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第4章

 ――月日は勝手に垂れ流れ、ヘンリーとジュリエットは高く険しい山を登り始めていた。文字通りに。

 黄色く染まった花畑の代わりに、今は針葉樹林が彼らの左右に広がる。獣道同然の山道は、山頂か山越え優先かで、いずれ分かれていく。観光目的じゃない二人が選ぶのは当然、山越え優先のルートだ。一歩一歩確実に登っていく二人。

 山越え自体は、旅立ちから今までの三ヶ月間に何度か経験していたが、今回の山ほど高くそびえてはいなかった。しかし、二人とも迂回はもうたくさんな気持ちだった。

 旅が予定から遅れているせいだ。予定ではもう、魔族率いる魔女が潜む地域に着いているはずだった。魔女本人と顔合わせするかもと、刺激的な挨拶を二人で考えていたぐらい。

 ……だが、予定が狂いに狂うと、そんな類を呑気に考えていた自分がバカに思えた。

 サボったり道草を食ったりしていたわけじゃない。旅をする中で、二つの障壁が彼らの前に立ちはだかり、今も足を引っ張っているからだ。

 どちらも「成長の糧になった」と、装飾するのは簡単だ。しかしそれは、他人の苦労、つまり彼らの苦労から目を背けるのと変わらない。

 だからここは、明らかにしてやるべきだ。ちょうど二人は、登山に集中するばかりで、会話や盛り上がりに欠ける。まとめて説明するには、いいタイミングだ。


 障壁の一つは、やはりお金関係。いつどこでも同じ、人類共通の悩みである。

 魔族退治のような、立派な大義の有無にかかわらず、旅はとにかく金がかかるもの。ましてや二人とも、食べ盛りの成長期だし、空腹で戦うのは危険だ。

 にも関わらず、あの上層部が二人に渡したのは、お達しが書かれた羊皮紙だけに過ぎない。給付金やマスクをもらえたわけじゃなく、すべて自腹を切らされているのだ……。

 さすがに、魔族退治の褒美は与えられるだろうが、後払いでは困る。魔族の侵略を受けている北部では、金欠はなおさら苦しいもの。

 そのため二人は、金を稼ぐ必要に、とことん迫られている。

 魔獣の革や肉を初めて売り、商売のいろはを学んだあの日、ヘンリーはキス代千ドソを、すぐに稼げると皮算用を弾いていた。ジュリエットもそう考え、キス代の値上げを検討したぐらい。

 しかし、旅で必要な金のほうを、最優先に考えなければいけない。当然、彼の皮算用は、跡形もなく消える。


 売れそうな物は時々手に入った。殺した魔族からは、肉や革、服や武器や防具だけじゃなく、時には金歯まで入手できた。高価な宝石を手に入れた際は、二人で小躍りしたほど。

 ……ところが、買ってくれる相手に、いつも出会えるとは限らなかった。アマゾンやeBayやらで、いつでも気軽に売買できるわけじゃない。初日の成功は、いわゆる「ビギナーズラック」だった。

 持ち運べなくなり、タダ同然で売り払ったり、捨てたりしたことは何度もある。

 つい先ほどいた農村でも、相手探しに苦労したあげく、怪しげな交易商人に売るしかなかった。買い値は悪くなかったが、落書き付き銀貨を混ぜられてしまう始末。

 金欠な二人は、旅の先々で人々から頼み事を聞いた。落とし物探しから山賊退治まで、なんでも(性的関係は除く)やった。

 たいていは成功し、良い経験にもできた。山賊に潔癖症はいないといった雑学まで習得できたぐらいに。

 しかし、頼み事に取り組む間も、腹は減るし、寝床が必要になる。金が貯まり続けるわけじゃないのだ。


 もう一つの障壁は、道のりそのものだ。確かに、彼らの村と北部とのアクセスは悪くない。もし食べたり眠らずにずっと歩き続ければ、二ヶ月ほどで目的の地域に辿りつける距離だった。

 ところが、魔族の侵略により、北部の交通事情が狂う。駅馬車は次々に運休、もしくは運賃が急騰した。大きな川を渡るための橋や船は、兵士たちに破壊されている。橋桁が残る石造りの橋を前に、二人揃って泣いたこともあった。

 徒歩や遠回りを強いられ、時間や体力は消耗するばかり。無論、金のほうも……。


 ただ、それらの障壁に悩まされながらも、幸せなひとときもたまに訪れる。旅の小休止を明るく飾るような。

 苦労し生き抜く日々でも、ヘンリーは少しずつ貯金していた。キス代千ドソには、一度も到達できていないが、手つなぎとデートは一回ずつ買えている。

 手つなぎは、洞窟を抜けた先で眺められた、平地に広がる街の夜景を前にして。デートは、不思議な空洞が観光名物である、渓谷の下を歩きながら楽しめた。彼が課金している事実を知らなければ、仲睦まじいカップルに見えるはず……。

 とはいえ、彼は幸せな気持ちで過ごせた。彼女のほうも、だんだんとそんなところ。きっかけという意味では、成長の糧になったと言える。

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