表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/16

第8章

「もうすぐスープが温まるぞ。そこのパンと一緒に食べなさい」

その老人は、座って白湯を飲むヘンリーとジュリエットにそう言った。目の前のテーブルには、固くなったパンと、静かに燃えるろうそくが置かれている。

「すいません。夕食まで頂いちゃって」

飲み干したジュリエットが言った。白湯を飲み、白いほおが赤く染まっている。

「いいんじゃよ。さっきも言ったが、久々のお客さんだからな」

老人は笑顔でそう返すと、ぐつぐつ煮こむ鍋に、塩をパラパラと降らせた。薄いスープの具は、豆とキャベツ、少量のベーコンだ。貧相かつ栄養不足なメインディッシュだが、この場にいる三人からすればご馳走だった。


 この老人は、リバモアという偉そうな名前の持ち主だった。今年で七十二歳になる彼は、七年前まで首都の大学で、理系の教授をやっていたインテリだ。シワだらけのハゲ頭が、それを物語るよう。

 しかし、彼が専門とする分野が、ハイレベルかつマニアック過ぎたため、学生に敬遠されてしまった。その結果、大学を辞めざるをえなくなり、この山に移り住んだ。

 老人リバモアの家は、小さな木造住宅で、切り立った崖に密着する形で建てられている。間近で見た二人は、崖崩れを心配していたが、彼の経歴を知り、安心して過ごせている。少なくとも、彼は魔族側の人間じゃない。


「爺さん、さっきそこでサルを殺してさ。よければ持ってこようか? サルの肉はなかなかいけるよ?」

死骸を思い出したヘンリーが言う。

「白毛のヤツらじゃろ? ワシも先月、罠で一匹殺してやっての。ほら、そこに引っかけてある」

サル肉の美味しさも知っているらしい。彼が指さす天井の端っこに、派手に切り開かれたモンキージャーキーが吊り下げられている。

「二匹分もいらないね」

もっとも、雨に濡れた死骸が、まだ腐り始めていないとは限らない。それに、外はもう日が沈み、夜闇が家を囲んでいる。近くで鳴いているフクロウが、じきに死骸を見つけることだろう。

「ほう、さすが選ばれし二人組じゃな。悪賢い二匹が相手でも、平気というわけだ?」

「ちょっとやめてくださいよ!」

リバモアの言葉に、ジュリエットは恥ずかしげだ。白湯を飲み干した際よりも、ほおが赤く染まっている。

 リバモアは、突然やってきたヘンリーとジュリエットが、国王から任を受けた二人組だと、すぐに察することができた。人づての言葉による情報だけで、この二人がそうだとわかったのだ。

 まだ十二歳の少年少女なのに大変だと同情するだけでなく、魔族による混乱の中、よくここまで来れたと、素直に感心していた。彼が二人を温かくもてなすのは、それが理由だ。

 彼は彼で、魔族には困らされている。魔獣を干物にするために、この山へ移り住んだわけじゃない。とあるライフワークのためだ……。

「麓の村にいる魔族も、そんな調子で早くなんとかしてほしいもんじゃ」

ぼそりと呟いたリバモア。静かな口調だが、嫌味っぽさが含まれている。

「え? 麓の村ってメアリーヒルのこと?」

「ああそうじゃ。毎週のように買い物に行ってたよ。……三ヶ月ほど前まではな」

「するとその、今はもう……」

「そう。魔族にやられ手遅れじゃ。いや、半分手遅れが正しいな」

リバモアはそう言うと、沸騰する鍋の火をスッと消した。

 スープの出来上がりだが、笑顔でいただきますと言える空気ではなくなっている……。


 リバモアは麓側の窓辺へ歩き出した。無言のまま、彼についていくヘンリーとジュリエット。

「ここから村が見える」

リバモアが振り返り、窓を指さした。

 窓には、黒く分厚いカーテンがかけられていた。室内の明かりを漏らしてはならぬというメッセージが、自然と伝わってくる。それに応え、カーテンの布地を慎重にめくる二人。

 メアリーヒルは、二人が山の上から目にした麓の村だ。しかし、あのときは単眼鏡で、村を輪郭程度で見たに過ぎない。

 今は村内を詳しく伺える。人の姿だけでなく、魔獣の姿も所々に見つけられた。村が魔族に占領されているようだ。

 とはいえ、村は明るさに包まれている。暗くも明るくもなく、平和な雰囲気まで匂わせてきた。

「なんか変だよね?」

「うん、明るいけど……。単眼鏡使おっと」

件の単眼鏡を取り出すヘンリー。

 旅路で培われた直感を、二人揃って浮かべていた。リバモアは彼らにすっかり感心したらしく、黙って何度もうなずいている。

 そして、十分うなずけたことに満足したのか、窓や彼らのそばからそっと離れていく。鍋のスープだけでなく、何か用意する物があるという表情で……。


「やっぱり変だ。あいつらなぜ?」

「見せて見せて!」

単眼鏡を交互に覗くヘンリーとジュリエット。覗く度に、顔つきが険しくなる。

 魔獣と村人が、ごく自然な様子で村内を歩いていた。村人は魔法使いで、魔獣を従えているわけではない。魔獣が村人を襲う様子も、村人が魔獣を恐れる様子も見られないのだ。

 それはまるで、共存共栄で暮らしている光景だった……。大きな荷物を一緒に運ぶところも見られた。

「グルになってる?」

「脅されているかもしれないけど、嫌々やってるようには見えないね」

彼らが戸惑うのも当然だ。そんな光景を見たのは、これが初めてだった。

 首をひねり、対応策を練る二人。敵意剥き出しな魔族だけならともかく、村人たちが全員敵である保証は無い。魔族の数だけでも多いうえ、村人も敵ならば完全に不利だ。集団リンチに遭い、ボロボロで汚い死に様を晒したいとはいえ、二人とも思っていない。


「お二人さん!」

静寂の中を突き通る、リバモアの声。分厚いカーテン越しでも聞き取れた声に、二人の思案は中断する。

 カーテンをめくると、すぐ目の前にリバモアが突っ立っていた。思わず同時に息を飲む二人。

「コレを使い、村の問題をさっさと解決してくれると助かるんじゃがの?」

リバモアのよぼよぼな両腕には、重厚な鉛製の箱が抱えられている。非常に大事かつ大変な代物が、その中にあるようだ。

 箱を抱える彼の笑顔は、鍋の中へ塩を降らせていた際のそれと、完璧に同じだ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ