次々に飛ばす。開発者のリバモアは、とても自信満々なご様子だ。


 リバモアは、キラメキ爆弾と名付けた中性子爆弾について、さまざまな事を元気よく話し続ける。

 この山でウラン鉱石を発見したことを始め、それが魔力ではない未知の力を放っていること、扱いに苦労するほど強力であることやらを、最後まで冗舌に語った。話の締めに入る頃には、日付が変わっていた。

 年寄り流の長話だったわけだが、ヘンリーとジュリエットは最初から最後まで完全に聞き入っていた。リバモアは真面目に話しているし、試してみる価値はある。

 また何よりも重要な点は、それをタダで使わせてもらえることだ……。


 ――そして、キラメキ爆弾および投射装置は、予定の場所に到着する。幸い、道中で魔族に遭遇する事態は避けられた。道沿いに装置を置くヘンリーとジュリエット。彼らが運んできたそれは、本来は矢を放つバリスタを改造した物だ。リバモアいわく、安全に爆弾を目標へ放てるとのこと。

 しかし、彼一人で運ぶには重いため、ヘンリーとジュリエットの助けを得たわけだ。考えれば、タダという話は当然だろう。とはいえ、これはギブアンドテイクであり、二人は文句をつけなかった。

「魔族や村人連中がどっかへ出かける前にやるぞ! さあさあ!」

リバモアが汗を拭いながら、二人にそう言った。

 兵器として初めて使う瞬間を間近に控え、彼は元気一杯だ。若き十二歳の二人よりも、今の彼は生き生きとした調子でいる。

 彼の指示の元、二人は装置を地面に据えた。嫌味の一つや二つを飛ばしたい気分だが、攻撃のタイミングを逃すわけにはいかない。

「セットするぞ」

リバモアがご自慢の爆弾を、所定の位置に置いた。これでいつでも発射できる。

 正六面体のキラメキ爆弾は、薄暗い中、表面や中身を不気味に輝かせていた。恐怖感を覚えるヘンリーとジュリエット……。


 日の出前の村メアリーヒルは、昨夜と違い静かだった。見張り兼時報役である鶏型魔獣数羽が、村の広場で佇んでいるだけだ。しかも油断しており、半分寝ている有り様だった。その場から三百メートルほど離れた場所から、世界初の核兵器を放たれようとしているとは、夢にも浮かんでいないはずだ……。

「なあ、ホントにあそこの村人はグルなのか?」

発射前に単眼鏡を覗いたヘンリーが、リバモアに尋ねる。核兵器の威力をよく知っているわけじゃないものの、それは正直心配だった。無実にも関わらず、魔族と一緒に殺してしまうのではないかと……。

「ああ、それは間違いない。村長から乞食に至るまで、村は魔族による恩恵を受けておる。道徳心や罪悪感で逃げた者はいるから、善人はもういないと考えるのが普通じゃ」

引っかかるところはあるものの、ヘンリーはとりあえず納得できた。横のジュリエットも、そんな感じの素振りを見せている。

「では、そっちのボタンを押してもらおうかの。安全策として、ボタン二つを同時に押さねば打てない仕組みにしてあるのじゃ。……お前たちが来てくれて、ホントに助かる」

リバモアはそう言うと、投射装置のボタンを親指で押し続ける。反対側、つまり二人の側にあるボタンを押せば、キラメキ爆弾は村へ放たれるわけだ。

「ヘンリー?」

「……わかってるよ」

ジュリエットに促されたヘンリー。昨夜の話の後、先に了解した彼だ。もちろん、彼女も同意したので責任はある。しかし、彼は彼女に任せる気はなく、ボタンの前に勇ましく進んでみせた。


 こうして、二つのボタンが同時に押された瞬間、四角い爆弾は勢いよく空へ放たれる。ボタンの感触なのか、その指はとても軽く見えた……。

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