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第1章

 その銀貨を見たとき、彼は顔をしかめた。少年の彼がつまむ銀貨には、奇妙な落書きが描かれている。印象的だが、彼が読める文字でも、どこかで見かけた記号でもない。

「なになに?」

横にいた少女が覗きこむ。初々しく、顔のニアミスを恥ずかしがる少年。少女のほうは平然としている。

「あの商人が、変なお金を混ぜてきたんだよ。ほらコレ」

「……ホントだ。けど、この程度の汚れなら大丈夫。お店でも私でもね」

「そう? ならいいけどさ」

落書き付き銀貨を、革の小袋にしまう彼。しかめっ面は、それからすぐに消えた。少女がそう言うならと、納得できた様子だ。


 砂利混じりの道を歩く二人。左右に広がる野原には、黄色く小さな花々が咲き誇っていた。アブラナの花々で、花粉症持ちにはきっと、苦しい道のりだろう。

 進む道の先には、残雪を頭に乗せた山々がそびえる。稜線は東西に伸び、どの山もなかなかの標高を誇っている。

 日曜日のハイキング気分で登れる山には見えない。登山家を何人も喰い殺していそうな雰囲気すら伝わってくる。

 ここは人工衛星や携帯電話が存在しない、「古臭い」世界であり、遭難しても救助隊は来ない。死体が発見される頃には、残雪のような白い骨と化しているだろう。

 しかし、彼らは歩き続けている。散歩やジョギングをしているわけでなく、ある大義を背負っているからだ。大きな目的が、彼らの背中を押してくれている。

 ただそれは、自分から手にしたものでなく、大人や社会から押し付けられたもの……。

 あの高く険しい山々は、そんな経緯を象徴しているかのようだ。とはいえここは、具体的に説明していく。


 ――それは数ヶ月前から始まった。

 あの二人の王国は、邪な魔女率いる魔族により、領土を蝕まれ始める。魔女が手下や魔獣を使い、国の北部で次々に悪事を働く。

 剣で斬殺される、魔法で焼き殺されるのは序の口。飢えた魔獣のエサや、社畜同然の奴隷にされた者も続出する。軽度の精神的苦痛も含めれば、国の全土に被害が出ていた。

 国王含む上層部は、当然激怒する。魔族が納税や献金をしてくれるわけじゃない。むしろ、「自分の財布」から、余計な出費が増えるばかり……。

 大軍を投入すれば、魔族退治は可能だ。それは確実に言える。

 ……しかし、大金がかかる点が問題だった。兵士のメシ代から弔慰金まで、リストアップすればきりがない。しかも、退治した魔族から、リターンを得られる保証はない。

 そんな事情を前に、上層部は戸惑う。大金がかかるからと、魔族を放置するわけにもいかない。魔族が首都に入り、自分たちも襲われることは、十分にありえた。

 そこで国王は、お抱えの占い師を呼び出す。相手が魔法を使うぐらいだし、占い師に解決策を尋ねようというわけだ。

 さっそく、厳かな衣装を身にまとい、しょぼくれた顔の占い師がやってきた。暇を持て余していた彼は、湧いた大仕事に張り切っている。


 ……時を待たずして、解決策を示す占い師。ところが、その策に関する説明が、長々としてわかりづらい。まあ彼は生まれつき、コミュニケーションや話し方が苦手だ。「特別枠」で採用された経緯だけある……。がんばって解読するしかない。

 要約すると、「ある農村に、特別な運命を辿る少年少女がいる。その二人に魔族退治を一任するのが、一番の解決策」という内容だ。

 しかし、上層部の大半が、その解決策に疑問を抱いた。バカバカしいとか、ただの戯言という中傷まで。……まあ確かに、ありきたりではある。

 だが、却下するわけにはいかない。占い師に頼んだ手前もあるし、彼は王室に直接雇われている身分だ。しかも、当の採用担当者は国王という……。

 結果、占い師の解決策は、実行へ移されることに決まる。

「それで、その農村はどこにある?」

「えっ? ええっとですね……」

戸惑う占い師の前に、羊皮紙製の地図が広げられた。

 彼は地図を隅々まで何度も見回した後、図上の小さな点と文字をそっと指し示す。間違いなく勘で決めた……。

「ココですココ!」

占い師が指した農村は、首都と北部との中間に位置し、アクセスは悪くない。

 さらに好都合な点は、国王はもちろん、上層部の誰も、その村に利権があったりしなかったことだ。当然、反対する者は出ず、肯定的な表情を静かに浮かべるだけ……。


 国王はさっそく村へ、使いを向かわせる。直筆のお達しを運ぶ早馬が、不遇な農村を目指し、悪路を駆け抜けた。

 突然きた国王からの使いに、村の長である老人は浮足立つ。生まれて初めて馬を見たかの如く。使いの男からお達しを渡された際も、すっかり高揚したままだった。

 村長はその後で、内容をやっと確認した。そこでようやく、自分や村が面倒事に巻きこまれたことを知る……。

 村の誰と誰に任せるかで悩む村長。村の人口は元々乏しく、少年少女だとさらに限られる。両手の指で数えられ、顔や名前もなんとなく全員覚えていた。

 そして、一時間ちょっと悩んだ後、村長は決心を固める。

「ヘンリーとジュリエットにしよう。あの二人なら大丈夫だろう」

この「大丈夫」というのは、もし死んでも恨まれないという意味だ……。

 面倒事を近くに置いたままにしたくない彼は、足早に二人の家へ向かう。


 ヘンリーとジュリエット。二人ともまだ十二歳のガキ、いや、子供に過ぎない存在だ。彼らが着る、木綿の長ズボンや絹のロングスカートは、普段の活発さから色褪せが激しい。

 魔族退治を任される羽目となった彼らは、どちらも綿花農家の子だ。しかし、二人とも家の後継ぎではない。両家の親および長男が、胸をなで下ろして安心したのは言うまでもないこと……。

 そんな事情もあり、国王直々のお達しに対して、両親は大変名誉な事だと喜んだ。もし自分が魔族退治に駆り出されるなら、相当激怒したに違いない。「そんな大義はクソ喰らえ!」という具合にね。

 ただ幸運にも、ヘンリーとジュリエットは、年相応に無邪気な子供だ。快諾とまではいかないものの、説得は短時間で済んだ。

「え? オレがあの魔族を?」

「うーん、いい経験にはなりそうだね」

まあ彼らに、拒否権なんて用意されていない。

 履歴書に書けそうなほどの才能を、彼らが自覚していたとしたら、力づくで拒否できたかもしれない。しかし、実際のところ、そんな才能は二人とも持っていなかった。


 ……もうぶっちゃけるが、あの占い師が示した解決策はインチキだ。ヘンリーとジュリエットは、確かに健康な少年少女であり、自己流で鍛錬は積んでいる。だがそれは、同年代のそれと大差なく、ほぼお遊びのレベルだ。実務経験の無い仕事を、上司からいきなり任された新卒のよう……。

 占い師は成果を出そうとしたばかりに、無能な働きぶりを披露したのだ。彼を起用し、策を採用した上層部にも責任はある。

 そんな流れで、魔族退治という大義を、彼らは背負わされたのだ。可哀想な彼らを、家族や人々は笑顔で見送る。勇ましく悪路を進む二人。

 家族や人々は、彼らが視界から消えた途端、大きく振っていた国旗をしまい、何事もない日常へ戻っていく……。


 ――無邪気な彼らが、理不尽に大義を背負わされた事実に気づけたのは、旅に出て三日目の夜だ。それは最悪のタイミングだった……。

 ごり押しの末、初めて遭遇した魔獣を殺せたときの話だ。二人はすっかり、心身ともに傷だらけだった。少年ヘンリーのほうは、特に酷い有り様。

 彼は血の混じる唾を飛ばしながら、退廃的な悪態をつきまくる。第二反抗期の程度は軽々と超えていた。

 モチベーションを暴落させ、今にも大義を放り捨てそうな彼に対し、少女ジュリエットはあることを思いつく。


「頑張ってお金を貯めたら、キスとかしてあげるよ?」

彼女はニヤニヤした笑顔で、確かにそう言った……。

 そのお達しが飛び出た途端、ヘンリーの悪態は止む。

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