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第2章

 ジュリエットの提案を耳にした際、ヘンリーは首をかしげるしかなかった。聞き間違いか冗談だろうと。

「お金をくれたら、キスとかデートとかしてあげるって言ってるの。やる気出るでしょ?」

彼女は本気を示すべく、そう言い直した。

 彼のほうは、本気の話だと理解できたものの、反応に戸惑っている。提案を快諾すべきか、一蹴してやるべきかと。


 二人が住んでいた農村は、ドを二度づけできるほどの田舎だ。マニアックな観光名所すら皆無。前述したように、人口は乏しく、子供は指で数えられるほど。

 そのため、ヘンリーとジュリエットは否応なく、日々顔を合わせる関係だった。熱烈なカップルの如く、おはようからおやすみまでを共に過ごすほどじゃないが、お互いの個人情報は把握できている。田舎特有の監視社会というやつだ。

 その情報の中には、ヘンリーがジュリエットに好意を寄せている事実まで含まれていた。

 ところが彼女は、特にそれに対応していない。彼が好きでも嫌いなわけでもなく、様子見的な理由でだ。彼も彼女も「中の上」レベルの外見なんだし、お試しでもいいから付き合ってみろよと、つい言いたくなる人は出るだろう。

 ただ二人は、価値観や性格が大きく異なる。国王からのお達しを聞いた際の反応でも、なんとなく悟れたと思う。

 外面では、彼は錆色の髪を乱暴に掻きむしり、彼女は黄金色の髪をポニーテールでまとめる反応を示した。それから内面では、ヘンリーは現状維持の姿勢で、ジュリエットは前向きな姿勢を取ってみせた。

 もし二人が街コンで出会っていたら、数分間話しただけで、マッチングせずに終わる。それぞれ運が良ければ、分相応の相手に出会え、分相応な人生を歩めることだろう……。

 それでも、ヘンリーは思春期真っ盛りな少年だ。四六時中を共に過ごすなら尚更、彼女を性の対象として意識するのは自然な流れ。もちろんそれは、性のはけ口としてではなく、人間という生物としてだ。


 そんな関係かつ死闘直後という状況だ。突然の提案を聞いたヘンリーに、紳士的かつ冷静な対応を求めるのは、多少無理がある。

 しかし、彼女はこの提案をノリや冗談で出したわけじゃない。彼が提案に乗った瞬間、笑い飛ばした末に、話のネタで使うつもりじゃないのだ。

 村から北部へ歩き始めて間もないとき、彼は彼女とさりげなく手をつなごうとした。本人はクールにやったつもりだが、初々しさはハッキリ浮かんで見える。青春の一幕だね。

 現代社会なら、セクハラに該当する行動かもしれない。しかし、古臭い世界で子供がすることだ。寛大な精神で、大目に見守ってやろう。

 とはいえ、同じ子供であるジュリエットに、そんな精神論を求めるのは酷かもしれない。

「宿駅で何か買う?」

「……え? うーん、予備の水ぐらいかな?」

スッと差し出された彼の手には応じず、そのまま歩き続ける彼女。軽蔑ではないが、手を一瞥しただけだ。

 しかし、彼はその一件だけでくじけなかった。魔族にこれから立ち向かう身としては、とても立派な姿勢だろう。とはいえ、彼女はそう思ってくれない。

「今日は風が強いねー」

「剣を振る練習はしてる?」

「私に魔法の才能はあると思う?」

彼女は拒否を繰り返す。できるだけ自然に。

 さすがの彼も、だんだん気が滅入ってきた。しかしそれは、拒否する側の彼女も同じこと。


 お互いに気まずい中、ヘンリーとジュリエットは歩き続ける。魔獣と初めて戦ったのは、出発して三日目の夜だ。魔族における窓際族レベルな、弱い相手だったが、綿花農家出身の少年少女には死闘と化す。

 その際、そんな人間関係が、大きな支障となった。まず、ヘンリーが横に大きく振った剣が、ジュリエットの左足に直撃しかけた。農具を改造しただけの剣とはいえ、刃が当たれば軽傷では済まない。

 それに動揺したのか、ジュリエットの放った魔法の火が、魔獣だけでなく彼の髪まで燃やしてしまう。丸ハゲにはならなかったものの、少々アンバランスな髪型に。

 お互いに故意ではなく、怒鳴ったり訴えたりまではしない。だが、面倒事に巻きこまれたと気づくきっかけには十分だった……。


「悪くないかな? けどいいの?」

「うん、いい! いいの!」

ジュリエットの提案を、わざとらしくも淡々と受け入れたヘンリー。お金を払う情けなさに躊躇する様子は見られず、それだけジュリエットが気になっているとわかる。ちょろい男だ……。

 一方、彼女のほうは安心できた。お金を払う行為自体が、勝手な行動への抑止につながる。彼女の場合だとそれが、今は望んでいない、ヘンリーからのアプローチというわけだ。

 それに、魔族退治のためでもある。雑魚の魔獣一匹でも苦労したのに、気まずい関係のままでは命が危うい。そこで、何かルールを決めておいたほうがいいとも、彼女は考えたわけだ。

 とはいえ、賭けに近い提案だった。ヘンリーのほうが遠慮したりすれば、それで終わっていた。

「それでその、何があって値段は⁉」

幸い、ヘンリーはすっかり乗り気だ……。

 モチベーションを回復させた彼は、殺したてホヤホヤな魔獣の背中に座る。そして、腰に付けた革の小袋に手を入れ、金額を確かめた。


 夜が更ける中、ジュリエットが口頭で示したメニューは、「キス千ドソ、デート五百ドソ、手つなぎ二百ドソ」という生々しいものだった。キスより上位のメニューが無い点は、彼女なりの自粛だ。

 一ドソはだいたい百円だと考えれば十分。つまり、約二万円から十万円というわけだが、中学一年生レベルの経済力や社会経験からすれば相当なもの。

「ええっ⁉ 高くない⁉」

みっともない文句を大声で飛ばすヘンリー。

 しかし、ジュリエットは首を横に振り、勉強する気はないらしい。自分を安売りしない、立派な姿勢だ。

 売り手市場に根負けする形で、彼は渋々納得する。自分の家が貴族じゃないのを、今一度腹立たしく思ったはず。なにしろ、百ドソほどしか手持ちがないのだ……。


 ヘンリーは、自分が座る魔獣の毛に触れた。暗くてわかりづらいが、殺した魔獣は猪によく似ている。体の大きさは倍近いものの、解体してしまえば、話は別だ。

「なあ? 助言も金取る?」

「仲間なんだし、助言ぐらいはタダでするよ。……でも、それを解体する気? 見学したことなら一度あるけど」

「じゃあ、台無しにするやり方をしてたら教えてよ? 毛皮や肉をさ」

彼はそう言うと、ズックのリュックからろうそくを取り出し、地面に差しこむ。深夜にも関わらず、朝一番に鳴く鶏のような勢いだ。普段から見せとけば、彼女の気を少しは引けただろうに……。


 ――夜明けまでかかり、魔獣の解体がやっと終わる。目覚めたばかりの小鳥が、明るく鳴きながら飛んでいく。また、骨と肉片からなる魔獣の残骸上では、ハエが大喜びで飛んでいた。

 ヘンリーとジュリエットは、血や汚物にまみれた姿で、朝日を浴びている。彼女はすっかり汚れた自分を見て、小さな悲鳴をあげた。彼のほうは、生肉と毛皮を手に満足気な様子。頭の中では、それらの換算を済ませている。金勘定にウキウキだ。

 今すぐ出発したい彼だったが、彼女は拒否する。ヒステリックに、洗濯と仮眠の時間を要求する彼女に対し、彼は折れざるをえなかった。とはいえ、汚い姿のままでは、「豚肉」や猪の毛皮はなかなか売れないはず……。


 そして、近くの川で体を洗う二人。赤色系の汚れが、ドロドロと流れ落ちていく。

 心身共に清めるジュリエットに対し、ヘンリーは金勘定にまだウキウキなご様子だ。

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